フアンとシスは不安です
な、何と! 俺たちがいる控室の外には、フアンDEATHの二人がコスモスを訪ねてきていた。
まさか、彼女たちが訪ねてくるとは思っておらず、これがトンダ社長の策略だとすると意地が悪いにもほどがある。
俺はノックされたドアからコスモスに視線を戻すと、最適と思われる解決案を示した。
「困りましたね。こちらは、まだ準備も着替えも終わっていません。それに、これから戦う相手です。何かあってからでは遅いので、二人には帰ってもらいませんか?」
本番前にフアンDEATHの二人と対話することはコスモスにとって、精神的なストレスになりかねない。
それに加えて、この後に行われる出演順番の抽選が終わると、出演者以外はステージ脇にある関係者席に移動する決まりになっているので、コスモスと話せなくなってしまうのだ。
以上のことから、俺は帰ってもらったほうが得策と判断していたが、コスモスの考えは違ったようだ。
「うんにゃ。せっかくやけん会いたか」
「いいのですか? せっかく高まったモチベーションに悪い影響を及ぼすかもしれませんよ」
「平気たい。引抜かれた件は、とっくに割り切っとーと。それよか逆に、お礼を言いたいぐらいやもん」
コスモスはそう言うと、俺にニカッと歯が見えるような笑顔を見せた。
「何のお礼かは分かりませんが、決心は変わらないみたいですね。しかし、契約のことがあります。揉め事だけは絶対にナシでお願いしますよ」
相手に危害を加えれば勝負する前に敗北が決定する、そういう契約だ。
だから、フアンDEATHの二人に挑発されても手を出さないようにとコスモスに釘をさす。
それにコスモスは頷くと、部屋の外にいる二人に入ることを許可した。
「入ってきてよかよ!」
すると次の瞬間、扉が蹴り破られたような勢いで開けられ、二人組の人物がなだれ込んだ。
その片割れは俺の姿を見るや否や流れるような動作でこちらに駆け寄ると、いきなり俺の目の前から消え去る。
そして気づくと、俺の背中に何者かが抱きついていた。
「どう見ても、そいつ変質者だ。やっちゃえ、シスっち!」
部屋の入口にいたもう一方の人物は、俺の背後に抱きつく仲間にそう叫んだ。
しかし、その言葉は俺の耳には入らなかった。
なぜならその時、俺は背中に全神経を集中させていたからだ。
おっぱいだ! おっぱいだ! オッパイだ!!
そう、俺の頭の中はピンク色に包まれていた。
おっぱい鑑定士である俺の見立てでは、背中に感じるこのサイズはGカップ。
それにしても、何という柔らかさだ。
まるでマシュマロではないか。
ここは、天国なのか!? オッパイ最高!
と、思ったのも束の間、天国から地獄に突き落とされる。
「了解です、フーちゃん。食らうのですよ、オーク・スリーパー・ホールド!」
その言葉と同時に、俺の胸に絡みついていた腕は軽やかに首へと移り、意識を刈り取ろうと首を絞め上げる。
すると、頭の中のピンク色だった情景がいきなり真っ白になり、俺はハッとした。
騙された! 胸当て詐欺だ。
男だったら、誰もが一度は夢見る異性からの背中への抱きつきスキンシップ。
これは俺が命名した童貞殺し四十八手の一つ、背中胸当てホールドと呼ばれる技だ。
俺のような童貞はこの技で、まず確実に身動きが取れなくなる。
そこから首への絞め技に移行し、童貞にはガードが不能な凶悪なコンボへと昇華させているのだ。
もはや、俺に残された手はギブアップしかない。
絞め技からの脱出を諦めた俺は、首に絡みついた腕をタップすると、「ギブギブ」と、声を絞り出す。
すると、わずかに腕の力が弱まって息はできるようにはなったが、拘束が解かれる気配はなかった。
これは抵抗すれば絞め落とすとの意味だろう。
だから俺は体から力を抜いて事態を静観することにした。
一方の入口のいた人物は、俺が拘束されたのを確認すると、ゆっくりとコスモスに近づいて声を掛けた。
「コスっち、無事だった?」
予想外の出来事に茫然としていたコスモスは、声を掛けられたことで我に返ったようで、二人に向かって叫んだ。
「あんたら、何ばしよーと! 早よー、その人を放して!」
するとコスモスに話しかけた人物は、不思議そうな表情で首を傾げる。
「あれっ? だって、さっきの悲鳴って……。この人、変質者なんでしょ?」
「違う、違うって、フアン。その人は私の音楽プロデューサーたいね」
その言葉を聞いたフアンDEATHの二人は、顔を見合わせて驚いた。
「「えぇぇ!」」
その驚きは相当なものだったらしく、俺の首を絞めつけていた腕が緩んでほどだ。
俺はその隙を見計らって腕から抜け出すと、コスモスの背中に一目散に走って逃げ込むことに成功した。
一安心と思いきや、俺の身に起こった事態は深刻だった……。
おっぱい怖い、オッパイ怖いって、おっぱい恐怖症になったじゃないか!
