オークランド・サーガ
「「「キャーッ!!!」」」
俺が舞台袖から姿を現すと、いたるところから女性の黄色い声援が上がった。
予想はしていたが、凄まじいエネルギーだ。
司会者はそんな様子に声を弾ませる。
「うわぁ、これはビックリするほどにイケメンだ! 失礼ですが、ここまでイケメンの方、私は初めて見ました」
司会者はそう言って俺を持ち上げたが、決しておだてているわけではない。
女性の俺に対する反応が明らかに他と違い過ぎるのだ。
司会者の言葉に対して俺が軽くお辞儀すると、それだけでまた女性の黄色い声が飛び交う。
「それにしても、女性に大人気ですね。男性陣はひがんでいるようですが……。そうそう、急きょ出場が決まりましたので、手元にあなたの資料がありません。申し訳ありませんが、自己紹介をお願いします」
司会者はそう言って、俺にマイクを手渡した。
俺はマイクを受け取ると、初めての状況に少し照れながら話す。
「私は只野プータローです。出身は、皆さんの知らない遠いところになります。えっと、それから――」
すると、自己紹介の途中だったのにもかかわらず、審査員席の方からいきなり怒鳴り声が聞こえた。
「お主がDTMを騙るプータローじゃったか! 神を冒涜する不届き者めが」
その声に驚いて声がした方に顔を向けると、それは審査員席にいるヤバイ婆ちゃんで、俺を睨みつけていた。
俺は関わりたくないので、そっと正面を向き直って自己紹介を続けようとしたが、それに対して怒鳴られる。
「こりゃ、こっちを見んか!」
仕方がないので、俺はヤバイ婆ちゃんの方を見直した。
するとヤバイ婆ちゃんはおかんむりのようで、声を荒らげて話し始めた。
「お主、まさか、今度はおのれ自身が出場してDTMであるところをアピールするつもりか! DTMは神聖なのじゃ。お主のような者がDTMであろうはずがない!」
あまりにもDTM、DTMと、しつこく言われるので、俺はヤバイ婆ちゃんに聞こえないように小声で不満を漏らす。
「あんまりDTMって言わないでくれないかな。さすがに恥ずかしいから……」
いくら外見が格好のいいイケメンオークであろうと、中身は四十代のオッサンである。
この国の世間一般では、童貞男の意味を持つ言葉を浴びせられて恥ずかしくないわけがない。
しかし、そんな俺の独り言も、ヤバイ婆ちゃんの地獄耳は聞き逃さなかった。
「私が言っているのは、童貞の方じゃない! いや、待て……、そんなイケメンな顔をしおってからに、本当に童貞なのか?」
そう言うと高圧的だったヤバイ婆ちゃんは不意に驚いた表情を浮かべる。
「まぁ、その、そうなりますね……」
俺は恥ずかしかったが真実を答えると、観客席は悲鳴のような女性陣の歓声で埋め尽くされた。
そして奇声を上げながらステージに押しかけ始める。
「あんなにイケメンなのに童貞だなんて、私がもらってあげるわ」
「ダメよ。あの人の童貞はあたいのものよ!」
「うちが先よー!!」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
おいおい、これってヤバくないのか?
この状況に俺は驚き、慌てふためく。
しかし、司会者は冷静だった。
「警備員! 観客を舞台に上がらせないように!」
すると、どこからともなく現れた警備員がステージの周りを取り囲み、事態の収拾にあたる。
そして、司会者はテキパキと警備員に指示を飛ばし、観客に向けてアナウンスを始めた。
「皆さま落ち着いてください。このままでは曲が始められません。もし舞台に上がれば、今後二度とフェスへの参加はご遠慮いただきます!」
警備員ともみ合いになっている観客に対し、司会者は冷静になるように呼びかける。
しかし混乱は冷めやらず、その様子は、まるで大きな壁に群がる巨人のようだった。
そんなゴタゴタとした騒乱の中、ふと気づくと、ヤバイ婆ちゃんが俺の隣にいるのに気づく。
「ほほう、確かにイケメンじゃ。それによく見ると、私の別れた旦那に似ておるではないか」
そう言って頬をポッと赤らめた。
ホントかよとツッコミを入れたくなったが、そこはグッと我慢する。
なぜなら、俺はヤバイ婆ちゃんに聞きたいことがあったからだ。
「そうだ! ヤバイさん、少しお話をいいでしょうか?」
「その呼び名はくすぐったくてかなわん。ヤバイ婆ちゃんで構わぬ。ところで何じゃ? デートのお誘いかのう」
そう言ってモジモジとし始めるヤバイ婆ちゃん。
今夜寝られなくなるから、勘弁してくれ。
俺は気持ちを切り替えると、ヤバイ婆ちゃんに質問する。
「ヤバイ婆ちゃんは、おいくつになられますか?」
「私か? 私は今年で四百歳じゃが。レディなので、みんなには秘密じゃぞ」
そう言うと、片目を閉じて投げキッスをした。
オーマイガー!
