ナリアガレ! そしてモリアガレ
司会者に呼ばれたコスモスが舞台袖から姿を現すと、観客はその姿を見て思わず息をのんだ。
それは彼女の父親も例外ではなく、アイドルの衣装を着た娘の姿を初めて見るサンドラは無意識につぶやいた。
「あれが、うちの娘なのか!? マジかよ、天使じゃねーか……」
父親は自分の娘に対してひいき目になるらしいが、サンドラの場合は率直な感想だろう。
なぜなら、コスモスの凛とした姿は衣装と相まって、まるで天使のような輝きを放っているからである。
それにゲリラライブで自信をつけたようで、歩きながら笑みを浮かべて観客に手を振る余裕さえ見せているのだ。
それは本当に驚くべき成長で、最初の頃のゲリラライブでは恥ずかしさに曲の途中で逃げ出していたとは、誰も思わないだろう。
俺がそんな思い出を懐かしんでいると、ステージ上ではいつの間にかコスモスが司会者から質問を受けていた。
「それにしても、かわいらしいお嬢さんですね。衣装もお似合いですよ。実を言いますと、今回のフェスで一番気になっていました。ちなみに出身はどちらですか?」
「うちはサガ出身やけど? ずっとサガに住んどーよ」
「えっ! 本当ですか?」
すると、慌てて司会者は手に持っていたファイルに目を通した。
「確かに書いてもらったプロフィールには、そう書いてありますね。おや? しかもドラモリィーの社長令嬢で……、えっ! 母親が人間ですって!?」
それを聞いた観客はざわつきだす。
しかし、コスモスはそれを気にした様子もなく首をかしげると、あっけらかんとしていた。
「あれ? プロフィールの書き方、間違えてたとかな? うち、おっちょこちょいやけんが」
「そ、そうではなくて……。いや、プライベートな話はやめておきましょう」
そう言って、司会者は話題を変えた。
何なんだ? この司会者と観客の反応は。
コスモスの母親が人間と聞いてから、明らかに会場の様子が変だ。
俺はそれが気になり、隣に座っていたサンドラに尋ねる。
「何だか急に騒々しくなりましたが、みなさんはどうされたのですか?」
それを聞いたサンドラはバツが悪そうに答えた。
「……コスモスの母親が人間なのを知っているオークは、少ないからな」
「それって、どういう意味ですか? ハーフオークであれば、どちらかの親が人間なのは普通でしょ?」
「そっか、あんたは外から来たから知らないのか……。いいか? この国でハーフオークと呼ばれる者は、人間との混血を意味しているだけだ。だから、少しでも人間の血が混じっていればハーフオークと呼ばれるのであって、一方の親が人間である必要はないんだよ。ただ、あんたが思っていた普通が、この国ではコスモスだけしかいないのさ」
それを聞いて、俺はすぐに理解した。
純血なオーク以外はすべてハーフオークと呼ばれるが、片方の親が人間なのは、この国ではコスモスだけということに。
確かにこれまでこの国で見かけた人間は片手で数えられるほどだ。
それはオークの国なので当然だと思っていたが、今にして思えば、ハーフオークの住民数と比べると圧倒的に少なすぎる。
しかし、そのことを俺は今まで何の疑問にも思わないでいた。
「本当ですね。思い返してみると、この国に来てから人間を見たのはまだ数人です。でも、なぜコスモスさんだけしかいないのですか?」
「そりゃそうさ。千年前の人間との和平交渉で人間との生殖行為が禁止になり、それに背けば処刑されることが決まったからな。ついでに言うと、人間を見かけないのは和平を結んだとはいえ、嫌悪する種族の国に来たがるもんか。欲深い行商人か物好きな学者ぐらいだよ、それを気にせずに来るのは」
「でも、それだとおかしくありませんか? 現にあなたは処刑されていませんが」
「例外規定さ。お互いに愛し合っていると証明できれば不問にするとのね。だから、愛を知らないオークには実質禁止と同じ意味を持つ。だが、そんな規定があっても、過去には人間に手を出して国を追放された者もいるがな」
「だとすると、あなたは……」
「俺はオークの中でも変わり種のようでね、妻には人間よりも人間らしいと言われたよ。そんな俺の見立てでは、あんたは俺以上に愛を知っていると思うんだが……。違うかい?」
そう言うと、舞台上のコスモスを見ながら話していたサンドラは、俺の方をチラリと横目で見た。
確かに俺は人間なので、人間の感性を持ち合わせている。
だがしかし、愛となると話は別だ。
なぜなら、恋愛経験が圧倒的に不足しているからである。
「知識として知ってはいますが、それだけです」
俺は少しだけ無愛想に答えた。
ウソはつきたくないし、こう答えれば深く詮索されずに済むだろう。
そんな思いからだったが、そう都合よくはいかなかった。
「でも、あんたは人間に育てられて一緒に暮らしていたと聞いたが?」
「ええ、そんな設定でしたね」
「設定?」
「いえ、何でもありません。確かにそのとおりですが、それがどうかしましたか?」
「愛というのは、男女間だけのものではない。そのことは人間に育てられたあんたには当然のことで、この国に来るまでいろいろな愛に触れてきたはずだ。そんなあんたになら、愛する心をオークたちに、きっと教えられるはずなんだ」
おいおい、そんな無理難題を俺に押し付けようとしていたのか?
