望郷の彼方 Act4
コハルを眠らせて宿るとは・・・女神は何を企む?
ミハル「だってぇ~っ、ルマが居ないなんてチャンスなんだもん」
・・・なんだとぉ?
娘の顔に浮かぶ微笑みは何を指すのか。
マモルの顔を見詰める瞳に浮かぶ涙は、何を意味しているのか。
「奇跡なのか・・・ミハル姉なんだろ?」
一瞬にして蘇った。
自分にまだ魔砲力が備わっていた時分の頃に、抱いていた想いが。
「・・・随分大人になったんだね、お酒を呑めるようになってるなんて。
姪っ子ちゃんのお父さんになってるんだなんて・・・」
膝の上に載った我が娘から返って来たのは、紛れもない姉の言葉。
見上げて来る娘の声で、姉が話しかけていると確信した。
「ミハル姉!やっと・・・帰って来たんだね?!」
コハルから女神の話を聴いていたが、自分の前には現れてくれなかった。
だから、もし本当に魔法石に女神が居るのなら、呼びかけようとも思った。
・・・どれ程待ち望んでいた事か。
何度も。
そう何度も、娘の魔法石に触れようと思った事か。
自分に魔砲力があれば、話しかけられたのに。
声が聴こえた筈なのに。
あの日以来、神の声が聞こえる筈もなく待ち続けた。
姉が帰って来ているのを感じながらも。
マモルの手がコハルに触れられず、抱きしめたいのに触る事も出来ず。
膝の上に載っている娘を見詰めるだけだった。
見上げている娘が、静かに微笑み・・・
「どうしたの、マモル。抱き締めてくれないの?」
涙を頬に伝わせる。
もう、何も憚る必要も無い。もう心を曝け出せる。
娘の声が、自分を記憶の中へ誘う。
「ミハル姉さんっ!ミハル姉!おかえりっおかえりなさいっ!」
小さな少女の身体に宿る姉。
娘の身体を強く抱きしめ、姉への想いを叫んだ。
「マモル・・・ただいま。
約束・・・守ったから・・・今」
抱き締められたコハルの身体の中で、ミハルの魂は歓喜の瞬間を迎える。
「マモル、逢いたかったよ。
傍まで来ていたのは感じられていたんだけど、観る事も話す事も出来なかったんだよ?
姪っ子ちゃんが異能に目覚めるまでは。
この子に光と闇の力があることで今、やっと話しかけれたんだよ?」
女神の力を以ってしても、魔法力の消えた者に話せられなかった。
それがどうして今は話せれているのか。
「マモル・・・姪っ子ちゃんになぜ闇の力が備わっているの?
ルシファーの力みたいに強力な闇の力を感じてるの・・・何故なの?」
コハルに呪いが掛けられているから・・・マモルは話すべきか戸惑う。
「この世界に再び悪魔が蘇った・・・私の所為で。
私が帰還を願ってしまったから・・・リーンの元へ帰りたいと願ったから。
だから・・・代償として闇が残された・・・違うかしら?」
女神に隠し事をしても、いずれは分ってしまうだろう。
既に半ばまで理解している様だったから。
「ミハル姉、コハルにはね。
ボクにかけられていた呪いが受け継がれてしまったんだ。
ケラウノスの放射した光を浴びたボクに、呪いをかけて来たんだ。
ボクに復活の鍵を忍び込ませ呪いをかけたんだ、いつの日にか蘇ろうと企んで」
マモルは姉の心を気に懸けながら教える。
審判の時、姉が犠牲になったというのに呪われてしまった、自分の所為だと言いたげに。
「呪いはボクだけにかけられたものだと思っていたんだ。
コハルが産まれて、ボクの身体に刻まれていた闇の紋章が消えた。
この子に呪いが移るなんて、想いもしなかった。
刻まれたのはスリー6・・・悪魔の紋章。
大魔王を呼び覚ます鍵である証・・・」
姉に教えてしまった、いずれは分ってしまうだろうと思ったから。
「マモル・・・ごめんなさい。
ルマやあなたに、それに姪っ子ちゃんにまで・・・
女神は恥じる、女神として護り切れなかったことを。
マモルの姉として、人としてあなたの家族に謝りたい」
首を垂れて弟に謝罪する姉。
自分が永遠の時を与えられ、遠く遥かな旅路に出た後のことは知らなかった。
時代の中で繰り返される悲劇に身を置いてきた女神にとって、
帰り付いた場所でも、悲劇は起きていた。
記憶に蘇るのは、運命に翻弄される人々。
運命に飲み込まれ、抗って力尽きた人々の顔が過る。
今、自分の掛け買いも無い人にも因果は起きているのだと知った。
「ミハル姉、今はまだ闇は完全に蘇っては居ないんだろ?