今夜は眠れそうもないや……
そんなことよりも四世紀も生きているって、どんだけだよ。
だけど、今はそれを喜ぶべきだな。
俺はヤバイ婆ちゃんに再び質問を投げかける。
「もしかして予言に詳しくありませんか? 特に司会者が言っていた、『約束の地にて何かが起こる』の続きとか……」
「もちろんじゃ。あの予言をしたのは、私の曾祖母である大婆様じゃからのう。生前に直接聞いたので、知っておるぞ」
「本当ですか! だったら、ぜひ詳しく教えてください」
俺は両手を合わせ、ヤバイ婆ちゃんに懇願した。
「そこまで言うのだったら、私にチッスをしてくれたら、教えてやらんでもない。それでも教えられるのは途中までじゃがな」
そう言ってヤバイ婆ちゃんはニタァと笑みを浮かべると、口をすぼめてキスをせがんだ。
さすがにそれは御免被りたいので、俺は負けじと食い下がる。
「それだとヤバイじゃなくて、イジワル婆ちゃんですよ。いいじゃありませんか、減るものじゃないから教えてくれても」
「何とでも言うがよい。それに予言の後半はシェンシェーショナルな内容なので、一族以外に口外できぬ決まりなのじゃ」
「お願いします。そこをなんとか!」
俺は手を合わせ、ヤバイ婆ちゃんをしつこいぐらいに拝み倒す。
しかし、拝み足りなかったのかヤバイ婆ちゃんは首を縦に振ることはなく、それどころか悪魔の取引を持ちかけた。
「思いついたぞ。お主が私と結婚すればよいのじゃ! さすれば、隠す必要はないわい」
マジかよ!
いくら俺が魔法も反魔法も使えない無能とはいえ、魔導書もないのに悪魔と契約する気はないぞ。
しかし、それでもやはり最低限の情報は必要である。
もしも、俺の推測が間違っていたとすると、取り返しのつかないことになるからだ。
「で、どうするのじゃ? 私としては、チッスよりも結婚するのがお勧めじゃが」
「わ、分かりましたよ。ただし、ほっぺにキスでお願いします。それで教えられる分を聞かせてください」
俺は妥協してそう告げたが、それでもヤバイ婆ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべて鼻息を荒くし、頬を俺に向けてきた。
そこに俺は軽くキスする。
「うひぁー! 私は幸せじゃ。もう思い残すことはないのじゃ……」
ヤバイ婆ちゃんは目を閉じて、まるで天に召されるような幸せな表情を浮かべた。
おいおい、そのまま死んでもらったら困るじゃないか。
俺は慌てて、ヤバイ婆ちゃんの肩を揺する。
「まだ死なないでください! もし死ぬんだったら、その前に聞かせてください!」
すると、幸せそうな顔でキスの余韻に浸っていたヤバイ婆ちゃんは、一瞬だけ不機嫌そうな顔をしたが、目を開けて俺の顔を見ると真顔に戻った。
「よかろう。大婆様の予言は完璧で外れたことがないのじゃが、この予言だけは、他とは違っておる。亡くなる前に大婆様は、こうおっしゃった。これは予言であって、予言ではない。神が降臨したオークランドにまつわる伝説の物語、オークランドサーガのプロローグとな」
それを聞いて、俺は聞き覚えのあるフレーズに気づいた。
オークランドサガ・プロジェクト。
そう、コスモスをアイドルにするために俺が名付けた作戦名である。
それと名前が似ているのが気になるが、ぶっちゃけるとノリと勢いで付けた適当な名前なので、考えるのは後回しだ。
今はそれよりも先に、ヤバイ婆ちゃんに聞かなきゃならないことがある。
「予言じゃない? 物語の序章? それってどういう意味なのですか?」
