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チートスKILL ~中途半端な転生者~  作者: 奥 悠人
2章 ゴブリンプレイヤー
10/48

イキリ旅立ち?

 空中に表示されていた文字が、ゆっくりと消えていった。

 それに合わせて宝石は光を失い、透明な色に戻ってしまう。だから今はパッと見ただけでは、きれいな宝石があしらわれたペンダントにしか見えないが、見る角度によって幾何学的な模様が浮かび上がるので、普通の宝石でないのは明らかだった。


 嫌な予感しかしない。

 もしかして、これって不幸のペンダント?

 俺は頭を抱えた。


 そのとき、ペンダントの宝石を興味深く見つめていたエガモンドが口を開く。


「やはり『ゴブリンスター』に間違いない。この宝石には別名があって、確か――」


 マズい、それ以上は言わせない!


「そうだ、エガモンドさん! このペンダントを差し上げますから、何も言わずに受け取ってください」


 俺はエガモンドの話をさえぎると、机の上にあったペンダントを手渡した。


 ふぅ、危なかった。

 おそらくエガモンドが話そうとした内容は、俺にとってどうでもいい話だろう。だが、聞いてしまったら最後、必ず面倒なことに巻き込まれるはずだ。


 でも、そうはいかない!


 せっかく人間に戻れる目途めどが立ったのに、巻き込まれてたまるか!

 

「まさか、いらないと言うのか!? いや、でもそれは……」


 いきなりのことで、エガモンドは困惑した表情を見せる。

 よしよし、なかなかいい反応だ。この調子で勢いに任せて押し切り、ペンダントを押しつけるのが最善。

 なら、ここは押しの一手あるのみ!


「これはエガモンドさんのような立派な方にこそ、ふさわしいペンダントだと思います!」


「私は装飾品のたぐいはそんなに好きではない。それにこの宝石は――」


「それなら、気になる女性へのプレゼントにどうですか? もらった相手は喜ぶと思いますよ」


「愛する女性は妻のイナリィだけと決めている。それよりも――」


「もちろん売ったりしても全然かまいません! 皇帝が身に着けていたものなら、高く売れるでしょうからね」


「バカを言うな、売っていいような品ではない。そもそも――」


「それじゃ、王様に献上しましょうよ。きっと、スゴく評価してくれるはずです!」


「ちょっと待ちたまえ! 一度話を整理しよう」


 えーい、ここまで言ってもダメなのか。もうこの際だ、どさくさに紛れてすべてをぶっちゃけてやる!


「そういえば、さっき私が何者かって話でしたけど、実は異世界転生者です」


「だから話を整理……、えっ?」


「しかも前世は人間だったのに、なぜかゴブリンに転生しちゃったんですよ。だからもう何が何やらの、どうしていいのやらで、こうなったというわけです」


「!!」


 よし、エガモンドが驚きのあまり、放心しているぞ。

 好機到来、今が絶好のチャンスだ!


「話は以上です。それではこれにて失礼しますね――って、そうだ! そのペンダントは餞別せんべつのしるしとして差し上げます。では、そういうことで」


 俺はそう言い残すと、振り返って扉のほうに向かい歩き出そうとする。しかし、振り返った直後にエガモンドから机越しに肩をつかまれた。


「ちょっと待て! 先ほどのことは、すべて真実か?」


 あちゃー、ダメだったかー!

 だけど、そう簡単にこの場から去れるとは考えていない。ならば、ここは古くから伝わる作法にのっとるとしよう。

 俺はエガモンドのほうを振り返ると膝をつき、地面に頭をこすりつけた。


「私が申したことに嘘偽うそいつわりはありません。だから見逃してください!」


 命乞いといったら土下座と相場は決まっている。さすがにここまでされたら、相手も折れるしかないはずだ。

 俺はエガモンドの言葉を待つ。




「……………………」



 

