名探偵オラン
コスモスが人間になってしまったことで、このままではフェスへの出場が絶望的な状況だ。
そのことで、彼女はいまだに気が動転していた。
このままでは、いつまでたっても、らちが明かない。
この時間のロスが犯人を取り逃がすことになりかねないからだ。
そう思った俺はコスモスの不安を取り除くことを優先させる。
「とりあえず落ち着いてください。まずは犯人を捜しましょう」
その言葉を聞いて俺の方を見たコスモスは、俺がまだ諦めていないことを知ると幾分か落ち着きを取り戻し、弱々しいながらも返事をした。
「焦っても、どがんもならんよね……ごめん、もう大丈夫。でも、どうやって見つけると?」
「この控室は、ドラモリィーの会社関係者しか入れません。だとしたら、従業員の中に犯人がいる可能性があります。そして、運が良ければ治療薬を持っているかもしれません」
俺はコスモスを不安にさせまいと、考える素振りを見せることもなく即座に答えた。
ただし、答えた内容の全てが推測の域を出ない。
だからだろうか、コスモスはいまだ不安げな表情を浮べ、その内容に疑問を投げかける。
「でも、誰がやったかは分からんじゃなかと? ここにはそんな名探偵なんておらんとよ」
コスモスの疑念は、もっともだ。
ここには、麻酔銃を持つ子供がいるわけでもなく、ジッチャンの名をかけるヤツもいない。
さらには、俺は名探偵でもないし、たった一つの真実を見抜く力もない。
しかし、コスモスのヒントで閃いたことがある。
それは、俺の相手のステータスを見る能力だ。
偽名を名乗っていたり、この会社で働くのにふさわしくない職業だったりすれば、犯人の可能性が高い。
俺はそれに一縷の望みを託すと、過剰な期待を抱かないように能力のことは秘密にしてコスモスに返事した。
「はい、確かに名探偵はいません。ですから、絶対見つけるとは確約できませんが、最大限の努力はするつもりです」
「分かった。プータローを信じる」
俺はコスモスの言葉に小さく頷くと、さっそく行動に移す。
控室を出て、真っすぐステージへ向かうと、片付けをやっているドラモリィーの従業員たちが忙しなく動き回っていた。
まずは、最初に目に入った店長のトンジルからがいいだろう。
確実に安全牌だ。
探偵ドラマではあるまいし、ドラモリィーに来て最初に出会った人物が犯人だとしたら興ざめだ。
さて、どんなステータスだろうか?
他人の秘密を見るようで心苦しいが、背に腹は代えられない。
俺は遠目からこっそりと確認した。
「え!?」
ヅガーーン!!
おいおい、マジかよ……
例えるなら、麻雀で一巡目に四暗刻単騎待ちに振り込んでしまった気分だ。
しかし、これは困ったぞ。
もし、トンジルが犯人だとすると、今後の店舗運営にも影響するので被害は甚大だ。
だからといって、これを見たからには問い詰めるしかない。
俺はトンジルをコスモスの待つ控室に呼び出した。
◇◆◇◆◇
「そんな深刻そうな顔をして、いったいどがんしたとですか?」
トンジルは、不思議そうな顔をして理由を尋ねた。
いかにも事情を知らないといった振る舞いは、演技なのだろうか?