そんな俺の心情とは関係なく話は進みだす。
「でも、さっきの反応は絶対にDTM、童貞男のリアクションだよ。それに、見た目オタクっぽくて、スゴくキモイじゃんね、シーちゃん」
コスモスにフアンと呼ばれた女の子は、まるでゴミを見るような目で、俺を蔑みながら隣にいる相方に話しかけた。
「フーちゃんの言うとおりです。コスモスちゃんは、何でこんなストーカーを匿っているのです?」
「だから、シスも勘違いしとーて。この人は私のプロデューサーだもん。それに見た目が変なのは変装しとるけん、そう見えるとよ」
「何で変装する必要があるのです? キモイのが変装しても、キモイのには変わらないのですよ」
そう言ってシスと呼ばれた人物もまた、猜疑の光を含んだ眼でコスモスの後ろに隠れる俺を見た。
そんな有様の二人にコスモスは呆れた表情をすると、背中に隠れていた俺を前に引っ張りだした。
「プータローは悪い人じゃなかけん安心してよかよ。顔のことで騒ぎになるけん、変装しないで人前に出ると大変たい」
「そんなにブサメンなの!? ブサメン、がちストーカーって逮捕案件じゃん! 脅されているなら通報しなよ」
「ですです。でも、その前に制裁が必要です」
するとコスモスは、「ハァ……」と、ため息をついて、近くにあった櫛で強引に俺のボサボサの髪をとかして、牛乳瓶のような眼鏡を取り上げた。
「はい、プータロー。二人に挨拶」
コスモスに挨拶するように促されたが、無礼なヤツらに頭を下げて挨拶するのは気が進まない。
だが、これ以上の面倒事も御免被りたいのも事実だ。
仕方がないので、二人に背を向けていた俺は、振り返って彼女たちを正面から見据えた。
目の前にいたのはラフな格好のオークが二人、どちらもノーメイクであるが相当の美人さんである。
「えっと、初めまして。彼女のプロデューサーをやっています、只野プータローです」
そう言って、俺はフアンDEATHの二人に丁重にお辞儀して挨拶をする。
そして五秒後、下げた顔をゆっくり上げると、歓喜の声を上げて俺の目の前で抱き合って喜ぶ二人がいた。
「きゃー! カッコいい!!」
「タイプです、ですの!!」
何という、手のひら返しだ。
あれだけ俺のことを好き放題言っておきながら、顔がイケメンなら無罪なのか?
イケメン死ね! って、俺のことだった……。
だとしても、これではあまりにも理不尽すぎる。
こうなったら、先ほど受けた屈辱はやり返す。
倍返しだ!
そうこう考えていると、フアンと呼ばれていた娘が我先にと相方を押し退けて俺の腕に絡みついてきた。
「イケメンゲット!」
「えぇー! フーちゃん、ズルいです」
押し退けられたシスと呼ばれた娘は、フアンの自分勝手な行動に不満を漏らした。
「シスっちは、さっき思う存分抱きついたじゃない。今度は私の番だよ」
「あれはフーちゃんがやれって! だから……、もう一回です!」
そう言うとシスは、俺のもう片方の空いている腕に抱きついてきた。
普通だったら嬉しいシチュエーションも、俺の深い心の傷が二人を拒絶する。
「えっ!? ちょっと! やめて……」
もはや、童貞殺し四十八手の一つ、二の腕胸挟みのヒーリング効果は今の俺には逆効果でしかない。
おっぱい怖い……
おっぱい怖い……
おっぱいちゅき♡
なにィーッ! 恐怖を跳ね返して癒やされただと……
まさかこれは、パイ返し!?
