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チートスKILL ~中途半端な転生者~  作者: 奥 悠人
3章 今日からブタは!!!
37/48

旅立ちは、甘くて苦くて切なくて

 ガタガタガタ――ガタン!

軽快なリズムで走る馬車だったが、鉄格子で囲われた荷台が突如大きく揺れ動き、俺の後頭部に痛みが走った。


「いってぇ……」

 

 俺は痛みに耐えながら、おりにぶつけた箇所をさすって目を開ける。

すると、東の空は白み始めており、夜明けまでもう少しといったところだった。

どうやら目的地はまだのようだが、俺はいつの間にか寝落ちしたらしくて今までずっと起きなかったらしい。

ウィンドウの歌の点数が1,000点だったのを聞いた後の記憶がないから、間違いないと思う。

ただ、さっきまで長い夢を見ていたような気もするけど、覚えていない夢のことを気にしても仕方がないか。

俺は大きく背伸びをして気持ちを切り替えると、声を出して挨拶をした。


「おはよう、ウィンドウ。調子はどうだい?」


 どうせ護送車に乗っているのは、俺一人だけだ。

独り言をつぶやいたところで気にするヤツはいないし、馬車を操る御者にも聞こえはしないだろう。

それに一晩ぐっすり眠ったらウソみたいに調子がいいので、挨拶もしたくなる。

例えるなら、RPGゲームでどんな無茶なケガでも直してくれる宿屋のおやじに、感謝の意味を込めておはようと挨拶したくなる気分に近い。


 ん!? ちょっと待てよ。

ウィンドウを宿屋のおやじと一緒にしていいのか?

違う、違う! 考えなきゃいけないところはそこじゃない。

調子がいいとは思っていたけど、先ほどおりに頭をぶつけたところ以外は痛みが引いているじゃないか。

それに傷だらけで腫れあがっていた腕はすっかり元に戻っていて、かすり傷さえ残っていないときている。

いったいこれはどういうことだ?


「ねぇ、傷が治っているみたいだけど、俺の体に何かした?」


 気になった俺はウィンドウに尋ねた。

しかし、いくら待っても一向に返事がない。

しびれを切らした俺は再び話しかける。


「えっと……、ウィンドウ?」


 もしかして答えられない質問なので、沈黙しているのだろうか?

だとしても、挨拶ぐらい返してくれてもよさそうなものだが。


「せめて返事ぐらいしてくれよ」


 答えられないことがあるのは仕方がない。

ウィンドウにも事情があるだろうし、それを詮索しないことを約束したのも覚えている。

だけど最低限、何らかのリアクションを返してもらえないと困る。

パートナーなんだし。

まあ、そっちが話す気がないなら、俺にだって考えがある。


「もういいよ。それはそうと人間に戻れたから、カミゾンに商品が追加されていないかな? だからウィンドウ、ショッピングがしたいな」


 俺はウィンドウの反応を引き出すために前々から考えていた、とっておきのギャグをかます。

なぜなら彼女は、お笑いに弱いのだ。

さぁ、ドヤァ!


「うひゃひゃひゃひゃ! ホント、くだらないなぁ。布団が吹っ飛んだレベルの駄洒落だじゃれだよ。プーッ、クスクス」


 ほら、期待通りの反応だ。

くだらないと言われるのは心外だけど、俺はホッとして心の声を漏らす。


「なんだウィンドウ、いるじゃ……」


 しかし、そうつぶやく途中でおかしな点に気づく。

――ウィドウの声じゃない!?

どう聞いても違う声だ。


「えっ!? あんた、誰?」


 思わず、俺の口から疑問がこぼれる。

だって、無理もない。

知合いだと思って声をかけたら見ず知らずの人で、気まずい雰囲気になるレベルの話だ。

しかも、檻の中で逃げ場もないので、口笛を吹いてごまかして立ち去ることもできない。

しかし、そんな気まずい状況にもかかわらず、相手から話しかけてきた。


「おっと、いけない。干渉しちゃいけないから観賞していたのに、思わず声がでちゃったよ。まあ、いいや。ところで、人に名前を聞く前に自分から名乗るが礼儀じゃないのかな?」


