意味がない推理と、指パッチン
「プータローさん、彼です」
そう言ってトンジルは、客席の隅でゴミを片付ける一人のオークを指差した。
その外見は小柄なオークで、とても俺の知っているヤクザには程遠い。
体に入れ墨を入れているわけでもなく、見た目は他のオークとなんら変わらなかった。
ヤクザな医者といっても、インテリヤクザ系なのだろうか?
「えっと、名前はポークさんでしたっけ?」
俺がそのオークの名前を確認すると、トンジルは頷き、
「はい、ポーク・マキです。ドラモリィーでは、薬品関係を担当しています」
と、仕事内容を付け加えて答えた。
薬を扱っているとなると、これは確かに人間になる薬の知識があってもよさそうだ。
これは当たりかもしれない。
『ウィンドウ、彼のステータス……』
「あれっ? どうしたの?」
力を使ってステータスを探ろうとしたが、先ほどの事もあって、人を端から疑ってしまわないかとためらってしまう。
しかし、ここはやはりトンジルの直感に従うべきだろう。
ここはためらう場面ではなく、力を使うべき場面のはずだ。
そう思って、俺は迷う心を抑え込む。
『いや、なんでもない。彼のステータスを見せてくれ』
「了解よ!」
ウィンドウの返事と同時に、目の前に見慣れた画面が表示される。
―――――――――――――――――――
名前:ブータ・マン
LV:49
種族:オーク
状態:普通
職業:ドラモリィー店員
資格・技能:なし
スキル:ナインボール
―――――――――――――――――――
やはり思ったとおりだ。
ポークも偽名を名乗っているので、やましい事があるに違いない。
とはいえ、二人も続けて偽名を使っている人物に出くわしたことを考えると、オークランドでは本名を名乗らないのが一般的なのだろうか?
そんなことはないと思うが、念のために近くにいた、知っている従業員のステータスを確認してみた。
フグタさん、ごめんなさい。
俺は心の中でフグタさんに謝りながら、ウィンドウにステータスを表示するようにお願いした。
―――――――――――――――――――
名前:フグタ・イルカ
LV:11
種族:ハーフオーク
状態:普通
職業:ドラモリィー店員
資格・技能:登録販売者、2級販売士、食品衛生管理者、
スキル:ジャイロボール
―――――――――――――――――――
よかった。
誰もが偽名を使っているわけではないようだ。
しかし、犯人だからといって誰もが偽名を使うわけではないので、犯人と決めつけるのは早計だ。
気になるのは、ポークのレベルが一般人にしては高すぎるところと、効果が不明のスキルだろうか。
スキルの効果は気になるが、今は調べる手立てがないので放置するしかないな。
ビリヤードで使うような安全なスキルではないとは思うけど……
そういえば、ポークのことばかりに目を奪われていたが、フグタさんの資格はスゴイ。
将来の店長候補じゃないだろうか?