だいたい、俺の愛は二次元やアイドルといったものに偏っている。
そんな人物が他人に愛を説けるはずもなく、期待するだけ無駄と言いたい。
しかし、残念ながらそれを説明できないのがもどかしい。
「私のことを買いかぶり過ぎです。だいたい、愛を教えてどうするつもりですか」
「それはオークたちが愛を知れば、妻がこの国に戻れるかもしれないからだ。俺には無理だったが、あんたにだったら……」
「確か、奥さんは差別に耐え切れずに国を出て行ったそうですね。それでしたら法律を改正して身分差をなくし、違反した場合は厳しい罰則で縛るしかありません。私が調べたところ、この国の現状は厳しい規則で成り立っていますから」
「差別に耐え切れず……? そうか、コスモスから聞いたのか」
俺はそれに頷く。
すると、サンドラは申し訳なさそうな顔で答えた。
「すまん。それは昔、俺が娘についたウソなんだ」
「えっ!? ウソなのですか?」
「ああ。本当の理由は、妻が人間であることを隠していたのがバレてしまったからだよ。しかし、その理由を話そうにも娘は幼すぎた。だから、理解しやすいウソでごまかしたのさ。母さんは周りにいじめられて出て行ったとね」
「おかしな話です。この国で人間が暮らすのは問題ないはずですし、愛があれば人間がオークの子供を産んでも問題ないのですよね。でしたら、奥さんが人間だと隠す必要はないのでは?」
「それは建前だ。結婚した後、妻にはハーフオークの格好で暮らすことが命じられたのだからな。さて、どうしてだと思う?」
今までの話からすると、人間との結婚は例外的に認めたが、その事実は表沙汰にしたくなかったことになる。
そして、先ほどの観客たちの驚き様。
考えられるのは一つしかなかった。
「そうか! 他のオークには刺激が強すぎたのか」
「オークが人間に子供を産ませた。その事実は長らく、人間を性の対象と見ていなかったオークにとって、あまりにも官能的な響きだった。警告されてもなお、うちの嫁につきまとうのを抑えられないぐらいのね。とはいえ、それについては俺が常に護衛していたから大ごとにはならなかったけどな」
「影響が他の人間に波及したのですね……」
「そうだ。関係のない人間が襲われたことで事態は悪化し、泥沼の様相を見せ始めたのさ。だから、この事態を重く見た議会は、原因である妻を国外追放にして、オークの子供を産んだ事実を隠ぺいすることにしたんだよ。妻がこの国にいた痕跡をすべて消し去ってね」
「ひどい話です。だとしたら、不当だと訴えて有力な議員に陳情するしか、この国に戻れる方法はないのでは?」
「それは無理だな。和平交渉で決めた、人間に危害を加えないとの約束を守ることを優先して妻を国外追放にしたんだ。言っても断られるだけさ。根本的に解決するしかない」
「そこで、愛ですか」
「慈愛。それをオークたちが知ることができれば、本当の意味で人間と共存できる。そう、妻が言っていたからな」
おいおい、なんだかスケールの大きな話になってきたぞ。
それに俺がオークに愛を教えるなんて、どだい無理な話だ。
このままでは巻き込まれそうな予感がした俺は、話題を逸らした。
「そういえば、さっきコスモスさんが大勢の前で母親が人間とバラしちゃいましたけど、大丈夫でしょうか?」
「小娘の戯言だと、みんな思うだろうよ。何せ妻の存在は抹消され、人間から生まれたと証明しようがないからな」
「確かにそうですね。でも、理不尽な話です。そうだ! 手紙のやり取りだったらどうでしょうか?」
「住んでいる居場所も知らないし、仮に手紙を送ったとしても没収されるだろうな」
「そうですか。すみません、お力になれずに」
「気にするな。それに合法的に近況を知らせる抜け道に、今さらだが気づけたからな。一方通行で確実性はないが」
「本当ですか?」
サンドラは頷くと、他人に聞かれまいと小声でささやいた。
「このフェスの出来事は毎年、魔法によって記録されていて、後で人間の国に送られることになっているそうだ。歌う場面だけに編集されて個人を特定する情報は消されるそうだが、俺の妻であれば娘と気づく可能性はゼロじゃない」
「仮に見たとしても、自分の娘と気づくでしょうか? 大人っぽく化粧もしましたし」
「自分の子供を忘れはしないさ。きっと気づいて、成長した娘の姿に喜んでくれるはずだ。それも記録を見てくれたらの話しだが、あんたが娘に力を貸さなきゃなかった話だ」
サンドラはそう言うと、俺の肩をバシバシと叩いて喜んだ。
喜んでもらえるのは嬉しいが、それはトンダ社長に勝ってからにしてくれ。
まだ勝負は終わっていないのだから。
そんな中、いつの間にかステージの上ではコスモスと司会者とのやり取りが終わったようだった。
