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チートスKILL ~中途半端な転生者~  作者: 奥 悠人
3章 今日からブタは!!!
20/48

衝突、とんだ話し合い

 コンコンコン。

トンジルが応接室の扉をノックする。


「社長代理が戻られました」


 室内にいる人物に入室の許可を求めると、すぐに中から反応があった。


「お待ちしていましたよ。どうぞお入りなさい」


 その言葉を聞いたトンジルは、緊張の面持ちで応接室の扉を開ける。

そして、一歩身を引いてコスモスが部屋に入るのを確認すると、一礼してから部屋を出て、静かに扉を閉めた。

一方で部屋に入ったコスモスは、応接室のソファーを陣取るトンダ社長を横目に室内の中央へゆっくりと歩きながら、


「これはトンダ社長、四日ぶりやろうか。ずいぶん元気そうやね」


 と、相手に嫌みを言って対面の椅子に腰かけた。


「ワハハハ、もちろん元気ですよ。ただ、左頬はれてスゴく痛みますがね。ですが、刑務所で十分反省されていることでしょうし、謝罪はいりませんよ」


 トンダ社長はわざとらしく左頬をなでると、ニヤけた顔でコスモスを見つめた。

どうやら、アイドルを引抜いた件については謝るつもりはないらしい。

どうせ蒸し返したところで水掛け論になるのは目に見えている。

そう考えたコスモスは、一度深呼吸をして冷静になってから話し始めた。


「ところで、今日は何しに来たとね?」


「いやね、どこぞのお嬢さんが八方ふさがりで困っていないか心配でしたので、何かお手伝いできないかと思いましてね」


「ふんっ、白々(しらじら)しかね。余計なお世話たい」


 憎まれ口をたたいたコスモスは、プイッとそっぽを向きながら、プータローから相手の思惑を聞いていよかったとホッとしていた。

ここで頭に血が上って殴りでもしていたら、相手の思うツボで取り返しのつかない事態になっていたはずだ。

だが、トンダ社長は彼女の心をかき乱そうと攻め続ける。

社長がいつも見せていた愛想がよい表情は、いつの間にか悪賢そうな表情に変わり、彼女に会いに来た本来の目的を告げた。


「まぁ、どうやっても、あと三カ月以内にワシに勝つ方法などありはせんよ。諦めて負けを認めてはどうかね」


 それを聞いたコスモスは、机を両手で叩いて立ち上がると、


うちは絶対負けんし、諦めん」


 と、強がった。


「おっと、なかなか強情なお嬢さんだ。今負けを認めるなら、少しだが譲歩を考えてもいいんだぞ。その話し合いのために来たのだからな」


「そんな気もなか(ない)くせに。まぁよか、プータロー入って来てよかよ」


 俺はコスモスの合図で、「失礼します」と言ってドアを開けると、一礼して部屋に入った。

部屋の中は殺風景で飾り気がなく、応接室にしては質素な作りだ。

そして、部屋の中央にはソファーにデーンと座る小太りの中年オークと、その後ろに控える眼鏡をかけたオークがいるのが目に入る。

察するに、小太りのオークがトンダ社長で、眼鏡のオークが部下といったところだろう。

そのトンダ社長らしきオークは、俺を目にするとあんぐりと口を開けて驚き、コスモスの方へ歩く俺を目で追いかけた。

そして、俺がコスモスの後ろに立つとハッとし、こちらを鋭い目でにらむ。


「そのイケメンのオークは何者だ」


 俺はドスの利いた声に臆することなく、極めて冷静に答えた。


「お初にお目にかかります。私、只野ただのプータローと申します」


「おまえに聞いてない。嬢ちゃんに聞いている!」


 そう言って、視線をコスモスに向けて答えを促す。


「プータローはうちの補佐役たい。それと、父さんが復帰するまで、うちの代理人を務めてもらうことになったと」


 その言葉を聞いたトンダ社長は、後ろに控える部下に向かって怒鳴りつける。


「おい、そんな話聞いてないぞ。どうなっている!」


「いえ、私も初耳でして……」


 眼鏡をかけたオークは社長の怒鳴り声に委縮し、か細い声で答えた。

そりゃそうだよな。

だって、今日決まったばかりだし。

それを答える義理は、これっぽっちもないけどね。


「きさま、嬢ちゃんとはどんな関係だ!」

 

