約束と希望 Act5
蒼い猫毛玉の眼が皆を見据える。
その眼に映るのは、誰もが何を聴かせるのかと真剣な面持ちになっていた。
「今から話す事は、理の女神からからだと、心して聞いて欲しいの」
前置きを入れて、猫毛玉が話す。
「この世界の現在は、昔に逆戻りさせようとされているの。
悪魔と神が存在する、嘗ての千年紀に再び戻そうとする者達が居る。
事実今、闘った邪操機兵を観ても判るでしょう。
闇の力を利用して、己が欲望を満たそうとする者が居る」
猫毛玉が話した言葉にマコト達が頷く。
「今まさに、機械兵を現実のものとして召喚したオズベルト大使の他にも、世界各国で闇に従う者達が蠢き始めた。
目的は終末兵器の復活だけなのか、それとも他に有るのか。
私自身が1000年かけて戻れた事にも訳があるというのか。
まだ分からない事が多過ぎるけど・・・これだけは言えるの」
猫毛玉の女神が言おうとしている事は。
「ミハル姉、備えておかなければいけないんだよね、新たな闘いに?」
「次は一体どんな手を使って来るのか。女神にも分からんのか?」
マモルとマコトが女神に問いかける。
「マモルへの答えはイエス。お父さんに答えられるのもイエス。
理の女神と言っても、未来は分からないから・・・
闇が襲い掛かって来るのは、間違いないとだけ答えられるの」
だから。
その時の為に?
皆の心の内を知り、猫毛玉が言い切った。
「そう、皆が考える通りよ。
相手が闇の者だというのなら、こちらも魔砲使いを育てなければならない。
戦いに打ち勝てる者を養成しておかなければならない。
今のラミちゃんみたいな子を、闇に染められてしまう前に。
兵器よりもまず先に取り組まねばならないのは人造り。教育が何よりも優先されるべきなのです」
猫毛玉はマコトやミユキを通り越して、この国の第1人者に向けて教えたのだ。
「ええ、その事は一番に考えていましたわ女神。
魔砲の継承をどこの誰にするべきなのかを。また、教育を施すにはどうすれば良いかも」
「そうですか、やはり国家安寧を司る現人神たる一族の血が教えていましたか」
女神に言われるまでも無く取り組もうとしていたと聴いて、猫毛玉も納得した。
「いつ、どこから・・・それは私にも教えられませんが、直ぐにでも執りかかって頂きたいのです。
日本が手本を示せば、各国の代表者達も理解してくれるでしょう。
ですが、くれぐれも誤った力の使い方を示してはなりません。
世界の中には自分達が一番だなどと嘯く輩が出ないとも限りませんから」
世界に魔砲が戻っているのを知れば、魔法使いの力を悪用する者達が出ないとも限らない。
政治の中枢にいる者が欲に支配されてしまえば、また世界の均衡が崩れることに繋がりかねない。
女神が憂うのは、魔砲力を悪用した一国により戦争へと導かないかだけだった。
「勿論、我が国やフェアリアだけに共有する事ではありません。
国家連合である有志連合国すべてに情報を伝えねばならないと考えております」
蒼乃からの答えで、猫毛玉は漸く目を緩ませると。
「今のは、いつ起きるか分からない最悪の場合の話です。
世界が協調し合い闇に備えて於ければ、或いは闇も手を出して来ないかもしれません。
一番良いのは双方とも手を出さず、争いを起こさぬ事なのだと心してください」
女神は戦いに備えておけと言い、方や闘いは起こすべきでは無いともいう。
「譬え人類と悪魔が睨みあうとしても、闘いさえ起こさなければ不幸を招く事はありません。
ですから同族である人同士が、戦争などという愚かな行為を起さないように務めなければいけません。
人同士が争えば、必ず闇が現れて混沌へと導いていくでしょう」
猫毛玉はそこまで語ると眼を閉じた。
女神となり1000年間もの永きに亘り、人々を見て来たミハルからの言葉に誰もが黙って聴きいっていた。
刮目して聴いていた蒼乃が閉じられた女神の瞳に頷き、理解したとでも言うのか頷き返した。
「ねぇ、こんな姿で言っちゃっても・・・信憑性あるかな?」
閉じたまま猫毛玉が呟く。
「・・・ミハル伯母ちゃんって・・・本当に神様だったの?」
今更ながらにコハルが訊く。
「・・・観えないよねぇ・・・とほほっ」
紅いリボンを揺らして、猫毛玉にされた女神が嘆く。
「じゃあ、本当ならどんな姿で現れようとしてたのさ、ミハル姉は?」
「えっ?それは・・・その。なんだ・・・アレよあれ」
マモルに突っ込まれたミハルが口籠っていると。
「ああ、そう言えば輝騎のなかで観えたんだけど蒼い毛玉が。
ルシちゃんそっくりだったけど、まさかあの姿のまま?」