「それが分かれば苦労はせんわい。私は何かが起こると信じておったが、キリ番もゾロ目のときのフェスも、結局は何も起こりはせんかった。最近では大婆様に、からかわれたのかもしれんと思うとる」
「それでも構いません。教えられる範囲でいいので聞かせてください」
「まあ、約束じゃからな。よろしい、口づけではなかったが、サービスして同じところまで聞かせてやるわい」
するとヤバイ婆ちゃんは目を閉じて、まるで物語を読み上げるかのように語り始めた。
記念すべき日、雷鳴轟く約束の地にて何かが起こる。
それは絶望という名の試練。
だが、それに抗う者が現れる。
その者、阿保き衣をまといて、黄色く包まれた舞台に降り立つべし。
やがて約束の地に光が満ち、その者はオークの衣を脱ぎ捨てるだろう。
汝の御使いを呼び出し、多くの者を導かんがために。
「教えられるのは、ここまでじゃな」
ヤバイ婆ちゃんは予言を言い終えると、ゆっくりと目を開けた。
そして打ち震える俺を見て、目を丸くする。
「どうしたのじゃ? もしかして結婚を決めてくれたか!? であれば、気持ちが変わらぬうちに、すぐに皆に報告するのじゃ!」
「違いますよ! でも聞かせてくれて、ありがとうございます。これで確信が持てました」
俺はヤバイ婆ちゃんに深々と頭を下げると、事態の収拾にあたる司会者のいる方へと足と運んだ。
するとヤバイ婆ちゃんは少し残念そうな顔をする。
「なんじゃ、結婚はお預けか」
そう言い残すと、ヤバイ婆ちゃんは自分の席へと戻った。
先ほどのキスを思い出し、頬をさすって喜びながら。
一方の司会者の方はというと、やっと事態も落ち着きを取り戻したようで、額の汗を拭っているところだ。
そこに俺は声をかけた。
「すみません。今、よろしいですか?」
「はい、もう大丈夫ですよ。申し訳ありません、お待たせしてしまって。騒ぎも収まりましたので、そろそろ再開しますね」
「その前に質問があります。実を言うと、私は歌いません。私がちょっとしたパフォーマンスをした後に、別の者に歌を任せようと思っています。それってルール上、問題ないでしょうか?」
「問題ありませんよ。1チーム48人まで参加できますし、持ち時間内であれば、途中から参加した方が歌っても大丈夫です」
「安心しました。それでお願いしておきますね」
「はい。では、始めても大丈夫ですか?」
俺がそれに頷くと、司会者はマイクにスイッチを入れてアナウンスする。
「おまたせしました! それでは再開したいと思いますが、次にステージに押しかけた場合は強制退去となりますので、ご注意ください。それではプータローさん、お願いします」
そう言うと、司会者は舞台袖にはけた。
俺はそれを見計らって、ゆっくりと声を滑らせ始める。
「皆さん、こんばんは。実は皆さんにお知らせしなければならないことがあります」
シーンと静まり返っていた観客はそれを聞いて、ガヤガヤと騒がしくなり始めた。
俺は覚悟を決めて真実を明かす。
「実は私はオークではありません。ちょっとした手違いで、薬の影響によってオークになった人間です!」
すると、また客席は騒ぎになったが、司会者の強制退去という言葉が効いているのか、舞台に押しかけてくることはなかった。
時間が惜しいので、俺は騒ぎを気にせずに話を進める。
「証拠をお見せします」
そう告げると、俺は懐から小さな瓶を取り出して中身を一気に飲み干す。
すると、口の中に甘い味が広がった直後に、目の前が光に包まれて周囲にも光をまき散らしだした。
しかし、それもほんの数秒の出来事。
すぐに光は収まり、まずは気絶していないことに安心した。
そして俺はゆっくりと目を開ける。
さて、本当に人間に戻れたのだろうか?