それはとても自然で、俺たち二人を前にしても何ら普段と変わらない。
それが不気味でもあり、犯罪者だとしたら一流の証ともいえる。
ちなみに、俺の相手のステータスを見る能力は証拠にはならない。
ならば、意表を突くしかない。
俺はトンジルをビシッと指さし、
「犯人はあなたですね! トンジルさん」
と、王手であることを匂わせた。
「そんな……、まさかトンジルが犯人なの?」
俺の話を聞いたコスモスは、両手で口を押さえ驚いている。
それも、そのはず。
トンジルはドラモリィーの一番の古株で、オークではあるが、ハーフオークの従業員にも分け隔てなく接してくれる優しい店長だ。
ここまでドラモリィーが成長し発展できたのも、さまざまな新規事業を発案し、企画をまとめ上げたトンジルの手腕によるところが大きいと聞いている。
農業や畜産に就業している貧しいハーフオークのために、商品のブランド化を進めたのもトンジル店長の発案だった。
だからこそ、コスモスはトンジルがソフトトングの手先になったとは到底思えなかった。
しかし、現実は非情である。
俺の話を聞いたトンジルの顔からは、血の気が引いて青ざめていた。
おそらく、自分は絶対疑われることはないと思っていたのだろう。
そして、観念したのか、力なく項垂れると、
「なぜ分かったとですか……」
と、俺に説明を求めた。
今ならステータスを見た内容を話せば折れるはず。
証拠にはならなくても、使いどころさえ間違わなければ最強の一手だ。
俺はトンジルに、すでに詰んでいることを告げた。
「それは、あなたがスパイだからです。トンジル・ブタジルさん、いやジェームズ・トンダさん」
それを聞いたコスモスは、意味を理解できずに、
「えっ!? どういうことね?」
と、言ってトンジルと俺の顔を交互に見比べる。
一方のトンジルの方はというと、線のような細い目が見開かれ、顔から脂汗がにじみ出していた。
さしずめ背脂入り豚汁といったところか。
そして、ようやく重い口が開かれた。
「なぜ、そのことを……」
「情報筋は明かせません。しかし、名前を偽ってまで家名を隠していたところをみると、ソフトトングの関係者としか思えません」
そう告げると、俺はトンジルのステータス内容を思い返した。
―――――――――――――――――――
名前:ジェームズ・トンダ
LV:20
種族:オーク
状態:呪い
職業:ドラモリィー店長
資格・技能:殺しのライセンス(※)
スキル:鑑識眼
―――――――――――――――――――
しかも、殺しのライセンスという資格まで持っている。
これはどう考えても、ソフトトングの送り込んだスパイとしか思えない。
俺ならコードネームをダブルオーク7とつけて、スパイとして送り込むだろう。
そんなくだらないことを考えていると、ようやく観念したのか、か細い声で答えた。
「ついに知られてしまいましたか。このことは社長代理のお父上しか知らなかったことなのですが」
見開かれた目のトンジルの顔は、とても最初に感じた五十歳代の中年オークとは思えない。
その印象は、今までとガラリと変わり、三十歳代半ばぐらいに見えた。
そして、声にも張りがあり、いつもの方言が出ないところを見ると、こちらが本当の姿なのだろう。
だとしたら、今までの俺たちはトンジルという人物の虚構を見ていたことになる。
トンジルの豹変を目にしたコスモスは、目を白黒させて、
「なんで、どうして……」
と、つぶやいて狼狽している。
しかし、とりあえずこれで事件は解決だな。
俺はトンジルに最終確認を取った。
「ということは、罪を認めるのですね?」
「ええ、ですが不思議です。なぜ、そのことがつまみ食いと関係するのですか?」
「「えっ!?」」
俺とコスモスの驚いた声がハモる。
今はそんな話をしてないし、もっと重要な話をしていたはずなのだが。
