油断、ファンと不安と
フェスまで残り三日
プータローの提案で、私はフェス本番を見据えたミニライブを行うことになった。
場所は地元の文化会館で、座席数は二百席。
二百人もの観客なんて絶対集まらないから無理と言ったのに、プータローに押し切られたとよ。
でしたら、ドラモリィーを臨時休業にして従業員全員で応援に行きますと、トンジル店長が音頭を取って駆け付けてくれることになった。
でも、そんな心配いらんかったとよ。
私の友達やお店のお客さん、そしてゲリラライブの宣伝効果もあって席は満席。
こっそり舞台袖から客席を覗くと、立ち見もおってビックリしたと。
しかし、それと同時に不安要素も見つけてしまう。
店の従業員以外は全てハーフオークの観客で、純粋なオークの観客はいなかったからだ。
やはり私が、ハーフオークだからやろうね。
うちでアイドルだったフアンDEATHの客層とは大違いたい。
ソフトトングの連中に、「オークがハーフオークの会社で働いてどうする」とか、「こんな田舎じゃ有名になれない」とか言われ、引き抜かれたのだろう。
そのことでフアンDEATHを恨みもした。
だけど今では感謝している。
私にアイドルとしての才能が眠っていたことに、気づかせてくれたけんね。
ハーフオークは差別され、経済的に困窮している住民も多い。
だから、新曲は絶対気に入ってくれるはずだし、みんなを勇気づけたか!
その思いを新たにし、私は舞台袖を後にした。
開幕まで、あと少し。
時間があると、いろいろと考えてしまう。
フェスで勝てるかどうかは、新曲を聞いた観客の反応次第だ。
そう思うと、居ても立っても居られない。
「そうだ! 今日のステージが成功したら、もう一度あのお菓子が食べたかー」
落ち着かず控室をウロウロ動き回っていた私は、たわいもない話をプータローに振った。
「言ったでしょ? これ以上食べると、衣装のサイズがきつくなるからダメですって」
プータローそう答えながら、着替えの衣装や機材のチェックと忙しく動き回る。
「ちぇっ」
私は不満の言葉を口にした。
そう言われると余計に食べたくなるとよね。
やる気を削がれた私は机に突っ伏すと、歌を作るときにプータローから差入れてもらったお菓子を思い出す。
そのお菓子は一口サイズで食べやすく、不思議な動物の絵が描かれた袋に入っていた。
確かに食べ始めたら止まらないけん、最近太ったかも……
でも、ほんのチョットだけやけん、またくれてもよかろうもん。
そんなことを考えていると、よほど物欲しそうな顔をしていたのだろう。
その様子を見かねたプータローは作業の手を止め、こちらをチラッと見ると、
「ですが、そうですねぇ。こういうのはどうでしょう? フェスで勝てば食べ放題。その方がやる気が出るでしょ?」
と、提案した。
「やったー!」
私は机から起き上がり、手放しで喜んだ。
さすが、プロデューサー。
私をやる気にさせる方法を心得とるとたい。
そうこうするうちに、プータローの方も準備も終わったようで「ふーっ」と息をつき、壁の時計を見て開幕までの時間を確認すると、準備が終わった私の方に向かって来る。
どやんしたのかな? と見ている私の正面に立つと、プータローは私の肩にポンっと手を置いた。
えっ!?
私は何が起こったか理解できずに、その場で固まってしまう。
プータローは、やや照れくさそうに口を開き
「私から見ても、あなたはもう立派なアイドルです。自信を持って思いっきり歌って来なさい」
と、私に言葉を投げかけた。
トクン……
私は不思議な心臓の高鳴りを感じていた。
これがライブの始まる前の高揚感なんやろうか?