 確かにそのとおりであるが、なんだか納得がいかない。

それにとっさに俺と同じレベルのギャグを返すとは、なかなか侮れないヤツのようだ。

だけど、質問には答えないわけにはいかないか。

俺は意を決して話す。


「俺の名前は只野ただのプータローです。で、あなたは?」


「僕かい? そうだね、オルタナと呼ぶのがいいかな。ところでプータロー君、年齢は見た目どおり25歳にしておくよ。それと称――」


「そんなことよりも、お互いに名乗り終えたのだから、姿を現すのが礼儀じゃないですか?」


 先ほどのオルタナの言葉に少しカチンときていた俺は、相手の話をさえぎって皮肉を言った。

こういうヤツには丁重に話す必要もないだろうし、ウィンドウとの約束もあったので、なめられないように話す。

しかし、オルタナにはそれを気にする様子は見られなかった。


「確かにそれは君にとっては重要かもしれないね。だけど残念なことに、僕にはアバターが設定されていないのさ。そういう訳で、声だけで失礼するよ」


 名前が偽名っぽいので話も本当なのか疑いたくなるが、確かめるすべを持たない俺は、頭を切り替える。


「分かった、それはいい。では、オルタナと呼ばせてもらうけど、ウィンドウはどうしたんだ?」


「そうだね、分かりやすく説明すると謹慎中って言葉がピッタリかな? その影響で僕が代理する羽目になったからね。しかし、勘違いしないでくれよ。僕にはウィンドウみたいな力はないから代理といっても、今は簡単な質問に答えるぐらいが関の山さ」


「謹慎!? いったいどうして?」


「君はさっきまで見ていた夢の内容を覚えているかい?」


「いや、覚えてないけど、それと何の関係が?」


「だったら、結構。それなら彼女のことは大丈夫だよ。そのうち、ひょっこり戻ってくるさ」


「それはよかったけど、理由を教えてくれ」


 俺が理由を尋ねると、オルタナは矢継ぎ早に話し始める。


「気にしない、気にしない。気にしたら負けだよ? それはそうと、カミポイントは0ポイントにリセットされているから、注意してね。それとカミポイントで強化したウィンドウの能力も同様で、元に戻っているから」


「えー!? そんなの理不尽だ!」


 俺は思わず立ち上がり、やり場のない怒りを覚えた。

オルタナは、そんな俺にお構いなしに話を進める。


「それから君のステータスについてもリセットされたみたいだけど、相変わらずバグっていてね。空欄になった箇所は問題なく入力できたけど、能力値やスキルみたいなところに手を加えるのは無理だったよ。まあ、偽装は終わっているから、誰かにスキルを使ってのぞかれても不審に思われることはないと思けど。ただ、ちょっとオチャメしちゃっ……」