 おかしい、いくら待っても反応がないんだけど。


 気になって、チラッと顔を上げてみる。

 すると、難しい顔で考え込んでいたエガモンドと、ちょうど目が合った。


「ここを出ていくつもりだったのか?」


「……ええ、そうです」


「なぜだ、理由は?」


「きっとお怒りですよね? あなたの息子をかたっていたのですから。となれば、おそらく死刑は免れない。ならいっそのこと、殺される前に逃げ出そうかと思いまして……」


「ちょっと待ちたまえ、誰が怒っていると言った。それに中身が違おうが息子は息子、殺したり死刑にしたりすることなんて、私はこれっぽっちも考えていないぞ」


「えっ、そうなんですか! 助かったー」


 間違いなく殺されると思っていただけに、めちゃくちゃ嬉しい。

 だけど、まだ油断はできない。この先の選択肢を間違えれば、いきなりバッドエンドの可能性もあるし、ここは慎重に事を進めないと。


「よかったな、これで出ていく必要はなくなったわけだ」


 嬉しそうに笑顔を見せるエガモンド。

 しかし、俺はその言葉に首を横に振った。


「いいえ、それでもここを出ていくつもりです」


 相手が望む言葉ではないのはわかっていたが、これだけは妥協できない。


「なぜだ? 行くあてがないのなら、今後も私の息子としてここに残ればいいではないか!」


「お気遣いはありがたいのですが、実は先ほど人間になる方法が見つかりまして、人間が住んでいる国に行ってみようかと思っています」


「まさか、そんな方法があるというのか!?」


「はい、詳しくは言えませんが簡単な方法で人間になれるみたいです。ただし、転生者だけしかなれないようですが」


 もちろん最後の部分はウソだ。「人間になる薬」を欲しいと言われても困るし、カミゾンのことを説明するのも面倒だったからである。


「そうだったのか。しかしそうなると、もう一緒には暮らせぬわけだな……」


「ワガママを言ってすみません。ですが、このままここで何不自由なく暮らせたとしても、私は人間に戻りたい欲求をきっといつか抑えられなくなると思います。それにもし人間であることがバレでもしたら、かくまったあなたたちにもとがが及ぶかもしれません。だから、その前に行かせてもらえませんか?」


 俺はエガモンドに深く頭を下げて頼み込んだ。


 エガモンドは「うむむ」とうなりながら、眉間にしわを寄せる。

 そしてしばらく考え込んだあと、「よし」と言ってこぶしで手のひらをポンと叩くと、机の上にあったペンダントを手に取った。


「よかろう。ただし、このペンダントは持っていきなさい」


「えー、嫌ですよ……」


 俺は露骨に嫌な顔をして拒否した。

 こんなヤバそうなもの、持っていってたまるか!


「なら死刑だな」


「ははぁー、ありがたく頂きます」


 瞬時に頭を下げて、両手を前に差し出す。

 だって、これを断ったら確実にバッドエンドルートでしょ!

 なら、これくらいは妥協しないと。それにここを出ていってからすぐに捨てれば、問題はすべて解決だ。


「素直で結構。それで宝石についてだが……いや、君には関係ないことか」


「はい、関係ありません!」


「……おい、えらく嬉しそうな返事だな」


「そんなことありません!」


「まあよい。それで、いつ出発するつもりでいるのだ?」


「できるだけ早くに。許していただけるのなら、今すぐにでもと思っています」


「そうか……。わかった、いいだろう。それなら、ゆっくりとはしていられないな。今から倉庫へ行くぞ。そこに食料品や金目のものといったものが置いてあるから、持っていくといい」


「えっ、いいのですか?」


「一応、息子の門出だからな。どれでも好きなだけ持っていってかまわん」


 なんて懐の深さだ。こんな俺の門出を祝ってくれるなんて。

 でも、本当にいいのだろうか?

