望郷の彼方 Act5
一方その頃。
コハルの母であるルマはというと・・・
電話では遅くなるとだけ教えた。
大使館勤めの大変さを解っている夫マモルには、それで了解を得られた。
だが、本当は・・・・
「ルマ、あなたを人質に取った事を恨まないで。
間も無く迎えに来る手筈になってるのよ、マモル君とあの子が・・・」
ミリア公使補が、手錠をかけられたルマに嘲笑う。
「ミリアさん!なぜこんな事を。
あなたは何を考えているのですか?!」
手錠をかけられ、椅子に拘束されたルマが睨み返す。
「なぜ・・・ですって?
あなた達家族が拒否するからに決まってるじゃない。
大人しく差し出せば済む事でしょうに、あなたの娘と魔法石を!」
赤黒い瞳でルマを睨み返すミリア公使補が、
「二人のミハルを渡しさえすれば、こんなことはせずに済んだというのに。
本当にあなた達には世話を焼かされる、無駄なあがきばかりするのだから」
コハルとコハルの魔法石を狙って、ルマを拘束したという。
「ミリアさん、なぜこうまでしてつけ狙うのですか?
あの魔法石とコハルを使って何を目論んでいるのです?!」
娘と魔法石に宿る女神をどうするというのか。
手に入れたら何をしようと言うのか?
問いかけた母に、ミリアが薄気味悪い嗤いを漏らす。
「あなた・・・女神が返って来たのを私に教えなかったのはなぜ?
気付いていたんでしょう?あの子に宿るミハルの存在を。
どうして私に教えなかったのか・・・私が判らないとでも思ったのかしら?」
見下す様にルマに寄り、ルマの顎に手をかけ自分の方に向かせると。
「私が闇に染まったとでも思ったのかしら?
娘と女神を奪い、悪魔の復活を目論んでいるとでも思ったの?」
澱んだ瞳でルマへ問う。
口端を歪ませながら・・・まるで悪魔に魅入られた者のように。
「そう考えているのなら、間違いだと言っておくわ。
私の目的は主人の復活・・・いいえ、取り戻したいだけ。
その為には、闇の力と神の力が必要だと考えているだけよ」
昔。
そう、魔法が普通に存在していた時には、闇に堕ちた者を蘇らせれた。
女神となる前のミハルが闇と光の力で、今はフェアリア首相となっているマジカを救った例がある。
主人の行方が知れないミリアは、その事を言っているのだ。
「ミリアさん、でもジョセフ中佐は闇に捕えられたとは限りません。
復活を求められても無駄かもしれないというのに。
なぜ、復活などと仰られるのですか?確証でもあるのですか?!」
ルマはミリアの主人ジョセフが未だに行方知れずのままだという事は知っていた。
日の本に親善訪問に来た巡洋艦の艦長だったジョセフ海軍中佐は、寄港地迄あと8海里の付近で消息を絶った。
艦と運命を共にしたのは、今より6年も前。
フェアリアで任期中だったマモルから聞かされた不幸な出来事。
事故としか判断が出来ないが、不審な事に遭難信号も発せずに沈むのだろうか。
また、事故ならば少なからず遺留品が見つかる筈なのだが、遭難現場には何も残っていなかった。
まるで巨大な艦が神隠しにでもあったかのように、消えてしまったのだ。
乗員600名と共に。
フェアリア政府は勿論、寄港国日の本政府もあらゆる手を尽くし捜索した。
しかし物証は勿論のこと、手がかりとなる目撃証言も手に出来なかった。
乗り組んでいた600名もの乗員の家族の悲憤は如何ばかりか。
結果、責任は艦長たるジョセフに求められてしまった。
そして責任をとるべき艦長ジョセフ不在のまま、判決が下されてしまう。
軍籍のはく奪と名誉の失権・・・
それは反論も出来ない者への仕打ちとしては、あまりにも酷い判決となった。
ミリアは失望と責任を求められて依願退職を申し出た。
嘗ての上司や仲間達が諫めるが、ミリアはどうしても日の本へ行くと言って聞かなかった。
そこで慮ったフェアリア女王ユーリによって、日の本公使補として赴任を命ぜられたのだった。
軍からは籍を抜き、公の公使としてではなく補助という名目で日の本へ送り出した。
それは6年も前のこと。
幼い娘を伴い、慣れぬ異国の地に赴任した頃には、まだ救出に希望を抱いていたミリアだったが。
やがて、行方が一考に掴めない苛立ちからか、塞ぎ込む様になり始めたという。
大使館に勤める同僚からの報告には、公使補の異常な振る舞いが報じられ始めた。
まるで我が身に起きた不幸を神の所為にするかのように、呪術にのめり込んで行ったという。
それはちょうどコハル達島田一家が、マモルの武官任期の終了で日の本へ帰る半年前のことだった。
「人の苦しみなんかルマには分る筈が無い。
家族を失った事のない者に、私の悲しみや苦しみが判る筈が無いわ。
一欠片の遺品も見つけられない私の悲しみを判る筈が無い!」
ルマの顎を掴んでミリアが呪いの言葉を吐く。
「ルマ・・・あなたが幸せだというのなら、あなたにも不幸を別けてあげる。
皆平等に不幸を分かち合うべき、幸せを持つ者なら私にも分け与えるべきじゃないかしら?