それとは違う気もするとやけど――
ダメ、集中しなきゃ。
私は小さく深呼吸をすると、正面からプータローの目を見つめ直した。
「はい!」
力強い返事が控室にこだまする。
その後ステージに向かう私の足取りには、もう迷いはなかった。
◇◆◇◆◇
ライブは順調に進み、一時間弱のミニライブも次が最後の曲となった。
「では最後に、新曲があるっちゃけど―――」
はにかんだ笑顔でコスモスが報告すると、すぐさま観客が反応する。
「うぉぉー! 新曲だぁー!」
「えっ! ほんとに!?」
「待っとったー!!」
観客のボルテージが一気に高まっていく。
先ほどまで歌っていた歌は、オークランドでメジャーな曲をカバーしたものだけだった。
今まで店先や、ゲリラライブで歌ってきた歌も同様である。
なんせ急ごしらえのアイドルなので、オリジナルの曲を準備する時間がなかったからだ。
だがしかし、ファンはそれを待ち望んでいた。
そして、ついに発表されたのだから、盛り上がらないわけがない。
「ここまで喜んでもらえると、私も嬉しか!」
コスモスは目元に溢れそうになった涙を我慢した。
ここで泣いてしまっては、せっかくの新曲がグタグタなるという思いが、コスモスを踏みとどませる。
そして気を引き締め、言葉を続けた。
「この歌は、みんなに明るい未来を描いてほしかと思って作りました。聞きなれない音に最初は驚くかもしれんけど、でも、この場所から新しい時代が始まるったい。それでは、ナリアガレ。聞いてください」
曲はドラムの強烈な一撃から始まり、ベースにギターがそれに続く。
初めて聞く楽器の音色に戸惑っていた観客もコスモスが歌い始めると、自分と心境の重なる歌詞に涙する者や歓声を上げる者、その衝撃に立ち尽くす者など千差万別だ。
そして、次第に観客も音に慣れてリズムを取り出していた。
コスモスの歌声や振付けは、最初の頃のたどたどしさはもうない。
まだ改善する点もあるが、オークランドのアイドルとしては十分に通用するレベルには仕上がっている。
それどころか、こんなにも短期間にファンを魅了する成長にプータローは驚いていた。
歌が終わると、大歓声とともにアンコールの声が会場を埋め尽くす。
その声援を聞いたコスモスの目から、いつの間にか涙があふれ出していた。
歌い終えた達成感と、会場を埋め尽くす歓声に感情を抑えられない。
「みんなにこんなにも喜んでもらえて、私はスゴく嬉しか。受け入れられてもらえるか、スゴく不安やったもん。だけど、みんなに勇気をもらえたけん、サガフェスでも頑張れるたい」
コスモスの涙交じりの言葉を聞いた観客は、さらに盛り上がる。
そして新曲がアンコールで歌われ、コスモスにとって本当の意味でのファーストライブが終了した。
◇◆◇◆◇
当初の予想を超え、コスモスのアイドルの適正は非常に高い。
まさに天職だ。
俺が作った曲があれば勝敗は時の運と思っていたが、観客たちの反応を見る限り十中八九勝てると、俺は確信していた。
そう、この時までは。
しかし、そうは豚屋が卸さなかった。
「え!? 私の体、光ってない?」
控室でのどを潤していたコスモスは、いつの間にか自分の体が薄っすらと輝いているのに気づいて声を上げた。
それも束の間、すぐに光は収まったのでコスモスはきょとんとした顔であっけにとられている。
「大丈夫ですか、コスモスさん!」
慌てて俺が声をかけると、コスモスは我に返り自分の体を動かした。
「えっと、大丈夫みたい。体に痛みもなかよ。それと、あ、え、い、う、え、お、あ、お。声も大丈夫」
コスモスは体を動かしたり触ったりし、声も異常がないか確かめたが、特に異常なさそうだった。
その様子を見た俺は、ホッと胸をなでおろす。
「申し訳ありません。そろそろトンダ社長からの妨害があるのではと、警戒はしていたのですが」
勝てる算段がついたことで、気が緩んでいたとしか言いようがない。
俺は頭を下げ、コスモスに謝った。
「そんなに謝らんでも大丈夫やけん、よかよ。でも、妨害は契約違反じゃなかと?」
そう言って、コスモスは契約書の内容を思い返した。
「そうです。ただし、相手がやったことを立証できなければ契約違反ではありません」
「そっかー。だったら、何が目的やったとやろ?」
そこが不思議である。
単に悪戯や警告とは思えない。
今回のことで俺たちは、警戒度を引き上げることは目に見えている。
であれば、最初のチャンスを逃すのは相手からすると失策のはずなんだが。
しかし、今はそれを考えても答えは出なかった。
であれば、まずはコスモスの体が光った原因を探さないと。
俺は頭を左右に振ると頭を切り替え、原因と思われるコップを手にする。
液体は全て飲み干されているが、コップを傾けると底にわずかに残っていた。
その残りを手のひらにこぼして鼻を近づけると、甘い匂いが鼻孔をくすぐり、特に問題を感じない。
とすると、確かめる方法はただ一つか。