饅頭には饅頭を、おっぱいにはおっぱいをの荒業だ。
しかし、噂にたがわず、何たるヒーリング効果なんだ。
しかも両腕とくれば効果は2倍、いや4パイだ。
もはや、先ほどまでの出来事なんて、どうでもよくなってくる。
だが、そんなお楽しみタイムも長くは続かなかった。
コスモスは俺のところにスタスタと歩いて近づくと、二人を引きはがす。
「んもー! 二人ともプータローから離れると!」
「もう少しだけ!」
「嫌です、嫌です」
もちろんフアンDEATHの二人は抗議したが、大人しくコスモスに引きはがされた。
「ちぇっ、残念」
「ですです」
二人は口では不平をもらしているが、どうやらコスモス相手では強くは逆らえないようだ。
そして、彼女たちが落ち着いたのを見計らうと、コスモスは彼女らを睨みつけた。
「はい、今度は二人がプータローに挨拶。それと、さっきの事を謝るとよ」
コスモスの言葉に、二人は渋々といった感じで頷くと、フアンと呼ばれていた娘が手を上げた。
「じゃ、私から。私の名前はフアン・ダースだよ。フアンDEATHの一応リーダーだけど、名目上だからね。さっきは勘違いして悪かったよ」
フアンと名乗ったオークは、謝罪を口にすると頭を下げた。
フアンはコスモスより背が高く、170cm近いと思われた。
痩せ型でミント色の髪をしたオークであるが、美人というよりはカワイイ系だ。
先ほどの腕に残った感覚からCカップで間違いないが、張りのあるオッパイとモデルのようなスタイルを併せ持っていた。
「次は私の番、名前はシス・テマーです。得意なのは、歌と踊りと格闘技なのです。さっきは首を絞めてゴメンなさい。許してほしいのです」
もう一人のフアンDEATHのメンバーであるシスは舌をペロッとだして頭を下げた。
彼女は美人系で、170cmを余裕で超える大柄の身長で肉付きがよく、わがままボディーの持ち主だ。
紫の髪はGカップのおっぱいとムッチリボディと相まって、艶めかしい雰囲気を醸し出ていた。
二人ともオークとは思えないぐらいの美女でパッとした見た目では、肌の色を除けば何らハーフオークのコスモスとは違わない。
特に彼女たちはオークの特徴である豚鼻をしていないので、人間の容姿に近いぐらいだ。
てっきり人間の見た目に近くなるほど差別対象となると思っていたが、よく考えると俺の容姿も人間に近いのにモテモテである。
だとすると、人間の世界と同じで肌の色が差別の対象となっているのだろうか?
