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チートスKILL ~中途半端な転生者~  作者: 奥 悠人
2章 ゴブリンプレイヤー
11/48

ゴブリンやめますか? それとも人間なりますか?

「あちゃー、またあの三人組だよ」


 ウィンドウはそう口にすると、表情がみるみるうちに曇っていった。

 どうやらゴブリンハンターたちは町に戻る途中だったようで、俺たちはそこにばったりと出くわしたようだ。


 くそー、運が悪すぎる。

 せめて俺が「人間になる薬」を飲んだあとだったらと考えたが、もはや手遅れだ。

 悔みつつも、最初に何をすればいいかを考える。


『まずは佐藤さんたち親子を逃がそう』


 とりあえず、これが最優先事項だ。

 そう思って俺は、ウィンドウに頭の中で伝えた。


「あー、よかった。彼らを置いて逃げてたら、軽蔑してたところよ」


 ウィンドウはそう言うと、ほっとした表情のあと嬉しそうに、にっと笑った。


『さすがに一人で逃げたりしないって。人助けでカミポイントが増えるなら、逆に減ることだって十分あり得るから』


 これが佐藤さんたちを見捨てて逃げない、一番の理由である。

 なぜならカミポイントがゼロを通り越してマイナスにならない保証は、どこにもないからだ。


「確かにありそう」


「でしょ? そういうわけで、佐藤さんたちの逃げる時間を稼がないとね」


「そうは言うけど、時間なんて稼げるの? アイツらと戦うつもりなら、勝ち目はないに等しいよ?」


『大丈夫、方法はもう考えてある。だから佐藤さんたちは無事に逃げられるはずさ。ただ、問題なのは俺のほう。アイツらから確実に逃げ切る方法が思いつかないんだよなー』


 その話を聞いて、ウィンドウは不安げな顔をした。

 だけど、考える時間の余裕はもうない。


「ベムさん、よく聞いてください。今からアイツらにひと芝居打って、あなた方が逃げる時間を作ります。合図をしたら、すぐに逃げてください」


 こちらにゆっくりと近づいてくるゴブリンハンターたち。

 俺は連中を見据えたまま、隣にいる男にギリギリで聞こえるくらいの声でささやいた。

 すると男は緊張した声で、同じくこちらを見ずに小声で答える。


「大丈夫でしょうか? 追いかけてこられたら、逃げ切れませんが……」


「アイツらの狙いは私です。だから一緒に逃げなければ、追ってこないはずです」


「……そうですか、わかりました」


 そんな俺たちの話合いの最中、ゴブリンハンターたちは足を止める。


「また会ったわね、イケメンのゴブリンさん」


 ゴブリンハンターのリーダーである女騎士が、ニヤニヤと笑みを浮かべた。

 その笑みは、俺たちを逃がさないという自信の表れからだろう。だけど、おとなしく捕まってやる義理はない。

 さあ、ここからが勝負。


 俺は連中を見ながら首をかしげる。


「あのー、どちら様でしょうか?」


「「「ズコーーーー!」」」


 ゴブリンハンターたちは、後頭部からズッコケた。どうやら俺の反応が予想外だったらしい。


 やはり思ったとおりだ!

 間違いなくアイツらは悪党三人組によくある、間抜け属性を持っているぞ。

 俺は「これはいけるぞ!」と確信する。


 そう思っていると、女騎士が後頭部をさすりながら痛そうに立ち上がった。


「いやいやいや、この前会ったじゃないの!」


 若干キレ気味の女騎士。

 当然の反応だ。


「初めてお会いしますが、ゴブ違いじゃないですか?」


 もちろん初対面のふりをする。多少無理があっても、ここで認めてしまえば終わりだ。


「オレたちはゴブリンハンターなんだぞ! ゴブリンの見間違いなんかするわけないだろうが!!」


 魔道士の男は声を張り上げた。


「そうやで! そんな流暢りゅうちょうに人間の言葉を話すゴブリン、わてらが見間違うはずあらへん!!」


 武闘家の男も、怒り心頭といった様子だ。


 なかなか順調だ。俺の目的はアイツらを怒らせて冷静さを失わせることだから、これでいい。

 ただ言葉遣いくらいはもうちょっと、たどたどしさが必要だったかも? 相手に合わせて翻訳されているだろうから、普通に話すだけで自然なイントネーションになっているようだし。