「コスモスさん、ありがとうございました。それでは、歌の方にいってみましょう。曲はナリアガレです。お願いします」
司会者がそう言って舞台袖に引っ込むと、コスモスは舞台中央の立ち、大きく息を吸い込むと叫んだ。
「いつか 誰もが ナリアガレー!」
その声に呼応して曲が始まり、舞台には色鮮やかな光があふれた。
ちなみに、この光の照明はドラモリィーの従業員たちが手によるもので、本日が初披露である。
日本のライブやコンサートなどではお馴染みである光の演出も、ここ異世界となれば話は別だ。
きっかけは、俺がコスモスにこんな舞台演出ができないかと相談したことから始まる。
彼女には無理だと言われたが、それをこっそり聞いていた従業員たちがやってみたいと名乗りを上げてくれたのだ。
しかし、それは一筋縄ではいかない難しいものだった。
光の魔法の一種らしく、適正があれば簡単に扱える魔法らしいが、人の手で正確に曲のタイミングに合わせるには高度な技術を要したからだ。
しかし、そんな難しい要求にも夜遅くまで練習して応えてくれたので、期待以上のものが完成したのだった。
ホント、みんなには頭が上がらないよ。
観客はこの見たこともない光の演出に驚き、茫然としていた。
しかし、ハーフオークの観客たちだけは驚きつつも、曲に合わせて手拍子でリズムを取って掛け声を上げ始めたのである。
これがこの世界で初めてコールという応援が登場した瞬間だった。
コールを簡単に説明すると、曲の間奏やサビで観客が叫ぶ掛け声や合いの手のことで、手や団扇を振って応援するしか知らないオークたちにとって衝撃的だったに違いない。
ちなみに、練習はミニライブに来てもらった観客たちに後日集まってもらったのだが、どうやらフェスに参加しているハーフオークの全員がやり方を知っているようだ。
きっと熱心なファンがコール本を作って配り、俺の知らないところで、一緒に練習してくれたのだろう。
そんな心強いハーフオークたちの応援を背負って、ついにコスモスの歌が始まった。
雨でぬかるんだ道 いつも足取られていたよ
生きている 理由さえ 君は知ろうとせず目を逸らす
道しるべは一つだけ そんな未来図しかないと 決めつけ泣いていたよね
涙で明日さえ見失い 見渡す限りの水たまり 道は見えなくなったけど
泣いてスッキリしたはず
今すぐ傘を手にして 長靴履いて飛び出そう
水たまりも ジャブジャブはしゃいで 楽しんでいれば
雲の隙間から日が差して やがて君を照らしだす
泥だらけで かっこ悪いけど
この汚れはマイナスじゃない プラスにして積み上げて
放物線みたいな軌跡描いて 夢をつかみ取れ
そしてきっと 虹の橋を渡って ナリアガレ
ハーフオークたちは大盛り上がりだ。
一方のオークたちは驚きのあまり固まったままである。
予想通りの反応ではあるが、このままではフアンDEATHに負ける可能性が高い。
当初のプランでは、ハーフオークの観客数がフェス全体の半分を前提にした計画で、ライバルの点数がもっと下を想定した。
だから、オークたちの声援がなくても十分に勝算があり、問題はなかったのだ。
しかし、状況は変わってトンダ社長の策略により、圧倒的にオークの観客が多く、ライバルの点数も高いときている。
観客数の不利については、フアンとシスのおかげで若干は改善された。
しかし、もう少しオークたちが盛り上がってくれないことには勝算がなく、見積もりが甘かったと言わざるを得ない。
そんな不利な状況の中、コスモスが予定していなかった行動を起こす。
何を思ったのか、曲の合間にステージの観客に近い位置まで進むと、観客たちに話しかけたのだ。
「みんな盛り上がっているかい! そこオークたちも、ほら、手を叩いてみて」
すると、彼女の目の前にいたオークはその状況に驚きの表情を見せたが、戸惑いながらも手を叩く。
しかし、リズムが難しいのか首を左右に振ると手を止めた。
「難かしかって? もっと周りの音を聞くと。ほら、私のリズムに合わせてみて」
すると、先ほどのオークは照れながらも、コスモスの手の動きに合わせて手拍子を始めたのだった。
「うん、よか感じ。できとる、できとる」
そう言ってコスモスがウィンクすると、そのオークは頬を赤らめた。
「じゃ、もっと飛ばすよ! みんな、もっとモリアガレ―!!」
コスモスはそう言ってから観客たちに向けて投げキッスをした。
そんな様子を傍観していたオークたちに変化が起こる。
まるで魔法にかかったように目じりを下げ、誰もが手拍子を始めたのだ。
まさかと思うが、彼らは自分に向けての投げキッスだと勘違いしているのではないだろうか?