おっと、話がそれてしまったが、情報はこんなもんか……
俺はステータスを一通り見終えると、トンジルにその内容を全て報告するかをためらった。
だが、トンジルは俺に全てを打ち明けて男を見せたのだから、俺も腹をくくらなければ。
とりあえず、ポークが偽名だったことだけでも伝えておこう。
俺はヘタレだった。
「調べましたが、彼は偽名を使っています」
「えっ!」
いきなりの俺の報告にトンジルは驚き、俺の顔をマジマジと見つめた。
先ほどまで情報源は秘匿しますと、いかにも第三者がいると思わせておいて、俺が情報源だと分かるような言動をすれば驚くのも無理もない。
「あなたはいったい……」
「すみません、この事は秘密にしたかったのですが。しかし、もうそんなことを言ってもいられません」
「そうでしたか。ですが、時間がありません。さあ、彼を別の部屋に連れて行きましょう」
トンジルの言葉に従い、俺たちはポークの前に赴いた。
トンジルが声をかけると彼は驚いた表情を見せたが、外見や言動が変わったトンジルを見たためなのか、それとも、やましい事があるからなのかは判断できない。
とりあえず、近くの部屋に行くように促すと、彼は素直に従った。
◇◆◇◆◇
「人間になる薬をご存じですよね?」
回りくどい話をしても、のらりくらり逃げられるだけだ。
時間が惜しいので、俺はトンジルで使った作戦と同じくストレートに聞いてみる。
「はい? なんですかそれは。そんな薬は聞いたこともありませんね」
胸のプレートにポークと書かれていた男は、動揺を隠すかのように声を張り上げた。
「プータローさん、ポーク君は三年前にうちの社長が雇い入れまして、今までの勤務態度に特に問題はありませんでした。とても、そんな事をするようには……」
トンジルにはポークを擁護するように話に加わった。
犯人ではない場合も考えて、トンジルにはポークの弁護をしてもらっている。
ポークはトンジルの擁護に気をよくしたのか、ステップを踏んでターンをすると、指をパッチンと鳴らして答えた。
「そうです。僕がそんな事をするようなオークに見えますか?」
確かにトンジルが言っていたとおり、こいつは少し変なヤツかもしれない。
しかし、さっそくボロを出したようで、犯人を捕まえる糸口はつかめた。
ここからは、犯人との知恵比べだ。
そんな気合の入った場面だというのに、いきなり部屋の扉がバーンと力強く開かれた。
ちくしょう、誰だよ。
「そうよ、そうよ。ポークは真面目やし、そんな事するオークじゃなか! それに、父さんが倒れて困っとった私に、社長代理になるよう勧めたのも彼やもん」
部屋の入口の方を振り返ると、そこにはいきなり部屋に乱入したコスモスが、抗議の声を上げていた。
どうやら、ドアの外で聞き耳を立てていたらしい。
犯人が逆上してコスモスに襲い掛かり、それでケガでもしたら困るから、あれだけ来るなと言っておいたのに。
「ここには来るなと言っただろ!」
俺はコスモスの無謀な行動に、つい強い口調で言ってしまっていた。
おそらく、俺がコスモスを怒ったのはこれが初めてだ。
しかも、あまりにも感情的になりすぎてしまっていた。
アイドルとプロデューサーは、信頼関係で成り立っているというのに。
すぐに、フォローしなきゃと思ったが、すでに遅かった。
「ごめんなさい……」
初めて怒りを見せた俺を見て、コスモスはシュンと肩を落としていた。
いかん、いかん。
トンジルを見習って心は熱く、頭は冷静にならなくては……
「すみません、言い過ぎました」
コスモスに謝った俺は、彼女の肩をポンっと手で叩き、「あとは任せてください」と、ささやいてから部屋の外へ連れ出して控室で待つように伝えた。
その時の彼女の顔に、薄っすらと涙が滲んでいるのが見えて、俺は自分の軽率な言動を悔いた。
おのれポークめ! おまえのせいでコスモスを泣かせてしまったではないか。
この代償はキッチリと払ってもらうからな!