 トンダ社長は鋭い視線で俺をにらむと、こちらの関係を勘ぐってきた。

コスモスの言ったことを聞いていなかったのか?

念のため、もう一度ちゃんと答えておくか。


「社長代理のおっしゃった通り、補佐役兼、代理人です。ただの雇用関係でしかありません」


 その言葉を聞いたトンダ社長は、安心したのか少し落ち着きを取り戻したようで、ドヤ顔で自己紹介を始めた。


「まぁよい。ワシの自己紹介がまだだったな。有名人だし、いまさら必要ないと思うが、ワシはソフトトング社代表取締役のジャスティ・トンダだ」


 誰もが知っていて当然だと言わんばかりに語るトンダ社長。

しかし、俺に言われても知らないので困ってしまう。

なぜなら、相手のことまで調べる時間はなかったからだ。

仕方ないので、ここは素直に聞いてみるか。


「スゴく有名な方なんですね。ちなみに、どのような事業をなされているのですか?」


 その言葉を聞いたトンダ社長はひどく驚く。


「はぁ? まさか、ワシのことを知らないのか?」


 俺はその言葉に首を縦に振って答えると、トンダ社長は顔を真っ赤にして俺の問いに答えた。


「ならば教えてやる。初代社長のモウイチロー・トンダは柔らかい素材を使ったトングを開発し、それが空前の大ヒット。その成功した資金を使ってさまざまな事業を買収し、次々と傘下に収めて財閥のいしずえを作られた。十代目のワシは、先人たちの偉業にあぐらをかくことなく平社員ひらしゃいん派遣会社ペーペーの設立や、プロスポーツチームのソフトトングオークスのオーナーになるなど輝かしい成果を収め、今では三大財閥のトップに君臨しておる。そして、最近ではエンタメ事業に進出し、アイドル育成を始めたところで、そこの嬢ちゃんと勝負することになったのだ」


 長い説明乙である。

一行でまとめると、オークランドで有名な財閥の社長さんだそうだ。

元いた世界でも、戦後にGHQに解体されたとはいえ有名どころの財閥の名前は知っているし、それほど名の知れているなら知らない者がいることに驚くのも無理もない。

そう思っていると、コスモスが俺の経歴について補足してくれていた。


「プータローは外から来たオークで、オークランドに来て日が浅かけん、仕方なかたい」


 その言葉を聞いたトンダ社長は、さらに驚いて激しく声を荒らげた。


「野良オークだと! そんな危険なヤツを雇うなんて、いったい何を考えている。すぐに解雇しろ!」


 その荒々しい声に物怖ものおじすることなく、コスモスも負けじと反論した。


「問題なか(ない)。プータローは、ずっと人間と暮らしていたけんが常識もあるし、スゴく優秀かとよ」


「馬鹿な。いつ凶暴な裏の顔を見せるとも分からんぞ」


「それは、あんたのことたい。それにうちは、あんたなんかに指図されんもん」


「ぐぬぬぬぬ」

 