 さすがに何でもかんでも好きなだけというのは少し図々(ずうずう)しい気がして、俺はどう返答しようか迷う。


「そんなに悩むくらいなら、無理に持って行かなくても――」


「絶対に頂きます! 持っていけるなら、いくら持っていってもいいんですよね?」


「もちろんだ。では案内するので、私のあとについてきなさい」


「はい」


 そして俺たちは書斎を出たあと、倉庫へと向かう。






 倉庫は洞窟の奥まった場所にあった。

 中に入った俺は驚く。

 なんという広さだ。俺が想像していたのは、ちょっとした物置ぐらいの広さだったが、どう見ても小さなオフィスビルの一室ぐらいの広さがある。

 こりゃ、ちょっとやそっと持って行ったくらいでは減りそうにないぞ。


「さて、私は一度部屋に戻るが、必要なものを選び終えたら今日はゆっくりと休んで、旅立つのは明日にしなさい」


 エガモンドは俺の肩に手を置き、そう告げた。

 俺はそれを聞いて彼のほうを見る。


「はい、そうします。それでは遠慮なく選ばせてもらいますね!」


「ああ、そうするといい」


 目をキラキラと輝かせている俺を見て、微笑むエガモンド。俺の頭をわしゃわしゃでてから、倉庫をあとにした。


 そうなると、一人で自由に選んでいいということか。


 思うに、エガモンドは自分が見ていたら、俺が遠慮してしまうと思ったに違いない。なら、期待に応えないといけないな。

 エガモンドの行動をそう捉えた俺は、早速倉庫内を歩き回って品定めを始める。


「武器や防具に調度品。それに食べ物。これは錬金術の材料かな? 本当にいろいろとそろっているなー」


「ホント、さすがは貴族ね」


 ウィンドウもこの大量の品々には、さすがに驚いているようだ。


「ふっふっふ、今こそ四次元窓の出番だ! とことん持って行くぞー!」


「意地汚いなぁ、もう。エガモンドさんに怒られちゃうよ?」


 ウィンドウはそう言うと、冷ややかな目で俺を見る。


「大丈夫だよ。持っていける分だけって、ちゃんと伝えてあるから」


「それ違うから! あの人の考えている量と全然違うから!」


 もっともらしいウィンドウの意見を聞き流し、まずは旅をするときに一番必要となる食料品から四次元窓の中に入れていく。

 とりあえず、二カ月分ぐらいあれば十分かな?

 そう思いながら手当たりしだいに食料品を入れていると、途中で体の異変に気づいた。


「あれ? 何か変だぞ!?」


「どうしたの? 急に」


「なんだか体が重く感じるんだよ。自分の思ったとおりに体が動かなくて」


 急に感じる、体全体にまとわりつくような重さ。何をするにもキビキビと、イメージどおりに体が動かない。

 俺はこの症状に、一つだけ心当たりがあった。


「もしかして、俺はニュー○イプなのか?」


 操縦者の思考にロボットの動きがついてこないという、アレのことだ。

 この体は転生した体。そろそろこの体にも慣れてきたので、体を動かすよりも俺の思考が上回り始めたと考えれば、辻褄つじつまが合う。

 そこで俺は左右の手のひらを見ながら、ゆっくりと手を閉じたり開いたりして感覚を確かめる。


「やはりワンテンポ遅れる……。実は俺ってスゴいヤツなのでは?」


「何言ってるのよ。単純に四次元窓に入れた荷物の分だけ体が重くなったんでしょ?」


 ウィンドウが俺の「中二病」的な幻想を、あっさりと打ち砕く。


「そっか、それがあったかー」


 俺はガックリとうなだれた。

 四次元窓に入れた重さは三十キロを優に超えているはずだ。米袋を背負っていると考えると、この体の重さにも納得がいく。


「遠慮を知らないからバチが当たったのね。いっそのこと体重の十倍ぐらい詰め込んで、重力修行でもしてみたら?」


「ゴブリンのことかー! って、俺はどこかの戦闘民族じゃないから死んじゃうって!」


「あらら、残念」


「もしかしなくても四次元窓って、手ぶらで荷物を持ち運べるだけなのか……?」


「そうみたいね。となると水と食料が優先よ。人間が住む場所まで何日かかるかわからないし、ここは命を大事にでいかないとね」


「残念だけど、そうするしかないか……。高く売れそうなのは、やたら重そうだし、使いこなせない武器を持っていくほどバカなことはないし」


 結局、動くのに支障がない重さの食料と水だけ、持っていくことにした。

 ちなみに登山に行く場合のリュックの荷物は、四~五キロぐらいが一般的らしい。でもリュックと違って四次元窓は体全体に重さの負荷がかかるので、十五キロぐらいの重さだと、まだ少し余裕がありそうだった。そこで、もう少しだけ持っていこうと考える。

 

 そんなとき、ちょうど人間のものと思われる服が目に入った。目の前にあったのは二着分の大人の服と、一着分の子供の服。

 先のことを考えると必要そうだったので、これに決定。でもさすがに、これ以上持っていくのは無理だった。


「くっ、今日のところはこれくらいで勘弁してやる」


 大量のお宝に、後ろ髪を引かれる俺。

 捨て台詞を吐くと、おとなしく自分の部屋へと向かった。






「よっ、サブロー! 食事が準備してあるから一緒に行こうぜ!」


 部屋に到着すると、扉の前にはイチロー兄さんとジロー兄さんが待っていた。

 相変わらずテンションが高いイチロー兄さんだが、もしかしてエガモンドから俺の正体を聞いていないのか?