俺はおそるおそるトンジルに尋ねた。
「あのー、人間になる薬の話の方なんですが……」
「えっ!?」
今度はトンジルの方が驚きの声を上げた。
俺たちも、つられて驚く。
「「えっ!?」」
思い返すと、トンジルにコスモスが人間になった話はまったくしていない。
だから勘違いをして、つまみ食いの罪を告白したのだろう。
もう、お茶目さんなんだから。
だがしかし、今はそんなことを悠長に話している余裕もない。
俺はトンジルを急かした。
「つまみ食いの件はこの際、置いておきましょう。まずは、コスモスさんが飲んだ人間になる薬の話からです」
「なんですって!? 社長代理、そんな薬を飲んだのですか?」
と、トンジルは、まるで初めて聞いたような表情を浮かべる。
それを聞いた俺は少し苛立ちを覚えると、強い調子で抗議した。
「白々しいですよ。私にカツ丼を出させる気ですか!」
俺はオークランドに到着した日の、取調官とのやり取りを思い返す。
さすがに尋問のプロは違ったな。
俺には尋問なんて、向いてないのかもしれない。
そのことを知ってか知らでか、トンジルの口から衝撃の事実が語られた。
「いや、自分はてっきり社長代理がいつもボリボリ食べていたお菓子の件かと。一個だけ味見と思っていたのですが、美味しくて一袋全部つまみ食いしてしまいました」
時間稼ぎなのか、それとも本当なのか、俺には判断がつかない。
そうこうしていると、コスモスが話に割って入ってきた。
「あっ! この前、大事にとっておいたお菓子食べたのトンジルだったとね!」
「申し訳ありません。ほんの出来心です。今月の給料天引きで許してください」
そう言ってトンジルは、頭を下げてコスモスに謝罪した。
だが、その謝罪は受け入れられることはなく、コスモスはプイと横を向いて不機嫌そうな顔をする。
やはり、食べ物の恨みは恐ろしい。
「いったん話を戻しましょう。トンジルさん、ジェームズ・トンダという名前であるのは認めるのですね?」
真実はいつも一つと名探偵も言っている。
俺はもう一度事実を確認した。
「そうです。自分はソフトトングの現会長、ウィットニー・トンダの101番目の息子で末弟です。そして、ソフトトング社長のジャスティはトンダ家の長男で、自分の兄にあたります」
「「えっ!?」」
またしても、コスモスと俺の驚いた声がハモる。
ただし、コスモスはソフトトングの会長の息子であることに驚いたようだが、俺は101番目の息子であることに驚いた。
101男って、それはないでしょう。
どんだけ元気なんだよ、会長。
それはともかく、次の事実を確認する。
「やはり関係者でしたか。だとしたら、ドラモリィーで働く理由はスパイをするためですよね?」
「えっ!?」
今度はトンジルが驚いた。
つられて俺たちも驚く。
「「えっ!?」」
おいおい、このパターンさっきも見たぞ、との俺の心のツッコミにウィンドウがクスクスと笑っていた。
「そんな、自分はスパイなんかやってませんよ! それにトンダ家とは縁を切りました。親父に最後に会ったのも十五年も前です」
トンジルはあらぬ疑いに憤慨し、語気を強めた。
だが、こちらもおいそれと、それを信用するわけにもいかない。
「父親には会ってないかもしれませんが、お兄さんとはコスモスさんの契約を結ぶときにお会いしたはずですよね?」
俺たちが刑務所からドラモリィーに帰ってきたときには、すでにトンダ社長は会社で待っていた。
だとすると、スパイした結果の報告や、今後の打合せをする時間も十分あったはずだ。
「確かにそうですが、自分を見ても兄は気づきませんでした。なにぶん、自身のこと以外には興味のない方ですから」
トンジルの言い分は理にかなっている。
このままでは、話は平行線だ。
しかし、俺の山札にはまだ手札が残っている。
スパイである証拠を示す手札が。
来い、最強の手札! ドロー!!
