約束と希望 Act6
夏休みは普通の小学生達にとって、待ちに待ったひと月半の永い休日。
そうではない子にとっては初めて訪れた試練の時になった。
そう。
魔砲が蘇った所為で、一番最初に編入する事を命じられた子達にとって・・・
「夏期講習?!そんなの聞いてないよぉ?!」
コハルが、いの一番に言い募った。
「毎日なんやて?ほなら夏休みって言わへんやんか?」
続いて日本に滞在する事が決まったマリアも。
「そういうのは、普通なら2学期から始めたら良いんだと思うんだけど?」
ブツブツ文句を垂れる二人の小学生に。
「仕方ないだろ?誰かさん達が闇の機械兵を倒しちゃったんだからさ」
頭一つ背が高い男の子が諦めたように答える。
白銀色の髪を掻き揚げて答えた少年は、コハル達とは違う制服を着ている。
「だってぇ、成り行きだったから。シキ君に話したじゃない」
コハルがぶちぶち文句を言いながら中学生のシキを観る。
明日から夏休みが始まる筈だったのに、新しい学部に送り込まれる事になっていた。
しかも、休みを返上して教育が始まるという。
夏季講習という名目で。
「あ~あっ、どうしてこんな事になっちゃったんだろ」
夏空を見上げてため息を吐くコハル。
見知った3人は連れ立って校舎の外れにある芝生で嘆いていた。
新たに設置された学部に編入させられる事になっている3人の少年少女。
3人共魔砲力の存在を知られ抜擢されたのは納得出来たが、なぜこのタイミングで新たな学部へと編入されたのかが理解出来ずにいた。
闇と闘う為、政府に働きかけた蒼乃宮の鶴の一声により造られたと教えられた。
女神の教えによって、急がねばならないのは分かるのだが。
少女達には事の重要性など、理解出来る筈もない。
或るのは自分達の楽しみにしていた夏休みが奪われた事実だけ。
「ボクの記憶も少しづつ戻ってきている。この休みを使って自分を取り返そうと思ってたのに」
シキが空を仰いでため息を吐く。
「アタシは剣術に打ち込んで、一人前になりたかったのに・・・」
コハルも同じように残念に思っている。
「やっとミリアママと打ち解けれたのに、学校に時間を割かれるなんて・・・」
マリアは日本に滞在できる感謝は有れど、折角の母子水入らずの時間を奪われたのを残念がる。
「あ~あっ、つまんないなぁ」
3人が思いっきりため息を吐き合っていた。
実際の授業は9月から。
だけど、いつ襲って来るか分からない闇に備えて、魔砲術を教育するという。
それは3人にも分っているのだが、まだ年少の3人には休みの方が大事だった。
「明日は一日休みだけど、明後日からは新学期に向けての講習か・・・」
「まぁ、宿題が無いだけましかもね?」
「それ、分かんないよ?もしかしたら毎日いつも通りに出されちゃうかも?」
中学一年生のシキと、小学4年生のマリアとコハル。
どんな教育が施されるのかが全く分からず、先を慮るしかないのだが。
「シキ君も一緒なら、勉強教えて貰えそう」
コハルには頼れる兄役のシキに希望するのだが。
「コハル、宿題は自分でするんだぞ?」
コハルが何を考えてそう言ったのかを読んで、忠告して来た。
「・・・けちんぼ」
図星だったようだ。
「せやせや。コハル、ずるは無しやで?」
「マリアも・・・酷い」
勉強に自信がないコハルが口を尖らせ言い返してきて。
「あははっ!分からない事があれば共有しようぜ?なぁコハル、マリア?!」
シキも自分だって何も経験が無いからと、二人に頼んで来た。
「そうだよね、これから何が始るのかなんて。判らないもんね!」
「せやね!ウチも宜しゅう仲間に入れてや!」
コハルもマリアも。
3人が打ち解けて学園生活に挑む事を誓い合った。
明後日からは、新たな学部で何が始るのか。
自分達に掛けられる期待を背負い、希望に小さな胸を膨らませて。
____________
日本国における魔鋼技術は再び日の目を見る事になった。
まだマスコミには情報が漏れていなかったが、政府の中枢にいる者達には知らされる事になった。
特に教育庁の役人達は、全国から魔砲使いの子を集めるように内密に命じられたから、
再び世界に魔法が蘇ったのだと知る様になった。
内密にとは命じられたが、どうやって調べるというのか。
嘗ての検査方法では秘められた異能を量る事が出来ず、また自己申告など思いもよらない事だった。
そこで教育庁が思いついた方法は、
以前の世界で魔砲使いだった者の子孫を優先的に魔鋼機械に触れさせる。
つまり継承されたかもしれない異能を確認するという荒業だった。
過去の軍歴者から割り出した数十名の生き残り。
その中からセカンドブレイク後に産まれた子に、教育庁から直接派遣された者が検査した。
その結果判明したのは、魔鋼に適した少年少女は僅かに12名だという事。
その内男の子はシキ独りだけ、残りは全て少女だという。
こうして新たな教育を施される学部が発足した。
名を<魔鋼科学部>と呼び、新設される校舎には<特別魔鋼科学舎>の立て札が掲げられる事になった。
都に造られた学部は、外向きには魔法の機械を学ぶとされていたが、
実際は魔鋼騎乗りの養成を主眼に置いた戦闘予備隊であった。
これから起きるかもしれない不測の事態に対処する為、一から教育するのが目的だった。
栄えある一期生に選ばれたコハル。
世界を混沌から救うとされる、運命の持ち主達が集う学園へと編入された。
これから起きようとしている闇との闘いに、少女達は抗えるのか。
また女神は人に戻って、リーンとの約束を果せるのか?
蘇った魔砲により、運命の歯車が再び回り始めた。
帰って来た女神に因り、知らされた現実世界の危機。
現れた闇の存在と、蠢く者達の存在。
世界に再び闇が迫る時、魔砲の少女が立ち向かう。
嘗ての世界で繰り広げられたように。
嘗ての世界とは違う敵を相手にして。
「イシュタルの民と名乗っていた。
私が知る闇の存在ではない、謎多き組織・・・
そして再び現れた悪魔達と、私を含めた神たる者。
きっと闘う事になる。きっと世界を混沌へと貶める。
審判の日が再び来る迄は、彼女達に時を与えねばならない・・・」
魔法石の中で女神が呟く。
「私とリーンみたいにしてはならないの。
女神と堕神のように悲劇は繰り返してはならないの」
嘗ての世界で希望と呼ばれた女神が憂う。
セカンドブレイクによって造り替えられた筈だった世界を想い。
再び始まってしまった運命の輪が、どう転ぶのかを予想して。
「月よ、月の民よ。
あなた達の願いは分かるけど、そっとしておいてはくれないの?
どうしても戻りたいというのなら、話し合う事で解決できないの?」
月を見上げて女神は悲し気に零す。
「私達に世界を任そうとしてくれたのではなかったの?
・・・ねぇ、月のMIHARU?」
帰った筈の月からの使者へ向けて、女神が訊ねる。
「もし、あなた達がこの星に帰ると言うのなら。
地上の人々と和解すれば良いだけじゃないの?」
旧世界の支配者である、月の民。
本当の姿とは一体どのようなモノなのか。
何もかもが霧に包まれているように感じる、理の女神だった・・・
時は廻る。
世界は巡る。
そして人は、新たな光を求める。