 

 ……まあ、今からでも遅くはないか。


「ワタシ コトバ リュウチョウ チガウ。カン違い ヨクナイよ?」


 俺は、より相手をおちょくるために、インチキ外国人風に話しかけた。


「ちょいとお待ち! さっきまで普通に話してたくせに、なんだい、その変なしゃべり方は、ふざけているのかい? それになんで私たちのことを知らないふりするのさ、ムキー!」


 女騎士は顔を真っ赤にすると、地面に穴があきそうな勢いで地団駄じだんだを踏んだ。


 よしよし、めちゃくちゃ怒っているぞ。

 なら、これでどうだ!


「ワタシ 最近 忘レッポイね。自己ショウカイ シテクレタラ 思イダス カモ? デモ ユックリ じゃナイト 理カイ デキナイヨ?」


「ほほう、あくまでシラを切るつもりだね。なら、思い出させてやるまでさ。こいつを聞いて思い出しな。いくよ、おまえら!」


「「へいっ!」」


 しめしめ、うまくいったぞ。まんまと俺のわなにかかってくれたようだ。

 名乗っている間のアイツらは自分の世界に入ってしまうので、こちらの動きが目に入らない。だから、その間がチャンスというわけだ。


 おっと、こうしちゃいられない。早く佐藤さんたちに逃げてもらわないと。


「今のうちです。今だったら安全に逃げられます。さあ、こっちの道です。早く!」


 分かれ道の右を指さし、佐藤さんたちに逃げるように促す。

 しかし、三人ともその場にとどまり、逃げようとしなかった。


 何してんの、この人たちは!


「やはり、あなただけに押し付けて逃げるわけにはいきません。私だけでも残って戦います!」


 男の足はブルブルと震えていた。

 どう見ても足手まといになるのは明らかだ。余計なリスクを抱えないためにも、先に逃げてもらわないと困るのに。


「それはダメです。あなた方に人質になられたら、私にはもう打つ手がありません。それに安心してください。私に戦うつもりはありません。だから、先に行ってください」


「くっ……、わかりました。面倒事をあなた一人に任せてしまって申し訳ない。このお礼は、いつか必ず返します」


 どうやら足手まといになることを、わかってくれたようだ。

 男は一礼すると、子供を抱きかかえて走り出した。


「お兄ちゃん、またね!」


 子供が俺に向かって小さく手を振った。

 俺は子供にこたえて小さく手を振り返し、「またね」と言って笑顔を見せる。


 そのあとに女が俺の前に立ち、深く頭を下げた。


「この御恩は一生忘れません。どうかご無事で」


「ありがとうございます。またいつか会いましょう」


 こうして俺は手短に三人を見送った。


 さて、あとは俺が逃げるだけだが、先日会ったときにゴブリンハンターたちの足の速さを知っている。まず普通に走って逃げるだけでは、万が一にも逃げ切れないだろう。


「このあとはどうするの? さっきも言ったけど、戦っても勝ち目なんてないよ?」


 ウィンドウが心配するのも当然のことだ。戦うのは無謀で、逃げ切るのも難しい状況なのだから。

 だが、方法はある。もちろん逃げるほうの方法だ。

 イチかバチかのギャンブルになるが、もうやるしかない。


『とりあえず、まずはこの場を離れよう』


 そう答えると、すぐに俺は行動に移す。


 作戦成功のカギは、アイツらに気づかれないように離れた場所に隠れて、どれだけ長い時間見つからないでいられるかだ。幸いなことに、さっきからゴブリンハンターたちは名乗りを上げることに夢中で、こちらを気にしていない。