後で自分に向けての投げキッスだったと論戦が起こり、血みどろの戦いが起きなければいいが……。
そんな心配をよそにコールは会場全体に波及し、オークとハーフオークたちは一緒になって盛り上がり始めていた。
てっぺんへ至る道 いつか駆け抜けてみたいよ
イキってる ヤツだと 私は罵られて言われても
運命は変えられない すべてが支配されてると 諦めたくはないよ
背中を押してくれる人がいる 応援してくれる君がいる 遥か高み遠いけど
進む勇気もらえたよ
今すぐ甘え投げ捨て 声援を背に駆けだそう
道なき道も 明日へ続く道だと 信じて進めば
例えいばら道だとしても やがてそれが道になる
傷だらけで ボロボロだけど
この痛みには後悔はない 満ち足りた喜びに
放物線みたいな軌跡描いて 拳突き上げろ
やがてそれが 君の力となって ナリアガレ
曲が終わると同時に大歓声が起きた。
観客が歌い手と一体になれる、そんな魂までつながったような体験に、誰よりも大きな歓声が沸き起こる。
「何なんだよ、これ。まさか私がこんなにも心が高鳴るなんて」
「私も涙が止まらないのです。まるでコスモスちゃんと一緒に歌っていたかのようです」
近くにいたフアンとシスは驚きの感想を口にし、サンドラに至っては涙と鼻水を出しながら声にならない声を上げている。
それは知り合いや身内だからというわけでなく、会場中の誰もが興奮の頂点にいた。
歌には思いを伝える力があり、キッカケさえあれば種族を超えて分かり合える。
そんな光景だった。
だが、そんな感動的なシーンも、隣から聞こえる不快な音に水を差される。
ギリギリギリと聞こえるその音は、トンダ社長の口からだった。
自分の不利を悟ったようで悔しそうに顔をゆがめて歯をすり減らしている。
「馬鹿な……、あり得ない。この短期間に、ここまでやれるはずがない。そうか、これは夢なんだ!」
そんなトンダ社長のつぶやきは、司会者の驚きの声にかき消された。
「こんな光景は初めてです! 老若男女、そしてオークやハーフオークといった種族さえ関係なく、会場のいたるところから歓声が起きています。驚くべきは、歌い手と一体になれたかのような、この体験です。この感動は言葉では言い表せません。まだまだ言い足りないのですが、時間も押していますので採点にいってみましょう。まずは観客点です」
それを聞いた観客は静まり返り、みんなの視線はステージ後ろにあるスクリーンに釘付けになった。
そんな中、俺は目を閉じて手を合わせて祈ることを選ぶ。
『お願いします神様。こんなにもみんなが頑張ったのだから、どうか報いてくれませんか。俺はどうなっても構いませんので……』
たった数秒間鳴り続ける打楽器の音に、まだかまだかと心臓の鼓動が呼応する。
ついにシンクロした心臓の鼓動は追い抜き、さらに加速するかと思われたところで、打楽器の音は終わりをつげた。
静まり返った会場に自分の心音だけが響く。
止めていた呼吸が酸素を求めて息を吸おうとした、まさにその時だった。
うおーっ! と、雄叫びのような声が会場中から沸き起こった。
その声に俺は驚きながらも、恐る恐る目を開ける。
すると、そこには信じられない点数が表示されているのだった。