 事実を言われ反論できないトンダ社長は、歯ぎしりをしていて、その表情から悔しさがうかがい知れる。

その様子を見ていたトンダ社長の部下は、自分のあるじにそっと耳打ちした。


「トンダ様。この方、異国のオークではないでしょうか? 遠く東にある国の人間たちの名前に似ておりますし」


「タダノ・プータロー…… 只野 風太郎!? 確かにそうかもしれん。くそっ、これではワシの威厳が通じんではないか」


 ラッキーなことに周辺に住んでいる危険な野良オークではなく、異国のオークと勘違いしてくれたようだ。

相手の疑問が一応の解決をみたと感じた俺は、さりげなく本題を切り出した。


「ところでトンダ社長、社長代理の結んだ契約についてお話があるのですが」


「えぇーい、うるさい。譲歩なんぞ絶対してやらんぞ」


「いえ、契約は法律に沿った正式なものですので、譲歩は必要ありません」


「では、これ以上、何の話をする必要がある? ワシにはない」


「この契約は無効という話です」


「はあ? きさま何を言っておる。自分で先ほど正式なものと言ったばかりではないか」


「えぇ、ですから無効なのです」


「――理由を言ってみろ。そこまで言うからには、間違っていましたでは済まされんぞ」


 トンダ社長は一瞬理由を考えたように見えたが、何を馬鹿なと、息を荒くしてまくし立てるように言い放った。


「もちろんです。では、オーク民法第5条1項と2項をご存じでしょうか?」


「なんだ、それは?」


 それを聞いたトンダ社長は、ポカンとした表情を見せる。

明らかに法律には詳しくなさそうだ。

しかし、後ろに控えている部下の表情には、明らかな動揺が見られた。


「どうやら後ろの方は、ご存じのようですね。説明しますと、未成年であるコスモスさんは、保護者、もしくは代理人の同意を得ない契約は結べません。そして、そのどちらの同意も得ずに契約を結んだ場合、その契約に効力はありません」


「そんな馬鹿な! おい、おまえ。今さっきあいつが言ったことは本当か?」


 トンダ社長は勢いよく後ろを振り向くと、部下の胸ぐらをつかんで勢いよく前後に揺する。

部下はその激しい揺さぶりに答えられるはずもなく、なすがままに終わるのを待つしかなかった。

やっとその揺さぶりが終わると、ヘロヘロになりながら部下は口を開く。


「はひ、その通りです……」


「このスットコドッコイが、とんだヘマをしよって! おまえは今月の給料無しだ」


「そんな社長」

 

