狭間にて1
――このままじゃ、らちがあかない!
議論は未だ平行線だ。今のままだと無駄に時間だけが過ぎ、結局は施設に入れられることになるだろう。
でも、そうはさせないぞ。何がなんでも家に帰ってやる。
そのためには同情を買うしかない。
「知っていると思いますが、確かに今の私は無職で引きこもりです。でもそれは仕事をやりすぎて、うつ病になってしまったからなんです」
チャラ男が興味なさそうな声で「そうなんっスね」と相槌を打ったが、俺は気にせず話を続ける。
「そして、ここに連れてこられるまで自宅療養していたんですが、こんなに強引なやり方をされては治る病気も治りません。もう少しだけ心に余裕ができたら再就職するつもりなので、せめてあと半年だけ猶予をもらえないでしょうか?」
「だったら、なんの心配もいらないっスよ。新しく生活する場所には、いいことばかりが待っているっス。だから、うつな気分なんて一発でリフレッシュできるっスよ」
「そういうことを言っているんじゃありません。もう少しだけ自宅にいさせてほしいと言っているんです」
「もちろん、わかってるっス。でもダメなんっスよ」
「なぜですか? ちゃんと親には毎月生活費を渡していますし、そこまで迷惑はかかっていないはずです」
「それは偉いっスね。なかなかできることじゃないっス」
「それなら家に――」
「それは無理っス」
「くっ……少しは同情してくださいよ」
「それくらいで同情を買えると思ったら大間違いっス」
「じゃあ、十万払います! それなら、いいでしょ?」
「お金の問題じゃないっス」
同情するならカネをやると言ってもダメか。チャラそうだから買収できると思ったんだけど……。
こうなったら方針転換だ。心証は悪くなるだろうが、相手の嫌がることを言って譲歩を引き出すしかない。
俺は賭けに出る。
「あなたでは話になりません。この場にあなたの上司を呼んでください。その方と話をつけます」
「それはダメっス! 絶対に無理っス!」
ここで初めてチャラ男の顔色に変化があった。両手でバツ印を作って首を横に振り、あわてふためいたのだ。
――ビンゴ!
思ったとおりだ。こういう輩は、上の者を呼ばれるのを極端に嫌うからな。
「じゃあ、親と電話させてください。家に帰れるよう、直接交渉してみますから」
「あわわわわ! 電話しようにも、ここは圏外なんっス。それに神様にこのことを知られると、おいらのせいで人が死んだのがバレてしまうっス。だから、どうかこっそりと異世界に行ってもらえないっスか?」
チャラ男が急に変なことを言い出した。
俺はイラっとしながら尋ねる。
「人を死なせた? 異世界? いったいあなたは、なんの話をしているんですか!」
「不祥事をなかったことにする話っスよ。いわゆる隠蔽っス。そんなわけで早く異世界に行って、新しい人生を送ってほしいっス」
んー、どうも話が噛み合わない。
もしかして、ここは俺の考えている施設とは違うのか?
「あのー、ちょっと確認しますが、ここは引きこもりの更生施設じゃないんですか?」
本当なら最初に聞くべきだったことを、今さら聞いてみた。
「なんっスか、それは。ここは狭間っスよ? 死んだ人間が来る場所なんスけど」
「なんだ、そうだったんですか。てっきり、親に更生施設送りにされたかと思いましたよ」
そう言って、ホッと胸をなでおろす俺。
「違っててよかったっスね」
「ええ。ただ、なんで私がここにいるのかが、まったくわからなくなりましたけどね」
「さっきの説明で、わからなかったっスか?」
「そう言われても、死んだ人間が行く場所といったら葬儀場くらいしか……」
俺はハッとする。
「まさか、私の親が亡くなったんですか!?」
「ここは葬儀場じゃないっスよ。それに死んだのは中途くん自身っス」
「は? 私が死んだですって? なにバカなことを言っているんですか。このとおり体はピンピンしているから、あり得ないですよ」
俺はそう言って、その場で飛び跳ねてみせた。
「それは今の存在が魂だからっス。体のほうはすでに死んでるっスよ」
「そんなバカな! 病気らしい病気だってしたことないし、引きこもりだから交通事故で死ぬこともないはずです!」
「でも、本当のことっス。死ぬ直前の記憶は、曖昧になることがあるっス。だから忘れているだけっスよ」
まさか本当に?
