望郷の彼方 Act7
コハルは階段を下り、扉の前に立つ!
開け放たれる扉の先に待つ者とは?!
鍵は開かれる。
鍵は開く為に護られている。
・・・鍵は閉ざし続ける為にもある・・・
コハルの胸に下げられたネックレスの中で。
自分が為すべき事を思う女神が時を待つ。
世界を変えれたあの日以来。
自分が願った為に残してしまった痛恨事を。
今こそ、憂いを晴らしてしまえないかと。
コハルにかけられたケラウノスの呪いを、今ここで消し去れないかと。
<それには・・・コハルちゃんに苦痛を与える事になるかも知れない。
しくじれば、世界を混沌に貶める。私自身も消えてしまうかもしれない>
蒼き光魔法石の中で、女神は時を図る。
現れ出るだろう闇と、雌雄を決する為に。
階段を下り終えた先に、一つの禍々しいドアがあった。
「なんだろう・・・まるで開けてはいけないドアにも思える」
呟くコハルを無視して、女の声が呼んだ。
「さぁ、入って来るのだ。
お前こそがそのドアを開け放つに相応しい者。
今こそ再び世界へ、闇の訪れを告げるが良い」
身勝手な女の声が呼びつける。
「聴きたい。その中にルマお母さんは居るの?」
禍々しいドアの中に母が居るのかと問いかけるコハルへ。
「お前自身で観れば良かろう?
お前の母が此処に居るのかを、見て感じれば良かろう?」
ドアから湧き出る瘴気。
黒い霧状の悪意の塊を観て。
「女神様、アタシはどうすれば善いのでしょう?
お母さんがこの中に居るというのなら、既に闇に囚われているのですか?」
コハルの心配は尤もな事。
人が瘴気に充てられて無事で済むとは思えなかったから。
「「ほほぅ?いっぱしな事を言うようになったわねぇ姪っ子ちゃんも。
あなたのお母さんは闇に染められていないから大丈夫よ・・・多分ね」」
「タブンって?どう大丈夫なんですか?」
コハルが心配に思うのも尤もな事。
「「だったら、開けてみなさいな。悪魔がどう汚い手を使って来るのか知ってるでしょ?」」
女神に促されたコハルが、息を呑む。
開けてしまえば、そこはもう闇の世界だと思って。
扉に手を伸ばす。
覚悟なんて出来様筈も無いが、開けなければ何も始まらないと思い直して。
((ギィイイィッ))
重い音をたてて、ドアが観音開きにひらく。
足元を瘴気が流れ出る。
開かれたドアの中は・・・
「「良く見ておきなさい姪っ子ちゃん。
ここが闇の中・・・悪魔達の住む世界よ!」」
拡がる闇。
どこまで続いているのか解り様も無い漆黒。
瘴気が渦巻く中、何者かが蠢いている様に感じた。
「「私には懐かしく思える場所でもあるけど。
堕神が居た頃には、もう少し希望があったんだけどね?」」
女神が闇の中に居たなんて、コハルには考えられなかったのだが。
「「魔王が堕神だったからかな?
私が初めて貶められそうになった闇には、希望が存在していたものね」」
漆黒の闇に光が?
希望って?
コハルは心の中に問いかける。
「「コハルちゃんにも闇の力があるでしょ?
光と闇を抱く者・・・私の過去と同じ力を持つあなたになら。
この闇の中にある希望(光)が、判るでしょ?」」
女神の問いは、難しくて分からなかった。
「「今は・・・目の前の闇を討ち祓えば良いの。
姪っ子ちゃんになら出来る筈でしょ、二つの力を持ってるんだから」」
抽象的な問いに、コハルは増々戸惑う。
真っ暗な辺りを見回して、そこに居るべき人を探すのだが。
「お母さん?ルマお母さん?どこに居るの?」
見当たらない母に呼びかけるが、返って来るのは薄気味悪い呻き声。
闇に入って来た人間を貶めようとする者の呟き。
「「小童だ・・・ガキが一匹見えるぞ・・・」」
姿を見せない邪なる者の声が聞こえて来る。
ビクッと身体を固くして、周りの気配を探るコハルへ次々と声が掛けられてくる。
「「こいつはどうだ。この小童は魂だけでなく身体を持って此処に来たようだぞ?」」
「「そんな事が出来るのなら、小童はかなりの魔法使いと言う訳か?」」
「「いやいや、こんな小童が魔法使いである筈が無い」」
何匹の悪魔が居るというのだろう。
喋る声の数を推し量っても、数匹以上存在していそうだった。
「どうしよう・・・こんな沢山の悪魔と闘って勝てるかな?」
急に怖くなってくる。
自分の魔砲力の低さを考えれば、一発で悪魔全てを倒せるだろうかと思ってしまう。
「「あら?姪っ子ちゃんは悪魔を倒す気なんだね?
