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チートスKILL ~中途半端な転生者~  作者: 奥 悠人
2章 ゴブリンプレイヤー
15/48

裏切り、顛末と天罰【ゴブリンハンター+エトセトラ】

「待たせたね、今ロープを切ってやるよ」


 フローシアは鞘から剣を抜き、仲間たちが拘束されているロープを切ろうと近づいた。すると二人に近づいた彼女は、周囲から漂う生臭さでむせそうになる。

 

 フローシアが仲間と野宿した朝は、リバーサイドとダンボルから同じ臭いがすることがよくあった。だから怪我ではないのだろうと考えた彼女は、臭いを気にすることなく二人のロープを切る。

 

 最初に手足が自由になったのは、リバーサイドのほうだ。彼は立ち上がると、大きく背伸びする。


「んっんー! やっと自由になった。あねさん、ありがとうございます」


「礼はいいよ。それより痛いところはないかい?」


 ダンボルのロープを切ろうとしていたフローシアは、手元を見ながら言った。


 そのときリバーサイドは、縛られて赤く腫れあがった手首をさすっていたが、とっさにやめる。


「大丈夫です。あねさんが心配するような怪我はしていません」


 敬礼するリバーサイド。

 実は結構ヒリヒリと手足が痛むのだが、彼はカッコつけた。


 そうこうしている間に、フローシアがダンボルのロープを切り終える。


姐御あねご、おおきに! わてのほうも大丈夫やでー!」


 ダンボルは両手をブンブン振り回して元気なところをアピールした。さすが武闘家だけあって、痛みには強いらしい。


「それにしてもあねさん、まさかこんなスゴいお宝が手に入るなんて思いもしませんでしたね。これを売れば、間違いなく一生遊んで暮らせますよ!」


 リバーサイドは興奮を抑えられない様子だ。


「うひょー! これで貧乏生活ともオサラバやー! 飯も女も食い放題できるでー!」


 バンザイするダンボル。


 リバーサイドもそれに続いてバンザイし、一緒に喜び合った。


 そんな天にも昇るような気分の二人だったが、すぐに肩を落として落胆することになる。それは二人の目の前に、それを良しとしない人物がいたからだ。

 

「あんたら、妄想してるとこ悪いけど、手に入ったお宝は全部私のものになるって契約を忘れてるよ。私が借金返してるのを知ってるくせに、バカなこと言ってんじゃないの」


 フローシアは二人をにらみつけて、少し強めの口調で言い聞かせた。


 それを聞いてダンボルが憤慨する。


「そらおかしいで! 借金がいくら残っとるか知りまへんけど、ガメツすぎや! 金一封くらいくれたかて、ええやろ」


「そうだ、そうです、ごもっとも! いくらオレたちが派遣だからって、横暴だ! この場合、特別手当をもらえても、おかしくないケースです!」


 リバーサイドも、ダンボルの意見に同調した。


 二人の反発に、フローシアは不機嫌な表情を浮かべて腕組みをすると、指先で二の腕あたりをトントンと小刻みに叩いた。


 フローシアは鬼ではない。だから、二人の言い分もわかっている。もし立場が逆なら、同じようなことを言っていたと彼女自身が思うくらい、今回のお宝は凄すぎたからだ。


「チッ、仕方ないね……。もし遊んで暮らせるくらいの金額で売れたら、今回だけ特別に五百万微円(びえん)ずつ特別手当を出す。それで我慢しときな」


「そりゃ、あんまりや! だってそれ、わての去年の年収ですやん」


あねさん、せめて売却額の二割。ダンボルとオレっちで、一割ずつは頂かないと納得できませんよ」


 フローシアの顔が、怒りで赤くなる。


「何言ってんだい! 本来はもらえないんだ! もらえるだけ、むしろありがたいと思いな!」


 フローシアの頭からは、いつ湯気が出てもおかしくない。


 そんな状況で、ダンボルは負けじと食い下がる。


「そりゃ、もらう権利がないのは重々承知しとりますがな。けど、借金返し終えて、その残りで姐御あねごだけ大豪遊できるんは、ズルくありまへんか? わてらに、もう少しくれたかて、バチは当たりまへんで」


 それを聞いたフローシアは、ガックリと肩を落とす。


「私だって、できればあんたらに、もう少し色を付けてあげたいよ。でもね、三人で一生遊べる金額ぐらいじゃ、借金はなくなりゃしないのさ……」


「えっ!? そない、ぎょうさん借金あるんでっか!」


「オレっち、初耳ですよ!」


 ダンボルとリバーサイドは、驚きのあまり両手を上げると、ひっくり返りそうになった。


「当たり前だよ、秘密にしてたからね。でもこの状況だと、そうも言ってられないか……」


 フローシアは「はぁ……」と、ため息をついて、言いづらそうに口を開く。


「私が返済しているのは、国が抱えている借金だよ」


 ダンボルはそれを聞いて、口をあんぐりと開く。

 が、すぐに首を左右に振って、正気を取り戻した。


「そらおかしいで! 国が背負うてる借金なんやし、姐御あねごが返す義務なんてありゃしまへんやろ?」


「だから言いたくなかったんだよ……。でもダンボル、あんたには関係ないことだよ」


「せやかて――」


「おだまり! この話は終わりだよ!」


 有無を言わせない、フローシアの強い口調。 


 ダンボルは話を打ち切られ、ションボリと力なくうなだれる。


 これ以上ダンボルが反論しないのは、もしケンカになれば、ダンボルとリバーサイドの二人がかりでもフローシアにはかなわないからだ。そこには、圧倒的なレベル差という存在があった。


