望郷の彼方 Act2
ミユキは娘を思い出す。
現実世界で最期に聴いた別れの声を・・・
克て、世界を巻き込んだ大戦が行われた。
人類の存亡を賭けた、悪魔との大戦が・・・
ミユキは孫が産まれる4年前の出来事を思い起こしていた。
悪魔の機械との戦いの末、我が娘が辿った悲しき運命を。
「女神は、誰よりも愛する人達を想ったの。
己の事よりも、愛する人を護ろうと闘い抜いたの・・・」
コハルの蒼き魔法石を見詰めて話し始めた。
「最期の瞬間まで。
悪魔の機械を倒した時、女神も消えて行った。
何処に行ったのか、どうなったのか・・・はっきりとは分からなかったの」
ミユキの眼に、あの日の爆光が映っていた。
紫に光っていた巨大な魔法石から、世界に向けて放たれた爆光が・・・
空中戦艦<フェアリア>の魔鋼機械と同化していたミユキに、
女神となった娘が別れを告げに来た。
もう逢う事が出来なくなるかもしれないのだと、覚悟を決めて。
空中戦艦の心臓部と同化していたミユキには、娘が最期の別れに来たのだと判ってしまった。
艦側に手を充てて来た娘が、魔砲力で話しかけてきた。
「「お母さん・・・ごめんね、私・・・」」
女神となった娘が話しかけて来る。
「ミハル・・・あなたは希望の子。
あなたが産まれる時に感じたのよ、光を。
ミハルはきっと希望なんだって。
闇の世界を終わらせてくれる希望なんだって!」
機械と同化しているミユキが叫ぶ。
娘を引き留めたくて・・・だが。
「「お母さん・・・お父さんと生きて。一緒に生きて・・・お願い」
涙ぐんだ娘の声が頼んで来る。
「「私、お母さんの子供で善かった。
お母さんに産んで貰って嬉しいの・・・だから悔やまないで。
お母さんの子供であった事を誇りに思うから。
お母さんと過ごせた日々を、決して忘れたりしないから」」
娘が今生の別れを告げに来た・・・そう感じた。
もう止める事は叶わない。
訣別の言葉が漏れ聞こえる。
「「私は死なないよ。
少しの間だけ・・・遠くに行くだけだから。
みんなの中に居るから・・・お母さんの中でいつも笑っているからね」」
娘は最期まで「さようなら」を告げなかった。
別れ征く娘の姿が目に焼き付いた。
手を指し伸ばそうとしても叶わず。抱き締めたくても手が届かず。
「ミハル!帰って来るのよ必ず、いつまでも待っているから!」
悪魔の機械へ突入を図る女神に聞こえたのかどうかも分からなかった。
最期の時・・・悪魔の機械から爆光が溢れ出した時。
「女神はコハルちゃんのお父さんを贈り返してくれたのよ。
最期まで一緒に戦ったお父さんを生きて返してくれたの・・・」
遠くを見る目で記憶を呼び戻し、孫へ昔話を聴かせていた。
「女神様って、お祖母ちゃんの本当の娘だったんだね。
お母さんもいつもそう言ってたけど、本当にお父さんを助けてくれたんだね?」
何気ないコハルの一言だったが、ミユキにとって辛い一言でもあった。
娘は消え去り、弟には呪いが掛けられてしまった。
ミユキはコハルのうなじに着けられた痣を観てしまう。
悪魔であった機械の呪いなのか。
最初に痣が見つかったのはマモルの肩口。
ルマと結婚した時には、確かに消えずに残っていた。
女神に因って悪魔の機械は崩壊した・・・島と共に。
暗黒大陸と呼ばれた島が、機械の崩れ去るのに併せて沈んだ。
今は大西洋と呼ばれている海の底へ。
そうなる前に悪魔の機械から放たれたのか、女神の傍に居たマモルへ呪いが掛けられた。
その痣が意味するのが、一体何なのかは解明されなかったが。
間違いなく最期の闘いの後に着いた痣であるのは間違いなかった。
女神が完全に倒し切れなかったのか、最期のあがきだったのか?
何かの啓示なのか、何かを目覚めさせる鍵なのか?
学者達がいくら調べても、解き明かす事は出来なかった。
だが。
・・・まさか、痣が引き継がれるなんて思いもしなかった。
コハルが産まれた時・・・マモルの痣が消えたのだ。
産まれた赤ん坊に、痣が着いているのを観た者達が確信した。
「「これは何かを蘇らせる鍵なのだ」」・・・と。
初めは女神の帰還を意味するのでは?
