望郷の彼方 Act3
親子で祖母の家から帰ってきた。
まだ、ルマは帰って来てはいなく・・・
2人っきりの家で、ルマの帰りを待つ間・・・ソレは起きる!
明日も学校があるから・・・祖母に手を振って家路についた。
祖母の手料理に舌鼓を打ち歓談の時を過ごした後、マモルに促されたコハルは重い腰を上げたのだった。
もう直ぐ家に着くという時、マモルが教えて来た。
「まだルマが帰って来ていないかもしれないよ?
明日も学校があるから、コハルはお風呂に入って寝ちゃったら良いからね。
パパがママを待っているから・・・」
もう夜中も10時になろうかというのに、ルマは大使館に詰めているという。
「お母さん忙しいの?そっか・・・じゃあそうするね?」
家が見えて来ると、マモルが言った通り灯りが点いていなかった。
それはルマがまだ帰宅していない事を表している。
黙り込んだマモルに併せるように、コハルも少しだけ寂しく感じてしまう。
開錠したマモルが灯りを点けると、玄関にルマの靴は無かった。
「遅くなるって言って来たけど、もしかしたら泊まりになるかも知れないな」
大使館勤めの経験があるマモルが、ポツリと呟く。
「泊り?そう言えばフェアリアでマモル君も時々返って来れない日があったよね?」
一年前はフェアリアに住んで居た。
その頃は今とは反対に、マモルが急に返って来れない日があった事を思い出して。
「フェアリアに住んで居た時は、お祖母ちゃんと一緒だったから。
灯りが点いていない日なんてなかったよね?」
コハルがマモルを見上げて心細げに話しかける。
「・・・コハル、寂しいかい?」
優しくマモルが問いかけてくると、コハルは首を振って。
「ううん、アタシよりマモル君の方が寂しいんじゃないの?
寂しくなんかないよ、だってマモル君が帰って来てくれるから。
お祖母ちゃんも居てくれるから・・・大丈夫!」
本当は少し寂しく感じてしまっていたが、マモルに心配かけたくなかったから。
「毎日じゃないんだから!偶にだから・・・気にならないよ!」
自分には頼れる人が傍に居てくれる。
心配して声を掛けてくれるマモルやミユキが居てくれる。
それがどれだけ心強い事なのか・・・と思えた。
「アタシは幸せなんだ、一人ぽっちじゃないから。
いつも心配してくれる両親が居てくれるんだから・・・」
不意に親友の事を想ってしまう。
マリアはどうなんだろうかと。あの子は異国で母と二人だけの暮らしを営んでいる。
「寂しいだろうな、悲しく思ってるだろうな・・・」
マリアの生活を自分に置き換えて考える。
「アタシだったら・・・耐えられない。
もし周りに頼れる人が一人っきりだったらどうなんだろう?」
マリアがどんな生活をしているか、どんな想いで暮らしているのかを始めて考えた。
「アタシ・・・今迄マリアが、どんな暮らしをしているのか聞いた事が無かった」
ルマが一晩居ないだけで、こんなにも寂しく思えるのに。
「マリアのお父さんは何処に行ったのだろう。
いつになれば帰って来るんだろう?マリアのお母さんはどう考えているんだろう?」
考えても思っても。
答えは見つかる訳も無かった。
マモルはキッチンに行くとグラスとウイスキーボトルを手に、リビングに戻って来る。
「コハル、お風呂は沸かしてあるよ。
明日も学校なんだから、お風呂に入って早くお休み」
どっかりとソファーに身体を沈めたマモルの声で我に返る。
「うん・・・そうする」
こんな夜は、早く寝てしまうに限る。
マリアの事を、今考えていてもしょうがない。
マモルに促されて、コハルはお風呂に入る事にした。
湯に浸り、体を洗い、髪を解き洗う。
何も考えないように思いながら、まるで流れ作業の様に風呂を終える。
「そうだ、マモル君にもお風呂に入るように勧めよう」
換わり万古に入ってしまえば、もしルマが帰って来ても迎えに出られると思い。
リビングでウィスキーを煽っているマモルに、声を掛けようとした。
「ミハル姉・・・あの子に宿っているのなら声位聴かせてくれても良いだろ?」
ポツリと溢しているマモルが、そこに居た。
声を掛け損ねたコハルが黙っていると、マモルは悲しそうな声で呟き続ける。
「もう15年も経っちまったんだよ、あれから。
あの日の事は忘れようとしたって無理なんだよ、いつも別れたあの日を思い出すんだ」
グラスを一煽りしたマモルが、
「最期に姉さんは言ったんだよ。生きて・・・と。
ボクに一緒に行こうって言ってはくれずに・・・生き残れと。
まるで自分の分まで生きてくれと頼んでいるみたいに・・・」
ぽつりぽつり。
父親が呟くのは、最期の闘いで死に別れた人のこと。
姉弟だった女神との別れの時を思い起こしているようだった。
「女神になったんだから、直ぐにでも帰って来るのかと思ったんだよ。
消え去ったとしても直ぐに僕達の元に帰って来るんだと思っていたんだよ。
それが・・・もう15年も経っちまった、ボクに娘が出来るくらい時が流れたんだよ?」
飲み干したグラスに、静かに注ぎ足して煽ると。
「まるで姉さんの生まれ変わりみたいな。
健気でおっとりとした、本当にボクの娘なのかなって思う位。
美晴は姉さんにそっくりに育ってるんだ、名前の通りね・・・
その運命も、母さんやミハル姉に劣らない位・・・険しいんだよ?」
そっと身体を隠した。マモルが自分の事を話したから。
コハルはリビングの隅で、次の言葉を待った。
「あの子に乗り移ってしまったんだ、ボクにかけられた呪いが。
ボクにあった闇の紋章が、産まれた赤ちゃんに移ってしまったんだよ。
美晴のうなじに刻まれた痣の様に観える闇の紋章。
きっとあれはケラウノスが最期の瞬間に呪った証だろう?
