約束と希望 Act2
マコト指令の元へ来たコハル達の前に・・・
魔法石に宿った女神の声が皆にも聞こえるようになった。
何かの前触れなのか、何かの啓示というのか・・・
「ミハル姉の声が聞こえるようになったんだよ」
フェアリア大使館から引き揚げたマモル達は、マコトが待つ司令部に帰って来た。
ここに集まっているのは、闘いに臨んだ6人と司令部要員。
「あなたにも聞こえていたのでしょ?」
マモルに促されたミユキが夫である司令官マコトに訊ねる。
「ああ、モニター越しだけどな。娘の声を聴いたよ」
マコトはルマに抱かれたコハルに目を向けて頷いた。
お爺ちゃんに見詰められるコハルがルマの陰で魔法石をいじっていると、
「女神の声が石から聞けるようになったのも、これから世界が変わる予兆なのかもしれん」
マコトがコハルに視線を合わせるように腰を曲げて話す。
「闇の存在と共に、邪操機兵が姿を見せた。
また世界に闇を広め様とする者達が蠢いているのが判ったのだからな」
コハルに、というよりも女神に話しかける。
「お義父様、コハルに話してもいいのですか?」
ルマが今迄教えて来なかった事実を晒しても良いのかと問うと。
「もう伏せておける話ではないだろう。
目の当たりにしたろうし、これからの事も教えねばならない・・・」
しゃがんで孫が下げたネックレスを見据えるマコトが、
「だろう?ミハル。平穏だった時はまやかしに過ぎないと。
世界はまた混沌へと逆戻りした・・・いいや。
元々平穏ではなく、闇が隠れていたに過ぎないのだろう?」
帰って来た女神に、世界は元に戻ろうとしているのではないかと訊いた。
魔法石に宿った女神が、帰って来た事に因るものではないのだと。
父マコトは、女神に責任はないのだと教えたかった。
「父さんのいう通りだよミハル姉。
だから帰って来てくれて嬉しいんだ、皆そう思ってるから!」
マモルも一緒に魔法石へ語り掛けると、その場にいた仲間が頷く。
「そうですよ、ミハル先輩のおかげなんですから。
私なんて闇に獲り込められていたのを助けて頂いたのですから。
先輩が帰って来てくれなかったら、娘共々どうなっていたことやら」
髪を掻きながら、ミリアがすまなそうに詫びる。
「ミハル分隊長が力を使ってくれなかったら、ラミも私も本国へ帰れなかったかもしれないのですよ?
女神の力を輝騎で使ってくれたからこそ、今こうして一堂に返せるんじゃないですか」
チアキも邪操機兵を打ち破れたのは女神の働きがあってのことだと言う。
皆が皆、魔法石に宿る女神に感謝して迎えるのだった。
「皆さんそう言っておられますけど?
声を掛けてあげたらどうですか、ミハル叔母さん?」
自分を取り囲む大人達の言葉にコハルがネックレスに勧めると、漸く魔法石が蒼く光り始める。
「いや、あの・・・ね。恥ずかしいから・・・そんなに言われたら。
どう答えて良いか分からなくなっちゃうから・・・」
もじもじとした声が魔法石から流れ出す。
「恥ずかしいって・・・女神様なんでしょう?叔母さんは?」
呟いた女神に姪っ子が聞き咎める。
「そこは・・・女神は関係ないよ。
永い間逢えずじまいだったから・・・ちょっと戸惑っちゃうんだよね」
魔法石の中から女神の声がじかに聞こえる。
「ああ、本当にミハルの声だ・・・間違いなく娘の声だ」
「ええ、あなた。ミハルが帰って来てくれたのよ」
父と母が嬉し涙を溢れさせる。
「もう一度聞けるなんて・・・奇跡みたい・・・」
「あの日からずっとこの時が来てくれると信じていました・・・」
ミリアとチアキが肩を取り合って震えている。
「コハルぅ、何や分かんないけど。大人たちは女神様にえらくご執心なんやな?」
「う~んっ、ご執心というより、取り戻せたんじゃないのかな、過去を」
マリアとコハルが周りの大人達全員が懐かしんでいるのを、冷めた目で話し合っていると。
「ご苦労様でした、皆さん」
物静かな口調の御婦人が伴を引連れて現れた。
「あ、蒼乃殿下?!」
司令部要員が不動の姿勢となって三輪の宮の来訪を告げた。
「構わずに。今は唯の蒼乃ですから」
微笑んで司令部内へ入室した蒼乃が、いの一番にミユキに話しかけて来る。
「ミユキ、どうだったの?