 コルタナがあまりにも早口で話を進めるので、意味を理解する前に置いて行かれそうになった俺は、話に割って入る。


「ストップ、ストップ! 情報量が多くて意味が理解できない。一度整理しよう」


「残念ながらそれは無理だよ」


「それじゃあ、せめてゆっくりと話してくれよ」


「それも無理だよ。だって、もうタイムリミットだし。君の世界の言葉では、『あっ! バイトの時間だ』とでも言えばいいのかな?」


「いや、それは違うから。そんなことよりも、ちょっと待ってくれ!」


「そう言われても、あと五秒しか残っていないし。それに僕にはもう会わないほうがいいから、これでサヨナラだ。バイバイ!」


 オルタナはそう言うと、嵐のように消え去った。

もっと聞きたい話があったが、どうやら無理みたいだ。

けれども、ウィンドウがいない理由が分かったし、しばらくすれば帰ってくるようなので、正直に言うとホッとしていた。

しかし、カミポイントが0ポイントに戻ったのは何気に痛いな。

コスモスをトンダ社長の魔の手より救ったのだから、それなりにポイントがまっていたはずなのに。


「まぁ仕方ないか」


 俺は半ばあきらめ気味につぶやいた。

そういえば、他にもいろいろと言っていたよな。

先ほどのオルタナの話を思い返そうとする矢先、俺は遠くに見える建物の存在に気づく。

それは見覚えのある建物で、国境の手前にある検問所に違いなかった。

俺がこの国で最初に訪れ、捕まった場所である。



◇◆◇◆◇


 馬車が建物に到着した頃には山の谷間から太陽が顔を出し、どこからかラジオ体操の音が聞こえそうな時間帯だった。

長時間座っていて体がダルかった俺は、ちょうどいいのでラジオ体操をして体をほぐし、護送車の中で待つことにする。

おそらく、このままなにもせずに検問所から放り出されることはないだろ。

一度、建物の中で取り調べが行われるはずだ。


 すると、護送車の中で待っていた俺はガタイのいいオークたちに両脇を固められて、予想していたとおりに建物の中に連れ込まれる。

そして、部屋の一室に放り込まれたのだが、そこには見覚えのある人物が待っていた。


「君、大変なことをしでかしてくれたね」


 そう言うと、相手はアゴでしゃくって目の前の椅子を指し、俺に座るように促した。

俺は指示に従って相手と机を挟んで対面に座ったが、そのときに、相手の胸につけられた名札を確認する。


ドルータ・オーカケ


 やはり前に捕まったときに、俺にカツ丼をくれた取調官に間違いなかった。

知っている人物だと分かった俺は、不機嫌そうな口調の彼に対して低姿勢で返事する。


「やっぱりそうですよね……」


「それに君、あれだろ? 前とは顔が違っているけど、三カ月くらい前に外からやってきた人」


「よく分かりましたね。そのとおりです」


「そりゃ、人間がスゴいイケメンのオークに化けていたと報告を受けたからね。それに、その人物の名前がプータローと言うのを聞いて、ここで君から聞いた名前と似ているから、ピンときたよ」


「ですよねー……。そういえば、今の私ってイケメンに見えますか?」


「さあ? 人間の価値観が分からないから、なんとも言えないね。でも、前みたいにビックリするようなイケメンではないと思うよ」


「そうですか……」


 それを聞いた俺はがっかりすると、周りを見渡して鏡を探す。

すると、それを見た取調官は怪訝けげんそうな顔をした。


「どうしたんだい? いきなりキョロキョロしだして」


「いえ、前に通された部屋には鏡があったので、この部屋にも鏡がないのかなと思いまして」


「あー、そういえば、あのときは魔法鏡マジックミラーがある部屋だったか。今日は事情を聞くだけなので、普通の部屋だよ」


「そっか、残念です」


 俺はそう言うと、残念そうにうつむいた。

そんな俺を見て取調官は、机の引き出しを開いて、ゴソゴソと何かを探し始める。


「よければ鏡を貸そうか?」


「えっ! いいのですか?」


「でも、そんなに自分の顔が気になるのかい?」


「かなり殴られたので、腫れて別人みたいになっていないか心配で……」


 俺はウソを言って、ごまかした。


「そうかい? ボコボコに殴られたと聞いていたけど、私には大丈夫そうに見えるよ。ほら、鏡だ」


 そう言って、机の中から見つけた鏡を俺に手渡す。

俺はそれを受け取ると、ゆっくりと鏡に顔を近づけた。

今度こそ、ちゃんとした人間のイケメンだろうか?

俺は期待と不安が交差するなかで、自分の顔を確認する。

そして叫んだ。


「なんじゃこりゃー!」


「どうしたの!? やっぱりどこか醜くゆがんで、ブタみたいになっていた?」


「そ、それが、いつもの自分の顔と変わりなくて……」


「君はアホかー!!」

 

 そう言うと、取調官は俺の頭を小突いて鏡を取り上げた。

だって、叫びたくもなるよ。

鏡にはえない顔が映っていたけど、それって転生する前の自分の顔なんだし。

さすがにオークのときみたいな超絶イケメンにはりたけど、元の顔よりも、当顔比20%のお得なキャンペーン期間中であってほしかった。

まあ、死んだときの年齢よりも相当若いのだけは救いか……

俺が顔について半ば諦めていると、取調官は急に真面目な顔つきになった。


「ところで、結局のところ何が目的でこの国に入り込んだの?」


「特に理由はありません。途中に出会った人に町までの道を聞いたら、ここを教えられただけですから」


「なるほど。オークの姿をしていれば、オークランドを案内されるのも当然だね」


「はい、まさか自分の姿がオークになっているとは思いませんでした。だからこの部屋で鏡を見たときには驚きました」


「それって本当だよね? あの時は、ここに働きに来たと言っていたと思うけど」


「ええ、人間に戻る方法も分からなかったですし、そのままオークの姿で働いたほうが、都合がいいかと思いまして」


「なんでそれを言ってくれないの! 私にも詳しく調べなかった責任はあるけど、今月は十分の一の減給だよ。ほんと困るから」


「すみません。だけど信じてもらえないと思いましたし、すぐに人間に戻れるとも思いませんでしたから」


 俺は素直に謝る。

いくら俺が事情を知らなかったとはいえ、相手には関係がないからだ。


「もういいよ、理由は分かったから。けれど、神聖なフェスに人間が紛れ込むなんて、前代未聞の大事件だよ。君が人間でなければ、今頃はウワサに聞くオーク裁きだったね」


「そうでしたか。ちなみに、それってどんな裁きなのですか?」


「聞くところによると、屈強な二人のオークが犯罪者の腕を一本ずつ持って、お互いに引っ張り合うらしいよ」


 大岡越前かよ!