俺は決意を新たにし、ようやくパッチン、パッチンといまだに指を鳴らして踊っているポークとの対決が始まった。
「お待たせしましたポークさん。ところで、先ほど言った、『そんな事をするようなオークに見えますか?』とは、どういった意味ですか?」
「はて、何のことでしょうか? そんなことを言った覚えはありませんが」
「確かに言いましたよ、まるで事情を知っているような口ぶりで。先ほど起こった出来事は、コスモスさんと私、そして店長しか知らないはずです」
「………」
それを聞いたポークは、踊りがギクシャクして指を弾く音にも張りがなくなると、そのまま押し黙ってしまった。
どうやら都合が悪いと、動きが鈍くなるらしい。
「黙秘ですか、それもいいでしょう。では、お聞きしますが、胸に書かれているプレートの名前は偽名ですよね?」
「偽名とは失礼な。僕の名前はポーク・マキです。誰かと勘違いをしていませんか?」
ポークは調子を戻したのか動きにキレが戻り、再び指を大きく鳴らしだす。
パッチンパッチン、指パッチン。
うるさいったら、ありゃしない。
だったら、これはどうだ。
「では、ブータ・マンの名前に心当たりは?」
しかし、ポークは何食わぬ顔で答える。
「あぁ、その名前ですか。どうやって調べたか知りませんが、それは昔の名前で、今は改名しました。それに店長も僕と同じで、昔と名前が違いますよね?」
不意に話題を振られたトンジルは、
「よく知っていましたね。確かに自分は昔の名前は捨てて、今は違う名前を名乗っています」
と、事実を認めてポークの言葉に頷いた。
「ハハハハ。僕は薬剤師ですから、本名が書いてある店長のカルテを見る機会があったのですよ。これで分かっていただけましたか?」
偽名についての質問を想定していたのか、俺の質問を軽く受け流す。
さらに調子が出てきたのか、俺の目の前で煽るように指を鳴らし始めた。
薬剤師のくせに、指をパッチンパッチンとスゴく鬱陶しい。
実は、見習いコメディアンじゃないのかと疑うほどだ。
いかん、冷静にならないと相手の思うツボだ
沸点が最高潮に達しそうになったが、俺は先ほどのトンジルのことを思い出して心は熱く、頭は冷静であることに努めた。
その時、ふいにひとつの疑念が生じる。
なぜポークは薬を扱うのに、資格や技能を持っていないのか?
何かがおかしい――
お笑い芸人やコメディアンならいざ知らず、薬剤師であれば資格の1つぐらい持っていてもよさそうだ。
同じ店員のフグタさんでさえ普通の店員なのに、いろいろな資格を持っていた。
だとすると、薬剤師の資格さえ持っていないのは、おかしな話だ。
『そうだ……、無免許だ』
その答えにたどり着いたとき、トンダ社長の会話を盗み聞きしたウィンドウの話が脳裏によみがえる。
「そっか、あれは勘違いだったのか。てっきり無免許のヤクザな医師のことだとばかり……」
俺の独り言を聞いたポークが、その言葉に反応する。
先ほどまで調子が良かったポークの踊りにキレがなくなり、指のパッチンという音にも力が入ってない。
どうやら、俺の言っていた意味に気づいたらしい。
「全てがつながりましたよ、ブータ・マンさん」
俺は、あえてポークをその名で呼んだ。
そのことに怒ったポークは、
「だから、それは昔の名前だと言っているでしょ!」
と、声を荒らげる。
それを待っていましたとばかりに、俺はポークの裏稼業での名前を告げた。
「では、ブタック・ジャックさんとお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「!!」
ポークの動きは完全に止まり、目が泳いでいる。
しかし、ギリギリの線で持ちこたえたのか、俺にその人物について尋ねた。
「誰だい、その人物は?」
「ブタック・ジャックは、顧客から依頼を受け、ターゲットを邪魔する無免許の薬剤師らしいですよ」
俺の答えを聞いたポークは、またギクシャクと踊り出し指を鳴らし始めると、まるで人ごとのように答えた。
「へぇー、それと僕にどんな関係があるんだい? 理由があるなら言ってみなよ」
確かに、理由を答えなければ納得いかないだろう。
トンダ社長が乗っていた馬車での話から考えると、犯行はブタック・ジャックで間違いない。
だが、その人物像は謎に包まれている。
だとしたら、ポークがブタック・ジャックであるという、もっともらしい理由が必要だ。
理由、理由か……
そういえば、なぜ彼は偽名を使う必要があったのだろうか?