孫娘ちゃんは、連れ戻すきっかけを掴んでくれたのかしら?」
「蒼乃様、ええ勿論ですわ。というより、帰ってくれましたの」
皆がキョトンと二人の婦人が話すのを見ていると。
「みんな、この方は陛下の妹君、三輪の宮蒼乃王殿下だよ」
フェアリア人のミリアやチアキ、それに若い候補生であるラミには馴染みのない言葉だったが。
「王の妹とでも言えば分かるかな?」
マコトが笑って教えると、流石に理解できたのか3人が姿勢を正し最敬礼を贈った。
「ふふふっ、皆さん最初に言ったでしょう?今は唯の蒼乃だと。
そんな慇懃にふるまわないで?」
蒼乃は3人に微笑みかけ、ついでコハル達に視線を移すと。
「ミユキ、この子・・・いいえ、このお方が?」
コハルを観て、ミユキに訊ねて来る。
「ええ、つい今しがた。確認したのよ、娘が帰って来てくれたのを」
「そう、おめでとうミユキ、マコト君。願いは叶ったのね?」
蒼乃はミユキの瞳に湧く涙に、漸くかなえられた運命の終息を労う。
「ありがとうございます、女神の帰還をお知らせせねばと思っておりました。
我々の願いも、人類の希望もこうして帰ってくれましたので」
マコトがコハルの胸に下げられた魔法石を指す。
「そう・・・ミハルちゃんがこの中に?
随分永い時を過ごしてきたようね、世界の始りからずっとこの国を護ってくれていたのでしょう?」
蒼乃はネックレスに指を宛がい、まるで女神が今迄費やした時を解っているかのように話しかける。
魔法石の中で聴いたミハルは、蒼乃の指から流れ出る不思議な力を感じ取っていた。
<蒼乃殿下は、きっと古文書を紐解いたに違いない。
お母さんが持っていた古文書、私が宿った魔法書・・・あの中身を知っているのかな?>
1000年間の年月を越えて来た女神の行いが書かれてある古門書。
邪な者と闘い、闇の獣を鎮めて来た女神。
時には多くの犠牲を払い、時として奇跡を産んだ・・・その歴史が記された魔法書。
「帰って来れたのが皆にも分るというのなら。
姿を見せてくれてもいいのじゃないかしらね?」
蒼乃が何もかも解り切っているような声で女神に求める。
「過去にも何度か人前に姿を顕したでしょ?
あなたの名前が戦乱の世には必ず記されているから分かったのよ。
まだこの世界に存在しているのだと分ったから、ミユキやマコト君は諦めなかった。
必ず取り戻す事が叶うって、信じたからこそ開発を続けたの」
蒼乃がマコトに振り返り、そして輝騎を観る。
「闘いに使う予定じゃなかったのよ。
始めは深海探査専用に人が乗って行けるロボットを造るつもりだった。
ミリアさんの夫を探し出す為に。
人の力だけでは辿り着けない深海に行く為、
あるかどうかも分からない魔砲力をもう一度求めてまで。
漸く世界が平和になろうとしていたのに、また現れたのよ・・・闇が」
蒼乃は何を言いたいのか。言わせようとしているのか?