そんなことより問題は予定通り、国外追放で済むかであるので、俺は尋ねてみる。


「ということは、やはり私は国外追放でしょうか?」


「そうなるね。人間に対する刑罰は、この国では殺しをやったとき以外は許されていから」


 刑罰なしの国外追放で済むのなら、マシな方なのかもしれない。

そうなると、それに従った方が得策だろう。


「分かりました。では、手紙を書かせてもらえませんか? お世話になった方に、謝っておきたいので」


「あー、それね。無理、無理。国外追放されるのだから、そういうの、もうできないから」


 それを聞いて、コスモスの父親であるサンドラの話を思い出す。

そういえば、コスモスの母親とは手紙のやり取りもできないとの話だった。

国外追放されるのが決まると、その後は会うことも、手紙などの連絡も一切認められないらしい。

だが、そんなのは嫌だ!

俺は食い下がる。


「お願いします。一通だけでいいので」


「そう言われても規則なんだよ。それに私は許せないから。君がフェスに忍び込んでいろんな曲を聞いて楽しんだのをね」


「いや、それは訳がありまして――」


 俺が必死に弁明しようとすると、取調官は手のひらを俺の顔の前に突き出して話をさえぎる。


「私はね、フェスに行きたいのを我慢して昨日は働いていたんだよ。休みを取りたかったけど、仕事に誇りがあるからね。分かる? この気持ち」


「経験があるので分かります。ですが、聞いてくださ――」


 すると、俺は再び手のひらで話をさえぎられた。


「ところで、私はフアンDEATHの大ファンでね。新曲が発表されたらしいけど、どうだった?」


 くそー! このままだと、まともに交渉もできないぞ。

俺は取調官に提案する。


「感想を言いますから、次は絶対に私の話を聞いてくださいよ」


 取調官は机に両肘をついて指を組み、いわゆるゲンドウポーズの格好で無言のままうなずくと、俺の答えを待った。

それを見て俺はゴクリと生唾を飲み込むと、正直な感想を話す。


「そうですね。一言で表すと、最高にエロくって死にそうな曲でした」


 それを聞いた取調官は、なんと両足を机の上に投げ出して乗せると、今までとは打って変わって乱暴な口調になった。


「あー、やってらんねー! 夜勤明けだし、もう無理だ。やる気がなくなったから、今日は帰るか」


「ちょっと待ってください。話が違うじゃないですか!」


「話は終わったから、君はもう出て行っていいよ。君のことは門番に知らせてあるから」


 そう言って取調官は立ち上がり、ドアに向かって歩き出そうとした。

しかし、俺は帰ろうとする取調官の腕をつかんで、それを引き止める。

手紙のひとつも残せないままでこの国を出たら、俺はきっと後悔するからだ。


「そうだ! 私、いいものを持っています。それを差し上げますから、手紙を出させてください」


 俺はとっさに出まかせを言って取調官の気を引いた。


「ふん。私を買収する気か? 私の名前はドルータ・オーカケ。仲間からは堅物と呼ばれている男だぞ。金品や食べ物をちらつかせたぐらいでは、私はなびかないからな」


 なんだって!

とりあえずチー〇スを与えれば、どうにかなるかもしれないと思っていたが、無理みたいだ。

チー〇ス万能神話、ここに崩れる。

そういえば、待てよ……

あれがあった!


「絶対に気に入るはずです。今準備しますから、ほんの少しだけ時間をください」


「ふん、そこまで言うなら一分だけだ。無駄だと思うが、それで君の気が済むなら試してみるといい」


 俺はそれにうなずいて目的の物を取り出そうと取調官に背を向けたのだが、そこで重大な事に気づく。

そういえば、ウィンドウがいなくても四次元窓は開くのだろうか?

それに、オルタナがウィンドウの強化した能力も元に戻っていると言っていたし。

しかし、今さら気にしたって仕方がない。

ええい、ままよ!

俺は念じる。


『開け、四次元窓!』


 すると、目の前の空間に切れ目が走り、あっさりと成功した。

どうやら四次元窓は、ウィンドウの強化とは別みたいだ。

俺はホッとし、切れ目に手を入れて目的の物をつかむと、取調官の方へと振り返って差し出す。


「これでどうかお願いします!」


「なんだ、ただの紙じゃないか。そんなもので――」


 俺が差し出した物を見て、期待外れであきれた顔をする取調官だったが、途中で言いよどむ。


「ま、ま、まて……。それはまさかフアンDEATHのサイン色紙! なんで君がそんな物を」


「いろいろあって頂いたのですが、よろしければ差し上げましょうか?」


「本当にいいのか!? それは選ばれた者しかもらえない貴重なものだぞ!」


「ええ、もちろんですよ。だけど、約束は守ってくださいよ」


「分かった、紙と鉛筆は今準備する。ただし、やってもらいたいことがある」


「……何をすればいいのでしょうか?」


 とんでもない事じゃないか思い、俺は緊張して身構えた。


「なに、難しいことじゃない。手紙を書き終えたら差出人の名前は書かずに宛名だけ書いて、地面に落としてくれるだけでいい。落とし主が分からない手紙を見つけた私が、親切にも代わりに手紙を出してあげようかと思ってね」