「そ、そうですね。ところで私のことは、えっと、その……聞きましたか?」


 俺はビクビクしながら尋ねた。

 もし聞いてなかったら気まずいぞ、これ。


「ああ、親父おやじから話があったよ」


 と、ジロー兄さんが答える。


「それならよかったです。ちょっと気が楽になりました」


「しかし、本当に別人なのか? 我輩は、まったく気がつかなかったぞ」


 ジロー兄さんは俺をマジマジと見る。

 そんなに見ても、外見は変わらないって。


「性格も似ていたんですか?」


「性格もそうだが、しゃべり方も同じだし、まるで生き写しのようだよ。親父おやじのアソコが戻らなかったら、誰も気がつかなかっただろうな」


 イチロー兄さんがそう言うのなら、間違いないだろう。

 それにしても、そんなにも似ていたとしたら、体と魂には相性というものが存在するのかもしれない。


「そうでしたか。でも、すみません。それだと余計に本物のサブローさんを思い出させてしまいますよね」


「あんまり気にするな。俺にとっては君も変わりなく弟だよ」


「我輩も兄者と同じ思いだ。それに親父おやじ殿のアソコも元に戻ったんだから、むしろ喜ばしいことだよ」


 そう言うと二人は、恥ずかしそうに照れる。


「本当ですか? ウソでも嬉しいです」


 兄弟がいない俺にとって、それは非常に嬉しい言葉だった。本当の兄弟ってこんな感じだろうなと思うと、別れるのはちょっと寂しい。

 その後、立ち話もなんだからと、食事が準備してある部屋へと一緒に向かうことになった。




 部屋に入ると、まずテーブルにずらっと並んだ豪勢な料理が目に入る。それに驚いていると、エガモンドが近づいてきて出迎えてくれた。


「みんな来たようだな。サブローの旅の無事を祈って、今夜はごちそうにした。家族最後の食事だ、楽しくやろう!」


 それを聞いて、つい目頭が熱くなり涙腺が緩む。

 こんな気持ちになったのは、いつ以来だろうか? おそらくこの涙は、本当の家族になれた証のようなものだろう。


 ほんの数日だったが、このゴブリンの家族と一緒に過ごせて本当によかったと思う。なぜならこの世界のゴブリンたちが、俺の知っている悪いイメージと違っていることを知れたからだ。

 やっぱり何事も、最初から偏見の目で見てはいけないらしい。

 だけど、またゴブリンに転生したいかと問われると、答えはノーだけどね。

 

 食事をしながら会話を楽しみ、時間はあっという間に過ぎる。俺は食事を終えるとすぐに部屋に戻り、ベッドでゆっくりと目を閉じて旅立ちに備えるのだった。






 翌朝、俺は二人の兄さんとの別れを済ませたあと、エガモンドとともにとりでをこっそりと抜け出す。そして獣道をひたすら歩き、明らかに人の手の入った道にたどり着いた。


「すまんが、案内はここまでだ」


 足を止め、こちらを振り返ったエガモンドは、そう告げた。


「わかりました。それで、ここから先はどう行けば?」

 

「このまま真っすぐ進むと、二手に分かれる道がある。そこを右のほうへ進めば、夕方までには人間が暮らす集落に着くだろう。ただ、そこに暮らしているのは、二、三十人くらいの人間しかいない。目立った産業もなく、農業などをして自給自足の生活をしているそうだ」