ルマが言わなくてもいいのに、皆に知らせてしまった。
「・・・・どうしてなのよぉ?ルシちゃん。
そんなに毛玉が好きだったの?!」
嘆くミハルが、力を授けた神へと恨み節を言う。
「やっぱり!ルシファーの力を貰ったんだね?!」
「懐かしい響きですよね、堕神ルシファーだなんて。
彼も蘇ったんですかミハル先輩?」
マモルやミリアが懐かしがる。
「そうよ!悪い?!ルシちゃんが姪っ子に宿っているの。
まだもう少し眠るっていうから、護らないといけないんだ姪っ子ちゃんを!」
猫毛玉が口を滑らせてしまった。
「なんですって?!コハルの中にもう一柱の神様が?」
「なんだって?!そういえば・・・コハルの痣が替わってる?!」
マモルとルマがコハルのうなじにある痣を確認すると。
「バレてしまったものはしょうがない。
実は堕神ルシファーが宿っているのよねこの子には。
闇の紋章は闇の力を表していたの、でも今は目覚めたルシちゃんの力を顕しているのよ。
スリースターに代わったでしょ?」
猫毛玉に教えられたコハルの両親が確かにそうだと気付く。
「では?最初ボクに掛けられた呪いは何だったの?」
マモルが訊ねる。
「それはね、堕神たる者に掛けられた呪いを表していたのよ。
ケラウノスが呪った訳ではなく、ケラウノスが託してくれたのよ。
こんな事態になるのを想定して、変えた世界が元へ戻るのを防ぐ鍵をマモルへ遣わしたのよ」
微笑んだ猫毛玉がマモルへと教える。
「本当なのミハル義理姉?だとすればコハルの中へ移ったのは護る為だと?」
「そう言う事にしてあげて。
彼も、移り気が多い人だから・・・ね?」
ニコリと眼を細める猫毛玉へ、
「ふ~んっ、そうなんだ。覚えとこ」
悪気のないコハルが呟くと、猫毛玉が焦って返すのは・・・
「そんな一言なんて!覚えておかなくても良いから!」
ルシファーが目覚めた時に姪っ子がいらぬ事を言うかも・・・と。
神たる娘の言葉により、日本に再び魔法が蘇ったと宣言された。
闘いに使うだけの魔法。
闘うべき者の存在に備えるべく、魔法を秘める者達が再び集う事になる。
完全に蘇った訳でないのは、世界が審判の日を迎えた後に産まれた子にしか使えない事からも分かる。
しかし、闇の力を得た者達には、魔砲よりも手強い力が授けられていた。
人類へ、再び闇の存在をを知らしめる為に・・・
・・・<魔鋼>・・・
蘇った魔砲の力を武器に、新たな機械が造られた。
プロフェッサーマコトに因り着手された魔鋼機械。
邪操機兵に打ち勝つことの出来る新たな魔鋼。
鋼の機械に魔砲の力を番え、抗う術を授けられし者。
<<魔鋼少女>>
闘いはまだ始まりもしては居ない。
本格的な侵攻を、闇の者達はいつ企てて来るのか。
「この日本にも、きっと闇の者は潜んでいる。
邪なる野心を抱く者が、必ず時が熟すのを待っている・・・」
蒼乃宮は、宮殿の庭先を見詰めて考える。
「いずれ、その時がやってくる。遅かれ早かれに・・・ねぇミユキもそう思うでしょ?」
庭に控える剣薙に、訊ねる宮へ。
「運命は再び動き始めたのですから。私達の見守る先で」
ミユキの答えに、蒼乃宮は空を見上げる。
空の先には、昼間の尽きが薄っすらと浮かんで観えていた・・・
夏休み前に公示された。
学園が再構成されると。
都立の学園に新設される学部へ、編入される者の名が書き出された。
「へぇ・・・やっぱりね。」
「姪だからかしら?」
「名前を観ろよ、彼の勇者達と関係あるモノが多いじゃないか!」
生徒達が口々に張り出されてある名簿を見て騒いでいる。
その後ろを二人の少女が歩き去る。
件の生徒達が一斉に振り向き少女達の顔を観て言った。
「魔鋼学科に編入されたら、何だか知らない勉強をしなきゃいけないらしいぜ?」
「魔物と闘うんでしょ?嫌だなぁ私なら・・・」
断れば良いのにと言う子もいれば、羨ましがる子もいた。
「どっちにしろ、化け物だよアイツらは」
蔑むような声が生徒達を包み込む。
嘲るように二人の少女へ声が飛んだ・・・が。
赤毛の少女と黒い髪をリボンで結った子は、気にも懸けずに校舎へと入って行った。
その校舎には<<特別魔鋼科学舎>>と書かれた表札がかけられているのだった。
馴染んだようですね?
最早女神はニャンコダマに格下げ?
リーンが言っていたように、適応力がG並だということ?
ああ、損な女神よ、どこへ向かう?
次回 約束と希望 Act6
君達は新たなる希望となれ!
次回、第1章最終話。コハルよ、強くなれ!
ミハル「なんなのょぉ?私ってば完全復活するんじゃなかったのぉ?」
まだ・・・早いって!