「なるほど、手紙の落とし主が困っているでしょうからね。そういえばこのサイン色紙も、フアンDEATHの方からあなたに渡してと、頼まれたものでした」


「おお! 親切にも届けてくれたのか。わざわざ、すまないね。」


 そして、俺たちはお互いにニンマリと笑って、取引の成立を喜んだ。


 俺は紙をもらうと、トンジルとコスモスに手紙を書いた。

まずトンジル宛てに諸々の事後処理について書いたが、彼だったら言わなくても心配ないだろうし、ちゃんとやってくれるだろう。

次にコスモスに宛てて、自分のことについて書いた。

実は人間だったこと、そして転生者であることなど、だましていたことを謝罪する。

しかし、この三カ月はウソ偽りない気持ちで接し、楽しかったことを伝えた。

そして最後に、サインを人に譲ってしまったことによるフアンDEATHへの謝罪をコスモスにことづけて、筆を置く。

 

 手紙を書き終えた俺は、宛名を書き終えていた便箋びんせんに手紙を入れると、地面に落とす。

すると、素知らぬ顔をして、それに取調官が手を伸ばした。


「おや、こんなところに差出人が書いてない手紙が落ちている。誰だ、落としたのは? 困っているだろうから、私が代わりに出しておくか」


 そう言って手紙を懐に忍ばせたのだが、明らかにわざとらしい。

だが、これだと見られても言い訳ができるので、捕まらないためには必要な演技なのだろう。

その儀式も終わり、さてこれで、いよいよこの国ともオサラバか。

少しだけ寂しい思いがしたが、嘆いても仕方がない。

そう思いながら席を立ち、部屋を出る準備をしようとすると、取調官から呼び止められる。


「そうだ、ちょっと待ってもらえるかな?」


「まだ何かありますか? 私の方の用事は全部済みましたが」


「いやね、先ほど人間の国に行く馬車が国境を通るために来たけど、そろそろ荷物検査が終わるはずだ。歩くのも大変だろうから、同乗させてもらえるように頼んでみようか?」


「よろしいのですか!? よければ、ぜひお願いします」


「了解。すぐ戻るから、しばらく待っていて」


 そう言って、取調官は部屋を出て行く。

俺は部屋に一人ぼっちで残されることになり、彼の帰ってくるのを待った。

しかし、数分で帰って来ると思っていた俺は、かなりの時間待ちぼうけを食らって暇を持て余すことになる。

それから三十分後、勢いよく部屋の扉が開かれて、俺は驚いて心臓が飛び出そうになった。


「おまたせー!」


 ゼーゼーと肩で息をする取調官は、そう言って部屋に入って来た。


「結構時間がかかりましたね。何かありましたか?」


 すると取調官は小さな声でささやいた。


「タイムリミットは三分だ。それ以上は見つかるから」


「はい? 何の意味が分からないのですが」


「あと、門番は頭が固いから、見つかれば即アウトと思ったがいい」


「さらに意味が分からないのですが……」


「それ以上は聞かないでくれ。誰かに聞かれるのはまずいし、すぐに分かると思うから。では行こう」


 そう言われた俺は取調官の後に続いて、馬車の待つ場所へと向かう。

すると、どうやら馬車の荷の検査はとっくに終わっていたようで、ふっくらとした体形の口ひげを生やした中年男性が、退屈そうに馬車を操る席に座っていた。

俺は慌てて駆け寄ると、男に頭を下げる。


「すみません、お待たせしたようで。私はプータローと言います。このたびは乗せてもらえることになりまして、ありがとうございます」


「ほう、国外追放されると聞いておったから、もっと粗暴なヤツかと思っていたが。そんなに堅苦しくせんでもいい。ヨドネコだ、よろしくな」


「ありがとうございます」


 俺はお礼を言うと、ヨドネコの隣に座ろうとして馬車の座席に手を伸ばした。

すると、ヨドネコにそれを手で制止された。


「おっと、あんたの席は隣じゃない。荷台の後ろに乗ってくれ」


「そうでしたか。すみません、厚かましくて」


 俺はヨドネコに謝ると、慌てて座席をつかんでいた手を引っ込める。


「そういう意味ではないが……。まあ、しばらくは荷台で我慢しておいてくれ」


 ヨドネコにそう言われて、俺は荷馬車の後ろに回り込んでみると、山のように積まれた荷物に驚くことになった。

あまりにも荷物を高く積み過ぎていて、崩れないか不安になるほどである。

それに、これだと後ろに座ったら前がまったく見えないぞ。

そう思いながら、俺は荷台の一角にあったスペースに腰を下ろすと、前の方から取調官とヨドネコの話す声が聞こえてきた。


「ヨドネコさん、後は任せました」


「あいよ、旦那。あんたの頼みだ、前に見逃してもらった礼だよ」


「すまない」


「では、またな」


 そうしてヨドネコが取調官に別れの挨拶を済ませると、馬車がゆっくりと動き出した。


 さて、この建物から関所の門のところに行くには、建物の正面にある大通りに出て、真っすぐに門まで進むだけでいい。

距離にして200mぐらいなので、この馬車だと、ほんのわずかな時間である。

荷台から、俺はぼんやりと後ろに遠ざかっていく建物を見ながら、取調官の言っていた話を思い出していた。


 タイムリミットは三分と言っていたが、何のタイムリミットだろうか?

俺はウルトラマンじゃないし、オークになる薬はもう持っていないので、変身が解ける残り時間でないのは間違いない。

だとすると、三分経つと門が閉まるので外に出られなくなるとの意味か?

しかし、それだと俺を国外追放する前に門が閉まるから意味が不明だし、元も子もない。

そうだ! 三分を過ぎると誰かに見つかるとも言っていたな。

この建物を出た後は門番以外に監視する者はいないから、見つかる意味でいうと、彼ら以外には考えられない。

そうであるなら、門番は融通が利かないので、三分間は荷台の後ろで見つかるなってことだろう。

だけど、何のためにだ?