 リバーサイドは悔しがるダンボルを見て、無言で肩に手を置く。そして小さく「うん、うん」と、二度うなずいた。


 ゴブリンハンターという名前の冒険者パーティーが結成されたのは、三年前。しかしリバーサイドとダンボルはそれ以前からの知り合いで、昔からの冒険者仲間である。以前の二人は、とんでもないくらい貧乏な冒険者で、住む場所にも困るような生活を送っていた。そんな中で苦楽を共にしてきた二人である。とても深い絆で結ばれていた。


 それゆえにリバーサイドは、フローシアが打ち切った話に、あえて切り込んだ。


あねさんに、どんな事情があるかは知りません。でもダンボルの意見、正論だとは思いませんか?」


「リバーサイド、私は言ったよ。この話は終わりだって」


 フローシアは低い声で凄んだ。


「おお、怖い、怖い。だけどあねさん、ここは言わせてもらいます。借金は国のなんですから、ビンボ王とビンボ王妃がなんとかするのがスジでしょ。だから、こんな貧乏でお先真っ暗な国はとっとと出て行って、三人で楽しく暮らしましょうよ。そのほうが、きっとハッピーな人生になりますって」


 その話を聞いた途端、フローシアは鬼のような形相でリバーサイドの胸ぐらをつかむ。


「私に、この国を捨てろだって? あんた、私にケンカ売ってるのかい! もし本気で言ってるんなら、容赦ようしゃしないよ!」


 フローシアは烈火のごとく怒り、ブチ切れた。頭から湯気どころか、マグマが噴き出しそうな雰囲気さえある。

 

 殺されるかもしれない。


 そう思ったリバーサイドは、ブルブルと震え上がる。そして恐ろしさのあまり、両手を小さく上げて降参の意思を示し、弱々しい言葉を口にする。


「すみません……ちょっと軽率な発言でした」


「いいかい、一度目は許すけど、二度目はないからね。もしこれ以上ゴチャゴチャ言うんだったら、冒険者組合に報告することになるよ」


 フローシアは胸ぐらをつかんでいた手を荒々しく放すと、「フン」と鼻を鳴らして、そっぽを向いた。


 彼女は王族である。この国のために、ずっと身を犠牲にして借金返済にいそしんできた。だから怒ったのは当然のことだった。

 

 しかし、リバーサイドとダンボルが食い下がるのにも理由わけがある。


 彼ら二人は、Aランク冒険者であるフローシアといつも行動を共にしているので、よくAランク冒険者と勘違いされるが、実を言うとDランク冒険者だ。しかも、冒険者組合を通してフローシアが雇っている、人材派遣された冒険者である。だから二人の稼ぎは一般的なAランク冒険者と比べると、もちろん少ない。

 だが、Dランク冒険者の平均からすれば年収ベースで五割ほど多く、Cランク冒険者と同じくらいなので、決して分の悪い仕事をしているわけではなかった。


 ただ、問題があるとすれば、一般的なパーティーでは冒険で手に入れた財宝は山分けするのに対し、ギルドからの派遣である二人は、違うということである。


 通常、派遣冒険者の場合、派遣元のギルドから給与が支払われるのが普通だ。これは派遣先の冒険者が、ギルドに毎月の派遣料を月末に支払っているからである。このため、派遣冒険者の給与は月給制。しかも次の派遣先が決まるまでは、少ないながらも保険金がもらえるなど、現代社会の会社員に近い仕組みとなっている。


 ただし、デメリットもあった。

 なんと、冒険で宝が手に入ったとしても、分け前をもらう権利がないのだ。冒険での実入りが良かろうと悪かろうと、給与は常に一定というわけである。

 

 この、冒険者を派遣するという仕組みができたことにより、末端の冒険者は暮らしやすくなった。


 しかし、派遣であろうがなかろうが、冒険者ならいつか一発当てたいと思うのは、ごく自然のこと。実際、リバーサイドとダンボルもそうであったが、高い報酬の依頼をこなすには、まだ実力が足りておらず、派遣冒険者に甘んじているのだった。


 フローシアはそんな二人を気の毒に思い、実入りがよかったときは食事をおごったり、消耗品を買い与えたりはしていた。

 にもかかわらず、リバーサイドとダンボルの二人が貧乏なのは、冒険者の多くは浪費家で、手持ちの金はパーッと使ってしまう人が多く、例に漏れず二人もそのタイプだからというわけである


 ついでに言うと、フローシアが貧乏なのは浪費家だからではない。稼いだ額のほぼすべてを、借金返済に充てているためだった。






 ゴブリンハンターたち三人は、言葉をひと言も交わすことなく、街道のすぐそばまで戻ってきていた。

 

 ダンボルは、歩いていたフローシアの横にそっと並び、顔色をうかがう。そしてフローシアの怒りが落ち着いたのを確かめると、気を使いながら声をかける。


「あのー、姐御あねご、このまま町まで戻りまっか?」


 フローシアはチラッとダンボルを見て、すぐに正面に視線を移す。


「いや、今から休憩にするよ。おそらく三時間くらいはね」


 フローシアはそう言うと、少し離れた場所にあった、人が座れるサイズの石のほうに行って腰を下ろした。

 

 ダンボルは、座ったフローシアの前に立ち、首をかしげる。


「食事やとしても、えらい長い休憩でんな?」


「そりゃ、アイツのせいでレベルが下がったからね。だから今は下手に移動するのは危険なのさ」


「ほんまかいな!? そない慎重になるくらい、下がったんでっか?」


「まあね」


 フローシアは、あっけらかんと答えた。


 ダンボルは一瞬だけ驚いた表情をしたが、すぐに真顔になって口を開く。


「……今の姐御あねごのレベル、なんぼなんか教えてもらえまへんか?」


「それくらい自分の冒険者手帳で確認しな。パーティーを組んでいるんだから、私のレベルも見られるはずだろ」


 そう言われ、ダンボルはあわてて道具袋から冒険者手帳を取り出す。


 ちなみに冒険者手帳とは、ファンタジー世界のお約束である、所有者のレベルや冒険者ランクなどを確認できる万能身分証明書のことだ。冒険者になれば、無料で冒険者ギルドで発行してもらえる。