ルマの幸せを・・・私にも頂戴・・・・」
ミリアの眼が闇に染まる。
赤黒い瞳でルマを睨みつけて、物欲しそうに恨みの言葉を吐く。
「ミリアさんだけが。
ミリア公使補だけが不幸なんかじゃない!
私だって、私とマモルにだって不幸は訪れているのよ。
コハルは・・・いいえ、私達の美晴には、呪いが掛けられているの。
どうする事も出来ない・・・私達人間にはどうしようもない呪いが掛けられてるのよ!」
理不尽だと思ったから。
身勝手過ぎる物言いだと思うから。
ルマはミリアに反発する。
「美晴にはケラウノスの呪いが掛けられたのよ。
あの子の中に眠り続ける悪魔が、復活を目論んで掛けた呪い。
私の娘には、人ならざる者の呪いが眠っているの!
あなたにはこれがどんな酷い事なのかが判るの?!
世界の運命を背負わされた娘を、見守り続けねばならない苦しさが判るっていうの?!」
怒りのあまり、ルマは闇の者に言い募った。
自分独りだけが不幸を纏っているのではないと教える為に。
「ふんっ、その事か。だからこそなのだ、ルマよ。
お前の娘には魔王たる何かが眠っているのだろう?
その力を以ってすれば、消えた者を呼び返す事だって出来る。
呼び覚ました後で女神の力により、滅ぼしてしまえば済む事では無いのか?
私は闇と光を手にし、主人を呼び戻すのが願い。
悪魔がどうだろうが女神が潰えようが、知った事ではない!」
願いの為には手段を択ばないという。
最期の希望さえも喪った者は、己が欲に溺れ果てた。
悪魔に魂を売ってでも、成就させんと願っていた。
「知った事ではない?
ミリアさんは女神になったミハル姉の願いをも無にするというの?
最期の瞬間まで私達に希望を託して散って行ったミハル姉の心を無にする気なの?
ケラウノスを封じてくれたのに、目覚めさせても構わないというの?!」
ルマは悪魔の紋章を刻まれた娘と、一度は封じてくれた女神を想った。
「ミリアさん!あなたは間違っている。
あなたは知らないでしょうけど、マモルやマコト義父さんはね?
沈んだ筈の巡洋艦を探し出す為の機械を秘密裏に造っているのよ!
まだ見つかりもしていないのに、諦められる筈が無いからって!
あなたや乗員の家族を想って、必死に開発しているのよ!」
海の底に人知れず眠っているのならば、その海の底にまで捜索範囲を広げるべきだと。
深海に行く事が出来ないのなら、行ける物を造ろうと。
「何を・・・深海捜査船でなら・・・探査したではないか?」
ルマの声に一瞬躊躇いが起きた。
「海の底には何も見つからなかったではないか。
いくら深海を探そうとジョセフは帰って来ない!」
躊躇いを振り切って、ミリアが言い直す。
言葉には現れていなかったが、明らかに動揺した声色で。
「そうですとも。海の底には何もなかった。
金属反応も、一欠片の物証も。
でもだからと言って諦めれないのはミリアさんだって同じでしょう?
諦めてしまえば、何もかも失われてしまうのですから!」
ルマが諦めてはいけないという。
だが、海で遭難した巡洋艦が沈んでいないとすれば?
「良いですかミリアさん、聴いてください。
仮定の話ですから、これは・・・
ジョセフ艦長の巡洋艦は遭難したのではなく、自らの意志でどこかに回航した。
ジョセフ艦長の意志ではなく、何者かが艦を支配した・・・結果。
沈んだのではなく、どこか見つからない場所まで行ってしまった。
つまりクーデターが起きたか、族に奪われてしまった・・・」
「バッ馬鹿なっ?!
一国の巡洋艦なのだぞ?どうやって信号も出さずに消えれるのだ?!」
ミリアは信じ切れず、前例無き事件だと踏んだのだが。
「ミリアさんは、日の本海軍の<畝傍>事件を知っておられますか?
まだ日の本海軍が創世期だった頃に起きた海難事件。
人知れず沈んだとされている、
エギレスから回航途中に行方を消した巡洋艦があった事を?」
静かに首を振るミリアに、ルマがとある事件を教えた。
「嘗て、畝傍と命名された巡洋艦が、遥々波頭を越えて日の本を目指しました。
ですが途中、突然行方不明となり誰も生きて帰らなかった事件があったのです。
真相は分からないまま、時を経て。
誰もが忘れ去った頃、海賊と闘った者が持ち帰ったのが・・・」
赤黒い瞳を見開いて、ルマの言葉を待つミリアへ。
「畝傍の救難ブイでした。
行方知れずのまま実証が掴めなかった船は、海賊に因って奪われていたというのです。
どうしてそうなったのかは分かり切ってはいませんが。
突然消えた船が遥か離れた海域で、見つかる事もあるのです。
その事実を知る日の本の人達は、今回の遭難にも複雑な訳があると睨んでいるのです」
自分達は諦めてはいけないのだと。
当時者たる日本とフェアリアは、決して忘れたり諦めたりしてはいけないのだという。
「司法が責任をうやむやの内にご主人に着せたのは、
国内にある不満を紛らわす狙いもあったのでしょう。
この件については同情の余地しかありません。
ですが、法に依って裁かれたのならば法に訴える事も出来るでしょう。
真実を掴みさえすれば、間違いを正すのも法でしょうから」
順々にさとすルマに、ミリアの心が少しだけ戻って来る。
表情に陰りが僅かに消え、真実を求める心が戻って来る。
「じゃあ・・・マモル君達は海のどこを探そうというの?
