狭間にて2
「それじゃ、ここからが本題っス!」
威勢のよいチャラ男の声。
それを聞いて俺はハッと我に返った。あまりにも受け入れがたい事実に、どうやら現実逃避していたようだ。
俺は頭を切り替え、チャラ男の話に耳を傾ける。
「このまま何もせずにいると、あの世に行くことになるっス。その場合は例外なく神様の目に触れるので、やめてほしいっス」
「やはり死ぬ前には戻れないんですか?」
「それは無理っス。中途くんはすでに死んでいるっスから、身体は権利者によって凍結されているんっスよ。そうなると再ログイン不可っス。なので異世界転生して、人生をやり直してほしいんっス」
「なんだかゲームみたいですね……。でも、わかりました。おっしゃるとおりにします」
「あざっス。で、そのお詫びとして、すばらしい特典を差し上げるっス」
「なるほど、慰謝料代わりというわけですね」
「そのとおりっス」
まさに異世界転生におけるテンプレートどおりの展開だ。そのすばらしい特典とやらを使えば、転生先で快適な生活を送れるということだろう。
もちろん俺に、その申し出を断る理由はない。相手がお詫びをしてくれると言っているのだから、ここは迷惑をかけられた分だけキッチリと頂くことにしよう。
「具体的に、どのような特典を頂けるんですか?」
「聞いて驚くっスよ。ホントはダメなんっスが、転生するにあたり無制限に望みを聞いてあげるっス。なので自分の容姿や年齢、生まれに身分はもちろんのこと、幼馴染や彼女の有無といったところまで、すべてが思いのままっス」
「ホントですか! では異世界転生のお約束――スキルなんかも自由に選ばせてもらっていいんですね?」
「もちろんっスよ。それにレベルや能力値も自由にいじれるっスから、希望どおりにカスタマイズできるっス。でも、いろいろ決めるのが面倒だったら、“既成”のもあるっスよ?」
「キセイ? あのー、それってどういったものですか?」
「簡単に説明すると、最初から能力やスキルの組み合わせが決まっているやつのことっス」
「あー、既製品とかと同じような意味合いでしたか」
「理解が早くて助かるっス。転生する人たちの選ぶスキルや能力、容姿といったものは、なぜかだいたい組み合わせパターンが決まっているんっスよ。そこで注文が多い組み合わせパターンは、既成キャラとして登録してあるんっス。まあ、一部例外のキャラもいるっスけどね」
例外? ちょっと気になるなぁ。
こういうのって意外と重要だったりするし。
そういうわけで尋ねてみる。
「あのー、例外というと?」
「神様の意向で登録されたキャラがいるんっスよ。そんなに数は多くないっスが」
神様の意向か……。
なら、アレのことだな。
「あっ、わかりました! 勇者とか聖女とか、そういったキャラのことでしょ?」
魔王の復活とかで世界がピンチに陥ったとき、欠かせないからね。
そう思っていると――。
「違うッス。すべてネタキャラっスから」
それを聞いて、思わずズッコケる俺。
チャラ男は床に倒れた俺を気にも留めず、続きを話す。
「いずれにせよ既成キャラは手間いらずで、簡単に転生できるっス。転生のことをよくわかっていない人もいるっスから、大好評っス」
俺はゆっくり立ち上がる。
「へえー……ちなみにどんな既成キャラが人気なんですか?」
「最近だと、“漆黒の二刀流剣士”のキャラっスね。とんでもなく強い上にカワイイ彼女付きで、おすすめっス」
「なんですとー!!」
そりゃ人気なわけだ。どう考えてもそれ、某ライトノベルの主人公がモデルだし……。
でも、そっか。小説や漫画、映画にアニメといった登場人物になりきりたいから、組み合わせがパターン化するんだな。
……あれっ? でも待てよ。怖いことに気づいてしまったかも?