コスモスに異常がないことから死ぬことはないと思い、思い切って舐めてみることにした。
指先に少しだけ付けて味見をしてみると、さっぱりとした甘みを感じる。
まぁ、考えたら普通のジュースだもんな。
量が少なかった可能性もあるが、特に俺自身の体が光ることもなかった。
だけど、コスモスの体の光り方って、どこかで見たことがあるんだよな……
俺は最近の出来事を思い返し、ハッとした。
「まさか! コスモスさん、被っている帽子を脱いでもらえませんか?」
「えっ、どやんしたと? そんな怖い顔して」
俺の真剣な顔に驚いたコスモスは、少し躊躇したが、「じゃぁ、脱ぐよ」と言って、恐る恐る帽子を脱いだ。
頭の上にポンと乗せられていた帽子の下には、フワッとした白い髪の毛があるだけで、他に何もない。
そう、あるべきはずのモノがなかったのである。
人間なら問題はないが、ケモノであるハーフオークの証たる重要なモノがなくなっていた。
「やられました……」
俺は自分の招いた落ち度に肩を落とした。
「そんな絶望的な顔をして、どうしたと?」
コスモスはまだ状況を理解できていないようだ。
「頭を触ってみればわかります」
「まさか! ハゲとるとか!?」
そう言ってコスモスは、両手でポンポンと頭のいたるところを触ってみる。
すると何か違和感があったようで首をかしげると、再び頭を触り始めた。
ハゲは見つからず、代わりにあるべきものが見つからないようだ。
コスモスは、足元を見た。
しかし、何も見つからなかった。
コスモスは、帽子の中を覗いてみた。
しかし、マジックのタネは見つからなかった。
「えっと、おかしかね。うちの耳がなかとやけど……」
コスモスは不思議そうな顔をしている。
「はい、その通りです。私の推測が正しければ、先ほど飲んだ薬は人間になる薬だと思われます」
混乱しているコスモスに、俺は真実を告げた。
どう取り繕ったって、いつかはバレることだ。
「えぇ!? じゃ、今の私は人間になっとーと?」
コスモスは両手で口を押さえ驚く。
「その通りです。尻尾もないと思いますが、お尻を触って確認してもらえますか?」
その言葉で正気に戻ったコスモスは、服の上から尻尾のある位置を撫でてみる。
「本当だ! 尻尾も、のーなっとる!」
「やはり、そうですか」
これはもう、人間になる薬で間違いなさそうだ。
「でも、問題なかろーもん? 見た目は変わってないから、フェスに出ても私だと分かるし」
コスモスは鏡で自分の容姿を確認しながら、あっけらかんとした表情で答えた。
「いえ、大問題です。なぜなら、フェスの規定で人間の出場はできませんので……」
俺はフェスの規約を思い返していた。
出場可能なアイドル、もしくはアイドルグループは、それぞれの会社につき2チームまで。
ただし、出場可能な種族はオークかハーフオークに限るとの条件が規定されている。
「そうだっけ。でも、人間ってバレなければセーフやろ? つけ耳するとか、帽子をかぶればバレんやろうし」
事の重大性に気づかないコスモスは、この時点ではまだ余裕しゃくしゃくで、気楽に考えているようだ。
「確かにそうですが、今回の騒動はトンダ社長の妨害工作の可能性が高いです。だとすると、主催者側へ密告があって、人間でないかチェックが入ると思います」
それまで余裕の笑みさえ浮かべていたコスモスの顔から脂汗が滲みだすと、頭を抱え大声を上げた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、そうやったぁー! どやんしよ、どやんしたらよかとよプータロー!」
相手の悪手と思われた一手は、まさかの必殺の一手だった。
このままでは負けは確実。
俺たちは、フェスに出ることもなく負けてしまうのだろうか?
そんなのは嫌だ。
でも、どうすれば……
「簡単じゃない」
迷っていた俺の頭の中にウィンドウの声が響く。
いきなり聞こえてきた声に、俺は素で驚いた。
「うわっ!」
俺の驚きを無視し、ウィンドウは自慢げな顔で話を続ける。
「犯人を捕まえて首謀者を吐かせるなり、元に戻る薬を奪い取るなりすればいいじゃないの」
言われてみれば、確かにそうだ。
しかし、それも犯人を見つけることができたならの話だけど。
『でもどうやって?』
言うのは簡単だが、犯人が名乗り出てくれるはずもない。
そんなことは、ウィンドウも分かっているはずだ。
「忘れたの? 自分の能力を」
俺の能力?
全てのスキル貰い損ねた俺に、そんなスゴい能力あったっけ?
『まさか、俺に名探偵の能力が!』
「はいはいワロスワロス。では名探偵さん、後は自分で考えてね♪」
どうやら違ったようだ。
だとすると、やはりあれだろうか?
フェスまで残された時間は少ない。
犯人を示すような証拠も手がかりもない中、犯人捜しが始まった。
完成したと思って読み返すと、誤字脱字や意味が通じない文章が多々あって、いつも閉口してしまいます。