 さて、その冒険者手帳、以前は金属プレートだったので薄っぺらなものだったが、今はスマートフォンにそっくりな形をしている。しかも形だけでなく、スマートフォンに近い機能が備わっていた。具体的にどんな機能があるかというと、魔法による簡易的な通信機能が内蔵されていて、仲間同士のステータスなどを確認することも可能になっている。


「レベル1やてぇ!?」


 自分の冒険者手帳でフローシアのレベルを確認したダンボルは、大きく目を見開いた。

 いつもなら45と表示されているはずのフローシアのレベルが、1と表示されていたからだ。


 レベル1、それは子供と同等の強さを意味している。


「やっぱりそっか。これで手帳が壊れて、ステータス画面の表示だけおかしくなった線は消えたね……」


「どえらいことに、なってまんなー。ブタ野郎が苦手で、体に触れられるとレベルが下がるちゅう話は聞いとりましたけど、まさかこんな、ごっつう下がるとは思わへんかったわ……」


「私もだよ。なんせ、実際に()()()に体を触られたのは、初めてだったからね」


「基本、姉御あねごはオークのおらへんとこしか行きまへんからね」


「ああ、いつも安全第一でやっているからね。なのに、これじゃあ、とんだお笑い種だよ」


 フローシアは、晴れわたる青空を見上げる。


 すると風がやみ、急に周りがシーンと静まり返った。


 ダンボルは場の雰囲気が悪くなったのを感じ取り、気を使いながら質問する。


「……姐御あねご、いったいオークとの間に何があったんでっか? そのけったいな鎧と剣も、そのことと関係あるんやろ?」


 空を見上げていたフローシアは、ダンボルを鋭い目で見る。


「言うつもりはないよ。まあ、今すぐ墓場に行きたいんなら教えるけどね」


 ダンボルは両手を前に突き出し、後ずさる。


「あははは……遠慮しますわ。ところで姐御あねご、ちょっとリバーサイドを励ましてきます」


「ああ、頼んだよ」


 ダンボルは、「任せといてください」と言って手を軽く上げると、離れた場所でションボリと座っているリバーサイドのほうに向かって行った。

 

 フローシアは、ダンボルがリバーサイドの隣に座るのを見届ける。そしてそのあと、昼食の準備に取りかかった。


 今日の献立は、たっぷりの肉と野菜が入ったスープ。そして堅いパンに、惜しげもなくチーズと野菜を挟み込んだものだ。いつもの質素な料理とは違って、豪勢である。

 二人にたっぷりの特別手当は払えないが、せめてものお礼というわけだった。


「そういえばこの料理、あいつらと初めてパーティーを組んだ日、以来だったね……」


 フローシアは三年前のことを思い出す。


 三年前までフローシアは、ソロでゴブリン討伐の依頼をこなしていた。ところがAランク冒険者に昇格したことで、ソロを続けられなくなってしまう。


 理由は単純だ。


 ゴブリン討伐の依頼のほとんどはCランク以下。緊急性や特殊な事情がない限りは一つ下のランクの依頼までしか受けられないので、Aランクの冒険者ではCランクの依頼を受けられないのだ。


 このままではゴブリン狩りを続けられない。


 そう思ったフローシアは、パーティーを組むことを決意する。

 その理由はパーティーにAランクの冒険者がいても、残り二人以上のメンバーがDランクの冒険者であれば、Cランクの依頼を受けられるからだった。それに仲間が増えることにより、その分だけ多く依頼をこなせるので、ソロより稼げると踏んだからである。


 そこでギルドから冒険者を派遣してもらい、出会ったのがリバーサイドとダンボルだった。


 しかし当初、フローシアは二人の派遣期間を半年程度と考えていた。仲間に思い入れを持ちたくないのもあったが、長い期間パーティーを組むことで、身バレするリスクが上がることを一番に恐れたからである。


 それなのに、初めてパーティーを組んだときに、あっさりと王族であることがバレてしまう。


 原因は冒険者手帳に備わっている、仲間のステータスを表示させる機能にあった。もちろんプライバシー機能は存在するが、パーティーを組んだことがなかったフローシアは、その機能を知らなかったのだ。

 

 このことにより、リバーサイドとダンボルに「ドビンボー」という家名を知られてしまい、王家の者だとバレてしまう。その結果、彼女は二人に口止め料を支払った上に、割高な料金で長期の派遣冒険者として契約することになってしまったのだった。