それとも他に理由が……
おっといけない、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
俺は我に返ると、口を開いた。
「もう大丈夫です。十分な謝罪は頂きましたから。それよりも、どういったご用件で?」
するとフアンの方が、その問いに答えた。
「コスっちの控室の方から悲鳴が聞こえたから、様子を見に来たんだよ」
「ですです。たまに控室までやってくる厄介な追っかけファンがいるのです」
二人の話を聞いたコスモスは、気まずそうな顔で頬をかいて答える。
「あっ! ゴメン。それって私がさっき、プータローを変質者と勘違いしたときの悲鳴……」
「それなら良かったよ。それより、何よ、このイケメンのプロデューサーは。いったい何者?」
コスモスが無事と分かって、フアンの興味は俺に移っていたようだ。
「べぇーだ! 二人には教えてやらんもん」
舌を出した後にプイっと顔を背けたコスモスを、シスは悲しそうな目で見つめる。
「やはり私たちのことを恨んでいるんですね。いまさら、どの面下げて会いに来たですよね」
その言葉を聞いたコスモスは慌てて正面に向き直ると、照れくさそうな表情を浮べる。
そして、先ほど俺に言っていたお礼について二人に語った。
「恨んどったけど、今はもう気にしとらんよ。それに二人が引き抜かれなかったら、私は自分のやりたいのも見つけられないまま、父親の跡を継ぐしかなかったと思うもん。だから、ありがとう! 私がアイドルになるチャンスば作ってくれて」
コスモスの突然の告白に彼女たちはウルウルと目に涙をためた。
フアンはそれを袖で拭うと、本当の気持ちを吐露した。
「ゴメン、何も言わずに出て行って。でも、そう言ってもらえると救われるよ。本当はコスっちの悲鳴がなかったらフェスが終わるまでは会うつもりはなかったから」
「でも、よかったのですか? アイドルになれたと言っても、コスモスちゃんは新人です。いきなりフェスに出ても恥をかくだけですよ?」
シスのその言葉にコスモスは啖呵を切る。
「私にはプータローと作った歌があるけん大丈夫やもん。そっちこそ、負けて悔しがらんようにね」
「へー、やけに自信ありげだね」
「こちらも新曲があるから、絶対に負けないのです」
「そうそう。何てったって、神様――」
「うわぁ! フーちゃん、言っちゃダメですー!」
何か言いかけたフアンの口を慌ててシスが塞いだ。
どうやら、話してはいけない類のことらしい。
しかし、コスモスは気になったようで素直に聞き返した。
「神様?」
「えっと……、そう、曲名です。なんてったってカミサマです」
そう言ってシスは、フアンの口を塞いだまま答えた。
おまえらはアイドルじゃなくてカミサマかよ! ってツッコミはこの世界では通じないだろう。
それはさておき、相方が真っ青な顔をしながらタップしているのに気づかないところを見ると、明らかに嘘だな、これは。
そもそも、この国の歌に神をたたえる讃美歌は存在していない。
それにフアンDEATHの今まで歌ってきた歌詞の傾向から、そんな歌を歌うのはあり得ないことだ。
だからこそ、妙な胸騒ぎがするのも事実である。
しかし、俺の不安をよそに、コスモスは素直に納得したようだ。
契約のこともそうだが、もうちょっと彼女には疑うことを覚えてほしい。
「そっか、曲名やったとね。私のほうの曲はナリアガレって言うとよ」
「えっ!? ナニがアレですって! スゴくエッチです!」
「スゲーぜ……、アダルトだぜ。まさかその男、DTMのくせにナニがアレなのかよ!?」
そう言うと、フアンDEATHの二人は驚きの表情で俺を見つめた。
コスモスはというと、彼女たちと俺をキョロキョロと見比べて不思議そうな顔をしてつぶやいた。
「ふぇ!? どやん意味?」
「あー、もう! コスモスさんは知らなくていいことです。それから二人とも、彼女に変なことを教えないでください。それに、そもそも曲名はナリアガレです!」
俺の説明に、二人はホッとした表情を浮べた。
「なーんだ。驚き損かよ」
「ですです。ところで、コスモスちゃんは何の目的でフェスに参加したのです?」
「そう、それを聞きたかったんだよ。やっぱり有名になるため?」
「言ってなかったけど、二人が出て行く前からトンダ社長とフェスで勝負することになっとったけんね。だけんが、二人の代役で出場することになったのがキッカケたいね」
「えぇっ! なぜそれを教えてくれなかったのですか?」
「あの時はフアンDEATHの二人には秘密にすることが条件やったし、二人に話したらトンダ社長に契約は無効にするって言われたけんね」
「そうだったのですか……。それで、いったい何を賭けているんです?」