「女神ミハル、あなたに訊きたい事があるの。
この世界は、二度と闇に覆われないと断言できますか?」
本当は何を聴きたいのだろう。
力ある宮は、どんな真実を求めているのだろう・・・
「また邪な者が、世界を混沌へと貶める為に画策し始めました。
今はまだ闇の力は弱い、でも、いつの日にか迫って来ると思われるのです。
その時、女神は人類の希望として再び戦えるのですか?」
蒼乃が迫ったのは、ミハルにまた闇の者との闘いに参ぜよと言ったに等しい。
「蒼乃宮、応えましょう。私が再び邪神達と干戈を交えるような事態が訪れれば。
今度こそ世界は終焉を迎えるでしょう、この地上に居る全ての者が戦火に悶えて亡くなるでしょう」
女神は1000年の理を知らしめた。
女神として見て来た全ての事実を曝け出す様に。
「そうですか、やはり・・・
ミハルちゃんがどんな辛い想いを耐えて越えて来たのか。
少なくとも私だけは知っておりますから、私に授けられた力に因り。
神の啓示を観ることの出来る、蒼乃だけは・・・」
三輪の宮蒼乃・・・現陛下の御妹君。
異能を持つ宮としてミユキを拾い、宮務めとして教育し、時が来たりて放ったのだった。
マコトを知り、ミユキを差し向け、仲を取り持った。
そして産まれたのがミハルとマモルの姉弟。
運命の少女達を見て来た蒼乃は、女神にも話す。
「私は過去を観る事が出来る。未来を感じる事も出来る。
しかし、それはいつも悲劇を纏うの。
ミユキがどんなに足掻こうとも、美春ちゃんや真盛君が抗おうとも。
光は闇に打ち勝つために犠牲を払う事になる。
ミハルちゃんには解ったでしょう?私の求める意味が」
蒼乃は次の闘いで、再び何かの犠牲が出るのを憂いているようだった。
「誰がとか、何がとか。
それはその時に解るのです、運命に縛られた者が最期に果たす事に因り決まるのです」
女神の声になりミハルが教える。
理の女神となり、人に告げるのは宿命。
「そう・・・やはり女神にも<終焉の時>が何時なのか、分からないというのね」
蒼乃が求めたのは、人類の未来。
終焉が訪れた先にあるモノとは、何を指すというのかと。
「終わりは求めてはならないのです。人が自ら求めてはならないモノなのですよ蒼乃殿下」
時に女神らしくなるミハル。
神の啓示を下すのは、理を纏う女神になる時だけ。
「って、ことなのですよ。判りましたか?」
真面目に話していたかというと、元の人懐っこいミハルの声に戻る。
「ええ、良く解ったわよミハルちゃん」
蒼乃の返事に、魔法石が輝きを点滅させて答えと換えた。
「それにしても、蒼乃。
ミハルの事を観る為だけに来た訳じゃないでしょう?
本来の目的はどんな要件だったの?」
ミユキが古くからの主人である蒼乃へ訊ねると。
「そうそう!忘れてたわ。フェアリアからの電話が繋がったのよ」
「へ?!本国との電話が・・・ですか?」
蒼乃の声にミリアが居の一番に驚く。
「いいぃっ?!まさか、本当ですか?無線電話か何かなのですか?」
遠く離れた国との電話が通じるなんて、その当時の技術では考えられない話だったが。
「あら?知らないの?大陸との海底電線が先程繋がったのよ?
まだ民用には使えないけど、国家間の緊急電話用には使えるようになったの」
「いいぃっ?!マジですか?」
「もしかして・・・クビ・・・だとか。ありませんよね?」
チアキもミリアも。
事態が事態だっただけに、自分達に帰還命令が発せられるのではと思っているようだ。
「ほほほっ、誰もそんな話を言っておられなかったわよ?」
「ほっ・・・・」
心底ほっと溜息を吐く2人を笑い飛ばして。
「繋げてみてくれないかしら。フェアリアの・・・とある方へ」
蒼乃が悪戯っぽくマコトを促した。
遂に彼の国との電話回線が開かれる。
とうとう・・・ミハルは懐かしい声を耳にすることになる?!
そう・・・フェアリアに残して来たあの人の声を・・・
次回 約束と希望 Act3
君は1000年来の悲願を叶えられる・・・と思ったのに?!
ミハル「ひぃん・・・恐怖・・・恐怖だわ!」