 そこで俺は見つからないように腰を低くし、道から外れて移動し始めた。






「「「ゴ ブ リ ン 撲 滅 願 う、 わ れ ら に は、 い つ か ビ ッ グ マ ネ ー が や っ て く る !」」」


 遠くからゴブリンハンターたち三人のハモった声が聞こえてきた。


 どうやらタイムリミットのようだ。

 俺は逃げるのをやめて、近くの深い草むらの茂みにサッと隠れた。






「決まった! どうだい、思い出したかい? って、誰もいないじゃないのさ」


あねさん……。えっと、また逃げられちゃったみたいですよ」


「ほんまや。まんまと乗せられる姐御があかんのや」


「うるさいわね、おだまり! 文句を言う暇があったら、とっとと探しな! どうせ遠くには逃げちゃいないよ」






「――アイツらの話している内容は以上よ。やっぱり見つけるのを諦めてくれないみたい」


 ウィンドウは草むらから顔を出して、隠れている俺にゴブリンハンターたちの様子を事細かく伝えてくれていた。ウィンドウは俺以外からは見えないし、声も俺にしか聞こえないから、今は潜望鏡の代わりというわけである。

 ちなみに最初は、こんなの私の仕事じゃないとブーブー文句を言っていたが、意外に楽しそうだ。


 それよりも問題はここからである。

 うつせになって草むらに隠れたのはいいが、このままゴブリンハンターに見つからない可能性は()()()()だ。


 あっ、今うまいこと言った!


 などという、オヤジっぽい考えを振り払い、作戦を次の段階に移す。


『とりあえず、監視はいったん中止。カミゾンのサイトを開くのを優先してくれないかな?』


「あっ、わかっちゃった! また『人間になる薬』を買うのね」


『正解。人間に戻れれば、アイツらに見つかっても言い逃れができるからね』


 さすがウィンドウ。いちいち説明をする必要がなくて助かる。しかも俺がこうやって話している間に、カミゾンのトップページを開いて準備してくれる神対応だ。

 できる部下を持った上司の気分とは、おそらくこんな感じなんだろう。


 俺は気持ちよく目当ての商品をタッチした。

 だが、購入しようとしたところで、不測の事態が起こる。


『……まずい、売り切れた』


「えっ!? ホントに?」


『うん、今さっき。ほんのタッチ差で……』


 さすがにこれは想定していなかった。

 俺はそのショックで頭を抱えてしまう。すると、風がないのにカサカサと葉音が鳴った。


 ――しまった!


 そう思ったときには、もう遅かった。


あねさん、今どこからか物音がしましたよ」


「わかった、今そっちに行くよ。ダンボルも一度合流しな」


「うっす」


「予想どおり、遠くまでは逃げていなかったようだね。さあ、あんたの()()運もここまでだよ。今すぐ出てきたら、さっきコケにしたことは水に流してあげる。さっさと諦めて投降しな」


 とんだ失態だ。

 五割あった、隠れているだけでやりすごせた可能性も、今や五分ゴブ五厘ゴリンのどっちかあれば御の字だろう。

 そんな状況だが、アイツらに見つからない方法は、あるにはある。

 が、できれば使いたくない。なんせ四次元窓の中に逃げる荒業だからだ。

 この方法はかなりの危険が伴い、下手をしたら四次元窓の中から外に出られない可能性がある。なぜなら四次元系の収納は、大抵が中の時間が止まっているのが異世界転生モノのお約束。俺が中で自由に動ける保証はまったくないからだ。


『ちくしょう、ほかに方法はないのか?』


 焦りからか、なかなかいい案が思いつかない。

 そんなピンチな場面に天の声。


「まだ方法は残っているよ!」


 腕を組み、やけに自信たっぷりなウィンドウ。

 ドヤ顔しそうな勢いだ。


『いいから早く!』


「フッフッフッ、カミゾンで買えないなら、メルカミがあるじゃない!」


『そうだ、そっちがあった!』


 最近というか前世ではショッピングサイトを使うことが多く、フリマのほうはご無沙汰だったので、すっかり忘れていたな。

 焦りすぎだな俺。とりあえず、深呼吸しておくか。

 俺は軽く目をつぶって、音をたてないように深呼吸する。


 スゥゥゥー、ハァァァー


 そして目を開けると、目の前にはすでにメルカミのトップページが表示されていた。


『やるな! さすがウィンドウ』


 ニヤリと笑って親指を立て、ウィンドウを褒める。


「さすが私ね!」


 ウィンドウは嬉しそうな表情をしたあとに、えっへんと胸を張った。


『ところで、アイツらとの距離はどう?』


「待って、今確認するね」


 ウィンドウはそう言うと草むらから顔を出し、辺りをキョロキョロと見回す。


「うーん、三人で集まって何かやってるみたい。まだ距離は離れているからこっちの位置はバレてないと思うけど、急いだほうがいいんじゃないかな?」


『了解。なら急ごう』


 さっそく目の前の画面をタッチして、メルカミにログインする。

 俺が今必要としているのは「人間になる薬」。必要としている物しか売っていない仕様なら、絶対に売ってあるはずだ。

 そう思いながらも、心臓をバクバクさせて画面を注視する。


『やった! こっちのサイトにも売ってある!』


 思ったとおりだ。これならアイツらに見つかる前に余裕で買えるぞ。

 