 それから三年がたち、ゴブリンハンターというパーティー名は、ゴブリンたちの間で最も恐れられる名前となっていた。


 フローシアは最近になって思う。

 結果としては収入が増え、仲間もちゃんと秘密を守ってくれているので、ケガの功名だった、と。






 フローシアは料理の下準備を終えて鍋を火にかけると、手を休める。そして地面の上に座り、ペンダントにぶら下がった宝石を胸の谷間から取り出して、ほくそ笑んだ。


「このペンダントだけで、かなりの額は返せそうだね」


 フローシアはそう口にすると、ペンダントにはめられた宝石を嬉しそうに見つめた。


 しかし、途中で顔が曇る。


「でも、どこかでこれと同じのを見た気がするんだよね……」






 鍋に火をかけて、二十分が経過した。


 空には雲一つない青空が広がっていて、暖かい太陽の光がサンサンと降りそそいでいる。


「さて、そろそろ頃合いかね。あまり長時間スープを煮立てると、素材のクセや臭いが出ちまうだろうし」


 スープの出来栄えが気になったフローシアは、ペンダントの宝石を、再び人差し指を使って胸の谷間に押し込む。

 すると、宝石が胸に埋もれて見えなくなる寸前、彼女は宝石が赤く光ったような気がした。


「ん?」


 フローシアは手を止める。

 だが、すぐに光の反射具合だと結論づけて、さらに胸の谷間深くに押し込んだ。


 そのあと急いで玉杓子たまじゃくしを手に取り、スープをすくう。そして小皿に移し替えて口をつけた。


「うん、いい味だ。95点ってところだね」


 フローシアは嬉しそうに鍋を火から下ろす。


 ちょうどそのとき、まるで料理の完成を待っていたかのように、リバーサイドがフローシアのところへ戻ってきた。


 リバーサイドはフローシアの前に立ち、深々と頭を下げる。


あねさん、先ほどはすみませんでした」


 座っていたフローシアは立ち上がる。そして頭を下げているリバーサイドの肩をポンと叩き、微笑んだ。


「そんなに謝らなくてもいいよ。私もちょっと言いすぎたからね。そういうわけで、あと二百万ずつ特別手当を上乗せする。それでどうだい?」


 リバーサイドは頭を下げたまま答える。


「いいえ、そこまで気を使ってもらわなくても結構です。契約で決められているのに、あねさんに甘えているオレたちが悪いんですから」


 一瞬、フローシアはポカンとする。あれだけお金で揉めていただけに、狐につままれたかと思ったほどだ。


「そうかい? ならいいんだけど……。そりゃそうと、今日は豪勢な料理だよ! みんなでおいしく頂こうじゃないのさ!」


 フローシアは満面の笑みを見せた。


 あっさりとトラブルが解決して、ご機嫌の様子だ。


 かたや、下を向いたままのリバーサイド。彼はプルプルと子猫のように肩を震わせていた。


「初めてですね、ここまでうまそうな料理は。でも、本当に食べていいんでしょうか?」


 その声にフローシアは戸惑う。なぜかリバーサイドの声が、必死に笑いをこらえているように聞こえたからだ。


 しかし、彼女は戸惑う気持ちを心に押し込め、嬉しそうに言う。


「バーカ、初めてじゃないよ。覚えてないかもしれないけど、パーティーを組んだ最初の日と同じ料理さ。それと、男だったら遠慮するんじゃないよ。なんなら、私のも食べていいから、ガッツリ食べな」


 リバーサイドの震えが激しくなる。そして、手で口を押さえた。


「ぷっ……まさかあねさんの口から、そう言ってもらえるなんて。そうですね、初めてパーティーを組んだときから、ずっと出ている料理です。せっかく『()()()()()()()』と言ってもらっているのに、食べないのは男の恥ですよね」


 リバーサイドは、ゆっくりと顔を上げる。

 

 だんだんと見えてくる、リバーサイドの顔。

 それが完全に見えたとき、フローシアはギョッとした。


 醜くゆがむ、リバーサイドの顔。

 たとえるなら、フローシアが一番嫌いな存在である、オークのようだった。


 一瞬、フローシアの思考が固まる。

 

 と同時に、誰かがフローシアの背中に飛びついてきた。


「えっ?」


 フローシアは驚き、あわてて振り向く。


 すると、それは見知った顔だった。


「なにやってんだい、ダンボル!」


 フローシアは怒鳴った。


 しかし、ダンボルは興奮しているのか、ハァハァと息を荒くするだけで何も答えない。

 

 フローシアは「チッ」と小さく舌打ちすると、ダンボルをひっぱたこうと思って腕を動かそうとする。

 しかし、羽交はがめにされていて、うまく身動きがとれなかった。


 無駄だと悟ったフローシアは、目の前に立っているリバーサイドの顔をキッとにらむ。


「いったいどういうことだい? 事と次第によっちゃ許さないよ」


 その問いに、ニヤニヤと薄汚い笑みを浮かべながらリバーサイドが答える。


あねさん――いえ、ここは、あえてビンボ姫様とお呼びいたしましょう。おわかりになりませんか?」


「その名前でわざわざ呼び直すってことは……もしかして、裏切るつもりだね」


「ご明察めいさつ。オレっちとダンボルは、パーティーを抜けることにしたんですよ。あんなお宝を見たあとじゃ、ちまちまとゴブリンなんか狩れませんて」


 フローシアはそれを聞いて、小さくため息をつく。そして、後ろを見ずに言う。


「……放しな、ダンボル。今だったら許してやるよ」


「そら無理な話やで。だって、さっき二人で相談して決めたんや。宝石も姐御あねごの体も、二人で仲良う頂くってな。ぐへへへへ」


 ダンボルはニヤニヤとだらしない笑みを浮かべ、フローシアの首筋をそっとめた。


「ひゃぁ!」


 おぞましい嫌悪感が電気となって、フローシアの全身を走った。彼女は体をひねって、なんとか拘束から逃れようとする。


「無駄です。ビンボ姫様の今のレベルは1。それに対して、こっちのレベルは20ですから。しかし、これ以上暴れられても困りますので、体を麻痺させてもらいますね」


 リバーサイドはフローシアから少し距離をとると、ゴニョゴニョゴニョと呪文を唱える。


「ちくしょう、放せー!」


 暴れるフローシアの全身を不思議な光が包み込む。そして、その光はリバーサイドが呪文を唱え終わるまで続いた。

 