 すでにヘロヘロになるまで揺さぶられていたトンダ社長の部下は、涙目になりながらその場に崩れ落ちた。

そして、トンダ社長はこちらに向き直ると、


「――悔しいが契約に効力がないなら、こちらから手出しできん。しかし、覚えておけよ。ワシは欲しい()()は絶対に手に入れてやる」


 そう言ってトンダ社長は捨て台詞を吐き、俺たちの方をにらみつけた。

よほど悔しいのだろう。

ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえる。

そして、後ろを向くとドスンドスンと足音を立て、ひどく立腹りっぷくした足取りでドアへ向かい歩き始めた。

 さて、ここまでは順調だ。

こちらの考えたシナリオ通り進んでいる。

問題は、いかにこちらに有利な条件で、再度相手に契約を結ばせるかだ。

俺はそれが今だと確信し、帰ろうとするトンダ社長を呼び止めた。


「お待ちください、トンダ社長。提案があります」


「今さら何だ」


 扉に手を掛けたトンダ社長は、顔だけ振り返り、明らかに不機嫌そうな顔でこちらをにらみつけた。


「何かは分かりませんが、あなたには欲しい物がある。そして、こちらにも欲しい物があります。だから、もう一度勝負の契約を結んでもらえませんか?」


「ふんっ、どうせ不利になったら、未成年との理由で契約を破棄するのだろ?」


「いえ、今度は代理人である私が立会いますので、契約は絶対です。無効となりませんので安心してください」


「何! それは本当か?」


 帰りかけたトンダ社長は、後ろにいる部下の方に向き直ると、部下は小さくうなずいた。


「ただし、前回の契約内容は明らかにこちらに不利な条件でしたので、条件を変更してもらう必要がありますが」


「分かった。話を聞こうか」


 そう言うと、帰りかけたトンダ社長は再びソファーに深々と腰かけた。

その表情は真剣な顔つきで、今までと違って圧倒的な威厳が漂う。

これが本来の財閥トップとしての顔なのだろう。

俺はそれに委縮することなく、話し始めた。


「まず、先日の契約内容で私どもが負けた場合、弊社は甚大じんだいな被害を受けます。なぜなら、賞品金額の上限が勝利した会社の年間売上高の10%以内となっているからです。こちらが負けた場合は、弊社所有の物を一つ頂くと聞いておりますが、この契約内容ですと、会社そのものを乗っ取ることも可能ですよね?」


「気づきおったか。だが、ワシはおぬしらの会社に興味などない」


「そうです。弊社を乗っ取ったところで、あなたには大したメリットはない。ですが、先ほどの口ぶりからすると、あなたにはどうしても弊社から何かを手に入れたいようです。しかし、それは契約のときには決まっていなかったとの話ですが、今までの話から考えると、最初から決まっていたご様子。そこまで必死に欲しがる物であれば、なおさら聞いてからでないと勝負を受けることはできません」


 俺の指摘にトンダ社長はチッと舌打ちをして、やむなしといった感じで、「まぁ、よかろう」と言って口を開いた。


「ワシの要求は会社の物ではない、会社の者だ。そして、それは……コスモスの嬢ちゃんだ」


 そう言って、トンダ社長はコスモスをじっと見つめた。


「えっ!? うち?」


 いきなり名前を呼ばれたコスモスは、自分の顔を指さして驚きの表情を浮べる。


「その通りだ。ワシは嬢ちゃんをもらい受ける。だだし、ワシの愛人としてだ。だが、ハーフオークを愛人にしているのを世間に知られたら、ワシの面目が保てん。だから、屋敷の中で囲うことになるが、何も心配することはないぞ。贅沢ぜいたくもさせてやるし、可能な限り要望も聞いてやろう。ただし、ワシの子を産んでもらうがな。ぐふふ」


 そう言って舌なめずりをし、コスモスのことをニヤニヤと見つめる。

その姿は、まさしく俺の知っているオークそのもので、とんだロリコンオークだった。

それを聞いたコスモスは、身震いをすると、


「ふんっ、誰があんたのモノになるもんか!」


 と言って、両腕で自身を抱きしめて拒絶した。


 刑務所で読んだ法律書によると、この国では奴隷は禁止だ。

しかし、会社の人員は資産と見なされるので、勝負した相手が賞品として望めば人員の引抜きとして扱われる。

グレーゾーンではあるが、現状以上の給与を支払い、手荒に扱わなければ捕まることはないし、愛人にすることも可能な法律だ。

しかも、契約を破れば死罪なので、逆らうことはできず、違約金で解決しようにも相手の年間売上高の10%なんて払えるはずもない。

だから、もう一度勝負して取り返さない限り、生涯愛人である契約が成立するだろう。


「コスモスさん、このまま進めても大丈夫ですか?」


 勝てる可能性は現状五割だが、相手の要求が想定外だっためにコスモスの意思を確認しておく必要があった。

普通だったら、こんな勝負は受けないだろうし。

しかし、彼女の答えもまた、予想外のものだった。


「医者の話やけど、父さんの命は長くないらしか。ここで勝負せんと一生後悔するけん、勝負したか……」


 自分が愛人になるリスクをおかしても、病床の父親に母親を会わせてあげたいなんて本気なのか?