彼が本名のブータ・マンを名乗っていても、誰もが彼をブタック・ジャックと結びつけることはないはずだ。
だとしたら、本名を名乗れない理由、つまり本名にブタック・ジャックにつながる何かがあるのかもしれない。
例えば、語呂合わせや同じ意味を持つ言葉など……
『そうだ、思い出したぞ。某漫画のなんたらジャックの主人公は、自分の名前を英訳して名乗っていたはず。確か、ジャックが男だったような』
「そっか、マンもジャックも男って意味があるからね」
先ほどまでのやり取りを、邪魔しないように見ていたウィンドウだが、ここぞとばかりに拍手をして褒めてくれた。
『ウィンドウも一緒に考えてくれると嬉しいんだけど』
「うーん、どうしようかな。でも、推理の邪魔にならない?」
『邪魔になんかならないよ。むしろ、一緒に考えてくれた方が、いい考えが思いつくかもしれないだろ?』
俺だけの視点の推理には、やはり限界がある。
それよりも、ウィンドウにも考えてもらったほうが絶対いい。
すると、ウィンドウはちょっとだけ困った顔をしたが、
「分かったわ。ただし、そんなに期待しないでよ」
と、少しだけ考えた後に首を縦に振った。
『助かるよ。それで問題はブタックって名前なんだけど、ブータとブタックだと、ニュアンスが違うんだよ』
「そうね。ブータ・ジャック、ブタ・ジャック。いまいちね」
『ブータのうしろ「ク」って文字があれば、違和感がないんだけどね』
「だったら、あとから名前に付け加えればいいじゃないの?」
『本名に名前を付け加えるとか、普通はやらないから』
「そうなの? 私はいいと思うなぁ。私には名前しかないから、ウィンドウ・ビジンデ・カワイスギーとかよくない?」
そう言うとウィンドウは、まるでモデルのようにかわいいポーズをとった。
『なんだよ、そのロシア人っぽい名前は……。それに美人でカワイイとか盛りすぎだよ』
そう言いながらも、俺は心の中はドギマギしている。
「ふふーん、もっと盛ってもいいじゃない。ピカソみたいにね」
『ピカソ? 確かパブロなんたらかんたら、ピカソだったっけ?』
正確には思い出せなかったが、ピカソの名前は本人も覚えてないくらい、やたらと長かったはずだ。
「そうそう。だから、プータローも盛っちゃいなよ」
名前を盛る?
その言葉に何かが引っかかった。
『そっか、ミドルネームがあった! ミドルネームは大人になってからつけることもあるし、家名と名前の間に入れるのが一般的だ』
「でも、あいつのミドルネームがわからないんじゃ意味がないわよ?」
そんなウィンドウの問いかけも、急にポークに話しかけられたことで意識が現実に戻された。
「何をボーっとしているんだい? そんなことなら、そろそろ僕を家に帰してもらえないかな。今日は片付けで、とても疲れたのでね」
どうやらウィンドウとの会話は、他人からはボーっとしているように見えるらしい。
それよりもポーク、おまえは指をパッチンしすぎて疲れただけじゃないか。
しかし、今の状況でそんなことを言えば、怒って帰ってしまうかもしれないので口をつぐんだ。
「プータローさん、これ以上の時間、彼から話を聞くのはもう……」
確かにトンジルの言うとおりだ。
すでに他の従業員は帰宅しているだろう。
だからこれ以上の時間、ポークだけを拘束して事情を聞くのには無理がある。
くそー、あと一息なのに。
「分かりました。あと五分だけ考えさせてください。それで結論がでなかったら、帰ってもらってか構いません」
「ふん、分かったよ。五分だけだからな」
そう言うとポークは、また指をパッチンと鳴らし始めた。
どんだけ指パッチンが好きなんだよと思って見ていた俺は、不意にポークの首で揺れているペンダントが目に入った。
それは洗礼のときのペンダントのようで、丸形のコインの中央にはオークが崇める神様が描かれ、その周りにはNINEの文字が刻まれている。
もしかすると、このNINEという文字は洗礼名では?
オークがどうかは知らないが、ミドルネームを洗礼名にするのは一般的なはず。
だとすると……
『ブータナイン…… 違ったか?』
「ブタックとはかけ離れているわね」
どうやら違ったようだ。
だが、考え方は間違っていないはず。
だとすると、残るは数字での語呂合わせか。
『NINEは数字の9、もしくは9と読めるんだから、ブータ・9・ジャック……ブタック・ジャック!』
キターー!