 光が消え、ダンボルがフローシアの羽交はがめを解く。


 その直後、フローシアは全身から力が抜けたかのように、その場にへたり込んだ。


「クソー、このゲス野郎が!」


 その言葉に、リバーサイドは嬉しそうに笑う。


「くっくっくっ。そんな罵倒も、オレっちにとっちゃご褒美ですね。いやあ、今まで何度この日を夢見たことか」


「せやせや、いつも近くでいい匂いをさせとんのに、手ぇ出したら返り討ちに遭うさかい、蛇の生殺しやったんやでー」


 とダンボル。


「オレたちの苦労がわかります? 野宿のときは、いつもこんな風にして自分で慰めて我慢していたんですよ」


 リバーサイドは、股間の前で手を上下させる格好をしながら、フローシアに近づく。そして、地面にへたり込んでいるフローシアの前で立ち止まった。


 フローシアは顔をしかめる。

 目の前にあるリバーサイドの股間から、強烈な生臭なまぐさい臭いがしたからだ。


 それを見たリバーサイドは、ゲスな笑いを浮かべる。


「臭います? さっきロープで縛られたとき、腹ばいになってビンボ姫様の近くまで行ったら、地面の刺激でイッちゃいましたからね。でも、ビンボ姫様が悪いんですよ。だって、あんなエロい格好してロープで縛られていたら、誰だって近くで拝見したくなりますって」


「せやせや。パンツがカピカピなってもうたわ」


 フローシアは、ここで初めて臭いの原因を知った。


「あんたら……もう絶対許さないからね」


 悔しそうな表情を見せるフローシアに、リバーサイドは追い打ちをかける。


「それはこっちのセリフです。この国――ドビンボー王国が貧しいのが、そもそもの原因。その責任は、あなたたち王族にある!」


「くっ……」


「国民が怒っているのはご存じでしょ。国民の誰もがこの国の王族たちのことを、皮肉を込めて貧乏ビンボをつけて呼んでいるんですから。そういうわけで、ビンボ姫様には罰を与えないといけません。国民の代表であるオレたちには、その権利がありますからね」


詭弁きべんだね、リバーサイド。それに私は王族だよ。このことがバレたら、あんたらタダじゃすまないからね!」


 フローシアは息を荒くし、二人を威圧した。


「そうです。だから、バレなきゃいいんですよ。まあ、それ以前に冒険者をやっている姫なんて、見捨てられているんじゃないかと思いますけどね。なぜならフローシアという名前の姫を、オレっちは聞いたことがありません。ダンボルも、そうでしょ?」


 ダンボルは腕組みをして考える。


「うーん、言われてみると、確かにフローシアなんて名前の姫は聞いたことあらへん。となると、王族といっても絶縁されとるか、世間に公表できへん愛人の子とかで、継承順位が相当低いんちゃいます?」


「同意見です。だとしたら、行方不明になった冒険者と同じで、探そうとする人は皆無でしょう。それに幸いにもオレたちの冒険者手帳には、ビンボ姫様のレベルが1になった記録が残っています。だから、野良オークにビンボ姫様がやられたとギルドに報告すれば、オレたちが疑われることはないというわけです」


「さすがや! リバーサイドは天才や!」


 フローシアは二人のやり取りを聞いて、力なくうなだれる。


「……私を殺すつもりだね」


「仕方ありませんよ。これだけのお宝です。あなたを生かしておいたら、ギルドに報告され、オレたちは一生お尋ね者。だから、安心安全の方法を優先させることにします。ビンボ姫様のようにね」


 リバーサイドは意地の悪い笑みを浮かべた。


 隣にいるダンボルも釣られて、同じような表情をする。


「安心したってやー。ペンダントを頂いて、姐御あねごとのお楽しみタイムが終わったら、苦しまないようにあの世に送ってあげますさかい」


 リバーサイドは言う。


「では、ペンダントを頂きましょうか」


 指をうねうねとさせて、いやらしい手つきをするリバーサイド。彼はゆっくりと、フローシアの胸の谷間に手を入れた。


「くっ……」


 フローシアは顔をゆがめる。


 リバーサイドはそれを楽しむかのように、フローシアの柔らかく豊満な胸の間で手を動かす。そして名残惜しそうに、ペンダントについた宝石を引っ張り出した。

 

 その宝石を見て、リバーサイドは驚く。


「えっ!?」


 リバーサイドが先ほど鑑定したときには、透明な色だった宝石。それがいつの間にか赤色に変わっていて、ゆっくりと点滅を繰り返していた。


 嫌な感じがしたリバーサイドは、あわてて宝石から手を放す。


 しかし宝石の色は元に戻らず、点滅も止まらなかった。


「笑えるね。宝石はあんたに触られて、真っ赤になるほど嫌がっているんだよ。あのイケメンだったオークに比べて、あんたらの顔は不細工だからね!」


 好き勝手にされていたフローシアは、ここぞとばかりに悪態をついた。


 リバーサイドはオークより下と言われ、ギリギリと歯ぎしりして、悔しそうな顔をする。


「そんなにあのブタ野郎が好きなら、助けを求めたらどうですか? 思いっきり叫べば聞こえるかもしれませんよ」


 しかし、フローシアはその提案に無視を決め込む。


 理由は二つあった。一つ目の理由は、サブローと名乗ったオークと別れて、かなりの時間がたっていたからである。それと、もう一つの理由は、周囲に音が聞こえない魔法が使われていることを、フローシアは気づいていたからだ。