だって闇が再臨したのなら、ミハル姉も蘇れる筈じゃないのか?」
「そう・・・マモルの言う通り。
姪っ子ちゃんに宿らなくても済む筈なのよ。
本当なら、リーンの元で目覚める筈だったのにね」
マモルの言葉に、女神が言い返した意味は。
「マモル、リーンは姪っ子ちゃんに私を託したのよ。
きっとリーンは女神の力を持っているんだと思う。
私は人として蘇って欲しかったけど・・・何か訳があるんでしょう。
姪っ子に闇が潜んでいるが分かったから、私を遣わした・・・リーンが」
今此処に居るのは、リーンがコハルに授けたから。
フェアリア皇女ルナリィーンに宿る女神が齎した事なのだと。
娘に宿る姉の言葉は、マモルの考えに沿っていた。
それは娘が闇の鍵に目覚めるのを防ぎ、闇に染まるのを護る事でもあった。
「マモル、心配しないで。
私がこの石に宿っている限り、姪っ子ちゃんは護り抜いてみせる。
今度ばかりは絶対に護り抜いてみせるから・・・ね」
抱き締められていた姉が身体を離し、か細く答えて来る。
コハルを護り抜くというのなら、ミハルは二度とこの世には戻れない。
大魔王からコハルを護り抜く事は、自分も人として復活を遂げる事は叶わない。
か細く話し、身体を離した理由はそこにあった。
自身の身体を取り戻せることは叶わないのだと。
願おうとも叶えてはいけないのだと・・・
「ミハル姉・・・」
マモルもそれが判るから・・・言葉を呑むしかなかった。
「あ~あっ、折角マモルと話せたのに。
しみったれちゃったわね・・・こんな時は!」
弟に笑い掛ける姉が、そこに居た。
娘の身体を借りた、15年前に別れた女神がマモルの膝に手をかけて。
「こんな時はね・・・大人になったマモルなら。
どうするべきか知ってるでしょ?ねぇ・・・」
「えっ?!」
マモルの太腿を撫で、流し目を贈って来る。
今迄観た事も無い、娘の妖艶な顔で。
今迄聞いた事も無い、娘らしからぬ淫靡な声で。
「なっ、何言ってんだよミハル姉。コハルは娘なんだよ?!」
思いっ切り、動揺したマモルが勘違いして掴んでいた手を離すと。
「馬鹿ねぇマモルは。こんなチャンスは廻って来ないわよ?
姪っ子ちゃんは眠っているし、ルマも黙っていれば気付かないのに・・・」
勘違いに拍車をかける姉の言葉が追い打ちをかける。
「ミ、ミハル姉と?!本気なのか?」
「?本気って・・・バレなきゃ分かんないでしょ?」
マモルは我が目と耳を疑う。
あのミハル姉が求めて来るなんて、女神になったとしても姉弟なのに。
「じゃ、じゃあ!本気にしても良いんだねミハル姉・・・」
マモルは勘違いを増幅してコハルの顔に寄る。
「・・・マモル。ものすっごぉーく、勘違いしてるみたいね?」
妖艶に観えていたコハルの眼が、ジトっと見詰めて来た。
「痛っ?!」
太腿に載っていた手が、抓って来る。
「大人なら、分別を弁えなさいよマモル。
私は御酌の相手をしてあげようかって言ったんだけど?