「かなり小さな集落みたいですね。もっと大勢の人が住んでいる所がいいのですが、近くにありませんか?」


「それなら左の道だな。詳しい場所までは知らないが、何日も歩いた場所に人間の町があるそうだ。ただし、その先には多くの分かれ道もあるとの話。迷う可能性が高いぞ」


「それなら大丈夫です。すぐに人間になる予定ですので、途中に出会った人に聞けばいいでしょうから」


「それならよいが……。ところで、そのスライムたちも連れて行くのかね?」


 エガモンドは不思議そうな顔をして、俺の肩から下げたバッグをじっと見つめる。その視線の先にいるのは、バッグから顔をのぞかせるスライムたちだ。


「はい。このスライムたちも前世は人間で、異世界からの転生者でして」


「なんだと!? そのスライムたちまでもなのか!」


 さすがにエガモンドも驚いているようだ。


「はい、間違いありません。彼らは話せませんが、意思の疎通はできるので確認しています」


「まさか、君以外にも転生者がいるとは……。もしかしてこの世界には、ほかにも多くの転生者がいるのかね?」


「それはわかりません。ただ、この世界に来て数日の私が出会うくらいですから、少なからずいると思います」


 転生する前に狭間はざまと呼ばれる場所で見た、既成転生のレビュー。

 それを見る限り、かなりの数の転生者がいるはずだ。

 しかし転生先がすべてこの世界なのか、時代が同じなのかまでは、わからない。だから俺は明確には答えなかった。


「……そうか。転生者のことを次の研究のテーマにしてみるのも、よいかもしれんな」


 エガモンドはひげを触りながら、不敵な笑みを浮かべる。

 その顔には自信が満ちあふれていた。


太陽の錬金術師(サン・アルケミスト)の復活ですね! ちなみに前のテーマは、なんだったのですか?」


「『息子の魂そのままで』だ。要は君が今いる体を生かしつつ、私の息子アソコを取り戻す方法だな。ありがとう、君という存在のおかげで達成できたのに、礼を忘れていたよ」


 そっか、知らず知らずのうちに、親孝行できていたんだな。

 俺はエガモンドの差し出していた手をギュッと強く握り、握手を交わす。


「では、達者でな」


 エガモンドは握手した手を離すと、急に振り返って俺に背を向けた。

 俺はその背中に向かって頭を下げる。


「いろいろお世話になりました。父さんもお元気で」


「……君もな。だが人間になったからといって、すぐに死んだりしたら絶対に許さんぞ」


「はい、肝に銘じておきます」


 エガモンドの声は少し寂しそうに聞こえた。右手で目元辺りをそっと拭うと、来た道をゆっくりと戻っていった。

 それを見えなくなるまで見送ってから、俺は街道を進み始める。

 すると、うつむいて歩く俺の顔を、急にウィンドウがのぞき込んできた。


「最後に()()()とか言ってあげて、優しいんだ」


 ニヤニヤするウィンドウ。

 それを見て、からかわれていることに気づく。

 俺は気恥ずかしかったので「うるさいやい」と言い、真っ赤になった顔を背けるのが精一杯だった。






 エガモンドと別れてから、しばらくがたった。

 俺は足を止め、周りを見渡す。

 どうやら周囲に不穏な気配はないようだ。


「ここら辺りでいいかな」


「どうしたの?」


 ウィンドウが不思議そうな顔をする。


「そろそろ『人間になる薬』を購入しようと思ってね」


「そういえば、すっかり忘れてたよ。いろいろありすぎちゃって」


「だと思ったよ。とりあえず、ちゃちゃっとカミゾンのサイトを開いてもらっていい?」


「はーい。でも、ここで開かなければ一生ゴブリンに……なんちゃって。にゃは!」


 怖いことを言ってくれる。でも本当にウィンドウを怒らせると、一生このままの姿かも?

 なんてことを思っている間に、目の前にカミゾンのサイトが現れていた。


 初めて使う、異世界通販。

 最初は使い方に戸惑うかと思ったけれど、操作は非常に簡単で、タッチパネルみたいな方式だった。

 まずは「人間になる薬」を選び、数のところを指でポチポチして、購入ボタンを押す。次の画面でスライム会員とかいう、月々一万カミポイントも必要な有料会員にされそうになったけど、華麗にスルー。最後に、購入した商品と数を確認してから決定ボタンを押した。