前は鏡を通すとオークに見えたが、直接自分の目で見ると人間だったからな。
俺は自分の手足を眺めてみる。
とりあえず、服は大丈夫のようだ。
だが問題は、人間になれたかどうかである。
ところが、手足を見ても前と同じで、人間の肌の色に見えるので違いが分からない。
しかし、顔を上げようとしたときに、観客の変化に気づく。
観客が手に持った物を舞台に向けて投げ始めたからだ。
その時だった、今まで好意的な司会者がワナワナと震えてながら叫んだのは。
「に、人間だー! 警備員、ここからたたき出せ!」
その声で先ほどまで舞台下で控えていた数人の警備員が舞台に上がり、俺を取り囲んだ。
予想通りの状況に、俺はウィンドウに指示する。
『何があっても手出しはしないでくれ。おそらくは、復讐されることがカギ。それがポークを助けることにつながり、ポイントを貯める方法だと思うから』
『分かったわ。だけど、気をつけて! 本当にヤバくなったら、助けを求めなさいよ』
『うん、ありがとう』
そう伝えると、俺は腕をL字型に曲げて頭を守るように身を守る。
顔面にいいパンチをもらって気絶させられては元も子もないからだ。
警備員はそんな亀のような俺を見て、一斉に襲い掛かってきた。
無抵抗だった俺に対してパンチやキックがあらゆる方向から飛んでくる。
それにかろうじて耐えていると、舞台袖の方から声がした。
「もうやめてー!!」
コスモスの悲痛な叫びが俺の耳に届く。
だが、トンジルがガッシリと腕をつかんでいるので、こちらに来て巻き込まれることはないはずだ。
そして、フアンDEATHの二人も舞台近くまで来ていた。
俺に対する暴力を止めるように叫んで舞台に上がろうとしているが、警備員に止められている。
間違いなく人間の姿のはずなのに、それでも心配してくれる彼女たちを嬉しく思った。
あんまり心配させる前に、こんな茶番はとっとと終わらせなくてはいけないな。
俺はウィンドウにカミポイントの貯まり具合を確認するようにと指示を飛ばす。
『そろそろ、どうかな? さすがに貯まっただろう』
すると、先ほどから俺を心配して見ていたウィンドウは、ステータス画面を開いてポイントを確認すると悲痛な声を上げた。
『ウソ、何で貯まっていないの!? さっきよりも1,000ポイントしか増えてないわ!』
『何だって! まさか俺は何か勘違いしていたのか……?』
俺はそんな状況に集中力を失い、いつの間にかに防御がおろそかになっていた。
そして、気づいたときには床に転がされて茫然とするも、状況に気づいて慌てて丸くうずくまり、再び身を守る。
しかし、容赦がない蹴りの応酬に意識が刈り取られそうだった。
「ちくしょう、もうダメなのか……」
そんな諦めかけた時である。
俺を救う声がしたのは。
「やめんか! その者を手荒く扱うでないわ」
すると、その声で警備員たちの攻撃は一斉に止まり、そこに一人の人物がやって来る。
俺は腕のすき間から声の主を見ると、それは先ほど予言を教えてくれたヤバイ婆ちゃんだった。
ヤバイ婆ちゃんは俺の傍らまで来ると、小声で囁く。
「遅れてすまんなんだ。お主が人間になったのに驚き、放心しておったわい」
俺は声を振絞り、それに答える。
「いえ、助かりました。しかし、私は人間でありながら舞台に上がり、神聖なフェスを汚したのに、どうして?」
一瞬、ヤバイ婆ちゃんは顔を赤らめたが、すぐに真顔に戻って俺に話しかけた。
「久々にときめいた礼じゃ。それよりも、どうしてあんな馬鹿なことをしたのじゃ。そのままオークのふりをしておったらバレはしなかったろうに」
「確かにそうですね。けれども気づきませんでしたか? 私の法被姿のこの格好、観客の黄色い歓声、そして光が満ちて私が人間になったこと。この一連の流れが何を意味するかを」
それを聞いたやばい婆ちゃんは少しだけ考え込んだが、意味に気がついて慌てふためく。
「まさか……、あなた様は!」
その時だ!