「既成キャラのことは、だいたいわかりました。でもそうなると、かなりたくさんの人が転生していますよね?」
「そのとおりっス。良い行いをしていると、死んだときに神様が異世界転生させてくれるっスからね」
「やはりそうでしたか……。だとしたら人気の既成キャラを選んだ場合、転生先はそっくりさんで溢れかえっているんじゃないんですか?」
「さあ、どうなんっスかねぇ。ただ、転生する場所も時代もバラバラのはずっス。だから、一概にはそういうわけでないと思うっスが」
「要するに、神のみぞ知るというわけですか……」
「――そんなことより、とりあえず既成キャラの人気ランキングを見てみないっスか? 自分だけのオリジナルキャラにするにしても、参考になると思うっスよ」
「えっ、ランキングが見られるんですか!?」
「神様が運営しているカミゾンの公式サイトで見ることができるっス。実際に転生した人のレビューや、五段階での評価が見られるようになっているから便利っスよ」
チャラ男が指をパチンと鳴らす。
それに合わせて俺の頭上から半透明のウィンドウ画面が、すうっと降りてきた。
その画面には、パソコンの起動画面を連想させるような小さな文字の羅列が表示されていたが、しばらくすると“KAMIZON”と書かれた色鮮やかな画面が映し出された。
「これがカミゾン……」
それは某ショッピングサイトのトップページを彷彿とさせるようなデザインのページだったが、すぐに画面が切り替わった。
代わりに表示されたのは、どこか見覚えのある人物たちの写真が画面の上からズラッと並ぶページ。
写真には1から順番に番号が振られていて、写真の横にはその人物の呼び名が書かれている。
「これが既成キャラ全体の人気ランキングっス。画面の操作方法は中途くんの世界のスマートフォンと同じっスから、試してみるといいっス」
チャラ男にそう言われ、俺はランキング一位のキャラ――“漆黒の二刀流剣士”を指でポンと触れてみる。
すると画面が切り替わってキャラの詳細画面に移動し、そのキャラが最初から持っているスキルや能力値といった性能とレビューが見られるようになった。
ちなみに画面を下にスワイプしてページの一番最後を見たら、関連するキャラや、よく一緒に検討されているキャラなんかが表示された。
その詳細画面の中で、俺が最も衝撃を受けたのはレビューの数だ。とても一日じゃ読み切れない数が書かれている。
そういうわけで“漆黒の二刀流剣士”のレビューに軽く目をとおして見たわけだけど、5段階評価で4.9という高評価を受けているだけあって、どれも大絶賛の内容だった。
「さすが男の理想――いや、中二病の妄想を具現化したかのようなキャラだけはあるな……」
「だったら、これに決めるっスか?」
「んー、あまり転生されすぎているキャラは、ちょっと……。同じキャラと出くわさない保証はないですし」
もし偶然出会ってしまったら、恥ずかしすぎて死ねる。
「それなら、このキャラをもとにカスタマイズするのはどうっスか? 顔を変えたり、スキルを追加したりもできるっスよ?」
「なるほど、その手もあるのか……」
「あー、でも既成キャラを選ぶ人は、なぜかみんなカスタマイズしないっスね」
わかるなぁ、その気持ち。そのキャラになりきりたいんだから、当然そうなるよね。
俺は少し考えてから答える。
「やはり、やめときます。私も既成キャラを選ぶとしたら、カスタマイズはしたくないので」
「わかったっス。それじゃ盾しか装備できないキャラなんてのはどうっスか? レビューは星の数が4.7で高評価なんっスけど、なった転生者は少ないっスよ。ちなみにおいらのオススメは、スマートフォン使いっスね。多少人気キャラにはなるっスけど、異世界でも地球の漫画が読めるうえに、十人近くの女の子とハーレムを築くことが可能っス」
チャラ男にそう言われ、俺はそのキャラたちの詳細を見てみる。
んー……やっぱり、どうもシックリこないなぁ。
今まで気にしたことはなかったけど、もしかして俺って相当マニアックなほうが好みなのか?