宛ても無く探し回るというの?」
ミリアの問いかけに、ルマは首を振り。
「深海捜索用機械は、耐圧耐ショックに優れています。
どんな場所にも行け、どんな作業でもこなせるように開発されてきました。
例え、戦闘になろうとも・・・救出できるようにと」
「え?!それは・・・つまり?」
問われたルマがもう一度首を振ると。
「私の口からは言えません。
ですが、開発している主任が、嘗て魔鋼機械を造ったマコト義父さんなのです。
こう言えば・・・自ずと答えは分りますよねミリア元魔鋼騎搭乗員になら」
フェアリアで。
生死を賭けた闘いを、魔鋼戦車兵として生き残ったミリア公使補。
嘗てフェアリアに魔鋼機械を享受しに来た、島田誠技術士官の事は誰もが知っていた。
その技師が開発中だという機械・・・魔鋼機械。
魔法で能力が変わる、魔砲力で敵と闘う。
魔法と鋼鉄。鋼と魔砲を放つ者が闘う機械。
<<魔鋼 機械>>
「魔鋼だって?!世界から魔法が消えたというのにか?」
ミリアが訊き返した時、ルマが細く笑った。
「ミリア公使補、あなたは矛盾した質問をしましたよ?
もうこの世界には女神が帰って来たのですから。
あなたの娘さんにもあるのでしょう?魔力が。
ジョセフさんから引き継いだ魔砲力が・・・マリアちゃんには存在している筈ですよね?」
ミリアは返答に困った。
ルマはマリアがなぜ魔砲力を持っているのかを知っているようだと。
ミリアには魔砲力がない、なのにマリアには魔砲力が備わっているのは。
「コハルと一緒に闇の者と対峙していたから。
あの子に魔砲力があるということは、ジョセフさんに魔力があった・・・
そうでしょ?ミリア公使補・・・」
ミリアが後退り、事実を証明してみせた。
「私達がコハルをほったらかしにしているとでも思われたのですか?
いつも義母が陰から観ているのです、コハルが闇に連れ去られるのを防ぐ為に。
いつも女神様に頼れる筈もないのですから、
剣薙だった義母さんが護ってくれているのです」
コハルを此処に呼びつけるという事は、闇祓いの剣薙をも呼び寄せる事になるだろうと。
「そう・・・ミリアさんに宿る者よ。
策に溺れたのはあなたよ、私達が何も手を打っていないと思ってたようだけど。
蒼き魔法石もコハルも、あなたになんて渡したりはしない。
喩え私がどうなろうとも、絶対に闇になんて染めさせたりはしない!」
ミリアに向かって・・・いや、巣食う者の存在を知っているのか。
公使補の身体に潜む者へと言い切った。
「ルマ・・・おまえこそ。
私を甘く見るのは、いい加減にしておけ。
お前を人質に取ったのは、もののついでに過ぎない。
本当の人質は他に居るのだ・・・我が手の中で時が来るのを待っているのだ」
ルマに正体を見破られた者が、ミリアの口を使って話し始める。
赤黒き瞳の奥で、何者かが蠢いていた。
「私以外に誰を人質にしたというの?
ミリアさんを人質と呼ぶのなら大間違いよ?」
ルマには覚悟が出来ていた。
もし人質とされてコハルの身に危険が迫るのであれば、我が身を犠牲にするのを厭わないと。
「愚かな。
小奴やお前のような者では役不足だ。
我にはとっておきの人質が居る。
そう・・・鍵たる娘が最も懼れる・・・娘を支配したのだ!」
ミリアに宿る者が手招く。
物音を立てずに現れ出た影が、ルマに姿を見せた。
最もコハルが懼れる者の正体とは?
ルマの双眸が見開かれ、次いで出た声は怒りに満ちていた。
「悪魔っ!あなたは本物の悪魔よ!
ミリアさんから出て行けっ、マリアちゃんを自由にしなさい!」
蒼かったマリアの瞳は、既に闇に堕ちた赤黒き色となっていた・・・
魅入られたミリア。
心を闇に染めてまで、取り戻したかったというのか。
彼女を悪魔から解放するには、誰かが救いに向わねばならない。
やはり此処は<理の女神>のご出馬でしょう?
次回 望郷の彼方 Act6
君達の想いは通じるのか?動き始める魔鋼機械・・・それは?
ミハル「あらあら?ミリアは堕ちちゃったというのね?だったら・・・滅ぼすまでよ?」