国外追放された俺がもうすぐ国境の門を通るのを、門番は知っているはずなのに。

そうやって考え込んでいるときだった、道路端の植え込みがガサガサと揺れたのは。


「プータロー!」


 そう声が聞こえると、なんと植え込みから見知った人物が飛び出てきた。


「えっ! コスモスさん」


 俺は驚いて声を出し、いつの間にか荷台を飛び降りてコスモスのところに駆け寄っていた。

すると彼女は、素早く俺の手を引いて荷台の後ろまで走る。


「門番にバレんように馬車の速さに歩調ば合わせて」


 俺はうなずくと、コスモスと一緒に馬車のスピードで歩きながら尋ねた。


「どうやって、ここに?」


「フェスが終わった後、トンジルに馬車を用意してもらって急いで来たと。間に合わないかと思ったけど、ギリギリやったね」


「でも、ここは立入禁止区画でしょ? いったいどうやって」


「親切な人に連れてきてもらったと。ここの植え込みに隠れて待っていれば、よかって。ばってん、植え込みが終わるところまでしか時間はなかとよ」


「それでか……」


 俺は取調官の言った意味を理解した。

おそらく取調官は、俺に一目会いたくて来ていたコスモスを見つけ、いろいろと手引きしてくれたのだろう。

それにどうりで馬車の準備に時間がかかったわけだ。

門番から後ろにいる俺たちが見えないように、荷を高く積み上げてくれていたのだから。

取調官が部屋に戻ってきたとき肩で息をしていたのは、そういう理由だったのか。

まったく、やってくれるぜ。

そうこう考えていると、コスモスが俺の顔を不安そうにのぞき込んでいた。


「でも、よかった。あれだけ殴られていたけんが、めちゃくちゃケガしていると思っとったもん」


「普通は、そう思いますよね。だけど、なぜか不思議なことにケガが治っていまして、自分でもビックリしています」


「そっか。プータローってやっぱり不思議かー。まるでうちたちの神様のムショク様みたい」


「私に神様みたいな力はありませんって。ところで、なぜ危険を冒してまでここに? 見つかれば、ただでは済みませんよ」


「うん、それは知っとる。ここに案内してくれた人が、見つかったら懲役十年って言ってたもん」


「そ、そんなに長く……。じゃあ、早く戻らないと!」


「馬車もペースを落として走ってくれているみたいやし、まだ大丈夫たい」


 確かにその通りだ。

俺たちのゆっくりと歩く速さに、馬車のスピードが抑えられている。

取調官がヨドネコに頼んでいたのは、これだったのか。

だが、それでも時間は限られている。

焦っていた俺はコスモスをせかす。


「では、早く用件を!」


「えっとね、うちはちゃんとプータローとお別れをしたかったと。あのままじゃ、絶対に立ち直れんかったけん」


「申し訳ありません。あのときは、ああするしか方法が思いつかなくて。一方的な別れになったのは謝ります」


 俺は時間を気にしていたので、素早いお辞儀で手早く謝罪を済ませた。


「分かっとーたい。もう許しちゃるけん、気にせんでよかよ」


 そう言って、コスモスは俺の肩を軽く叩くと、その後にまじまじと俺の顔を見つめた。


「でも、そっか。これがプータローの本当の顔なんだ……」


「ガッカリしたでしょ? こんなえない顔の人間だなんて。イケメンのオークだった頃とは、雲泥の差ですよね」


「そやんことなか! それにうち、心臓の鼓動が止まらんもん。これがプータローの言っとった愛ってやつで、いとーってことやろ?」

 

 コスモスがそう告げて俺の手を強く握ったとき、門のある方から大声が聞こえてきた。


