望郷の彼方 Act6
階下から電話の呼び出し音が聞こえた。
まだ起きる時間には早いが、目が覚めたコハルが階段を下りて行くと。
「なんですって?!
なぜそんなことに?分かりました直ぐに伺います!」
マモルが受話器を降ろしたのが眼に留る。
電話を切ったマモルの表情が普通じゃないのに気付いたコハルが、声を掛けられなくなる。
階段の途中で立ち止まったコハルに、振り向いたマモルも言葉を呑んでいる。
「誰から?マモル君・・・」
嫌な予感が背筋を奔った。
マモルの表情は、今迄観た事も無い程曇って見えたから。
「こんな早くに・・・誰から?」
それでも勇気を振り絞って訊いた。
霞んだ声で。何を言い渡されるか判らないから、怯えた声が出てしまう。
コハルの心配を裏付けるように、マモルが口にしたのは。
「コハル、良いかい?心を強く持って聞くんだよ。
ルマが・・・ママがね、大変な事になったらしいんだ。
大使館で倒れているらしいんだ。今の電話はそれを教えてくれたんだ。
直ぐに逢いに行かなければいけない、コハルも一緒に行ってくれるかい?」
真摯な声がマモルから零れ出た。
それは冗談なんかじゃない、冗談で言えるような事じゃない。
マモルの眼を観れば、只事では無いのも判る。
「うん!直ぐに行こうよマモル君!」
コハルは父親の尋常ではない声に、気が動転してしまう。
一刻も早くルマの元へ行かなければ・・・焦りと動揺で周りが見えなくなってしまうだけだった。
「コハルは着替えて来て。
僕は母さんにも教えるから、後から来てくれるように頼んでおくから」
娘が動揺している様子を観たマモルが、気を取り直し順序立てて指図する。
「うん!」
階段を駆け上るコハルを見送ったマモルが何かを考えた後、母ミユキへのダイヤルを回した。
早朝というのは早過ぎる時間。
まだ明けやらぬ夜半の3時過ぎのこと。
タクシーを拾って駆けつけたフェアリア大使館は、まるで墓場の如く静けさの中にあった。
正面玄関に歩哨も立っておらず、開け放たれたドアを潜ると。
「フェアリア大使館員の方はみえられますか?
先程お知らせ頂いたルマ武官の家族ですが、誰か居られませんか?」
マモルの声にも反応を示さず、唯マモルの声だけが大使館に響いている。
「・・・コハル。良いかい少しここで待っているんだよ?」
玄関ロビーにコハルを待たせて、マモルが奥に向かって呼びかけ続ける。
それでも誰も現れない大使館員を探し求めてマモルが奥の部屋に入った時。
(( ガチャリ ))
コハルの居る正面ロビーのドアが勝手に閉まると、施錠された音がした。
「えっ?!」
驚いたコハルが、奥の部屋に入ったマモルを呼ぼうと口を開いた。
(( ガチャッ ))
マモルが入っていた部屋のドアが、誰も居ないのに勝手に閉まると鍵がかかった音が。
「マッマモル君?!」
咄嗟の事にどうする事も出来ず、閉められたドアに駆け寄って中に閉じ込められたマモルを呼んだのだが。
「ねぇマモル君!どうなってるの?鍵が閉められちゃってるよ?!」
ドアを叩いてマモルを呼んだのだが、返事が聞こえてこない。
「どうしたのマモル君?聞こえるでしょ?」
何度もドアを叩いて叫んでみたが、返って来るのは誰かの笑い声。
薄気味悪い、女性の嘲笑うような含み笑いが聞こえてきた。
「誰ですか?!アタシ達はルマお母さんを迎えに来たんです!
電話で知らせて頂いたから、ここまで来たんです!」
辺りを見回しても誰も居ない・・・というのに。
「ふふふっ、あはははっ・・・」
誰かの嘲笑が聞こえて来るだけ。
「・・・マモル君!マモルお父さん!早く出て来てよ!
