虚像の男の娘 第1話
レンズの中に蒼銀髪の少女が映りこんでいた。
「しかし、不思議なものねぇ。
普段はどうみても女の子しか見えないというのに・・・」
初老の教諭が双眼鏡から眼を離して、机の上の書類にもう一度視線を堕とす。
「見神 楼羅・・・男子生徒。
出生当時は男子で間違いないのにねぇ」
書かれてあるのは、男子生徒としての編入手続き。
しかし、備考欄にはこうも書かれてあった。
「外見は女子。但し、魔法を放つ時にはあるべき姿に戻る・・・か」
つまりそれは、TSが魔法に因り行われるという意味。
性別が逆転する・・・姿形を変えて。
「彼女・・・いいえ、彼は本来あるべき姿に戻ろうと考えてここに来た?
でも、どうやって元に戻る気なのか。
姉を連れ戻すのが、あるべき姿に戻れるきっかけと言うの?」
帝国魔法学校理事長からの編入推薦状には、詳しい経緯は書かれてはいなかった。
そこに書かれてあるのは唯、楼羅という少年が魔鋼科学部に適しているとだけ記されてあるのみ。
「なにか・・・引っ掛かるのよねぇ。
この推薦状にも、楼羅自身にも。
本校に来た本当の意味が、隠されているように思えるわ」
大貫教諭は、学園を運営する評議会に執り図るのを躊躇っていた。
相手が相手だけに、問題を大きくすることは帝国魔法学校との軋轢に発展しないかと考えたのだ。
「もう少し、様子見に徹してみようかしらね。
イザとなれば副隊長に出張って貰う手もあるし・・・」
レンズに映る楼羅の傍に座る、黒髪の少女を観て考えを纏めた。
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「・・・ミハルさん。あなたは・・・あなたの魔鋼って」
ローラがキョトンとして見ているのは。
「うん、これだよ。隠すなんて必要ないから」
右手を突き出して魔法石の宝珠を見せて来るミハルの笑顔。
「これがアタシの魔法石。
フェアリアの皇女リィーン殿下から貰ったんだよ!」
青味の指す黒き瞳で、ミハルが教えると。
「えっ?!産まれながら引き継いだ訳じゃないのか?
大概の魔砲少女は先祖からの石を引き継いだっていうのに?」
「そうだよ?!アタシの魔法石は皇女様から頂いたんだよ。
初めてお逢いした時、宝珠に触れて判ったんだ。
この石には切っても切れない縁があるんだって・・・だから」
ローラの問いに、自分に与えられた話をする。
「あまり聞いた事がないな。
他人から貰った石によって魔鋼力が引き出せるなんて」
不思議そうに蒼き魔法石を眺めるローラへ、横合いからマリアが。
「その宝珠はな、この世界を闇から救った英雄の魂を宿してるんや」
意味ありげな一言を追加して来る。
「透視できるんやったら、石に宿る力も見えるんちゃうの?
ミハルの持つ力が、その魂から引き継がれた気がせーぇへんか?」
透視能力というモノが、どんな力なのかが判っていないから。
魔法石に宿る女神の存在を観ることが出来るかを確かめようとしたらしい。
ー ミハルのお父さんが言っていたからな。
ローラという娘の力を聞き出すのも、お手伝いになるんやから・・・
賢いマリアらしい選択と言えた。
目の前に居るローラが、本当は何者なのかを知らねばならないと思っている。
今日の朝、ミハルが言っていたからもある。
ミハルが確かめようとして抱き着いたぐらいだから。
ローラには、何か秘密がある気がしてならなかった。
それが魔法力とどう関係しているのか、調べたかったから・・・
「どう?ローラちゃん。
アタシの魔法石に何かを感じる?」
一方ミハルは、マリアの深謀深慮にはお構いなしに訊ねるのだが。
「うう~んっと。
ボクの魔法力では魔法力を持つモノは見えても、その中迄は見えないから」
首を振って来るローラに、ミハルは残念そうに肩を竦める。
「そっかぁ、宿った女神は見えないんだね?」
「・・・うん」
魔法の宝珠を指し出したミハルを観るローラの眼が、妖しく輝いたのをマリアは感じ取った。
ー いいや、こいつは何かを知った。何かを求めたんや
疑うマリアは、心の底で思った。
ー 楼羅という娘には、姉を救い出す他にもこの学園に来た意味があるに違いない!