ウィンドウから報告が届く。
『やったわ! 一気にポイント貯まったわよ。だけど、どうして?』
すると、驚いていたヤバイ婆ちゃんは急にポロポロと涙を流し、倒れていた俺の手を握った。
「大婆様の予言は、やはり真だった。嘘かもしれんと疑っておったが、これで私は救われたのじゃ」
どうやらカミポイントが貯まったのは、ヤバイ婆ちゃんが救えたからのようだ。
その事に俺がホッとしていると、さらにヤバイ婆ちゃんは泣きながら手を合わせて話を続ける。
「これでわれらが悲願であるヤバカルチャーへの扉は、ついに開かれるのじゃ。ありがたや、ありがたや」
ヤバイ婆ちゃんの言ったことは何を意味するかは分からなかったが、俺はなんとなくそれが予言の続きである気がしていたので、それ以上は聞かなかった。
すると、見かねた司会者が近づいてきて、ヤバイ婆ちゃんに話しかける。
「ヤバイ婆ちゃん、そろそろ進行しないといけませんが、この人間をどうしましょう? 人間を殺すのはご法度なので、役人に引き渡そうと思いますが」
「それがよかろう。だが、今後この者を手荒く扱うことは許さん。丁重に役人に引き渡すのじゃ」
「分かりました。そう手配します」
そう言うと、司会者は警備員たちに命令を下していく。
そして両脇を抱えられて立ち上がらせられた俺を見て、ヤバイ婆ちゃんは泣きながら俺に告げた。
「これでよいのじゃろ?」
俺は体の痛みに耐えて、必死に声をだす。
「はい。もう私の役目は終わりましたから」
「そうか、私の役目も終わったみたいじゃ。これでいつ死んでも惜しくはないわい」
「そんな事を言わないで、もっと長生きしてくださいよ。願わくは、今後のフェスではハーフオークに偏見を持たずに評価してくれると嬉しいです」
「任せておいてくだされ。では警備員、丁重に頼むぞ」
ヤバイ婆ちゃんは警備員にそう告げると深くお辞儀し、舞台から降ろされて連れられて行く俺を最後まで見送った。
ところで、俺にはもうひと仕事残されている。
それは俺の代わりに歌ってくれる人物を呼ばなきゃならないことだ。
それが誰なのかを薄々気づいていた俺は、ウィンドウに話しかける。
『そろそろ限界だ。ウィンドウ、君が代わりに歌ってくれるんだろ?』
『よく分かったわね。だけど、実体としてこの世界に姿を現せるのは200万カミポイントだと、10分間だけよ』
『それで十分だ。後は頼んだ』
俺がそうお願いすると、ウィンドウは俺のステータス画面からスッと消え去り、代わりにコスモスたちがいた辺りから光がこぼれた。
舞台を降ろされた俺は状況を知ろうと、必死になって耳をそばだてる。
しかし、思ったよりも殴られたダメージが大きいらしい。
集中しようとしても意識が朦朧として、集中力が続かない。
それでも、なんとか最後の力を振り絞る。
するとステージの方から歓声が上がり、女性の声がスピーカーを通して聞こえてきた。
「こんばんはー。私はハーフオークのマドカです! よろしくねー」
俺はその声を聞いて、声の主がウィンドウなのだと気づく。
いつもの姿だと舞台に上がれないから、姿や大きさを変えているのだろう。
「これはまたコスモスさんとは違うタイプのステキなハーフオークだ! いったいこの国のどこに、こんな美女がいたというんだ」
先ほどの騒動がなかったかのように、司会者が場を盛り上げる。
それを聞いて、俺は自分が引き起こした騒動でフェスが中止にならなかったことにホッとしていた。
「では、自己紹介をお願いします。ご出身はどちらでしょうか?」
「あーもう、そういうのいらないから。時間がないから、とっとと歌わせてよ!」
「えー、残念です。後から教えてくださいよ?」
「分かったから、早く!」
「では、曲名をお願いします」
「はい。曲は、『愛、求めて――」
そこで、俺の意識は途切れる。
次に意識が戻ったときには、俺は護送車にうつ伏せで乗せられて、フェスの会場から離れていくところだった。
フェスの会場からまだ歌が聞こえるので、意識を失っていたのは数分ぐらいなのだろう。
俺は寝返りを打って仰向けになり、遠くから聞こえる曲に耳を澄ませる。
すると、その曲は俺が生前、最後に作った曲であることに気づいた。
まだ曲名は決めてなかったが、アラフォーになっても結婚できない愛しさや切なさがつまった曲だ。
しかし、某ロボットアニメの主題歌っぽくなってしまい、パクリと言われるのも癪だったので公開せずにお蔵入りにしたはずなのだが……
そんな曲なのに、どうしてウィンドウが? と思ったが、聞いてもどうせ理由は教えてくれないだろう。
そして、俺は考えるのをやめて目を閉じると、歌姫という言葉がピッタリの歌声に聞き入った。
ほどなくして、それも終わりを告げると、俺の周囲には闇夜の静寂だけが戻る。
だが、それは観客の反応がないことを意味していた。
まさか、失敗したのだろうか?