「ふっふっふ、私のターンです。だったら、これはどうですか? あなたは殺しのライセンスを持っている。それが、あなたがスパイである証拠です!!」
俺はトンジルを指さし、最強の手札を切った。
「なぜそれを!! それはトンダ家だけの秘密のはず……」
効果抜群だ。
トンジルには、明らかな動揺が見られた。
俺は話を続けた。
「スパイであれば人を殺すことができるライセンスを持っているというのが、私の知っているスパイ像です」
「そんな無茶苦茶な……。ですが、ひとつ言わせてください。自分の持っているライセンスは人を殺すためのライセンスではありません」
ふふーん、今さらそんな言い訳が通用するはずもない。
「そんな、またまたご冗談を」
俺は鼻で笑いながら答える。
しかし、トンジルは真剣な面持ちで俺に訴えた。
「本当です。そして、トンダ家の子供は、例外なく殺しのライセンスという血統技能を持っています」
「ん? 国から発行してもらうなりした、人を殺しても罪に問われない資格なのでは?」
なんだか雲行きが怪しい。
俺が知っている殺しのライセンスは、いわば殺人許可証なので免許証のようなものだ。
血統技能とかいう意味不明な代物ではない。
トンジルは俺の言いたい意図をくみ取ったのか、詳しい解説を始めた。
「いいえ、違います。一族のみが持つ、生まれ持った能力です。そして、101人の子供すべてが、それぞれ違う殺しのライセンスを1つずつ持っています」
「な、なんだってー!!」
まさかノストラダムスの大予言を乗り切った俺に、この言葉を使わせるとは。
それほどの衝撃だった。
しかし、それを真に受けるほど俺はお人よしではない。
「だとしたら、あなたの殺しのライセンスは何なのですか?」
「言いたくはありませんが、無実を証明するためには仕方ありません」
トンジルは、そう言うと覚悟を決めたようで、一呼吸入れると話を続けた。
「自分のライセンスは、女殺しのライセンスです。そして、これは親父のライセンスだったのを、自分が受け継ぎました」
女を殺すことができるライセンス?
それだと、コスモスを殺すことができるので堂々と言うはずがない。
だとすると、もう一方の意味なのか?
その辺りの詳しい解説は、後でしてくれるはずだ。
だから、俺はもう一つの気になることについて聞くことにした。
「受け継ぐというと、父親の技能が自分の子供に遺伝するという意味ですか?」
「そうです。トンダ家の血には脈々と101個の殺しのライセンスという技能が受け継がれています。そして、子には101個の技能すべてが受け継がれますが、発現するのはその中の1つだけです。さらに、親の発現していた技能が子に遺伝した場合は、親の持っていた技能が消失してしまいます」
一番くじかよ!
そして、ラストワン賞で父親の技能を受け継いだのがトンジルだったというわけか。
「だから、トンジルさんが持つライセンスは1種類だけというわけですか。だとしたら、トンジルさんの父親はライセンスを無くしてしまったわけですね」
「その通りです。そして、自分の技能ですが、これは意中の女性を確実に落とせる技能になります。それと、これは内密でお願いしますが、実はトンダ家は呪われており、生涯女性に好かれることはありません。しかし、この技能があれば話は別です。これで親父は101人もの女性を落としました。それを知って兄のジャスティは、いつもこの技能を羨ましがっていましたね……。だからでしょうか、性格が歪み、かわいい女性、おっと男性もですが、見つけたらどんな手段を使っても手に入れるようになったのです」
これは、うらやまけしからん。
俺の頭の中に「〇作りしましょ」と電波ソングが流れるほどの衝撃だ。
101人ものハーレムを作って子作りしたなんて。
しかし、それは同時に技能を使わないと女性に好かれないという悲しい宿命でもある。
そんなことよりも気になることがある。
こんなチート技をトンダ社長が持ち合わせていたら、やっかいだ。
「トンダ社長、いえ、お兄さんでしたか、彼はどんな技能を持っているのですか?」
「兄は褒め殺しのライセンスです。ライバルを褒め殺して蹴落とし、今のトップの地位につきました。しかし、その技能がなくても兄は優秀です。特に悪巧みにかけては天才です」
よかった。
女性に嫌われる呪いせいで、コスモスを褒め殺しても好意を抱くことはないはずだ。
俺に技能を使う可能性もあるが、今さら使ったところで準備が終わっている。
それに相手への妨害は契約違反だ。
トンダ社長への対策について俺が思慮を巡らせていると、トンジルは昔を懐かしむように話しを続けた。
「自分は身勝手に女性を言いなりにするこの技能が嫌で、親の反対を押し切り、着の身着のままで家を飛び出しました。その時に、住むところもなかった自分を助けてくれたのが、ドラモリィーのサンドラ社長です。そして名を変え、こうやって生きることを選びました」