 リバーサイドはフローシアが無言であることが気に入らず、さらにあおる。


「ビンボ姫様、押し黙っても助けは来ませんよ。だから代わりに私が叫んであげましょう」


 リバーサイドはそう言うと、大きく息を吸い込んだ。


「私を助けに来な、イケメンのブタ野郎ー! 私がピンチだって、言ってんだろー!」


「わはははは! 声似とるわ。ほんまリバーサイドは上手やなー」


 ダンボルは拍手して喜んだ。


「ビンボ姫様、わかります? 助けてくれないの、ブタさんは。下品でおぞましいだけの、醜い生き物なんですから。それにいくらイケメンでも、それはオークの中での話。オレたちと同列にしないでもらいたいですね」


「リバーサイド、さっきのオークをブタ呼ばわりするんじゃないよ! おまえらより、よっぽど人間らしかったし、それにあいつのほうが人間のお前らよりもイケメンだったからね」


 フローシアはさっき出会ったオークに、どこか懐かしさを感じていた。だからさっきのセリフは、心の底から言った言葉である。


「へえー、そこまで言うからには、あのブタ野郎に犯されたほうがマシだとでも言うんですか?」


 リバーサイドのこめかみが、ピクピクと動いた。


「そのとおりだよ。ブサイクなあんたらよりは、よっぽどマシだね」


 フローシアは皮肉たっぷりに答えた。


 リバーサイドはその答えを聞いて、フローシアの顔を手でつかむ。そしてヒョットコのようになったフローシアの顔を、自分の顔に寄せた。


「残念です。優しくしてあげようかと思いましたが、気が変わりました」


 残忍そうな表情を浮べるリバーサイド。


 フローシアはその顔に「ペッ」と唾を吐きかけた。


 しかし、それを気にした様子もなく、リバーサイドは言葉を続ける。


「もう我慢できそうにありませんね。そろそろ、ゴチソウを頂くとしましょうか」


「せやせや、わても限界や」


 ダンボルの手がフローシアのマントに伸びる。


 それに合わせるようにフローシアはすべてを諦め、ゆっくりと目を閉じた。

 

 フローシアにとって、こうなる最後は予想外のことだった。

 しかし、彼女は冒険者。ヘマをして死ぬ可能性を考えていなかったわけではなかった。


 ただ、フローシアには心残りがある。


 彼女のせいでこの国が背負うことになった借金。それを返し終えずに死んでしまうことだ。


 リバーサイドがフローシアの鎧を脱がしにかかった。


 抵抗できないフローシアは覚悟を決め、二人を喜ばせまいと舌を噛み切ろうと決意する。

 するとそのとき、彼女の脳裏に昔の記憶が蘇った。


 かつて自分に仕えてくれた三人の騎士。その中の一人については、顔も声もなぜか思い出せないくらいの古い記憶。


 ――どうして今になって思い出すかねぇ……


 一筋の涙がフローシアの目からこぼれる。

 すると、消え入りそうなほど小さい声も、彼女の口からこぼれた。


「今そっちに行くよ、赤騎士、青騎士、そして――」


 フローシアが最後の騎士の名前をつぶやこうとした瞬間、彼女の涙が胸の宝石に当って弾けた。

 

 と同時に、宝石が警報のような、けたたましい音を立てて激しく点滅する。そして、それに呼応するかのように、フローシアの瞳の中に文字が浮かんだ。



――――――――――――――――――――――――

 サブマスターにお知らせします。


 衛星軌道上にある人工衛星、EROS―Gとの通信接続に成功しました。

 

 現在、EROS―Gの状態をチェックしています。


 チェック中……




 通信状態:バリ3

 貯蓄魔力:0%

 異常個所:ソーラー魔力変換パネル


 魔力量が不足しているため、このままではEROS―Gの運用に支障があります。

 ゴブリンスターに貯蓄されている魔力を転送して、対処します。

――――――――――――――――――――――――



 その直後、宝石が赤く輝きだし、光が空に向かい一直線に伸びる。


「うわっ、なんだ!?」 「うひゃ、なんやこれ!?」


 リバーサイドとダンボルは驚く。そして、まるで化け物でも見たかのように、すぐさま飛び退いた。


 フローシアも驚いている。


 だが、リバーサイドとダンボルよりは冷静だった。


「まさか、この宝石は……」


 彼女は思い出したのだ。


 三人の騎士との思い出とともに、この宝石のことについての記憶を。



――――――――――――――――――――――――

 続いて、メインマスターの現在地を確認します。



 サーチ中…………………………捕捉。



 この場所から距離が離れすぎています。


 メインマスターの音声指示がここまで届きませんので、衛星カメラによる「読唇どくしん」を使用します。

――――――――――――――――――――――――



 フローシアには、瞳の中に浮かぶ文字は読めている。


 が、それが何を意味しているのか理解できていない。


 ただ、この宝石がどういったもので、このあとに何が起こるかは思い出せていた。



――――――――――――――――――――――――

 EROS―Gの貯蓄魔力が50%を回復。


 「お仕置きモード」の使用が可能になりました。


 先ほどからメインマスターの悪口を幾度となく確認していますので、「お仕置きモード」に移行します。


 制裁対象:2人


 お仕置き方法を指示してください。






 報告――たったいまメインマスターより、お仕置き方法の指示がありました。

 

 お仕置き方法:スパンキング


 残念ながら該当のお仕置き機能はありません。


 よって、エネルギー波を最小威力にて発射し、対象の臀部でんぶに当てることで代替します。


 ターゲットのロックを完了。

 

 それでは詠唱コードをもって実行に移します。

 

 ただし、サブマスターには詠唱コードは表示されませんので、ご注意ください。

 