 その直後、ウィンドウ画面に「三点の商品が四次元窓に配送完了」との通知が表示される。


「はやっ! でも数も三本届いているようだし、ちゃんと買えたみたいだね」


「えっ!? なんで三本も購入しているのよ! せっかくのポイントが、なくなっちゃったじゃないの」


 スゴい驚きようのウィンドウ。

 最初に説明しておくべきだったと反省。


「ゴメン、言ってなかったね。まずはスライムたちを人間に戻してあげようと思っているんだ」


「本気で言ってるの? いくらなんでも、お人好しすぎ。せっかく人間に戻れるチャンスなのに、イキりすぎよ」


「そんなことないって。ずっとカミポイントが増えた理由について考えていたんだけど、俺の予想が正しければ、すぐにポイントは貯まるはずなんだから」


「本当に? でもどうやるのよ」


「まあ見ててよ。それを今から試してみるんだし」


「……ホント、どうなっても知らないからね」


 ウィンドウはそう言うと、しぶしぶ四次元窓の入口を開く。


「きっと大丈夫。もし間違っていても死にはしないし、人間に戻るのがちょっと遅くなるだけだよ」


 俺はスライムたちをバッグの中から地面に降ろすと、四次元窓の中に手を入れて、届いていた薬の瓶を取り出す。そしてフタを開けてからスライムたちの目の前に置いた。


「喜んでください、スライムさんたち! 『人間になる薬』が手に入りましたので、ぜひ飲んでください」


 しかし、スライムたちは喜ぶどころかオロオロしている。


「あー、そうだった……」


 スライムたちは俺とウィンドウのやりとりを聞いていると思っていたが、ウィンドウの声は俺以外に聞こえないんだった。だとしたら、さっきから俺が一人でブツブツ言っているように聞こえていたに違いない。


 あーあ、彼らを怖がらせちゃったかな? まあ、これを飲んだだけで人間に戻れるかって不安もあるだろうけど。

 でも飲んでもらわないことには、俺の予想が正しいかわからないので困る。

 そこで、俺はスライムたちに訴えかけた。


「私を信じてください。もし今を逃したら、もう二度と人間に戻れるチャンスはないかもしれません。今だけ、今だけしかないんです!」


 テレビショッピングの司会のような声を出す俺。なんだか相手の不安をあおっているようで、あくどい商売をしているような気分がしてきたぞ。

 だけどその甲斐かいがあったのか、スライムたちは飲んでくれる気になったようだ。

 俺としては嬉しいけれど、将来詐欺に引っかからないかと不安に思う。


 何度もお辞儀のような格好をするスライムたち。お辞儀を終えると、そのドロドロとした体で瓶を包み込み、薬を吸収し始める。

 効果が現れたのは、すぐだった。

 スライムたちの体が鈍く光りだしたかと思うと、ゲル状のまま人間の形になっていく。


 うわっ、本当に大丈夫なのか!?


 俺が飲ませておいてなんだけど、まさかゲル状のままで終わりってことはないよね?

 人間は人間でも、溶解人間だと洒落しゃれにならないぞ。


 でもその心配は杞憂きゆうだった。

 光が収まったあとには、ちゃんとした人間の成人の男女と男の子が、裸で立ち尽くしていたからだ。

 

 元スライムの三人は、抱き合って喜び合う。

 ただその顔立ちは彫りが深く、外国人のようである。

 とりあえず俺は倉庫で手に入れた人間の衣服を素早く四次元窓から取り出すと、彼らに差し出した。


「まずはこれを着てください」


「はい、ありがとうございます」


 男は礼を述べると、三人分の服を受け取った。

 

 よかった、外国人のようなので話す言葉に違いがあるかと心配したけれど、問題ないみたいだ。

 でも俺の話す言葉って、どうも相手の話す言語に合わせて翻訳されているんじゃないかと思う。なので、聞くにしても話すにしても、大丈夫のような気がする。

 だけど、それは転生者である彼らも同じはずだ。スライムだったから、今まで話せなかったというだけだろう。


「ありがとうございます、サブローさん。このたびは、なんとお礼を申してよいか。人間に戻れて本当に助かりました」


 男は服を着ると何度も深々と頭を下げ、目元にうっすら涙を見せる。そして後ろにいる二人もそれにならって、何度もお辞儀した。


 お礼を言われるのは嬉しいが、そう何度も頭を下げられては気恥ずかしい。

 だから、ここは少し冷たい態度でいこう。

 俺に依存されても困るし、それがお互いのためだ。


「それはよかったです。でも、助けたのはたまたまですよ。同じ転生者のようですし、見殺しにしたら寝覚めが悪いですからね。ところで、いろいろと聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」