なんだか怖いよ、誰かが笑っているの、姿が見えない女の人の声が!」
恐怖が心まで締め付けて来る。
まるで悪魔の笑い声にも聞こえて・・・
「女神様!怖いっ、怖いよ。こんなの嫌だよぉ!」
ルマの心配もマモルへの呼びかけも忘れて、コハルは蒼き魔法石に縋った。
しかし、結界の中でもなければ闇の者の姿も無い状態では、会話する事は叶わない。
蒼き魔法石に宿る女神は、コハルの心を読んで知らせようとしていた。
輝きを点滅させながら、間も無く現れるであろう闇に注意を促そうとして。
「ふふふっ、お前の母はこっちに居るぞ。逢いたければ入って来るが良い・・・」
女の声が招く、マモルが閉じ込められた部屋とは別のドアが勝手に開いて。
「ここからお入り。
そのまま階段を下って来ると善い・・・母に逢いたいだろう?」
促し招き入れようとする。
音もなくドアが開け放たれ、薄暗い部屋が覗ける。
「ルマお母さんがそこに居るの?」
コハルの質問には答えない女の声。
ジッとしていてもどうしようもないと思ったコハルが導かれるまま歩き出した。
マモルにそこで待つように言われていたのに。
部屋に入ったコハルの前に、地下へと伸びる階段があった。
「部屋の中に?地下への階段があるなんて・・・」
どんな造りなんだろうと、躊躇したのは一瞬で。
コハルは地下へと下り始める。
電灯の明かりを頼りに、ゆっくりと物音一つしない世界に降りて行った。
コハルが階段を下り始めると、音を立てず入って来たドアが閉じる。
そのドアは閉じられて鍵がかかると、ロビー側から観えなくなっていく。
コハルを飲み込んだドアは消え、そこは単なる壁となった。
(( ガチャッ ))
ドアを開けてマモルがロビーに出てくると、
「コハルお待たせ・・・コハル?!」
そこで待っている筈の娘の姿が消えていた。
ロビー中を探しまわしても声も影さえも見えなくなっていた。
普通なら取り乱す処だが、マモルは腰に手をあてがい天井を見上げて。
「やはりか、そう来るだろうとは思ったんだが。
こうも分かりやすい誘拐方法を執るとは。敵も相当短気者だな?」
腰に当てていた手をポケットに忍ばせると。
「どうやら、こいつの出番らしいな?」
何かの通信装置を取り出した。
手にした無線機を握り、天井を見上げたマモルが呟くのは・・・
「姉さん、後は任せたよ・・・二人を救ってあげてくれよな?」
此処で何が行われようとしているのか。
コハルを取り込んで何を行う気なのか。
既にマモルは情報を掴んでいるみたいだった。
「ボクはルマの救出に全力を傾けるからさ・・・コハルの方を頼むよ。
コハル・・・いや、美晴を護ってくれ姉さん」
無線機のボタンを押しながら、マモルは女神に娘の守護を頼んだ。
スイッチが入り、通話可能のランプが点くと、
「こちらマモル!これより<救罪作戦>を開始する!
目下の処敵はフェアリア大使館に籠っている模様!
ボクの合図とともに突入されたし。
繰り返す、作戦は発動された!」
そう。
日の本士官であるマモルが、呼び出された事に因り。
内部情報が掴める事になった。
そして何よりも、治外法権を自ら破った大使館には自国民が居るから。
「国民保護の観点からも、ここにボクが居る限りは武力突入も認められる。
コハルだけを闇に連れ込んだ事を後悔する事になるぞ!」
全て・・・マモル達の作戦通りに事が運んだのか?
こうなる事を先読みしていたのか?
「後は・・・闇がどう出て来るかだけだな。
コハルにかけられた呪い・・・本当の呪いが解けるかもしれない。
そうならないように・・・ミハル姉さんに頑張って貰うしかないんだよ?
昨日の晩、ミハル姉が言っていたように・・・ね?」
女神はケラウノス復活の阻止を求めていた。
もう、戻れないとまで言い残して。
「そうさミハル姉。
コハルは復活の鍵だって、闇が求める痣があるんだよ。
だけど、真実はどうだろうね?悪魔達が復活させられるかは未知数だよね」
マモルが焦りも見せないのはどうしてなのか。
女神の姉を持つ者の余裕なのか。
「それに、ミハル姉も心配しているだろうからさ。
このチャンスに一網打尽にしてやろうじゃないか。
フェアリア大使館に巣食う闇と、ミリアさん母子に宿った悪魔とを!」
マモルは、姉に絶対の信頼を寄せている。
そして、コハルを護ってくれると信じていた。
昨日の顔を思い出しながら、昨日交した想いを信じて。
「また、逢えるさ。ミハル姉は女神なんだから!」
闇に打ち勝つという事は、またミハルと話す事が出来なくなるのを意味していたが、
マモルには確信がある、再び逢える日がくるのだと。
フェアリア大使館内に佇むマモルは、無線機に着いている紅いボタンを押し込んだ。
「マモルの奴め・・・こうも早く作戦実施に踏み切るとはな・・・」
緊急出動要請サイレンが鳴る格納庫で、プロフェッサー島田が唸った。
警救ランプが回転し、取り付いた整備員が各部の点検を行う。
「まぁ、初陣の機械に頼らずとも、アッチにはミユキも向かっただろうからな」
整備班が各部のチェックを終えて、取り付けられていたボルトを外し始めると。
「教授!試運転開始します!」
バッテリーパックの状態を見詰める教導官がスイッチをONにする。
「うむ、最初はゆっくり行け!」
状況を見詰めるマコトが、<魔導値>に注目すると。
「いけますっ!魔鋼機械作動しました!」
搭乗者の魔砲力で、機械に火が入った事を教えて来た。
蒼い水晶体に魔法力が作用して・・・
「回転上がります!正常値維持、ならびに出力安定!」
機械に取り付けてあるスタビライザーの効果により、魔鋼機械が正常に動き始めた。
「遂に・・・魔鋼機械が。
再び魔法が世界に与えられたのですね?」
教導官が教授に振り向くと、マコトは眉間に皺背を寄せて。
「与えられたくは無かったのだがな・・・」
再び戦乱の世界に貶められるのを懼れて呟くのだった。
「再び、少女達に地獄を見せるような事にならねば良いのだが・・・」
マコト教授が見詰めるコックピットには、蒼髪になったラミ候補生が乗っていた。
マモルは初めからルマが拘束されると知っていたのでしょうか?
なぜ、そんなに余裕を見せれるのでしょうか?
まさか・・・女神に託していた?
いいえ、マモルはとある秘密兵器を用意していたみたいですが?
次回 望郷の彼方 Act7
君の前に姿を見せたのは・・・闇の手先。そう・・・大使館に潜む闇だった?!
ミハル「女神をこき使うのにも程があるわよ?マモル!」