しかも、それはミハルと女神様に関係している・・・
帝国魔法学校からの編入生ローラには、なにか深い事情があるのが判った。
「そうやー、ウチ着替えて来るわ。
体操着じゃー寒ぅーなってきたから」
棒読みの声を上げてマリアが立ち上がる。
「それにもう下校時間が迫ってるし、お話しはまた次回っちゅうことにせぇへんか?」
急に話を切って来たマリアに、ミハルとローラがそうだねと立ち上がる。
「取り敢えず、友達として付き合おうやないか。
そうすりゃ、いつでも相談にも話にもつき合えるんやからな!」
「うん!そうそう。ローラちゃん、これから宜しくね!」
二人がそれぞれ手を指し出して握手を求める。
二人の手と交互に握手し、ローラも頷くと。
「こちらこそ。お願いするよ二人に」
薄く笑みを溢して頼んで来た。
「オーけぃーっ!ローラちゃんも・・・だよっ!」
ミハルがブンブン手を振って笑う横で。
「ローラはんも、困った時には相談してくれよー!」
軽く手を上げてマリアが促す。
「うん、じゃあまた」
ローラは校門の方に歩き出す。
二人と一人は下校時間が迫る校庭で別れた。
その後ろ姿を見送り、手を振り続けるミハルに言った。
「ローラは、なにかを隠しているみたいやが。
気が付いてたかミハルは?女神様は何か言ってはいないのか?」
やや表情を改めたマリアが、手を振り終えたミハルに訊いた。
「あのね、マリアちゃん。
あの子、ローラちゃんには陰が忍び込んでるんだって・・・伯母ちゃんが言ったよ」
言葉の端に、哀しみとも忠告とも聞こえる真剣さが滲んでいた。
「透視能力って、見た目だけじゃなくて・・・魔法力の弱点も観れるんだって。
ローラちゃんはアタシの弱点を探って来たみたいなの」
「なんやて?!それじゃぁ、アイツはミハルとやり合う気なんか?」
宿る女神の忠告を聞いたのか、ミハルの声は悲し気に聞こえる。
「せっかく・・・お友達になれると思ったのに。
ローラちゃんはアタシ達を疑っているのかな?!
それとも闇に心を染められちゃっているのかな?」
「それは・・・そうやけど・・・」
悲し気に話すミハルの言葉に、マリアの心は締め付けられてしまう。
自分もローラの事を、端から信じていなかったから。
「疑っちゃってもしょうがないのに。
信じてあげるのに・・・裏切られる方が疑うよりずっと気が楽なのに」
ミハルの言葉に、マリアは唇を噛み締める。
「信じたほうが負けじゃなくて。
疑う方が負けなんやな・・・ミハルの中では?」
いつも笑顔でどんな相手にも接する子が言うから、説得力がある。
「そうだよ?!信じてあげなきゃぁ信じて貰えないもん。
それで裏切られたって構わないし、信じて貰えるように努力すれば良いだけだもん」
ニコッと振り向くミハルに、マリアの眼から鱗が剥がれ落ちる。
「ウチ・・・間違ぉーてた。
端からローラの事を調べようとしてたんは、信じてヘンかったからなんや」
校門に歩いて行く後ろ姿に、マリアは謝罪の心を持つ。
「そう思ったのなら、マリアちゃんはどうすべきだと考えるの?
今からでも間に合うよ。だってお友達になろうと言ったじゃない」
促された・・・ミハルに。
疑ったと知ったミハルから、互いに疑うのは辞めようと言われた。
だったら、まず最初にすべきことは。
「おお~いっ!ローラはん」
後ろからマリアの声が近づいて来た。
「あ、マリアさん?どうかした・・・」
振り返ったローラに、走って来たマリアが息せき切って。
「ローラはんは走るの早いか?
ウチとかけっこしてみぃーへんか?」
「は?!えっ?!」
びしっと短距離走の構えを見せて、マリアが勧めるのは。
「なにもクラブに入れって言わへんから。
いっぺん、かけっこしようやないか!見るからに早そうやし」
胸元を覗き込んで、ニヤリと哂う。
「なっ?!なにを言うんだよ?!ボクなんて・・・」
びっくりしてマリアへ言い返そうとしたらしいが。
「ほなら、明日のクラブ時間で。
ウチと真剣勝負や!勝った方が購買部のプリンを奢るんはどないや?」
勝負を持ちかけるマリアの笑顔に押されたローラが。
「えっ?ええっ?!そんな一方的な?」
拒否する事も叶わず・・・
「ほならっ!明日。待ってるでぇー!」
走り去るマリアに、手を指し伸ばす事しかできなかった。
「強引だよマリアちゃんは!」
呆れるように、親友マリアへ微笑む。
「明日。来てくれるやろか?」
自分で誘っておいて、心配顔になるマリアへ。
「ほらほら。そんな心配無し子で。
ローラちゃんがその気じゃなくても、アタシがそうなるようにしてあげるよ。
明日、学校に来たら・・・アタックかけてみるから」
笑うミハルに、心が休まる。
「頼むわミハル。でないと本当の友達にはなれへん気がしてな」
信じあえるように。
お互いの内にある疑心暗鬼を取り除く為にも。
「おーけぃ!任せといてマリアちゃん!」
明日に希望を託して、マリアとミハルが夕日を見上げた。
ローラを巡るお話。
彼女は一体何を秘めて現れたのか?
ミハルとマリアは真実を求める?!
次回 虚像の男の娘 第2話
あの・・・アタックって?そんな事をするのかっ?!危険だから真似しちゃ駄目よ!