「はい、なんでも聞いてください」


 男は目元の涙を指で拭うと、元気な声で返事をした。

 悲観的になってはいないようだし、これなら安心して話せそうだ。


「では歩きながら話しましょう」


 俺はゆっくりと歩き出す。そして男が俺の隣に並ぶと、顔を向けた。


「三人はどこの国の人だったのですか? 私にはあなた方の情報を調べる能力があって、みなさんの名前がベムさん、ベラさん、ベロくんだということは、すでに知っています。でも日本人でないようなのに、佐藤という名字なのが気になっていまして」


「スゴい能力ですね。私たちの国籍はブラジルです。ただ私は日系三世なので、祖父が日本人でした」


「そうか、どうりで。言い方が悪いかもしれませんが、日本人の顔立ちとは違っていたので不思議に思っていました。ところで、どうして転生することに?」


「それは私たちが車に乗っているときに、交通事故にあったからです。横からトラックに突っ込まれ、川に転落して……」


 男の顔がだんだんと渋くなり、声もそれに伴って小さくなって聞こえなくなる。

 相当つらい経験だったようだ。聞くんじゃなかった。


「すみません、嫌なことを思い出させてしまって」


「いえいえ、終わったことですから」


「ではその後、どういった経緯いきさつで転生することになったのですか?」


「えっと、死んだあと気がついたら真っ白な場所に三人でいたのですが、そこに神を名乗る人物が現れ、転生を勧められました。そのかたが言うには、私たちがボランティアで何度も人を助けたことがあったので、転生可能なポイントが貯まっていたそうです」


「なるほど。ちなみにその人物は、若いチャラそうな男でしたか?」


「いいえ、老人でしたよ? 白いひげを生やしていましたし」


 やはり俺の転生は、イレギュラーな対応だったのは間違いないようだ。

 本来であれば、その老人に転生を決める権限があるのだろう。


「ではもう一つ聞かせてください。なぜスライムに転生を決めたのですか?」


 あれだけいろいろと転生レビューがあったのに、わざわざスライムに転生するとは不可解すぎる。

 何か狙いがあったはずだ。


「お恥ずかしい話ですが、転生者のレビューを見て、スライム専用の『搾取者』というスキルに心をかれました。それがあれば、ウハウハな生活が送れると書いてありましたので……」


「ハハハ……、確かにそれは魅力的ですね」


 人のことは言えない。

 俺だって似たようなもんだし、そのせいなのか今の状況だ。


「でも一番の理由は、スライムは衝撃に強く、水にも溺れないからです。これなら前と同じ死に方はしないだろうということで、家族と相談して決めました」


 そっちの理由を先に言ってよ! 自分と同じと思ったことが恥ずかしいじゃないか。


 男の言うとおり、確かにスライムなら何かに強くぶつかっても平気だろうし、肺呼吸もしていないだろうから、溺れる心配もないはずだ。

 きっと死んだときの記憶がトラウマになり、それで選んだのだろう。

 俺の場合は食中毒だったらしいけど、まったく苦しんだ記憶がないのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。


「ところで最初に出会ったとき、なぜ何もない岩場にいたんですか? あそこは食べ物もなかったでしょうに」


「あー、それは争いごとが苦手だからです。なので、ほかのスライムたちの食事を邪魔することもできず、岩場でうずくまっていました」


「でも『搾取者』のスキルがあれば、ウハウハの生活が送れるはずではなかったのですか?」


「それが実は転生して気づいたんですよ、『搾取者』のスキルはモンスターを食べて強くなるスキルだってことに。でも私たち三人はベジタリアンでして、モンスターを食べるのはちょっと無理でした」


「……えっと、それはお気の毒に」


「この家族、絶対にアホだよ。すぐだまされるタイプ」


 ウィンドウがそっと耳元でささやく。

 ただ、その意見には同意できない。同意すれば、俺もアホということになる。

 だから無視して男に話しかける。


「今後の予定はどうします? 私は町を目指しますが」


「では一度、みんなで相談します」


 男はそう言うと、いったん俺の後ろに下がる。そして後ろからついてきていた家族と相談し始めた。

 