 そう思ったのもつか、ウィンドウが驚きの声を上げた。


「でもよく見て! 値段が高すぎる」


 ウィンドウに言われて、慌てて値段を確認する。


『3,000ポイントだって!? そんなバカな!』


 タ○スギー、タ○スギーと、どこかの会社のCMが頭の中でリフレインする。


 手持ちのポイントは1,300ポイント。普通なら、どう転んでも購入することは不可能だ。だけど商品の説明をよく読んでみると、購入可能な方法が一つだけあった。それは商品説明の最後に書かれていた、価格交渉可能との文字。

 これにすべてを賭けるしかない。


 なんにせよ、チャットのような連絡手段があるらしいので、まずは相手にコンタクトを取ってみないことには始まらないな。

 そう思って取引画面を見つめながら相手に対するメッセージを考えていると、取引メッセージ欄に思っていたことが自動で書き込まれていった。


『へー、これは便利だな……って、感心している場合じゃなかった。それじゃ取引開始といこう!』



―――――――Welcome to merkami―――――――


初めまして、サブローと申します。

「人間になる薬」を欲しいのですが、値下げは可能でしょうか?



連絡ありがとうなのじゃ。

わらわの名はビエル。

在庫は二本じゃなくて一本じゃが、多少なら値下げしてやってもよいぞ^^



できれば大幅に安くなりませんか?

カミゾンというところで一本が1,000ポイントで売っていましたので、それと同じ価格が希望なのですが。

あと、急いでいますので、交渉は手短にお願いします。



ふんっ、生意気言いおってからに。

その値段では、とても売ることなぞできぬ。

本来じゃと3,000ポイントで売らねば、適正な利益が出ない商品なのじゃ。

最近は需要が少なくなったとはいえ、カミゾンで1,000ポイントというのは在庫処分の投売り価格であろう。



なんか怪しいなー。

実はカミゾンで買ったのを、あなたが転売しているわけじゃありませんよね?



なんじゃと!

わらわが売っておる商品は、わらわ自身で独自に調合したスペシャル品じゃ。

ほかで売っているのより味が良くて、「人間になる薬(プラス)」といっても過言ではない出来栄えなんじゃぞ。

はっきり言って、別物じゃ!



へえー、本当ですかねー。

でも人間になるのは変わらないわけですし、あんまり意味がないと思いますけど。

そんなことより、少し前までカミゾンに在庫が一個残っていたのですが、需要が少ない薬なのに都合よく売り切れて、メルカミのほうに在庫があるって怪しすぎです。

やっぱり、転売してるでしょ?



カチーン!

確かに効能に差はないが、匂いや味は重要な要素じゃろうが。

それにわらわが転売ヤーじゃと?

この品はメルカミでずっと前から出品しているのに、いまだ在庫を抱えているから絶対に違うのじゃ!

嫌なら買うなヽ(`Д´)ノ



そんなに長く売れ残っているんですか。

だとしたら、不良在庫ですよね?

なんでしたら無料ただで引き取りますよ?



おぬしは廃品回収業者か!

そんなのに引っかかるヤツはバカじゃ! アホじゃ!! アンポンタンじゃ!!!

……さりとて、わらわも売り切ってしまいたいのも確かじゃ。

2,000ポイントなら、どうじゃ?



ええー! まだ高いですって。

少しでも利益を出そうと思っているでしょ?

その考えがダメなんです。

俺が今買わないと、ずっと売れ残って材料代も回収できませんが、それでもいいんですか?



くぅー、足元を見おってからに。

……1,500ポイント、原価ギリギリじゃ。

これでよかろう?