今、明らかになるトンジルの過去。
根掘り葉掘り聞いて、正直スマンかった。
俺だって話したくないことの、一つや二つは……数えきれないほどある。
それは置いといて、トンジルの考え方は称賛に値する。
俺はトンジルに親近感を覚えた。
「なるほど、納得しました。それにしても女性をいいなりにするのが嫌とは、すばらしい愛をお持ちのようですね」
するとトンジルは不思議な顔をし、首をかしげて俺に聞き返した。
「アイ? 聞いたことがない言葉ですね。それって何ですか?」
「へ?」
俺は素で驚く。
漢字で一文字、ひらがなで二文字の単純な言葉だ。
「感情の一つですが、知らないんですか?」
「聞いたことがありません。アイって何でしょうか?」
そう言われても困る。
俺だって愛に詳しいわけじゃない。
前世では彼女もいなかったわけだし。
「えっと、ためらわないことかな?」
それを聞いたウィンドウが画面の隅でブーッと吹き出した。
しかし、俺にはこの答えが精いっぱい。
恋愛経験のない俺にムチャ言うなよ。
それを察したのか、コスモスがフォローを入れた。
「言っても無駄たい。愛人とか愛のつく言葉はあるっちゃけど、オークには愛とかコイとかの感情はわからんもん。好きか嫌いかの二択の感情しかなかとよ。私も子供の頃に母さんに聞いたことがあるとやけど、あんまり理解できとらんし。好きとかの延長線上にあるとやろ?」
俺は驚き、そして思い出した。
そういえば、オークランドで愛や恋の歌を聞いたことがない。
今までなんら人間と変わりないと思って彼らと接してきたが、彼らはオークなのだ。
俺の知っているオークは、欲望に忠実で、欲しいモノは何が何でも手に入れる。
それが普通のオークのかもしれない。
そのことからいくと、トンジルはオークの中では変わり種だろう。
他のオークとは違う感じがする。
「えっと、ジェームズさんと呼んだほうがよろしいですか?」
俺は呼び名に迷ったが、念のため本名で呼んでみた。
しかし、結果は予想通りだった。
「それは捨てた名です。今までどおり、トンジルと呼んでください」
全てを話し、スッキリとした表情でトンジルはそう告げた。
「ではトンジルさん、今までの無礼の数々、申し訳ありませんでした。どうやら、あなたは犯人ではないようです」
俺はサラリーマン時代に身につけた完璧なる直角のお辞儀で謝罪する。
それを見たトンジルは、「もう、よしてくださいよ」と、謝罪する必要はないと言ったが、五秒ほどお辞儀を続けた。
すると、隣にいたコスモスはドヤ顔で、
「やっぱりそうやろ? トンジルがそんなことするはず、なかもん」
と、まるで自分は疑っていませんでしたよ、とアピールする。
いや、あんた絶対疑っていただろ!
そう言いたかったが、俺は言葉を飲み込み、話題を戻した。
「ですが、困りました。これでは振り出しに逆戻りです」
「理由は先ほど聞いた内容で、おおよその見当はつきました。従業員の中にスパイが紛れ込んでいるのですよね?」
さすがトンジル、理解が早くて助かる。
俺は追加で内容を補足した。
「その通りです。コスモスさんに人間になる薬を飲ませて、フェスに出場させない腹積もりのようです」
それを聞いたトンジルは、
「兄さんのやりそうな手だ。だったら自分にも協力させてください」
と、協力を申し出た。
嬉しい申し出だが、この案件には危険が伴う。
下手をするとケガだけではすまないかもしれない。
「いいのですか? 危険に巻き込むかもしれませんよ」
トンジルは表情を引き締めると、
「構いません。このやり方はフェアじゃない」
と、言い放った。
トンジルかっけー! マジかっけぇ……
男の俺でも掘れて、いや惚れてしまいそうだ。
「それは心強いです。ですが、あまり時間がありません」
全員のステータスを調べるしか方法がないのに、トンジルとの討論に時間をかけすぎた。
もうそろそろ片付けも終わり、手伝ってくれた従業員は全員帰宅するはずだ。
フェスまで残り時間が少ない。
今日のうちに犯人を見つけないと、全てが後手に回ってしまう。
「何かヒントとかはないのですか? 手掛かりになるような物証、人影を見た話とか、ささいな事でもいいですので」
トンジルの様子は、やや興奮しているように見えたが、話の内容は簡潔で要点がまとめられている。
心は熱く、頭は冷静にという言葉がピッタリだ。
「そうですねぇ――」
俺は今日の出来事を思い出す。
トンダ社長から妨害され、コスモスが人間になる薬を飲まされた。
それは普通のコップに入れられており、誰がいつ用意したかも不明だ。
おそらく指紋も残っていないだろう。
そして、ステータスを見る能力を使ってトンジルを見たところ、俺はトンダ社長のスパイと判断した。
うん、ここまではいい……のか?