そう思いながらランキングの一覧画面に戻ると、チャラ男がアドバイスしてくる。
「もちろん女性キャラに転生することも可能っスよ? それともスライムや蜘蛛といった人外キャラのほうが好みなら、そっちのランキングもあるっス」
チッ、顔に出たか。
とりあえずアドバイスはいいから、ジックリと見させてほしい。
「えっと、しばらく一人でいろいろ見て検討したいので、話しかけないでもらえます?」
俺はチャラ男に申し訳なさそうに頼んだ。
「わかったっス。時間はたっぷりあるっスから、ゆっくり見るといいっスよ。その間、おいらは漫画を読みながら待ってるっスから」
そんなんでいいのかー! と、俺はツッコミを入れそうになったが、その言葉を飲み込んで「わかりました」と返事をした。
このあと俺は、画面に表示される既成キャラを見ることに没頭する。
一時間くらいが経過した。
俺はまだウィンドウ画面と、にらめっこしている。
だが、苦痛は感じない。
いろんな既成キャラに投稿されているレビューを読むのが楽しいからだ。例えるなら、ネットでショッピングを楽しんでいるような気分と言っていいだろう。
そんな楽しんでいる最中のことである。
急に、見ているウィンドウとは別のウィンドウがポップアップし、赤い文字で書かれた警告文が表示された。
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システムメッセージ
警告:必要項目が未設定です。
このまま転送条件が決定されない場合、
転送システムを終了します。
システムを自動終了するまで(秒):500
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あれっ、何か操作を間違えたか?
とくに変なことはやってないと思うんだけどなぁ……。
「あのー、すみません。何か警告文みたいなのが出てきたんですが、どうすればいいんでしょうか?」
俺は床に寝っ転がりながら漫画を読むチャラ男に向かって、不安げに問いかけた。
「おかしいっスね。普通は、そんなのでないはずっスが……」
そう言うとチャラ男は読みかけの漫画を開いたまま床に置き、立ち上がって近くにあるウィンドウ画面に視線を向けた。
すると、今までにないくらいチャラ男が動揺した顔をする。
「やばいっス、残り約7分で中途くんがあの世行きになるっスよ! もう時間がないっス!」
「えっ、そんなの聞いていませんよ!」
「おいらも知らなかったっス。普通は制限時間なんてないんっスよ。でも今回はイレギュラーな死亡事故を隠ぺいするため改造ツールを使っているんっスけど、それがダメだったみたいっス。既成キャラにするなら、もう少し選ぶ時間はあるっス。でもオリジナルキャラにするなら、早く望みを言うっスよ」
――まだ、あわてるような時間じゃない。
今そう言えるなら、最高にカッコイイ場面だ。
しかし既成キャラを選ぶのはやめようと決めたから、そんな悠長なことは言っていられないぞ。
こうなったら仕方がない。
考える時間がないから、中二病全開の“ぼくの考えた最強キャラ”の路線でいくか。
「決めました! 年齢は16歳。親は貴族の金持ちで、そこの三男生まれ。顔は超イケメン。それとレベルは最大、各種パラメーターもMAX。全属性の魔法が使えるうえに、すべての状態異常が無効。そしてスキルは……そうだ! 転生先の世界に存在する、また存在しなくても将来的に存在しうる、ありとあらゆるスキルをください」
俺はとりあえず思いつけるだけの望みを口にした。
「マジっスか!? そこまで最初から強いと、人生面白くないっスよ? クソゲー並みに人生に張り合いがなくなるっス。特にありとあらゆるスキルとかヤバすぎっス! チート行為と一緒っスよ! でも、時間がないから引き受けるっス」
チャラ男は俺の非常識な要求に驚いたようだったが、あっさりと引き受けた。
どんな望みも叶えられると言ったんだから、こんな無茶なお願いでも引き受けてくれなきゃ困る。
ただ、強すぎて人生がつまらなくなるなんて言われると、さすがにちょっとやりすぎたような気もするが。
――まあ、常識ハズレのスキルだけ使わないようにすれば、おそらく大丈夫だろう。
目を閉じて腕組みしながら考えていた俺は、その結論にうんうんと頷くと、ゆっくりと目を開けた。
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本製品はオリジナル製品であり、神様のライセンス製品ではありません。
→コード入力
メモリーマネージャー
オプション
システムを自動終了するまで(秒):150
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いつの間にかカミゾンの公式サイトが閉じられていて、新たなウィンドウが立ち上がっていた。
どうやらこれが、チャラ男が言っていた改造ツールらしい。
チャラ男はその画面の中から【コード入力】を選択。
すぐに画面はコード入力画面へと切り替わり、同時にチャラ男の目の前にキーボードが出現した。
「さーて、指が鳴るっス」
そう言って指をポキポキ鳴らすチャラ男。
――そこは腕のほうだろ!