だけど、コスモスがそれを望むのなら、俺はそれを手伝って、何としても勝たせてあげたい。

俺は決意を新たにして彼女にうなずくと、トンダ社長に返答した。


「了解しました。であれば、こちらも相応の賞品に変更させていただきます」


「ほう。ではこの勝負、受けると思っていいんだな?」


「はい。もちろんです」


「では、何を望む? もっとも、あまりにも無茶むちゃな要求をした場合は、勝負を断るぞ」


「それで結構です。では、こちらが勝ったあかつきには、あなたに選挙に出てもらうことでいかがでしょうか? もちろん公約マニフェストはこちらが用意しますので、その内容を順守してください」


 コスモスは、「なんで?」と、驚いた顔で俺を見つめたが、交渉における全権を俺に任せていたので、口出しすることはなかった。

一方のトンダ社長は、大きく口を開けて驚くと、机から身を乗り出して俺に質問してきた。


「なんだと!? まさか、ワシが次の選挙に打って出るのを知っていたのか?」


「まさか。今日、あなたのことを知ったばかりですよ」


「そうだったな。チッ、ワシが選挙の準備をしているのは秘密だったんだが…… まぁ、よい。で、一体何をさせるつもりだ?」


「何、簡単な政治活動ですよ。この国に住むハーフオークと、人間の地位向上を公約として掲げてもらいます。具体的にはオークと同等の地位ですがね。もちろん、投票できる選挙権や、国民の代表になれる被選挙権も含まれますよ」


 トンダ社長は両手でテーブルをたたくと、


「ワシに死ねというのか! この国の人民オークが納得せんぞ」


 と、声を荒げてソファーから勢いよく立ち上がった。


「欲しいものがうちの社長代理なのでしたら、これぐらい要求してもバチは当たらないと思いますが?」


「ぐぬぬぬぬ。で、勝負方法は?」


「前回と同じく、アイドルによるフェスでの勝負です。ただし、2チーム出場させた場合は、合計得点ではなく、どちらか高い方の得点を対象とさせていただきます。なんせ、こちらは今のところ一人しかアイドルがいませんので」


「くそっ、それも気づいておったか。顔がいいだけと思ったら、頭も切れおる」


 トンダ社長は苦虫をみつぶしたような顔をして、こちらをにらみつけた。


「そして、おまえがアイドルとして出場するわけか。まったく、なんてヤツだ」


「勘違いされているようですが、私はフェスで歌いませんよ。最初に言った通り、あくまで社長代理の補佐役兼、代理人です。私は歌や踊りに自信がありませんので」


「馬鹿を言え。おまえらの会社に、おまえ以外に出場できそうな者などおらぬわ」


「そうでしょうか? だとしたら、あなたの目は節穴ですね」


「馬鹿にしよって! では、他に誰がいる」


「そうですねぇ、教える義理はありませんが、すぐに分かると思いますし……。実は、コスモスさんに出場していただきます」


 トンダ社長は一瞬、ポカンとした表情を浮べたが、すぐにアゴが外れる程の口を開いて大笑いを始めた。


「わはははは! おまえはオークランドのことを、あまりにも知らなすぎる。ハーフオークが出場して勝てると思っているのか?」


「十分勝算があると思いますが? それに、フェス会場はサガですし、地元であるコスモスさんには有利に働きますよ」


「ふっふっふっ、ならばよかろう。その話、乗ってもよい。ただし、追加で条件がある」


 そう言うと、トンダ社長はニンマリと俺を見つめた。


「おまえも賞品に追加してもらおうか」


「へっ!? 私をですか?」


「そうだ。ワシが勝負に負ければ、おまえらの選挙公約のせいで人間やハーフオークにくみするとレッテルを貼られ、この国に住めなくなる可能性だってある。ならば、嬢ちゃんだけでは足りんな」