やればできるじゃないですか!

しかし、残念です。

正直なところカミゾンと同じ1,000ポイントじゃないと、気乗りしません。



なんじゃと! その値段で売るのは、職人としてのプライドが許さぬわ。

おまけを付けるから、あいだを取って1,250ポイント。

頼む、これで手を打ってくれ。



そこまで言うなら、わかりました。

1,250ポイントで妥協しましょう。

でも、発送は早くしてくださいね。



うぅっ、なんでこんなに値引きせねばならぬのじゃ( ノД`)シクシク

ああ、もうよいわ。

今発送するから、しばし待っておれ!


――――Thank you for using our services――――



「うわっ……、なんかやり方がひどくない?」


 気づくとウィンドウが、ゴミでも見るような目で俺を見ていた。


『だってフリマは戦場だよ? これくらいは当たり前だって』


「ホントに?」


「ほんと、ほんと、誰でもやっていることだよ」

 

 そう言うと俺は、昔フリマで格安で購入した戦利品の数々を思い出していた。

 安く買う方法は意外に簡単だ。まず出品者に安い金額を吹っかけてから、徐々にこちらの希望の金額に近づけるだけでいい。宗教や健康関連のビジネスと同じで、相手の不安をあおると、より効果的だ。

 まあ、たまに失敗することもあったけどね。でもだんだんと交渉するのが面倒になって、フリマはやらなくなったんだよなー。


「そんなことよりも、よくあそこまで値下げできたね。失敗するって思わなかったの?」


 そっか、ウィンドウは気づいていなかったのか。それなら説明しておくか。


『最初は失敗する可能性も考えたよ。でも価格交渉の途中でピンときたんだ。値下げは必ず成功するってね』


「……もしかして、勘とかいわないよね?」


『違う、違う。最初から買えるのは決まっていたんだよ。だって、ウィンドウが最初に説明してくれたときに言ったじゃないか。カミゾンもメルカミも、持っているポイントに応じた必要なものが買える、そんな注意書きがしてあるって』


「確かにそう言ったけど、それとなんの関係があるの?」


『簡単なことだよ。俺は1,300ポイントしか持っていないのに、なぜか3,000ポイントの商品が売ってあった。不思議なことにね。だから1,300ポイントまでは確実に値下げが可能だと考えたのさ』


「スゴい! 言われて気づいた!」


 ウィンドウはそう言うと、俺を尊敬するような目で見る。

 よかった、俺にジト目属性はないからね。


『それじゃ四次元窓に薬が届いたら、すぐに知らせてくれる?』


「了解、任せておいて!」


 ・

 ・

 ・


「薬、ぜんぜん届かないね……」


 ウィンドウが不安げにつぶやく。

 取引が終わって五分が経過していた。いまだウィンドウ画面に配達完了の通知はない。なのにウィンドウは、何度も四次元窓を確認してくれていた。


『まずいな。値引きをやりすぎて、相手を怒らせてしまったのか? とりあえずアイツらとの距離を、もう一度確認してみて』


「うん、わかった」


 目の前にいたウィンドウは俺の頭の上にちょこんと乗ると、勢いよく草むらの茂みから外に飛び出した。


「えっ!? なんでこんな近くにいるのよ!」


 驚きの声を上げるウィンドウ。

 俺は即座に尋ねる。


『距離は?』


「あと三十メートルくらい! 物音を立てないようにして、ゆっくりこっちに近づいてきてる」


『そんなまさか、早すぎる……』


 おそらくアイツらは、なんらかの方法でこちらを見つける手段を持っていたに違いない。ただ最初から使ってこなかったところをみると、時間がかかるのか、もしくは対象との距離に制限があるかなど、何か理由があるのだろう。