意味は通じるが、腕が鳴らなきゃ意味がない。だから、言い間違いであってくれ。
俺は両手の指を重ね合わせ、祈りながら見守る。
「では、いくっス!」
チャラ男の指がキーボードの上に置かれる。
その途端、凄まじい速度で画面に文字が入力されていく。
あまりの速さにいくつもの指の残像がくっきりと見え、まるで指が止まっているかのように見えた。
俺もタイピングには自信があるが、ハッキリ言って異次元のスピードだ。
チャラ男って、実はできるヤツなのかもしれない。
だが、まだ状況は予断を許さなかった。
――頼む、間に合ってくれ!
俺は、ただひたすらに祈る。
今はチャラ男を信じるしかない。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャ。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャ。
途切れることのない、キーボードの断続的な打鍵音。
その音だけが、何もない空間に鳴り響き続ける。
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本製品はオリジナル製品であり、神様のライセンス製品ではありません。
システムを自動終了するまで(秒):10
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突然、チャラ男の指の動きが止まる。
――やはり無理だったか……。
しかし、その心配は杞憂だった。
人差し指で大きく天を指したチャラ男が、その指をキーボードに向けて振り下ろす。
ッターン!
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本製品はオリジナル製品であり、神様のライセンス製品ではありません。
データをシステムに保存中です。
電源を切ったり、システムを終了しないで下さい。
↓
↓
↓
正常に保存されました。
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「ふぅー、なんとか間に合ったっス」
そう言うとチャラ男は、額の汗を腕で拭う。
最後に表示されていた残り時間は3秒だったので、相当きわどかったようだ。
「今回の件は、すまなかったっスね」
チャラ男は顔を正面に向けたまま、腰だけ直角に曲げて謝罪の言葉を口にした。
その姿は、どう見ても謝罪しているようには見えない。
正直に言うと、俺はそれを見てムカついたが、それに耐えて皮肉で返す。
「誰にでも失敗はあります。ですが、それで死ぬことになるなんて、正直言うと憤りを感じます」
「誠意は見せたっスよ。だから許すのがスジっス」
「まあ、そうですね。一応、謝罪と償いはしてもらえましたから、今回は許しましょう」
俺は仕方なくチャラ男の謝罪を受け入れる。
これ以上ネチネチと言い続けても、状況が変わるわけじゃないからだ。
「そう言ってもらえると助かるっス。それでは異世界転生を開始するっスね」
「はい、お願いします」
チャラ男は再び人差し指で大きく天を指し、それからキーボードのエンターキーを叩いた。
ッターン!
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本製品はオリジナル製品であり、神様のライセンス製品ではありません。
異世界転生を開始する。
(Y/N)?:Y
↓
↓
↓
実行中……
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俺の足元に突如として魔法陣が現れ、光の粒子がゆっくりと立ち昇っていく。
「これが転生……」
自分の体に目を向けると、徐々に体が半透明になっていった。
漫画やアニメで見たような光景に、俺は年甲斐もなくワクワクしてしまう。
「それでは、異世界での生活を楽しんでほしいっス」
「はい、行ってきます」
俺はそう答えながら顔を上げた。
すると、なんとチャラ男が“チート○”をパクパクと食べているところだった。
もうちょっと待てばいいものを、さすがにこれはアウトだ。
さっきのタイピングの早打ちでチャラ男のことを少しだけ見直していただけに、俺はガッカリする。
その瞬間、俺の意識はシャットダウンした。
◇◆◇◆◇
何もない真っ白な部屋の中でチャラそうな男が一人、“チート○”を食べ終えて佇んでいた。
「これで一段落したっス。神様は……気がついてないみたいっスね。成功っス。さて、部屋に戻ってお昼寝するっス」
その男は満足そうな表情を浮べると、この部屋から煙のように消え去った。
それに合わせたかのように部屋の照明が落とされる。
真っ白だった部屋は真っ暗な部屋になり、転生システムのモニター画面だけが不気味に輝き続けていた。
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本製品はオリジナル製品であり、神様のライセンス製品ではありません。
エラー
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→セーフモード
デバッグモード
終了
コマンド自動実行するまで(秒):30
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