これが謎を読み解いた、名探偵だけが味わえる感覚なのだろうか?
だって、この心が震えは一言で言い表せない。
もう名探偵オランとは言わせないぞ。
あとは俺の推理を犯人に告げるだけだ。
「どうやら、謎はすべて解け――」
「僕がコスモスさんに薬を飲ませた犯人です」
俺の言葉を遮るように、ポークは自分が犯人であること告白した。
「えぇぇぇーっ!」
俺の驚いた声が部屋に響き渡り、隣にいたトンジルも目を白黒させている。
なぜだ? さっきまでは自分から自白するようなそぶりもなかったのに……
これでは、俺が名探偵として活躍する見せ場が終わってしまうではないか。
「何を馬鹿なことを言ってるんですか。何も証拠がないうちに、犯人であることを認めないでください」
俺は理不尽にも、ポークに犯人であることを認めるなと食い下がる。
「いいえ、もう諦めました」
「諦めないで! 諦めるんじゃありませんよ、ポークさん! どうしてそこで諦めるんですか、そこで! もう少し頑張りましょうよ!」
「ですから、全て僕の犯行ですって」
「ダメダメダメ! 諦めたら! せめて、私の推理を聞くまでは頑張ってください!」
「あなたが諦めて、僕が犯人だと認めてくださいよ」
どうやら俺の推理を聞く気はないようだ。
なんだよ、それなら最初から犯人と認めていてくれよ……
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
まずはポークの処遇をどうするかが問題だ。
「仕方がありませんね。あなたが犯人であることを認めましょう。しかし、譲歩したのですから依頼人を教えてもらえませんか?」
もし、依頼人の名前を話してくれて、トンダ社長の名前が出てくれば、契約により勝負はこちらの勝ちになる。
だがしかし、ポークがそうやすやすと話してくれるはずはなかった。
「なぜそれが譲歩になるんですか。それに依頼人の名前を明かすのは絶対に無理ですね」
「ですよねー。依頼人を明かせば、あなたは殺されるでしょうから。それでしたら、さらに譲歩しますので、ハーフオークに戻れる薬を頂けませんか?」
「それこそ無理です。その薬は僕が作ったモノではないし、毒ではないので治療薬など存在しません。ですが、安心するといいですよ。注意書きによると、五日もすれば元の姿に戻るそうですから」
「マズいですね。フェスまで残り三日、それでは間に合いません」
五日間の効果ということは、以前にスライムに使った人間になる薬とは別物ということか。
だが、持続時間が短いとはいえ、こちらとしては一大事である。
「あははは、そういうことです。だから、フェスへの出場は諦めてください」
そう言うとポークは高笑いし、まるで勝った気でいるような言いぐさだった。
しかし、こちらとしては手がないわけではない。
とはいえ、確実な方法とはいえないので、バクチになるが。
「分かりました。それについては別の方法を考えます。では、コスモスさんの父親に飲ませた薬の治療薬を頂けますか? そっちはあなたが作った薬なのでしょうから、治療薬があるんですよね?」
「――やはり、そのルートしかなさそうですね……」
ポークの顔つきが少しだけ険しくなったが、とくに驚いている様子はない。
まるで、俺からの質問を事前に知っていたかのように。
「もし頂けるのでしたら、今回は見逃しますが、どうします?」
ポークは迷いもせずに懐に手をいれると、小さな小瓶をテーブルの上に置いた。
「はい、これが治療薬です。飲めば数日でベットから起き上がれるでしょう。しかし、今回の依頼はフェス出場を邪魔すること。今さらサンドラ社長の治療をしたところで、何も変わりませんよ」
「やけにあっさりと渡してくれるのですね」
「単に、このルートが一番いい結果だっただけです。僕のナインボールを使っても、あなたを倒して逃げられなかったからね。そして、最適な方法は犯人であるのを認め、治療剤を渡して見逃してもらう……。いったい、あなたは何者ですか?」