ほんの一瞬だけそう思ったが、それは気鬱だった。
会場の方から地鳴りのような声が一斉に響き渡る。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
その声の凄まじさは、まるで闇夜を引き裂くかのようで、腰を抜かしそうになるほどである。
そんな悲鳴とも歓喜ともつかぬ叫びの中に、何度も繰り返し聞こえる単語があった。
ヤバカルチャー
それはヤバイ婆ちゃんから別れ際に聞いた言葉だった。
結局、俺はそれがどんな意味か聞く暇がなかったが、ヤバイ婆ちゃんが悲願というのだから、きっと素晴らしいことに違いないだろう。
俺はそう思うことにして、それ以上は考えるのをやめる。
そして、護送車の隅まで体を引きずると半身を起こして格子にもたれかかり、ウィンドウの帰りを待った。
『ただいま!』
しばらくして、ウィンドウが俺の視界の片隅に姿を現した。
俺から離れた場所でウィンドウが活動できる距離にはもう少し余裕がありそうなので、おそらく十分が経過したのだろう。
俺は彼女を見て微笑んだ。
『お帰り、ウィンドウ。結果はどうだった?』
するとウィンドウは腕で丸く輪をつくり、ニッコリと笑った。
笑ったということは0点の意味ではなくて、成功したってことなのだろう。
そう思っていると、彼女は驚きの結果を報告する。
『観客点で1,000点をたたき出したわよ! さすが私ね』
『おいおい、やりすぎだろ……』
俺は少し困った表情をしたが、勝ったのだから、まあいいか。
1,000回目の記念すべき日に1,000点だと、縁起もよさそうだし。
そんな物思いにふけっていると、ウィンドウが俺の肩をつんつんと突いてきた。
『そうそう、ヤバイ婆ちゃんがプータローに伝えてくれって言っていたわよ』
『ん? 何をだい』
『えっと、予言の続きだって』
『へー。だけど続きを聞いたら、次に会ったときに結婚してくれって言われそうだよ』
『それは大丈夫よ。もうイケメンのオークじゃないからね』
『ふわわわわ……、それもそうか。それじゃあ聞かせてもらおうかな』
俺は大あくびを噛み殺して答えた。
ヤバイ婆ちゃんの投げキッスを思い出して眠気に何とか耐えていたが、それも限界に近い。
ウィンドウが勝ったことで気が緩み、体力もすでに限界を超えていたからだ。
『ちょっと待って、今すぐに思い出すから』
すると、ウィンドウは目を閉じて思い出すように語り出した。
そして、長い年月を経て、ついにわれらは愛を知ることになる。
神と同じく、透き通った心を意味するムショクの名を持つ者によって。
しかし、誰も知ることは叶わず。
ここからオークランドの伝説は始まることを。
その者は人なれど、かつて人の身でありながらオークを救った我らの神であったことを。
やがて神は誰に見送られることもなく、旅に出た。
時の流れに逆らい、まだ名もなきサガの地に降り立つために。
予言を言い終えると、ウィンドウは俺に問いかける。
『これって、やっぱり私たちのことかしら?』
しかし、その質問に俺は答えることはなかった。
『あれっ? プータロー?』
俺は格子を背にして舟をこぎ、眠りの世界へと旅立っていた。
まるで叙事詩の続きが、夢で待ち受けているかのように……