「トンダ社長から聞いとらんと?」
「うん」
「はいです」
二人の表情から見るに、どうやら本当のようだ。
俺はそっとコスモスの肩に手を置き、こちらを見た彼女に対して無言で首を横に振る。
「だったら、契約で話せないことになっているから無理たい。話したら負けになっちゃうもん。それよりも、何で二人は何も言わずに出て行ったと? やっぱりハーフオークの社長代理は嫌やった? それとも、もっと大きな会社がよかったけん?」
「違うのです! 本当はコスモスちゃんのところで歌いたいのです」
シスはつらそうな顔をして、うつむいた。
「だったら、どうして?」
コスモスの問いかけに、フアンはうつむき加減で答える。
「私たちもトンダ社長と取引したんだ。そして、今の契約は優勝しないとダメで、それでないと欲しい物が手に入らないんだよ」
「いったいどんな契約をしとるとよ……」
「それは、しゃ――」
「またぁー! フーちゃん、言っちゃダメですー!」
またしても、シスがフアンの口を押さえようとしたとき、部屋の入口のほうから聞き覚えのある声がした。
「おっと、話はそこまでだ。それ以上詳しく話すことは契約に抵触するが、二人ともいいんだな?」
入口の方を見ると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべるトンダ社長がドアにもたれかかっていた。
どうやら話を聞かれていたようだ。
「いえ……、申し訳ありません」
フアンは力なく項垂れて、トンダ社長に頭を下げた。
「だいたい困るんだよ。コスモスのお嬢ちゃんとはフェスの結果が出るまで会わない約束だったはずだが?」
「ゴメンなさいです。コスモスちゃんの悲鳴が聞こえたので気になったのです」
「ふん、まぁいい。それと、そこの二人も我社のアイドルにちょっかいを出さないでもらいたい。いろいろと手の内を探るのはマナー違反だと思わんか?」
そう言ってトンダ社長は、俺たちの方に目をやった。
「確かにそうですね。でしたら、先ほど俺が彼女たちから首を絞められた件は、どうお考えです? これは立派な契約違反ではありませんか?」
俺の発言を聞いたフアンDEATHの二人は、ますます委縮した。
あまり取りたくない方法だったが、一応これも契約だから仕方がない。
それに、これで勝てるとは思っていないし、念のための牽制である。
「おや、そうなのか? だが、彼女たちはコスモスのお嬢さんを守ろうとしたんだろ? 故意の妨害とは言えないし、むしろ感謝してもらいたいぐらいだ」
「でしたら提案です。先ほどのここで起こった出来事は、全てなかったことにしませんか?」
これが妥当な落としどころだろう。
どうせフェスの舞台でハッキリとした数字で勝敗を決めないと、難癖をつけてきそうな相手だ。
「まぁ、よかろう。お互い正々堂々と歌で勝負したいからな。フハハハハ」
そう言って、トンダ社長は大口を開けて高笑いをした。
正々堂々にとか、口から出まかせもいいところだ。
どうせここに来た理由も、コスモスが本当にハーフオークに戻っているかの確認に来たのだろう。
あわよくば、こちらがフアンDEATHの二人に契約内容を話して違反しないか見張っていたはずだ。
まったく、セコイ男である。
だから、どの面下げてその口が言うかと言いたかったが、口には出さなかった。
「では、二人とも戻るぞ」
トンダ社長の声に彼女たちは頷くと、部屋を出る前にこちらを向いてコスモスに声を掛けた。
「コスっちがどんな契約をしてようと私たちは絶対に勝つつもりだよ」
「ですです。全力でかかってくるのです」
それに聞いたコスモスは、スッキリとした表情で答えた。
「二人も手を抜いたら許さんからね。私はアイドルとして絶対に成り上がって勝ってみせるけん!」
フアンDEATHの二人に会うことはコスモスにとって悪い影響があると思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
彼女たちがコスモスの元から去ったのには何か理由があるのを知れたからだろう。
だからなのか、コスモスは二人に会う前よりも気合が入り、緊張もほぐれている。
これならベストな状態で歌うことができるはずだ。
彼女たちを見送るコスモスを見て、俺はそう思った。
「さて、皆さん帰られましたから、そろそろ着替えて準備しないといけませんね」
俺の問いかけに、ドアのほうをじっと見つめていたコスモスはこちらを向いて頷くと、自信の満ちた返事をする。
「うん! 早よー歌いたくてうずうずしてきた」
出演順番の抽選まで残り一時間。
俺たちはその時を今か今かと待ちわびて、残りの時間を準備運動や振り付けのチェックに充てるのだった。