 それでは、詠唱コードは六文字になります。

 音声で入力してください。


 □□□□□□

――――――――――――――――――――――――



 フローシアの瞳の中に六つの四角い枠が表示されると、宝石から空に伸びる赤い光と、警報のような音が消え、森に静寂が戻った。


 すると、隠れて様子をうかがっていたリバーサイドとダンボルが姿を現した。


 リバーサイドが周囲を警戒しながら口を開く。


「やっと収まりましたか……」


「ほんまや。いったい、なんやったんや」


 ダンボルはそう口にすると、フローシアのほうに向かって歩き出した。


 リバーサイドもそれに続く。


「せっかく盛り上がっていたのに、ちょっとなえちゃいましたよ」


「わても同じや。まあ、すぐに元気になるやろうけど」


 おしゃべりをしていた二人は、フローシアの前で立ち止まる。そしてリバーサイドだけ屈み、フローシアの顔をのぞき込んだ。


「そうだ、せっかくです。最後に何か言い残したいことはありますか?」


 目をギュッと閉じているフローシア。


 そうしている彼女には、リバーサイドの声は聞こえていない。

 なぜなら彼女は最後の望みをかけ、記憶の糸を必死にたぐり寄せていたからだ。

 

 以前、この宝石を使われたときの記憶。

 もちろん、その記憶の中には詠唱コードも含まれていた。



 ――そうだ……、思い……だした。



 フローシアは意を決して、詠唱コードを間違わないようにゆっくりと口に出す。


「だ・い……」


「だい? こんな時に大きいほうがしたいとか、やめてくださいよ」


 リバーサイドは顔をしかめた。


「げ・き……」


「ゲリでっか? それなら仕方ありまへんな」


 ダンボルは自分の体験を思い出し、「うん、うん」と言いながら辛そうな表情をした。


 リバーサイドとダンボルは、まだ知らないでいる。

 お楽しみタイムは始まることなく終わってしまい、お仕置きタイムが始まることを。そして、ゴチソウを食べることができず、近々臭い飯を食べる羽目になってしまうことを。


 フローシアは大きく息を吸いこみ、お腹に空気をためた。そして目をカッと見開き、空を見上げながら最後の二文字を叫ぶ。


「りぃーーーーーーーーーーん!」


 その叫びは、天へと伝わった。






◇◆◇◆◇


 サブローがゴブリンハンターたちと別れて一時間が過ぎた頃、ちょうど分かれ道に差し掛かる。


 サブローはフローシアが書いてくれた地図を見て、迷うことなく左の道を選んだ。

 

 すると、さっきまで一言も言葉を発しなかったウィンドウが、ポツリとつぶやく。


「ホントいい天気ね」


 サブローはキッカケを逃すまいと、すぐに相槌を打つ。


「うん、ポカポカして気持ちいい日だね……。えっと、それで、さっきフローシアさんのお尻を叩いたうえに、お尻に顔をうずめた件だけど……ゴメン、俺が悪かった!」

 