 なんにせよ、これで隠れたまま、やり過ごせる可能性はなくなった。このままだと殺されるか、捕まって売られるかのどちらかだ。

 どちらにしろ、最悪の未来がすぐそこに迫っているのには変わりなかった。


「あっ、届いた! 薬とオマケのロープが届いたよ!」


 ウィンドウは俺の頭上から顔を引っ込めると、慌てた様子で叫ぶ。

 俺はそれを聞いて、間髪かんぱつ入れずに四次元窓に手を入れた。


『これがラストチャンスだ!』


 ぽっかりと目の前に開いた空間に手を入れると、薬の瓶とロープが手に触れたので、瓶のほうだけ握りしめて手を引っ込めた。


「あと二十メートル、もう時間がない!」


 ウィンドウの焦る声。

 俺は覚悟を決めて瓶の蓋を開ける。


『俺はゴブリンやめるぞ! ウィンドウー!』


 男なら、一度は言ってみたいセリフのパロディーを心の中で叫び、ゆっくりと薬の瓶に口をつけた。


『ぶっ!!』


 未知の味に吹き出しそうになったが、紙一重で耐える。


『なんだ、この味は……。初めて飲んだド○ターペッパーの衝撃以上だぞ! 無理だ、こんなの絶対に飲みきれない』


 そんな不甲斐ない俺を見て、ウィンドウは俺をけしかける。


「あれだけ大見得切っといて飲まないなんて、かっこ悪いわね。ゴブリンやめるんでしょ? 時間もないし、早く飲みなさいって!」


『いやこれ、マズすぎだって……』


 匂いは甘い香りがするのに、味がこの世のものとは思えないくらい、ひどすぎる。ドリアンや、くさやなどとは、ちょうど真逆の存在だといっていい。だからだろうか、量はオ○ナミンCぐらいなのに、とてもじゃないが鼻をつまんでも飲める気がしない。


 あれっ? でも変だぞ?

 取引相手が言うには、独自に調合した薬で、匂いも味も良いって言っていたはずだけど……


「はいはい、好き嫌いしないの。自分のセリフには責任を持ちましょうね」


 ウィンドウは、考えごとをしていた俺の体をウィンドウ枠で拘束すると、薬を強引に俺の喉に流し込んだ。


『ちょ、おま! ノォォォー!!』


 も言われぬ味が、のど元を通過していく。だが、そんな無限のように思われた時間も現実の時間では数秒ほど。

 しかしながら俺は、一滴も残らず飲まされたせいで放心していた。


「ほら、楽勝だったじゃない。で、感想はどうだった?」


 ウィンドウが目を輝かせて、俺の顔をのぞき込んだ。

 そう聞かれては、答えるセリフはアレしかない。


『んー、まずい! もう一杯!』


「……バカ」


 幸いなことに、そんなアホなやり取りをしている間に薬の効き目が現れ始め、体が鈍く光り始めた。しかし、先ほどスライムたちが薬を飲んだときと違い、その光は閃光弾せんこうだんのような輝きを周囲にまき散らす。

 

 この目もくらむような光による一番の被害者は、ゴブリンハンターたちだった。

 女騎士の慌てる声が、すぐ近くから聞こえてくる。


「いったい何事だい!?」


「ビンボ姫様、ゴブリンのいるはずの付近から、まぶしい光があふれているんですよ!」


「そんなの見りゃわかる! それよりもどさくさに紛れて、その名前を口にするんじゃない! とりあえず探索は中止して、いったん離れて様子を見るよ」


「「へいっ!」」


 どうやら連中は、一度離れてくれるらしい。

 ただ、間違いなく居場所はバレてしまっているようだ。それでも人間になってしまえば、なんとでも言い訳はできるはず。

 だから言い訳を考え――

 

 そこで俺の意識は、急に途絶えた。






 ……雨だろうか?


 ポタポタと大粒の水が、顔に滴り落ちてくる。

 気になって目を開けると、人間の少女の顔が飛び込んできた。


 泣きじゃくる黒髪の少女。

 空は分厚い雲に覆われているのに雨は降っておらず、雨だと思っていたのは少女の涙であることに気づく。そして、後頭部に感じる温かい感触から考えると、どうやら俺は少女の膝の上にいるようで、膝枕ひざまくらをされているらしい。


 それにしても、全く見覚えのない少女だ。膝枕ひざまくらをされている理由もわからないし、少女が泣いている理由も……

 ――いや、ちょっと待て! よく考えると、なんだ、この状況は!?

 それに少女が泣いている理由も、俺がひざに頭を乗っけているせいで、動けずに困っているからじゃないのか?


 だとしたら、ヤバい!