いや、ちょっと待て。
なぜ、スパイが犯行を行ったと断定したのだろうか?
そうだ!
それは殺しのライセンスを見たからだ。
しかし、スパイの本来の目的は諜報活動で、相手の動向を探ることのはず。
殺しなんて、本来は殺し屋の仕事だ。
だとしたら、妨害をして邪魔をする仕事は何だ?
俺はそれをどこかで聞いた気がする。
「そうだ……、ブタック・ジャックだ」
俺は独り言のようにつぶやいた。
トンダ社長の話を盗み聞きしたウィンドウから、相手を弱らせ、妨害することを請け負う医師の話を思い出す。
「ブタック・ジャックだって!!」
トンジルは驚いたようで、大きな声で叫んだ。
まさか、知っている人なのか?
もし知り合いなら事件は解決だ。
「何か心当たりでも?」
俺の問いにトンジルは少し考えると、昔話を思い出すかのように語り始めた。
「いえ、ソフトトングで働いていたときに、噂を聞いたことがあるだけです。法外な金を積めば、どんなクライアントの頼みも聞き入れ、そしてどんな相手の邪魔もするヤクザな医師がいると聞いております。100%の任務達成率を誇り、その正体はいまだ不明であると。そいつがドラモリィーの従業員の中に……」
「確証はありませんし、情報筋も明かせません。ですが、今はこの情報にすがるほかありません」
またしても、情報源は秘匿した。
言ってもいいが、ウィンドウは俺の最終兵器である。
決して彼女ではないが、怒らせると彼女より恐ろしい。
そのパンチは誰もが悶絶し、隠れて悪口を言えばログチェック、そして単独で長距離諜報活動も可能な究極兵器だ。
そんな、どこの大将軍様も喉から手が出るような兵器のことを、おいそれとは話せない。
それに情報が洩れでもしたら、狙われるのは使役(?)している俺である。
俺の話を聞き、トンジルは少し悩んだ素振りを見せていたが、
「でしたら、一人だけ可能性のある人物がおります。もしかしたら、自分の勘違いかもしれませんが……」
と、何か心当たりがあるようだ。
しかし、相手は同じ会社の従業員。
違ってほしいとの気持ちが見え隠れする。
さらに話は続いた。
「自分には鑑識眼というスキルがあります。相手のすべてを見通せるわけではありませんが、人の良し悪しを感じることができます。要するに人を見る目ですね」
もうやめて、俺のライフはとっくにゼロよ!
それはトンジル自身のスキルについての話で、俺とは違って、彼は全てをさらけ出した。
スキルの名前は、確かに俺が彼のステータスを見たときのもと一致している。
その効果までは調べることはできなかったが、自ら言及したのでウソではないのだろう。
そして、話は犯人について語られ始めた。
「そして、問題の気になる人物ですが、仕事は非常にまじめで仲間から信頼もあります。ちょっと変なヤツではあるんですがね」
それだけ聞くと、特段怪しい点はない。
それなのに、なぜ可能性があるのだろうか?