 結論が出るのに、さほど時間はかからなかった。

 道が枝分かれするところに、ちょうどたどり着いたときだったので、待たずに済んだ。


「お待たせしました。私たちは集落のほうに行ってみようと思います」


 男は真剣な顔で俺に報告すると、隣にいる妻と息子を見てうなずき合った。


「さっきのゴブリンさんの話では、その集落は農業で自給自足をしているそうなので、私たちベジタリアンにピッタリ合いそうです」


 女も覚悟は決まったようで、顔は真剣そのものだ。


「でも、農業はやったことがないんだけどね」


 男の子の冷静なツッコミが入る。

 それを聞いて、俺は急に心配になった。


「大丈夫なんですか? 町のほうがいろいろと仕事があると思うので、暮らしやすいと思いますが……。そうだ! 町までの食事なら心配しないでください。ちゃんとあなた方の食べ物もありますので」


 やはり俺はお人好しのようだ。さっきは彼らに対し、冷たい態度をとると言ったばかりなのに。

 これじゃあ、ウィンドウにイキっていると言われるのも、しょうがない。


「ご心配をおかけします。しかし、生前にやっていたような工場勤務の仕事が、この世界にあるとは思えません。だからどんな仕事をするかわからないよりは、農業のほうが現実的だと思います。それに私たちはベジタリアン。その集落なら食べ物には困りませんからね」


 男はそう答えると、三人で手をつないで微笑み合った。


「わかりました。そういうことなら、ここでお別れですね」


 彼らと一緒に行くことはできない。

 農業をやる自信がないのもあるが、せっかく転生したんだし、いろいろとこの世界を見て回りたいからだ。


「ところで、私たちに薬を使ってもよかったのですか?」


 女は心配そうな表情で俺を見た。

 俺は言われて、当初の目的を思い出す。


「安心してください。おそらく大丈夫なはずです。ちょっと確認してみますね」


『ウィンドウ、カミポイントが増えてないか、確かめてもらえないかな?』


 無言で成り行きを見守っていたウィンドウに、俺は心の中で話を振った。


「ちょっと待ってね……あっ! 1,300カミポに増えてる!」


 さっきまで俺をイキっていると言って怒っていたのは、どこへやら。ウィンドウの顔がパッと明るくなる。


 だけど、やはり予想していたとおりだった。

 先ほど男から聞いた話で確信したが、カミポイントが貯まる仕組みは人助けをすることで間違いないようだ。


「大丈夫でした。ちゃんともう一本、薬が手に入りそうです」


「本当? ゴブリンのお兄ちゃん」


 心配そうに男の子が聞いてきたので、「大丈夫だよ」と言って頭をでる。そのあと、理由をみんなに話した。


「実はさっきあなた方に飲んでもらった薬は、カミポイントというのを使って、通販サイトみたいなところで購入したものです。このポイントはさっき聞かせてもらった、転生に必要なポイントと同種のものだと思いますが、三人分の薬を購入したことでポイントはゼロになりました。でも、あなた方を助けたことでだと思いますが、またポイントが手に入りましたので、さっきの薬が手に入るというわけです」


「通販サイトにカミポイント……、なんだかスゴいスキルをお持ちのようですね」


 感心する男。


「スキルとはちょっと違いますね。カミポイントを持っていれば品物と交換できるだけですから。でも、あなた方がそれを知らないところをみると、転生者全員が使えるわけではなさそうですね」


「それじゃ、早速同じ薬を買わないと! 私たちのことを気にするより、まずは薬を飲んで人間になったほうがよろしいのではありませんか?」


 女の言うことは、もっともだ。

 早速、購入の準備を始めようとする。


 ――と、そのとき、少し離れたところから聞き覚えのある声がした。


「へえー、この前のゴブリンじゃないかい。まさか、人間と通じていたとはね。こりゃ、たまげたよ」


あねさん、今度は確実に捕まえましょうよ。絶対に高く売れますから」


「わいは戦うほうが好きやねん。この前は、さんざんコケにされたんやし、しばくのが筋ってもんでっせ」


 前方の草むらから、ゆっくりと立ち上がる人影が見える。

 そこにいたのは、先日逃げ帰ったはずのゴブリンハンターたちだった。

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