「おい、なにをチンタラと馬車を走らせている。もっとスピードを上げろ!」


 どうやら門番の声のようだ。

国境の門まで100mぐらいあるが、馬車のスピードが遅すぎてイライラして待っているらしい。

その不機嫌そうな声の門番に向かって、ヨドネコが大きな声で聞こえるように返答する。


「悪いね、門番さん。今日は荷物が大量で馬も重たがっているんだよ」


「見れば分かる。しかし、なんだ、その荷の積み方は。荷崩れを起こすぞ!」


「平気、平気。それに、あんたを待たせしちゃいけないと思って、荷物の検査後に急いで積み込んだんだよ」


「まあ、いいだろう。そういえば国外追放される人間を乗せているはずだが、どこに乗っている?」


「後ろの荷台に乗っているはずですよ」


「よし、そこで一回止まれ! 何か嫌な予感がする。念のためにそちらに行って確認をさせてもらうぞ」


 門番がそう言うと、ヨドネコは馬車を止めた。

そして門番に聞こえないように、俺たちにギリギリ聞こえるくらいの声でつぶやく。


「こちらに歩いてくるぞ。残り三十秒といったところだ」


 そろそろ三分か。

やはりタイムリミットのようだ。


「もう時間がありません。早く植え込みに!」


 俺はコスモスに隠れるように促したが、まだ要件を言い終えてなかったコスモスは、隠れようとはしなかった。


「そうだ! うち、マドカさんの曲をみんなのために歌いたかとやけど、マドカさん許してくれるやろうか?」


「今のコスモスさんになら、あの曲の意味を理解して歌うことができるはずです。そして、聞き手に愛する気持ちを伝えられれば、彼女も喜んでくれますよ」


「うん! だったらうち、歌うよ。そして、プータローとの約束どおり、この国のトップアイドルになってやるったい」


 俺はコスモスの輝かしい未来を想像しながらうなずいて、それと同時に残酷なときが来たことを知らせる。


「さあ、時間です」


 そう告げると、なぜかコスモスは、俺とつないでいた手を引っ張って俺を引き寄せた。


「え!?」


 俺は唇に感じた柔らかい感触に、思わず声が出る。

するとコスモスは急いで植え込みに隠れ、その中から赤面した顔だけをのぞかせると、アッカンベーをしながら俺に言った。


「この前、うちを泣かしたお返したい」


 そう言ってからコスモスは植え込みの中に隠れ、見つからないように、ゆっくりと建物のある方へ戻っていく。

俺はそれをほうけて見つめていたが、いつの間にか馬車の荷台に尻餅をついて座っていた。

すると、ちょうど門番が荷台の後ろにやって来た。


「なんだ、ちゃんといるじゃないか。逃げる時間稼ぎでもしているかと思ったぞ」


「だからさっき言ったでしょ。逃げるような人じゃないって」


 門番とヨドネコが二人で何か話しているようだったが、俺は自分の唇ばかりを気にしていて、その会話が耳に入ることはなかった。


 ファーストキス。

その味は人によってそれぞれ異なるらしい。

イチゴ味、レモン味。

キスに味がするなんて、まやかしで、俺は単なるリア充の戯言だと思っていた。


「今日は暑いな……」


 季節は夏。

だが、まだ汗をかく時間でもないのに俺は額の汗を拭うと、ふと、道端に咲くコスモスの花が目に入る。

俺はそれを見つめて、先ほどの出来事を思い返していた。

コスモスの花の香りのように、チョコレートのような甘くてほろ苦い味だったことを。





◇◆◇◆◇


エピローグ


 その後のオークランドは繁栄を極め、栄華を誇った。

それを担った人物の記録の一部が、オークランドで最も影響力を及ぼした100人として残されている。



◆ジャスティ・トンダ(トンダ社長)