「でしたら、どこが怪しいのですか?」
俺は簡潔に質問をぶつけた。
その答えは俺の予想していたものとは違い、俺を驚かせた。
「彼を初めて見たとき、少し違和感がありました。プータローさんを初めて見たときほどではありませんでしたが」
「!!!」
俺はなるべく驚いたことをなるべく悟られないように平静を装い、トンジルの話に耳を傾けた。
「初めてプータローさんを見たとき、自分は兄さんの仲間かと思いました。ここまで顔立ちの整った方です。うちの社長代理に取り入るのは簡単だろうと考えました。ですから、兄さんとの話し合いもすべて茶番で、契約書も不利な条件になっていると疑ったのです。しかし、実際は違った。契約書に不審な点はありませんでした。それどころか、負ければプータローさんの身さえ危険が及びます。自分は驚くと同時に、あなたに興味を持ちました」
「トンジルったら心配しすぎ。プータローは確かにイケメンやけど、私のタイプじゃなかとよね」
と、コスモスが話に割り込んだ。
ところがどっこい、俺は残念イケメンなのでコスモスにそう言われても気にしない。
それに、いつも自分がイケメンであることを忘れてしまっているし。
「その後も隠れて観察を続けていましたが、本当に音楽が好きで、社長代理と曲を作っていたあなたはイキイキしていました。そういえば、先ほどのお菓子を食べてしまった件ですが、実は怪しい薬が含まれていないかの毒味のためです。美味しかったので、一袋全部を食べてしまいましたが」
そうとはつゆ知らず、俺はトンジルのことを冴えない店長だと思っていた。
勝手に相手を格下だと決めつけたことを思い返すと、自分が情けない。
そして、こともあろうに今度は、勝手に相手のステータスを見て犯人と決めつけたのだ。
この力は強力だが、使いどころを間違えると疑心暗鬼を生む、まさに諸刃の剣。
めったやたらに使うものではないし、相手のプライバシーのことも考えて必要なときだけ使うべき力だ。
やはり、おいそれとは使うべきものではない。
「そうでしたか。人間の国から来たオークなんて怪しすぎますよね」
俺はトンジルに負い目を感じ、自身を卑下して自嘲気味に答えた。
「いいえ。言い表せませんが、そういった意味ではありません。それに、観察しているうちに本来ならこんな小さな会社、いや、オークランドなんかでは収まる人ではないとも感じたのですから」
それは、さすがにヨイショしすぎだ。
そこまで言われると、こそばゆい。
「買いかぶりすぎですよ。私は只野プータロー。遠く東にある人間の国から来た、ただのアイドルプロデューサーですから」
「ふふっ、そういうことにしておきます。では、プータローさん、彼が帰宅する前に急いでステージに向かいましょう。彼の名前はポーク・マキ。入社三年目のオークです」
「はい」
俺はトンジルの言葉に力強く頷いた。
しかし、そのやり取りを聞いていたコスモスは、「じゃ、私も私も」と、自分も行くと言い出した。
「コスモスさんはここで待っていてください。危険が伴いますので、トンジルさんと二人で行ってきます」
俺はコスモスを連れていくことに難色を示す。
その言葉を聞いたコスモスは、
「えぇー! 私の問題なのに!」
と、ブーたれた。
トンジルなら少なくともコスモスに危害を加えないと思っていたので彼女を同席させたが、次の相手は俺が見知っていない人物だ。
追い詰められた豚は、何をするか分からない。
念仏を唱えながら木だって登るかもしれない。
彼女を連れて行くことは危険だと、俺のサイドエフェクトンが告げていた。
思いつきシナリオなので、過去の話とツジツマが合ってない場合があるかもしれません。
脇役のトンジルも、もう出てくる予定ではありませんでした。
そんな考察のいるような深いシナリオではありませんので、あまり気にせず気楽に読んでもらえるとありがたいです。