 サブローはウィンドウに対し、頭を下げた。

 その様子はまるで実家に帰ってしまった奥さんに、帰って来てくれと謝っているかのようだ。


 それを見てウィンドウは、恥ずかしそうに顔を背ける。


「もう、謝らないでよ。冷静になって考えてみると、どう考えてもあれは偶然だったし」


「そんなことないよ。俺がもっと気をつければよかったことだから」


「そう言うなら、お互いさまってことにしておこうよ。今度から気をつけるってことで」


「了解! それじゃ仲直りだね」


「うん。それなら仲直りの証として、ハイタッチ」


 ウィンドウはそう言うと、ウィンドウ画面の中で手のひらを上に上げる。


 そこにサブローは照れくさそうにタッチした。


 ウィンドウは嬉しそうな顔で話を続ける。


「それじゃ、この件はこれで終わり。ところで目的地だけど、なんていう名前の町なの?」


 いきなり聞かれたサブローは、あわてて地図を開く。


「えっと、ちょっと待ってね……」


 町の場所は大きく二重丸がされている。そしてその傍らには、小さく町の名前が書かれていた。


「えっと、これかな? オークランドと言うらしいよ」


 ウィンドウはそれを聞いて目を輝かせる。


「わっ、スゴい! 南太平洋にある島国の都市と、同じ名前だ!」


「そうだね。でも、アメリカにもなかったかな?」


「うん、うん。ある、ある」


 サブローは、ウィンドウに地球の知識があることを確信する。

 しかし、どうせその理由を聞いても答えてくれないと思ったので、聞かなかった。


「へくしっ」


 急に鼻がムズムズしたサブローは、くしゃみをした。

 そのツバがウィンドウのほうに飛ぶ。


「あー、もー、汚いなー。ちゃんと手で押さえてよ!」


「ごめん、ごめん。でも、さっきまで手で大事な部分を隠していたから、口を押さえたくなかったんだよ」


 サブローは申し訳なさそうな顔をして謝った。


「そっか、それなら許してあげる。でもそういう理由なら、どこかで体を洗っていこうよ。地面に寝そべって隠れていたせいで、体も汚れているみたいだし」


「うーん、いい案だけど、近くに洗える場所ってあるのかな……?」


 サブローは再び地図を見る。

 すると、今いる場所から遠くない位置に、湖の場所が記してあった。


「おっ、あった」


 湖がある場所は、さっきの分かれ道まで戻って反対の道に進む必要があった。


 地図を見ながらサブローは考える。


「道を戻る必要があるうえに、一時間は歩く必要がありそうだな。だけどこれから先、確実に体を洗えそうなのはこの湖だけか……」


「えっ!? 町に着くまで、ほかに川か湖はないの?」


 ウィンドウはビックリした表情をした。


「うん、残念なことにね。でも、途中に小川くらいはあるんじゃないかな? 綺麗な水で、体を洗えるくらいの水量があるかはわからないけれど」


「うわっ……もし水浴びできなかったら、町に着く頃には大変なことになってそう……」


 サブローを見るウィンドウの目は、どこか物悲しい。


「……それは言わないでよ」


 サブローはションボリと下を向いた。


 ウィンドウは、そんなサブローの顔をのぞき込む。


「ところで大丈夫? さっきのくしゃみって、裸だから風邪を引いたんじゃないの?」


「いや、寒気はしてないから平気だよ」


「それならいいけど……」


「心配してくれてありがとう。でもおそらくは、さっきのゴブリンハンターたちが、俺の悪口を言ってるせいだから」


 一回のくしゃみで悪口、二回のくしゃみで笑いのネタに、三回で誰かにれられていて、四回で風邪だという迷信。


 サブローは、そんな迷信のせいかもしれないと答えたが、実はあまり信じていなかった。


 ウィンドウが笑う。


「あははは。だったら、戻ってお説教しないとね」


 それを聞いて、サブローはふざけて言う。


「いや、お説教より、お仕置きが必要じゃないかな? そうだ! さっきは手加減したから、今度はキツく――そう、スパーキングするぐらいのスパンキングをお見舞いしてあげないとね」


 ウィンドウと仲直りできたことで、上機嫌だったサブロー。彼は調子に乗りすぎた。


「そっか、手加減したんだ……。だとしたら、あのスパンキングはわざとってことだよね……?」


「いや、いや、違う、違うんだ! 言葉のあや――じゃなくて、ちょっとボケただけだよ!」


 せっかくウィンドウといい雰囲気だったのに、釈明するはめになってしまったサブロー。

 彼は最近ツイていなかった。






 少し時間が経過したが、サブローの言い訳は、まだ続いていた。


 突如として遠くのほうから天を揺るがすような大きな音が鳴り、空気が振動する。



 ドゴォゴーンン!

 ドゴォゴーンン!




「うわっ、ビックリした! 雷?」


 驚きの声を上げたサブローは、頭を抱えてその場に立ち尽くした。


 それに対し、ウィンドウは冷静に言う。


「雷じゃないと思うよ。こんなに空は晴れ渡っているんだから」


 言われてみれば、確かにそのとおりだとサブローは思った。


 頭を抱えていた手を下ろして、音がした方角を見る。


 すると、遠くのほうでドクロのような形をした煙が、立ち昇っていた。


「確かに雷じゃないみたいだ……。それにしても、なんだか嫌な予感がする。早く先に進んだほうがいいかもしれない」


「それなら、湖に寄るのはやめにする?」


 サブローは一瞬悩んだが、即断する。


「仕方ないけど諦めよう。手は飲み水で洗えばなんとかなるし」


 サブローはそう言うと、四次元窓から瓶に入った水を取り出して手を洗う。


 そして洗い終わると、足早に目的地を目指して道を進むのだった。






◇◆◇◆◇


 オークランドまでの道のりは、まだ遠い。だがフローシアの書いた地図を見て進めば、問題なく到着するはずだ。


 しかし、一つだけ問題があった。

 実はオークランドは人間が住む町でなく、オークの住む国である。


 すべてはフローシアの勘違いが原因だった。

 

 サブローの言った「()()の住民がいる町」というのを、「オークの住民がいる町」と勘違いしたからである。

 とはいえ、フローシアを責めるのは筋違いだ。

 なぜなら、そのときサブローはオークの姿をしていたからである。


 実はサブロー、「人間になる薬」を飲んだあと、なぜかオークの姿になってしまっている。

 それなのに、ウィンドウにはサブローの姿がなぜか人間に見えていた。サブローも同様で、自身の肌の色から人間だと認識してしまっている。


 その原因は薬の副作用なのか、バグったステータスのせいなのかは、わからない。

 ただ言えるのは、サブロー自身が自分をオークだと認識するには、他人に指摘してもらうか、自分のステータス画面を確認するか、鏡や水で反射した自分を見るかの三つしかない。


 はたして、サブローはいつ自分がオークだと気づくのだろうか。そして、すんなりと人間に戻れるのだろうか。


 それは神のみぞ知る。




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名前:ブータロー・@-a・sp*)

種族:オーク

年齢:20

職業:無しょく

状態:正常

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LV:@%+

HP:!"0&9\/!=)991

MP:000QF#/@;;*??

力 :3885E782

体力:1CC87680

器用:1CA47B00

俊敏:B374E78

知力:16B5CFC8

運 :0435E7A6

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魔法

チー%*

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スキル

¥部@#?

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装備

形見のスカーフ

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やっと2章が終わりました。

最初はすぐ終わる予定でしたが、書いている途中に一人で盛り上がって長くなってしまいました。

3章はオークランド編です。

仕事の合間にゆっくりと書いていく予定です。

感想や評価を頂けると励みになります。


――――――――――――――――――――――――

R4.4.25 追記


とりあず1章と2章の書き直しが終わりました。

もし3章を書き直すとすれば、おそらく4章が書き終わったあとになります。

なので、3章は読みづらい部分が多々ありますので、ご了承ください。


1、2章についてですが、修正が終わっても変な部分がまだ見受けられます。

とくに会話以外の「地の文」のスタイルが、最初のほうと最後のほうで、かなり違います。

ですが、気力がないのでもう修正しません。

(誤字、脱字系は別です)


4章についてですが、2章を修正したことにより、すでに投稿し終えている4章においても若干修正する必要が生じました。なので、それが終わってから、続きを書きたいと思います。


時間があるときにまったり書いているので、気長にお待ちください。

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