何か、ものすっごく身の危険を感じたわよ?!」
だったら、なぜそんな顔や目で観て来たんだ?
マモルは愚痴りそうになるのを辞めて、気が抜けたような顔になる。
「姪っ子ちゃんの身体に疵を着けて良い筈がないでしょうに?
ホントーに、マモルはどうする気だったのよ。危ないわねぇ?」
顔を逸らして答えるコハルの声。
だが娘の声の変化に、気が付かないとでも思ったのだろうか。
ミハル姉は、心の底で何かを期待していたのではないかとも思える。
「ミハル・・・姉。こっち向いてよ?」
姉と弟に戻って、マモルが呼びかけた時。
「馬鹿ぁっ!危ないのは私の方なのよ!気が付いてよぉマモルゥ!」
振り向き様に・・・
娘だった顔が姉になった。
「・・・ごめん・・・ごめんねマモル・・・」
見開いた瞼の前に、涙を浮かべた<ミハル>が微笑んでいた。
「私・・・1000年間ずっと思っていたの。
なぜ・・・しなかったんだろうって。姉と弟だからって・・・
なぜ自分を誤魔化してきたんだろうって・・・考えて来たんだよ?」
本当の姉の瞳になった娘の顔を見詰める。
「理の女神だから?愛を司る神となったから?
リーンに悪いから?ルシファーには与えたのに?
なぜ、ずっと昔から大好きだった人にしなかったんだろうって。
ブラコンだって思われるのが怖かったから。
マモルに嫌われちゃうのが怖かったから・・・」
15年前と同じ声に聞こえる。
人だった姉が最期に話したのが、自分なのだと分っているから。
「マモルに唇を奪われたかった、与えてあげたかった。
自分勝手な想いだとは思うけど、もう元の身体に戻るのは無理だから。
ごめん、ごめんね私の可愛いマモル。
姪っ子ちゃんにも謝っておきたいけど、今のは・・・マモルと私の秘密にしておいて?」
ふらりと娘の身体が揺れる。
真っ赤に頬を染めて。
「ミハル姉?どうしたんだ?」
急に頬を染めた理由が、見つめ合った事に因る恥ずかしさからかと思ったのだが。
「うにゅぅ・・・マモル。
姪っ子ちゃんはね、アルコールが極度に弱いの。
憶えておきなさいよねぇ・・・ヒック!」
ウィスキーというアルコールが強い酒を呑んでいたマモル。
アルコール成分が移ったというのか、娘の身体に宿る女神もどうしようもなく。
「また・・・きっと。
きっとマモルに逢いに来るから・・・また・・・ね?」
「ああっ?!ミハル姉っ、勝手に戻るなよぉっ?!」
言い募ったが、マモルにはどうする事も出来ない。
だけど、屑折れる娘の身体に宿った姉が残して行ったのは。
「ミハル姉、ずっと想ってくれてたんだよね。
・・・ありがとう、とっても嬉しかったよ」
1000年間もの永きに亘り、心にしてくれていたという言葉。
女神になって彷徨う間も、ずっと気に懸けてくれていた想いに。
「ボクもだよ?姉さんのことがずっと、昔も今も・・・大好きだから」
眠りに就いた娘に辿った姉を、心から愛おしく感じていた。
相変わらず・・・損な姉だと微笑みながら。
女神の悪戯。
女神はブラコンを炸裂させた!
マモルの心は姉に寄り添う?
ミハル「ヴぃ!」
・・・・・・・・・・・・・。
一方その頃ルマはというと?
次回 望郷の彼方 Act5
姉弟がぁっ?! ふざけてる間に本妻の身がぁっ!
ミハル「うふふっ、ホントーマモルは可愛いわね・・・」ブラコン女神談