 こんなところを誰かに見られたら、おっさんの俺はすぐに警察に通報されてしまうぞ。そして待ち受けるのは、ロリコン野郎のレッテル。

 それだけは、是が非でも回避しないと!


 ん!?


 起き上がろうとしても体が言うことを聞いてくれない。

 もしかして、金縛りなのか?

 俺の記憶が正しければ、金縛りって心霊現象ではなかったはずだ。寝起きで体に疲れが残っていると、心と体がシンクロせずに起こるものだと聞いたことがある。だとしたら、すぐに起き上がるのは無理だ。

 こうなったら、とりあえず先に謝っておくしかない。

 俺は膝枕ひざまくらされたままの格好で口を開く。


「――ゲホ、ゲホ、ゲホッ」


 言葉が出ない。代わりに俺は咳き込み、血を吐いた。


「兄さま、しっかりして! 私のせいで――兄さま――ゴブリン――死んじゃう――」


 少女は俺の手を両手で掴んで握り締める。

 咳き込んだせいで少女の言葉の全部は聞き取れなかったが、どうやら俺が膝枕ひざまくらをしているせいで泣いているわけではないらしい。むしろ心配されているのかも?


 よかった、通報案件じゃなくて……


 俺はホッとして、視線を自分の体に移す。

 すると、なぜか肌の色が緑色になっていた。しかも体中が傷だらけなうえに、大量の血を流している。

 そこで俺はゴブリンで、ここは異世界だったことを、やっと思い出した。


 だんだんと体が痛み始める。

 どうやら金縛りと思っていたのは勘違いで、痛みで動けなかったようだ。

 ところで、なぜ人間の少女がゴブリンの俺を兄さまと呼んで、心配しているんだろうか?

 その理由を考えようとしたとたん、俺の体に急に悪寒が走る。血を流しすぎたとかではなく、もっと別の何か。

 そうだ、これは誰かの気配だ……


 ――まさか、ゴブリンハンターたち!?


 俺は痛みをこらえて、そばに落ちていた剣を杖代わりにして立ち上がった。

 体中が立つのは無理だと悲鳴をあげているが、それでも少女の前に立ちはだかる。

 少女だけは守らなければならないとの思いからだった。

 俺は顔を上げ、正面を睨みつける。


 あれっ!? ゴブリンハンターじゃないぞ。


 少し離れたところに、禍々しい笑みを浮かべながら、一人の男が立っていた。年は四十歳前後、黒いローブを着ていて、いかにも怪しそうな風体をしている。

 俺はそいつを見て、すさまじい嫌悪感を抱いた。

 こいつ、どこかで見たことが……いや、そんなはずはない。異世界に知り合いなんて、いないはずだ。


「悪足掻きも、そこまでだな。慣れていないその姿では、まともに戦うこともできまい」


 男はそう告げると、ゆっくりこちらへと歩き始めた。


「……僕は諦めないぞ。それに妹だけは……絶対に守る」


 俺の口から、意図しない言葉が勝手に出る。

 

 俺は何を言っているんだ?

 それに妹って……


「安心しろ。おまえからすべてを奪ったあとは、妹のほうも寂しくないように、あの世に送ってやる。フハハ――」


 突然、男の高笑いが止まった。

 男は笑った表情のまま、ピクリとも動かなくなる。

 そして周囲の風景は暗転したかのように真っ暗になり、何も見えなくなった。


 いったい何が起こっているんだ?


 状況がまったく理解できない。

 そんなとき、どこからともなく女の声がした。

 少女の声とは別の、聞き覚えのある声だ。


「お願い、早く起きて! このままだと見つかっちゃう!」


 空から、うっすらと光が差し始める。

 俺はまぶしくて思わず目を逸らす。だが、声がするのは光の中から。

 まぶしかったが、気になって目を細めて光の正体を探る。


 かすかに見えるのは、まるで妖精のような小さな生き物。

 小さな手でペチペチと、必死に何かを叩いている姿だった。


 あれっ? 見覚えがある顔だぞ……。えっと、えっと、誰だったかな……


 急に、ぼやけ始める風景。


 ウィン……ドウ? ……そうだ、ウィンドウだ!


 それに気づいたとき、先ほどまでの出来事は夢であったことを知る。

 その途端、まわりの風景は高く積み上げられた積み木のように崩れだした。

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