 

 コスモスとの勝負に負けた後、ソフトトングの経営を退しりぞく。

そしてコスモスと結んだ契約どおりに、ハーフオークの身分差別撤廃を公約に掲げて、政治家を目指すことになる。

だが、それは愛に目覚めたトンダ社長が、自らの意思で公約として掲げたといわれている。

しかし、初出馬は見事に落選。

二回目の出馬で、なんとか初当選を果たす。

そして、初当選から五年後、ついにハーフオークが選挙権を持つ政策が実現する。

生涯、身分差をなくすことに身をささげ、一人の妻との間にたくさんの子供を授かって幸せに暮らしたとされる。


◆ジェームズ・トンダ(トンジル)

 

 父親のウィットニー・トンダにソフトトングの社長をするようにと嘆願されるが、それを断って、ドラゴンストア・モリィー(以下:ドラモリィー)の社長となる。

ドラモリィーの社長となった彼の経営手腕は凄まじいもので、次々とヒット商品を開発し、ほどなくしてオークランドのトップ企業となった。

そして、驚くことにソフトトングを買収すると、芸能、産業、農業を三本柱としたドラゴン・トリニティーグループ、通称ドラトリィーを設立する。

後に活躍の場を人間の国まで広げて、この世界では知らない者はいない企業の一つとなった。



◆コスモス・モリィー


 初参加のサガ音楽フェスタで二位になった後、より高みを目指すために厳しいレッスンを自らに課す。

半年後、サガ音楽フェス1,000回目で歌われた謎のアイドル(身元不明)の曲をカバーすると、たちまち大ヒットし、トップアイドルの仲間入りを果たした。

そして、翌年に開催されたフェスでは、ソフトトングから戻ってきたフアンとシスと新しいアイドルユニットを立ち上げて参加している。

その名前をメニ―・メタルと言った。

オークランド中に愛の歌を届け、オークランドを愛とメタルに包みこむことを活動目的としたグループである。

すると、二位に圧倒的な点差をつけて優勝。

他の地域でも行われているフェスでもブッチギリで優勝し、わずか一年で名実ともにオークランドのトップアイドルとなる。

その後、人間の国でも音楽活動ができるようになると、いきなり人間の国のフェスに参加して初出場で優勝を果たした。

それを機に人間の国でも曲がヒットして、彼女たちの名前がだんだんと人間の国でも知れ渡るようになる。

しかし、その本当の目的は一人の人間に会うためだったといわれている。



◆ドルータ・オーカケ


 職務に忠実な国境における取調官だったが、密告によって人間への忖度そんたくを疑われることになる。

ただし、明確な証拠は見つからなかったが、出世路線から脱落することになった。

そんなツイてないヤツと思われていた彼だったが、なんと、メニー・メタルのファンクラブ会員番号一番の栄誉に選ばれることになる。

それからは追っかけのドルータと二つ名がつくほどにアイドルの追っかけに熱狂して、アイドルのライブには仕事を必ず休んで欠かさず参加するようになった。

そして、ついには仕事を辞めて『アイドルいとー党』を設立して政治の道に進むと、人間の国とオークの国とのアイドルの交流に力を注いだとされている。



◆ヤエ・ヤバイ(ヤバイ婆ちゃん)


 

 1,000回目のサガフェス以降は種族差別をすることがなくなり、公平な審査委員長として名を馳せた。

しかしながら、四百五十歳で審査員長を引退すると、それまでとはうってかわって小説家を目指す。

すると発表した恋愛小説『ヨバイ婆ちゃん』が、新人でありながら寝起き賞を受賞して空前の大ヒット!

イケメンのオークに恋する婆さんの物語は、腐女子の心に響き、新たなヤバカルチャーが生まれた。

野に咲く梅が散る季節に眠るように亡くなり、その枕元には一枚のイケメンオークの写真が飾られていたという。

享年五百歳で、大往生を遂げた。



只野ただの・プータロー


 抹消済み――


やっと書き終えたー!

途中で思いついたのを全部ぶっ込んだので少し長くなりすぎましたが、3章まで書き終えるのを目標としていたから、すごく嬉しいです。

しかし、目標を達成したのでペースが落ちるかもしれません。

今後の展開も深くは考えておらず、行き当たりばったりな物語ですが、少しづつ書き進めていければと思います。


次章 「冒険してもいいかも?」 


さて、プータローは転生者お決まりの冒険者になってしまうのでしょうか?

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