ミハル姉が折角倒したというのに・・・ボクがしっかりしていなかったばかりに。
呪いを継承しちゃったんだボクの美晴へと」
マモルの呟きが耳に突き刺さった。
ー アタシに?!呪いが?どんな?なぜ?
マモルの言葉に、頭の中が混乱してしまう。
闇の呪いとは?
自分に乗り移った?
なぜ?どうして?
それに・・・自分にあるうなじの痣。
髪に隠された痣の正体が、闇の呪いを受けている証だとマモルは言った。
今日まで、誰も教えてくれてはいなかった。
当のマモルでさえ、話さなかった。
酒を呑んで、気が緩んだのか。
此処に居るのが一人だと思えばこそ、呟いたのだろう。
ー アタシは呪われちゃってるの?どんな呪いなの?
呪いによって、どうなっちゃうというの?
恐怖感に苛まされる。
思わずいつも怖い時に握り締める、蒼き魔法石を手に取る。
コハルは知らなかったのだが、握った魔法石が光を放っていた。
<マモルの声が聞こえる・・・微かだけど。
姪っ子の恐怖に怯える心が見える・・・>
魔法石に宿る女神が呼び覚まされた。
コハルの恐怖心が、闇の力を引き出しているのに気付かずに。
<おかしいな?確かに闇の気配を感じてるんだけど何処にも居ない?>
闇と対峙する女神は、気配を探りながら聞き耳を立てていた。
「ミハル姉・・・帰っているんなら少しで良いから声を聞かせてよ?」
目覚めた女神に、はっきりと聞こえた。
<マモル・・・確かにマモルの声だと思う・・・聴こえた!>
蒼き魔法石の中で、女神が声の主を探す。
<マモルに逢いたい・・・マモルと話したい。マモルに私の存在を教えたい>
魔砲力が無くなっているマモルと話す事は、この石に宿っている限り無理。
どんなに焦がれても、どれほど強く願おうとも。
魔法力の無い人間には、神の声など届く筈もないから。
<ああ、聴かせたくても女神でも無理なの。
近くに居ても、触れる事さえ出来ない・・・
何か私の存在を教えれる方法はないのかな?>
女神が、その時気が付いた。
どうして自分にマモルの声が届いたのかを。
<コハルちゃんが怯えている?
何かによって恐怖心が呼び起こされ、その結果・・・闇が発動した?>
魔法石の中で女神が、握り締めているコハルの変化に気付き。
<そうか・・・闇と光の力を持っているのだから。
闇の力を使う事も出来たのよね、姪っ子ちゃんは・・・ならば!>
とある方法を思いついた女神が、行動に出た。
「マモル、あまり飲み過ぎると体に毒だよ?」
マモルが気付くとコハルが目の前に立っていた。
緑のパジャマを緩やかに羽織った娘が、微笑んでいる。
「コハル、寝たんじゃないのか?いつからそこに居たの?」
少なからずマモルが動揺しているのを観たコハルが。
「どんな独り言を呟いてたの?私の事を言ってたみたいだけど?」
ついっと歩み寄ってきたコハルが、驚くマモルの膝上に乗ると。
「なんだか・・・お父さんになったね?」
ジッとマモルを見上げて来る。
「?コハル・・・もしかして。寝ぼけてるのかい?」
自分も酒気帯び状態だから。
娘の甘えたような声がおかしいとは感じられず、
「久しぶりだな、コハルからパパの膝に載って来るなんて」
半ば喜び、半ば不思議がって笑い返すと。
「パパ・・・ねぇ。
マモル君って呼ばれてるんだって?
姪っ子ちゃんには寛容なんだね・・・真盛」
衝撃を受けるマモル。
言葉の端から、誰が話しかけているのかが一瞬で分かった。
「ホントー、大人になったマモルをこの目で観れるなんて。
女神で良かったなぁって・・・感じてるんだよ、マモル?」
流し目で見上げて来る<コハル>に。
膝を震わしたマモルが叫んだ。
「ミハル姉っ?!」
口元を揚げて。
姪っ子に宿れた女神が笑った・・・
どうやって?
なぜ?今になって?
マモル・・・もしかして姉に狙われてる?!
神じゃなかったら。
間違いなく悪霊・・・か?
次回 望郷の彼方 Act4
君は・・・1000年間何を想い、誰を偲んでいたのか?
ミハル「失礼ね!まるで私がマモルに獲り憑いたみたいに言うなんて(間違ってはいないけど)・・・」