 さすが、オークランドの三大財閥のトップというのは伊達だてじゃない。

こちらが絶対勝負をしたいというのは知られているが、どれぐらいの勝算を見込んでいるかを調べるために、揺さぶりをかけてきたのだろう。

ここで簡単に条件をのめば、相手は相当警戒してくるし、条件を断れば勝負をしないかもしれない。

だから、簡単に答えを出すわけにはいかなかった。


「くっ、私を部下にして飼い殺すつもりですか? ですが、私はそう簡単には社畜になりませんよ」


 それを聞いたトンダ社長は舌なめずりすると、だらしない顔をして答えた。


「なに、ワシは両方いける口でのう、イケメンのおまえも愛人にするために決まっとろうが」


 予想外の答えに、思わず俺のお尻の筋肉がキュッっと引き締まる。

その可能性は、まったく考えてなかった。

コスモスもその答えに驚いたようで、ソファーから滑り落ちそうになっていた。

そして、そんな彼女のつぶやきが耳に入る。


「変態ばい(だよ)……」


 ですよねー。

まさか、ロリコンだけでなく、変態バイでもあるとは思いもよらなかった。

だが、今更もう後に引けない。

なぜなら、彼女を助けると決めたから。


「二人とも愛人ですか。それでしたら、負けてもコスモスさんだけに、嫌な思いをさせることもないか……。分かりました。その条件で勝負を受けましょう」


「おぉ、受けてくれるか。では、さっそく契約書を作成しようじゃないか」


「待ってください。前回のことがあるので、契約書はこちらで作成させてください」


「よかろう。ただし、きっちり内容は確認はさせてもらうぞ」



◇◆◇◆◇


 その後、店長のトンジルを交えて急いで契約書を作成された。

少しでもプータローたちが有利になるような文言もんごんは、トンダ社長の部下に、すべての見抜かれ指摘を受けた。

プータローの予想通り、かなりのやり手のようだ。

そして、それらの細かな修正を経て、正式に契約を交わす準備が整う。

 契約内容が書かれた羊皮紙ようひしをテーブルの上に置き、トンダ社長、コスモス、そしてプータローの三人が紙の上に手を置いて誓いの言葉を述べる。

すると、契約書の周りから魔法陣が現れ、その下に同じ内容の紙が、コピー機のように作成された。

事前に聞いてはいたが、やはり初めてのことでプータローは驚いていた。

その後、契約書の片割れを手に取ったトンダ社長は、ニヤニヤと笑みを浮かべ、


「ふっふっふっ。これで二人ともワシの愛人だ。考えるだけで、よだれが出るわい」


 と、まるで勝負が決まったかのような口ぶりでつぶやいた。


 それを聞いたコスモスは、もう片方の契約書をわしづかみにすると、トンダ社長に食って掛かる。


「やすやすと、愛人にされてたまるもんか!」


「その減らず口、いつまで続くかな。では、勝負を楽しみにしているぞ。フハハハハ!」


 トンダ社長はそう言い残すと、先ほどとは違って浮かれた足取りで部屋の外に向かった。

なぜなら、彼はもう勝った気でいたのだ。

そして、この場にいたら欲望を抑えきれずに、二人に襲い掛かってしまいそうでもあった。

今回の勝負では、決着がつく前に事を起こせば重大な契約違反となり、敗北となる条件が追加されている。

だからこそ、足早にこの場を離れ、自分の馬車へと急ぎ戻ることにしたのだった。

その馬車に乗り込む様子を、少し離れた場所からうかがっていた人物がいる。

それはプータローだった。

トンダ社長たちが馬車に乗り込むのを確認すると、彼は誰にも聞こえない小さな声でささやく。


「頼む、ウィンドウ」


 すると、彼の耳のかたわらを通り過ぎた風から、声が駆け抜けていく。


「まかせて!」


 しばらくすると、準備を終えた馬車は、ゆっくりと動き出し始めた。

欲望にまみれたオークとその部下と、間者スパイを乗せて。



◇◆◇◆◇


「おい、おまえ。そろそろ、大丈夫か?」


 馬車が動き出して五分が過ぎていた。

無言を貫いていたトンダ社長は、息苦しそうに目の前にいる部下に尋ねていた。


「もう大丈夫です。魔術反応や仕掛けはありませんので、この馬車の中の会話は外部に聞かれることはありません」


 先ほどから、呪文をつぶやきながら深く冥想していた部下は、話しかけてきた主人にいつもの報告を行った。

馬車に乗るときは、これが彼の課せられた重要な仕事である。

それゆえに重宝され、トンダ社長と出かけるときは常に付き添っていた。

しかし、いまだに名前を覚えてもらえないのが、彼の目下の悩みである。


「ふぅ。相手がそんな大企業ではあるまいし、ましてや見張りもいたから問題ないだろうに」


「万が一ということもありますので。ところでトンダ様、本当によろしかったのですか? 前回は100%勝てる契約でしたが、今度はそうはいきません。それに、今回はフェスへの出場者が当事者ですので、引き抜くことも不可能です。純粋な勝負となると、どちらが勝ってもおかしくありませんが」


「まぁな。だが、こちらには嬢ちゃんのところから引き抜いた、地元サガのアイドルのフアンDEATH。そして、少しずつ人気が出てきた新人のトンドルズも出場するから、問題ない」