俺は引きこもりだけど健康には気をつかっていて、部屋で朝晩ランニングマシーンを使ったジョギングや筋トレを習慣にしている。ぶっちゃけ、次世代の引きこもりの姿といっても過言ではない。
そんなわけで病気で死んだ可能性は極めて低いだろう。それに外出もしないから、交通事故の線もないと考えていい。
ということは――。
「もしかして、推しキャラで萌え死んだとか?」
量子コンピューター並みの性能があると自負している俺の脳内コンピューターが、そう答えを導き出した。
しかし、その答えはチャラ男の一言で打ち消される。
「違うっスよ。原因は食中毒っスね」
「へ?」
素っ頓狂な声が、辺り一面にむなしく響く。
まさかの意外な伏兵の登場に、俺は驚きを隠せなかった。
もしそれが本当だとすると、いったい何を食べて死んだんだ?
家に引きこもっているわけだから、家にある物を口にして死んだのは間違いないはず。
俺は、よく口にするものを思い浮かべる。
母さんが作る料理、インスタントのカップ麺、冷凍食品、菓子類、市販のミネラルウォーター、清涼飲料水。
この中で、可能性が一番高いのは――。
俺の脳内コンピューターがさまざまな状況をシミュレーションし、その結果から最も可能性の高い予想を導き出す。ただ、ついさっき死因を外したことで、信頼性がスパコンクラスにダウンしているのが気がかりではある。
ここは名誉挽回といきたいところ。
「わかった! 原因は母さんの手料理だ!」
「違うっス。賞味期限切れのお菓子を食べたからっスよ」
自信たっぷりに言った俺の回答は、またしても大ハズレだった。どうやら俺の脳内コンピューターは、8ビットマイコン並みの性能しかなかったようだ。
まあそれはいいとして、お菓子が原因なのはちょっと納得がいかないぞ。
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。普通は少しくらい賞味期限が切れたものを食べても、人は死なないでしょうが」
「残念ながら相当古いっス。1975年製造っスから」
「おっふ。それ、私が生まれた年のやつじゃないですか。なんでそんなお菓子が私の部屋の中に……」
「それは中途くんの家の屋根裏を、おいらがお菓子置き場にしているからっス。たぶん何かの拍子に、その古いのが部屋の中に落ちてしまったんスね」
「えっ!? なんで勝手に家の屋根裏を使っているんですか!」
「細かいことは気にしないっス」
少しも悪びれずに言うチャラ男。
そういえば今思い出したけど、俺は部屋を暗くしてアニメを観ることがたまにある。だから気づかずに、そのお菓子を食べてしまったんだろう。
そんなことを考えていると、死因を知ったせいなのか最後に食べたお菓子の記憶が少しだけよみがえってきた。
「そういえば、最後に口にしたのはスナック菓子だ。味は確か……チーズっぽかった気がする……」
それを聞いてチャラ男が拍手する。
「そのとおりっス。だってそのお菓子は“チート○”だったっスからね。ちなみに、おいらの大好物っス」
“チート○”は俺でも知っているメジャーなスナック菓子だ。誕生したのはアメリカだが、今では日本のどこにでも売ってあるので、俺は何度も口にしたことがあった。
「そっか、“チート○”だったのか。ところで、なんでそんな古いのを処分せずに残しておいたんです?」
俺は半ばあきれ気味に聞いてみた。
「実を言うと、おいらの大好物なんっスよ。いつも屋根裏がいっぱいになるくらいストックしてあって、古いのから順番に食べているっスけど、一個だけ埋もれて食べ忘れていたみたいッス」
「それが1975年製造のやつだったと?」
「そうっス。日本で最初に発売されたときのっスから、ヴィンテージ物っスよ!」
と、興奮気味に言うチャラ男。
それを聞いて、俺は肩を落とす。
「そういうのはヴィンテージとは言いませんって。だって少しも、ありがたくないんですから……」
その後もチャラ男は“チート○”のことを熱心に語ったが、俺の耳には入らなかった。なぜならすべてを知り、死んだ実感がじわりと押し寄せてきている最中だったからだ。
⇒ New Life+α (Enter code)
Continue (Freeze)
END
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いきなりタイトル回収しました。
チート○美味しいです。大好きです。
あくまでチート○です。
さて、彼は無事に転生できるのでしょうか。