期待を込めて、希望論を唱える者もいた。
だが、歴史学者達が気付いた。
紋章の形が、ある事を指しているのに。
<審判の神>を模っている事に気付いたのだ。
古代の建造物に刻まれた紋章と酷似している痣が意味するのは、
コハルに刻まれた痣は、その者が神を目覚めさせる鍵なのだと教えていた。
<審判の神>・・・
克てリーンと呼ばれた女神がそうであったように、人類を裁く神の事を指す。
審判の神に因り裁きが就けられ、人類は粛罪の時を迎える。
罪深き人々に、裁きの日が訪れる・・・それは。
十数年前と同じ。
つまりは・・・
「悪魔の機械は完全に滅び去った訳ではないの。
女神に因って修正されただけとも言えるの。
また1000年の時を迎えれば、発動されるかもしれないわ」
1000年周期に行われて来たという粛罪の日。
人類がそのまま残されるかどうか、審判の神が決定するという。
一体何度、同じ事が繰り返されたか。
次に来る審判の日には、人類は生き残れるのだろうか?
遠い未来だとばかり思っていたのだが、コハルに受け継がれた紋章がそれを覆すかもしれない。
悪魔の機械を蘇らせる事が出来る・・・紋章を使えば。
己の欲を満たす為に・・・鍵の在処を知った者達が狙う。
今はコハルと呼ぶ孫を、何者かがつけ狙うのではないかと。
機械の復活を目論む者達の存在が懸念され始めた。
ー この事実は、まだコハルちゃんには告げられない。
もし、女神が完全復活するのであれば、その時には・・・
ミユキは想う。
ミハルが帰って来れたとしても、悪魔も復活してしまうのだろうと。
悪魔が復活するのであれば、ミハルも返って来れるだろうと。
相反する願い。
娘が帰って来られるのであれば、悪魔も復活を遂げてしまう。
悪魔の復活を阻止できるのならば、娘は帰っては来れない。
平和を取り戻した現在、ミハルの帰還は望外の事でもあった。
このまま、女神として石に宿っている状態で居られれば、悪魔の復活はない。
ー こんなに傍に居るって感じられるのに。
私には声すらも聞こえない、懐かしいあの子の笑顔を観るなんて出来はしない。
いいえ、観てはいけないの・・・
コハルのネックレスを観れば観る程に、悲しく辛い気持ちになる。
「ねぇ、お祖母ちゃん?電話が鳴ってるよ?」
コハルの声で思考が途切れさせられる。
思い出の中でだけ観えていた娘の微笑みが消えて。
「あらあら、うっかりしていたわ」
鳴り続けている電話に駆け寄り受話器を上げると、耳に入って来たのはマモルのほっとした声だった。
「「母さん、コハルは?
まだそっちに居る?道場から帰っていない?」」
そう言えば大分遅くなっていたから。
マモルが心配して電話をかけて来たのだと思った。
「ええ、まだよ。今から送って行くわ」
息子に心配をかけてしまったと感じたミユキが答えると。
「「あ、良いんだよ母さん。ボクが迎えに行くから、もう少し待つように言って?」」
マモルが娘を迎えに来るという。
「マモルが?珍しいわね。ルマちゃんはどう言ってるの?」
義理の娘に気を遣うミユキだったが。
「「ああ、その事なんだけど。今日は急用が出来たらしくて。
大使館に詰めっきりになるんだってさ。
だからボクとコハルだけなんだよ」」
「あら、そうなの?だったら晩御飯は?こっちで食べて行きなさいよ」
息子が孫と二人だというのなら、食事も二人で採る事になるだろう気勢を制した。
「「え?良いのかい母さん?」」
案の定、マモルはミユキの気持ちに甘えて来た。
「マモルが電話して来るのはこんな時ぐらいだと分かっているわよ。
初めからその気だったんでしょ?昔から変わらないわ、マモルは甘えっ子だから」
「「・・・見破られてたか。あははっ!」」
マモルの声が朗らかに笑い掛けて来た。
息子はどう言う訳か分からないが、いつも気分が沈んでいるとやって来る。
娘を喪ってから、悲しい気分の時には必ずと言って良い程姿を見せる。
「「それじゃあ、コハルに言っておいてよ。直ぐに行くって」」
「はいはい。そう言っておくわ」
電話を切ると、コハルが眼を輝かせて観ていた。
「聴こえた?お父さんが来るって言ってたわ」
「うん!じゃあお祖母ちゃんのお手伝いしなきゃ、だね!」
ニコッと笑う孫の顔に、娘の顔がダブって見えた。
コハル位の頃、
まだ日の本で生活していた頃に見せてくれていた、懐かしい娘の笑顔を思い出して・・・
ミユキの家で晩御飯を頂いたマモルとコハルが家に帰る。
帰った時、まだルマは帰ってはいなかった。
2人は帰りを待つ間に想いを廻らせる。
そう。
弟と・・・娘に宿る姉が!
次回 望郷の彼方 Act3
君は思い出の中だけに居た・・・今の今までは・・・
ミハル「君は強く・・・逞しくなったんだね?嬉しいけど・・・ちょっと妬けるかな?ルマの事が」