「しかし、相手コスモスの才能は未知数ですから、警戒は必要かと」


 心配性の部下は、必死に主人に懸念材料を伝える。

普通はここまでしつこいと嫌がる上司もいるが、トンダ社長はいつも嫌な顔ひとつせず聞いてくれた。

だからこそ、部下はこの仕事にやりがいを感じていたのだった。


「嬢ちゃんに才能があったとしても時間が不足しておるし、ハーフオークが出場したとなると、場がしらけるわい」


「しかし、ハーフオークの多い地域ですので、ハーフオークの観客の入場を制限した方がよろしいですね」


「うむ、その辺の手配は任せる」


「分かりました。それと、あの只野ただのという男は危険です。他にも何か対策を考えておいた方がよろしいのでは?」


「おまえは心配性だな。しかし、大丈夫だ。見張りは付けておるし、脅威になりうると判断した場合、ちゃんと手は考えておるわい」


「というと?」


 トンダ社長は、ずる賢そうな笑みを見せると、


「嬢ちゃんの父親と同じく、ブタック・ジャックを使う」


 と、誰にも聞かれていないと安心し、重要な言葉を口にする。


 それを聞いた部下も、それに続いた。


「あの方は、無免許のヤクザ医師。金を積めば、秘密裏に相手を弱らせてくれるでしょうが、相手にこちらの策略と思われるのはマズいのでは?」


「不正はこちらがやったと証明できなければ、負けではないのだろう?」


「もちろんです。契約内容には抵触しません。でしたら提案ですが―――――」


「それは――考――、―――スキ――――――」


『そろそろ限界ね』


 ウィンドウは、相手の声を聞き取れなくなったことから、限界距離に近いことを悟る。

プータローと刑務所で行った実験で、彼を中心として約三キロまでが活動可能範囲だったからだ。

三キロまでなら、相手に見つかることなく盗み聞きすることが可能である。

しかし、プータローから少しでも離れると、急激に力が落ちるのがネックでもあった。


『これだけ情報を入手できれば、まずは十分かしら。まだ何かたくらんでそうだけど、こればっかりは仕方ないわね』


 もう、ウィンドウに相手の言葉は聞き取れない。

なので、不正で勝とうとしている相手の満面の笑みを眺めるのは、憎たらしかった。


『あんたのせいで、とんだとばっちりよ!』


 ムカついていたウィンドウは、最後にトンダ社長の腹にパンチを放った。

どうせ蚊ほど威力しかないのでバレることもないし、一発ぐらい殴っておかないと、気が済まなかったからだ。


『さて、戻ろうっと』


 確かに、それは蚊ほどの威力しかない力であったが、実は別の効果をもたらしていた。


「なんだ!?」


 トンダ社長は、腹部にチクッとした妙な痛みを感じた。

大した痛みではないが、虫にでも刺されたのだろうか? と、思うほどだ。


「トンダ様、どうなさいましたか?」


「いや、急に腹がチクッとしてな。虫でもいるのか?」


「そんなはずありません。馬車の中にアリの子一匹入る余地はありませんから」


「そうか。ん!? やっぱり腹が……、いてえよぉ!」


 ブリブリブリ

その後、馬車の中は強烈な悪臭で満たされた。

すべて部下がやったことになったのは、言うまでもない。



◇◆◇◆◇


「お帰り。それで、収穫は?」


 ウィンドウの帰還を今か今かと待ちわびていた俺は、彼女の姿を目にすると、大きく手を振った。

彼女は、あくまでステータス画面の一部。