「単なるアイドルプロデューサーですよ。しかし、倒せないとか逃げられないとか、それはどういった意味ですか?」
ポークが急に自分を犯人と認め、コスモスの父親の犯行までも認めて治療薬を渡したことから、何かしらあると思っていた。
そして、それはナインボールという言葉によって確信に変わる。
おそらく、彼のスキルだと。
「あははは! いいでしょう。僕が任務成功率100%なのは、ナインボールという強力なスキルを持っているからに他なりません」
「やはり、そうでしたか」
「僕のスキルは、自身の選んだ行動があらかじめ成功するか失敗するかが分かるスキルです」
この話が本当だとすると、なんとやっかいなスキルだ。
こいつは行動を決定するまえに、未来の結果を確認してから最適なルートを選んでいたのか。
「だから先ほどは、私の推理を聞くこともなく犯行を認めたわけですね」
「あぁ、時間の無駄だったからね。そして、スキルによって導かれた最適のルートが、犯行を認めて治療薬を渡し、そして見逃してもらうという屈辱的な未来だったのさ」
そう言ってポークは悔しそうな表情をし、こちらを睨みつけた。
そりゃそうだろうな。
コスモスに薬を飲ませることに成功して、依頼は果たした。
しかし、絶対の自信を持つスキルを使っても犯行が露見し、逃げる方法もなく、コスモスの父親の治療薬を渡す羽目になったのだから。
そんな俺とポークのやり取りを聞いていたトンジルは、俺の耳元にヒソヒソとささやいた。
「プータローさん、本当に逃がしていいのですか? 今なら捕まえられそうですが」
「僕らには彼を捕まえるだけの力はありませんからね。とりあえず治療薬は手に入れ、犯人も見つけたんです。今日のところはそれでよしとしましょう」
「そうですか。すみません、出過ぎたマネでした」
ポークは俺とトンジルの会話が聞こえていたのか、指をパッチンと鳴らしてターンをすると、
「ふふふ、それが正解の選択肢です。治療薬を渡したことで、僕の未来は無事にここから帰れることが確定しています。ただし、この状態で僕を捕まえようとすると、最悪の場合は店長が死ぬかもしれませんよ」
なるほど、他人の行動結果までは予測できないのか。
だとすると、犯人だとばれないようにウソをつき続ける選択肢は、途中で破綻する未来しかなかったことになる。
その結果を知った段階で、この場から逃げる方法に切り替えた。
おそらく、こんな感じだろう。
走って逃げる→×
2人を倒して逃げる→×
治療薬を渡して見逃してもらう→〇
他にも、どれぐらい先の時間まで見通せるかや、発動条件など、細かい制約がありそうだが、今の俺には推し量れない。
「では、僕は行かせてもらいますよ」
俺がポークのスキルについて考察していると、ポークは、長居は無用と言わんばかりに部屋の扉に向かい歩き出した。
それを見た俺は、
「分かりました。ですが、これ以上はコスモスさんの邪魔はさせませんよ」
と、ポークに忠告した。
それを聞いたポークは、ドアノブに手をかけ振り返るとニヤリと笑みを見せる。
「依頼を果たしたから、もう彼女を狙うことはないよ。しかし、待っているがいい。私の正体を見抜いたあなたは別だ。殺せなくとも、この国にいられなくする方法ぐらいは見つけてやるさ」
そんな捨て台詞を残して、ポークは部屋を後にした。
ベストな結果とはいえないが、これで懸念材料の1つが減ったことになる。
ただし、コスモスは人間のままで、現状に何ら変わりはない。
フェスまで残り二日弱。
残された希望は、名前しか知らない人物を頼るしかなさそうだった。
ナインボールのスキル名はアーマード・コアのラスボスの名前から取りました。
100%の任務達成率を誇るので、イメージ的にはピッタリかと。
未来予知やサイドエフェクトンって名前のスキル名だとバレバレですからね。
ちなみに、指をパッチンしながら踊らないと使えない近未来視なので、走りながら使ったりはできません。