闇の世界に居る悪魔全てを倒すのは、無理だと思うなぁ」」
女神が呑気な声で教えて来た。
「「此処に居る悪魔達はね、人が持つ心の闇から産まれ出て来るんだよ。
だから、全てを倒すのは難しいというより、無理な事なんだよね。
人の心から嫉みや恨み、そして欲望を奪うなんて出来っこないでしょ?」」
悪魔の正体が人から産まれ出た心の闇だと、女神が教えて来る。
「だから、人たる姪っ子ちゃんには<光と闇>が存在するの。
光があれば影も生まれる。
そこに物質があるのを光が照らすだけでは模れない。
陰が出来る事に因って初めて物質は存在できるのよ?」」
女神は何を教えたいのか?
コハルに何を気付かせたいのか?
「「姪っ子ちゃんには<輝と陰>の力がある。
希望を抱くあなたも、闇を纏わねばならないの。
それが人たる証、神でも悪魔でもない・・・人の証なの」」
「人の・・・証?」
闇の世界に取り込まれたコハルに、女神が諭す。
人であるならば、輝も闇も持たねばならないのだと。
どれだけ聖なる者になろうとも、人には心が存在する。
人の心を持つのであれば、願いや欲を抱いてもおかしくはない。
人であればこそ、心を持つのを許される・・・欲望という闇を。
「「欲を持たない人間なんてそうそう居ないよね?
誰にだって叶えたい事があるもの、誰にだって欲しいモノがあるんだもんね。
誰もが望んだって間違いじゃないから、愛しい人に逢いたいって願う事は!」」
女神の声は、自分独りだけに向けられていない。
まるで自分に話しかけると云うよりも、他の誰かに諭そうとしているみたいに聞こえる。
「「そうでしょ?
此処に現れた闇の中で、姪っ子ちゃんを使おうとする同胞よ。
あなた達の姿が見えないとでも思うの、私は女神なんだよ?
1000年前から世界の闇を滅ぼし続けてきた理の女神・・・
いいえ、邪神を滅ぼす殲滅の女神・・・希望なんだよ?」」
魔法石が瞬いた。
胸に下げていた魔法石から光が溢れて・・・
「言っておくわよ、悪魔達よ。
私の前に立ち阻むのなら、覚悟する事ね。消え去りたいというのなら別だけど?」
コハルの前に白の魔法衣が揺れていた。
蒼き髪、左サイドにリボンを結った少女の姿。
「この精神世界へ招き寄せたのが運の尽きと思いなさい。
自分達の力を過信するのもいい加減にすることね。
悪魔はどれだけ行っても神には勝てないのよ!
・・・警告はしたからね・・・さぁ、どうするの?!」
女神の声に悪魔達が動揺する。
小童だと住んで居た小娘から現れ出た女神の、圧倒的神力を感じ取って。
(( ざわっ ざわざわっ ))
闇が薄れていく。
闘う事を無意味と判断した悪魔達が、一目散に逃げ散り始める。
悪魔と言えど、元は人間の魂か心だった闇の者でしかない。
神たる力に勝てる筈もなく、誰かによって呼び出されただけの悪魔達は霧散した。
「ほほぅ・・・どうやら一匹だけ残ったようね?」
黒い霞の中で、人型を採った者が残されていた。
赤黒い瞳で恨めしそうに見つめる者を観て、女神が歩み始める。
「宿りし悪魔よ、赦しを乞うが良い。
宿られし者よ、願いを話すが良い。
私は理を司る女神、理を求める女神」
ゆっくりと光が闇に向かう。
コハルは女神の光と悪魔たる女性の姿を見詰めた。
闇から現れた人形は、女神を迎えて手を指し伸ばす。
女神は応じるように右手を翳す。
「さぁ、解放してあげるわ。
闇に染まりし友よ。あなたの粛罪を受けてあげる・・・ミリア」
癖っ毛の赤栗毛。
赤黒い瞳で女神を睨みつける悪魔たる女は、女神に差し出した手を開いた。
その手には悪魔の力が滾っていた。
女神に反し、己が欲の為に、抗うのだと知れる。
「そう・・・それほどまでに闇に与するのね?
だったら・・・デコピンしなくちゃいけないわね?」
睨まれても。
疎まれても。
女神は元戦友に微笑んだままだった・・・
現れ出た者と対峙する女神。
宿る者達は対峙するのだった。
光と闇・・・それぞれを代表して。
次回 <輝と邪>Act1
君は遂に光を取り戻す・・・哀しい心に指しのばされた温かさを感じて。
ミハル「さぁ・・・いまこそ。あなたを闇から救ってみせる・・・ミリア」