実験するまでは、まさかこんなにも遠くまで離れられるとは思っていなかった。

そして、彼女は定位置に戻ると、馬車での話を手短に説明してくれたのだった。


「かくかくしかじかってワケ。とくに、ブタック・ジャックがまずいわね。あの子の父親の病気まで仕組まれていたなんて」


「そうだね。だけど、その件はコスモスさんには秘密にしておいた方がいいかな」


「そうね、勝負が終わるまでは秘密にしておかないと、あの子何をするかわからないわよ。今度の契約には、勝負期間中に相手に手を出すと負けることになってるし」


 前回の契約のとき、コスモスがトンダ社長を殴ったことから追加された条件だ。

間接的に相手を妨害することも条件に含めてはいるが、相手がやったと証明できない限り不問となる。

もちろん、ウィンドウを使った盗聴行為も非合法なので、先ほど聞いた話の内容は証明の材料とはならなかった。


「プータローさん、誰と話しよると?」


「うわぁ、コスモスさん。いつからそこに」


 振り返ると、コスモスが近くにに立っていた。

どうやら、先ほどの話を聞かれたようだ。


「今さっきからおったよ。で、誰と話しよったと?」


「いや、独り言ですって。あはは……」


「それじゃ、うちに秘密ってなんのこと?」


「秘密、秘密はですね……。レッスン内容はまだ秘密ってことです」


 苦しい言い訳だが、仕方ない。

ウィンドウの声はコスモスには聞こえないので、内容までは知られてないはずだ。


「なんか怪しかー」


「そんなことありませんよ。では、明日から本格的なレッスンを始めます。今から準備をしますので、私が寝泊まりする部屋に案内してくれますか?」


 そう言って、俺はお茶を濁した。


「分かった。ばってん(だけど)、本当に部屋を借りなくてよかったと? 会社に住み込みやと、不便かと思うよ?」


「気にしないでください、慣れてますから。それに、コスモスさんの家も近いので、なにかと便利ですから」


「そう? じゃ、案内するからついてきて」


 コスモスはクルっと後ろを振り返ると、会社の収納部屋の方へ歩き始めたので、俺もその後に続いた。

その途中で、今後の事が俺の頭をよぎる。

さて、これで後戻りはできない。

これから三カ月で、コスモスをアイドルに育て必要があるわけだ。

改めて思うと、無理ゲーにも程がある。

刑務所で大まかなプランは考えていたが、このままでは勝てる可能性は低いだろう。

カミゾンで必要なものを買いそろえて、さらに順調に物事が進んだとして勝率50%、相手の妨害を加味すると40%ってところか。

しかし、俺は数多あまたのアイドルを育ててきた男。

それを覆すのがプロデューサーとしての腕の見せ所だ。

そう言って、俺はかつて育てたゲームのアイドルたちを思い出す。

これから社畜時代のような忙しい日々が続き、苦労するだろう。

だが、それと同時に本物のアイドルを育成する機会を得られたことに、俺は打ち震えていた。



お読み頂きありがとうございます。

って、ここまで読んでいる人はいるのかな?

ここまで読んでくれた方は、私の自己満足小説にお付き合い頂き申し訳ありません。

それはさておき、まただんだんと長い話になってきてしまいました。

コンパクトでテンポよい話にしたいのですが、私には無理なのかもしれない……

こんな感じが続きそうですが、よろしくお願いします。


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