到着、ようこそドラモリィーへ
「プータロー、着いたとよ」
刑務所から乗合馬車に乗って三時間、どうやらここが目的地みたいだ。
刑務所から乗った乗合馬車では、乗客が乗っていなかったこともあって、周りを気にせずにコスモスと話せた。
おかげで、コスモスの勝負する目的や音楽フェスのことなど、必要なことについて一通り聞けたのは大きな収穫だ。
とりあえず、まずは今の理不尽な契約を破棄し、相手と新しい条件で契約を結ぶ必要がある。
でなければ、勝負にもならない。
それと、勝ったときの相手への要求についても見直しが必要だ。
正直なところ、相手の持つコネを使っても、コスモスの母親を探すのは難しいと思う。
負けた相手が本気で彼女の母親を探すとも思えず、見つかりませんでしたと言えば、それで終わりだからだ。
だって、確認のしようがないからね。
仮に見つかったとしても、地位の低さや差別に耐えきれずに国から出て行った母親が、会いに来てくれない可能性だってある。
ならば、どんな要求をすれば、それを解決できるだろうか?
「何をしようと。早う降りんね」
考え込んでいて反応がない俺を見かねたコスモスは、俺の服の袖口を引っ張り、馬車から無理やり引きずり下ろす。
躓きそうになりながら俺は馬車から降ると、目の前には白い建物があり、その入口にはドラゴンストア・モリィーと書かれた看板が掲げてあった。
「ここがコスモスさんの会社ですか」
「ようこそ! ここが私の会社、ドラモリィーたい」
ドラゴンストア・モリィーは、会社というよりは町外れの小さなスーパーという言葉が似合いそうな建物だった。
実際、店の入口にはいろんな商品が陳列されていて、店舗と言っていい。
「いろんな部門があると聞いていたので、もっと大きな会社かと思ってました」
と、俺が素直に感想を述べると、コスモスが自信たっぷりに解説を始めた。
「一応、ここが本社で、薬品や食品とかいろんな物を売りよるとよ」
「では、農業や酪農部門はどうしてるんですか?」
「周辺地域の産業を束ねて法人化して、それに出資しているとよ。開発から生産、そして販売まで管理しとるけん、地元特産のブランドの肉や野菜を独占して売ることができるったいね」
「えっ! そんなことまで」
正直言って驚いた。
ここは本当に異世界なんだろうか?
この世界はもっとファンタジー的だと思っていたんだけど。
農業資本主義、そして近代世界システムの先駆けを見た気がしたが、今はそんなことはどうでもよかった。
それより、もっと重要なことがある。
「だけど、なぜアイドル部門が必要なんですか? 農業に畜産、そして薬品の販売がコスモスさんの会社の主力ですよね? アイドル育成に力を入れる必要性を感じません」
片田舎でこの規模の会社なら、現状で十分な収益があるはずだ。
アイドルを育てるには、それなりにお金がかかり、失敗すれば経営に少なからず打撃になるはず。
だから、ただの道楽や趣味でやっているとは思えなかった。
そして、その答えは予想外のもので、俺を驚かせた。
「それは、この腐った社会をぶっ壊すためたい!」
ヤバげな言葉を口にしたコスモスの目には、並々ならぬ決意が見て取れる。
その言葉を聞いて俺の顔から一気に血の気が引く。
「えっ! テロを起こす気ですか!?」
まさかと思い、俺は驚きの声を上げた。
正直、その手伝いは勘弁してほしい。
「なんでテロリストにならんといかんとね。私はね、この国にある差別をなくしたかと。ばってん、私はハーフオークやけん選挙権もなかし、普通の手段じゃ世の中を変えていけんとたい」
「あっ、なるほど。そこでアイドルですか」
「分かってくれたみたいやね。アイドルを使って、差別をなくす運動をするためたい」
ホントよかった。
アイドルという名のテロリスト集団じゃなくて。
テロリズムに意味はない、エロリズムこそ人類の生きる希望だ。
それはいいとして、その方法だと時間がかかりすぎるんじゃないだろうか?
ましてや、アイドルを使った宣伝や運動で、確実に世の中を変えられるわけではないし。
いや待てよ、だったらアイカツでなくセイカツだったら?
なるほどそれなら――
「プータロー、どうしたとね?」
コスモスが俺に話しかけようとした矢先、店の方から大声を上げながら、誰かがこちらに駆け寄ってきた。
「社長代理!」
コスモスにそう声をかけたオークは、よほど慌てていたのか息を切らせ、ゼイゼイと肩で息をして走ってくる。
その言葉を聞いたコスモスは、そのオークに向かって手を振ると、こちらに到着するのを待った。
「店長、ただいま。会社の方は変わりなかったね?」
「はい、特に問題ありません。それより、警察に捕まったと知らせば聞いて驚いたとですけど、大丈夫やったとですか?」
店長と呼ばれたオークは、不安そうな顔でコスモスに尋ねた。
「問題なかよ。刑務所に三日ほどおったけど、この通りピンピンしとるし」
「問題大ありです。社長代理にもしものことがあったら、私は社長に顔向けができんとですよ。だから、無茶なことはせんでください」
まるで、我が子を叱るような口調で店長はコスモスをいさめると、隣にいた俺の方に目を向けた。
「ところで、隣におる方は?」
「話せば長くなるとばってん、私ん会社の新しい社員で、プータローたい」
社員でプータローだと意味不明だなと思ったが、紹介された手前、俺は一歩前に出で相手に丁重にお辞儀した。
「初めまして、只野プータローと申します。コスモスさんの補佐をすることになりましたので、よろしくお願いします」
馬車の中での話合いで、俺はコスモスのアイドルプロデューサーと、会社の手伝いを兼任することになっていた。
なにしろ時間がないので、コスモスには歌や踊りの練習をしてほしかったからだ。
あと名前だが、本当の名前はブータローなのだが、今更訂正するのも面倒なので、名字を付け加えて只野プータローと名乗ることにした。
ただのプータロー、まったく死ぬ前の俺にぴったりの名前だよ。
「これはご丁寧に。私の名前はトンジル・ブタジルですたい。ここの店長ば任されとります」
そう名乗ったオークは、店の制服と思われる服を着ていて、人間でいうと五十歳ぐらいの中年男性に見えた。
言動や腰の低さから見ると、人当たりの良い人物なのだろう。
とりあえず、トンジルかブタジルかはっきりさせる必要があるな。
「では、トンジルさんとお呼びしますね」
「私の方も、プータローさんと呼ばせてもらいます」
その後のコスモスの話から、実質トンジルが会社を切り盛りしていることが分かった。
それならコスモスが歌や踊りの練習に時間が取られても、会社の運営自体には問題ないだろう。
しかし、一通り挨拶が終わると、トンジルの表情が急に曇りオロオロと焦り出した。
「そんなことより、実はソフトトングのトンダ社長が見えられとります」
「えっ、ヤツが来とるとね?」
「えぇ、応接室にて待っとらすとです。社長代理に会いに来たと言っとりました」
「殴った件やろうか? ばってん、こちらから交渉しに行く手間が省けたたいね」
「えっ! トンダ社長を殴ったとですか? そういえば確かに左頬が腫れていたような……」
トンジルは驚いたのか、オーク特有の厳つい顔が青ざめている。
「終わったことは仕方なかとよ。それよりプータロー、どがん理由で相手が来たと思う?」
コスモスはトンジルに向けていた視線を俺に移すと、トンダ社長が来た理由について聞いてきた。
「殴った件で負い目を感じさせ、さらにアイドルがいない私たちに強くプレッシャーをかける。そして、戦う前に気力を削いで負けを認めさせる、ってところでしょうか」
弱っている相手に追い打ちをかけるのは、戦いでもビジネスでも基本だ。
今回来た目的も、おそらくそんなところだろう。
「さすが私の補佐役やね。ばってん、こすか作戦たいね」
「最終確認ですが、本当に勝負を選ぶのですか? 勝つ確率はゴブゴブ、いやトントンですよ」
「うん。だって、私はプータローを信じとるけん。それに、負けても文句は言わんけん、安心してよかよ」
「分かりました。交渉については手はず通りに。それと、勝ったときのこちらの要求についてですが、妙案を思いつきましたので任せてください」
すると、コスモスは笑みを浮かべ、「うん」と、大きく頷いた。
空気を読んで俺たちの様子をうかがっていたトンジルは、話がまとまったと見ると、
「それじゃあ、案内してよかですか?」
と、腰を低くし尋ねてきた。
俺とコスモスは無言で頷くと、トンジルのあとに続いた。
向かうはトンダ社長の待つ応接室。
対決の時間は、準備する暇もなく、俺が思っていたよりも早く実行に移された。




