黒の魔鋼 シキ Act5
闇から迫る・・・
闇の中から現れた者達がコハルとミユキに迫っていたのだった。
夜の帳が墜ち、月が雲に隠された・・・
初夏の長い夜に闇が訪れた。
風も無いのに木立が揺れる。
木立が揺れるのに音が聞こえない。
星明りもこんな暗い夜には、照らしてはくれない
静まり返った夜。
開け放たれた窓辺から漏れる灯りを覗き込む闇が居た。
窓の中に視線を注ぐ影は、誰かを探しているようだった。
目的の気配を探る・・・だが見つけられない。
窓から室内をくまなく探ったが人影も気配も感じられない。
一つの窓からの探索を諦めた影は、次なる灯りが漏れる窓辺へと向かう。
話声も、何かの音さえも聞こえては来ない。
唯、灯りが燈っているからには、誰かがその家にいる筈なのだろうが。
音もたてずに忍び寄る影。
徐々に次なる灯りに近寄る影・・・が。
漏れ出ている灯りに室内に居る者の陰が伸びていた。
忍び寄った影が、細心の注意を払い気取られないように室内に居る者を確かめる。
室内から延びる影が、開け放たれた窓辺に近付いて来るのが判り、
忍び寄った影が身を隠す・・・
「あのねぇ!なにやってんのマモル君もルマお母さんも!」
隠れ損ねた両親達に向かって吠えるコハルに。
「あ・・・見つかっちゃった・・・」
「い、いやほら。遅くなり過ぎたから・・・玄関開けて・・・お願いコハル」
焦っている二人に向けて、コハルが大きな声で。
「お祖母ちゃん・・・怒ってるよ?」
コハルの後ろでは、目を閉じて黙っているミユキが座っていた。
床の間に懸けられてある壁掛け時計に針は、既に夜の10時を指している。
「あはは・・・ごめんなさい、義母さん」
笑って誤魔化すルマに、駄目だしするのはコハル。
「謝ったって駄ぁ目ぇーっ!こんなに遅くなるのならちゃんと連絡しなきゃ!」
プンスカ怒るコハルに、マモルが差し出すのは。
「そうだから・・・さ。お詫びの気持ちに、こんなの出ました!」
どこから出したのか、マモルの手には<蓬莱>の手提げ袋が。
「なっ?!ニャントっ!それは・・・もしかして・・・」
「そうよコハルぅ、マモルと一緒に買って来たんだからぁ」
((ピョン))
コハルからシッポと獣耳が生えたようにも観えた。
お土産に釣られて・・・玄関へ飛んで行き両親を招き入れ。
「ゲットぉー!」
ハート目になったコハルがいの一番にミユキの元に走り寄る。
「ミユキお祖母ちゃん、やっぱりお祖母ちゃんの言ってた通りになったね!」
コハルを預かっている時、マモル達のお迎えが遅くなると決まって何かを持って来るのだと。
「でもねコハルちゃん、お祖母ちゃんは怒っているのですからね?うふふっ」
怒っては・・・全然いない。
むしろ、お土産を持参して来る息子夫婦を迎えて、ほっとしている様にも観えた。
「それじゃあ・・・」
お土産の袋から肉まんの箱を取り出したコハルが、床の間にある仏壇へ持って行くと。
「叔母さん、マモル君からのお土産です」
蝋燭に火を灯して、手を合わせるのだった。
「いつも感心ね、コハルは」
ルマが座敷に上がって手を合わせる娘に寄り添うと。
「ミハル姉さん、いつもコハルを護ってくれてありがとう」
真影に向かって両手を合わせた。
娘と妻が仏壇に手を合わせる姿を観ていたマモルが、母であるミユキの横に座ると。
「母さん、実は折り入って話さねばならない事が・・・」
重い切り出しで声を掛ける。
「マモル、ミハルの事ね?」
ミユキの口から、息子に還された言葉。
マモルもルマも、一瞬身を引き締めたように驚いた。
「お義母さん、どうして?」
仏壇から振り返ったルマが訊ねる。
「いいえ、そうだと思ったからよ。
私にも聞こえたの、コハルちゃんのネックレスからあの娘が呼んでくれた声がね」
ミユキの返事に、マモルとルマが眼を交わすと。
「なぁーんだお義母さん、知っていたの?」
「それならそうだと言ってくれれば善いのに。母さんも人が悪いなぁ?!」
気が楽になったのか、マモルが足を崩して一息入れると。
「そうなんだよ母さん。確証が取れたんだ、ミリアさんからも。
僕は知らなかったんだけど、どうやらコハルに・・・」
仏壇で手を合わせているコハルの話を切り出そうとしたマモルに、ミユキが話すなと口の前に指を立てる。
「どうしてさ?お母さん?!」
コハルは既に知っている筈だと思えるのに、何故切り出してはいけないと言うのか。
ルマから聞いた話だと、既にコハルもミハルが何らかの状態で現れたことを知っている筈なのだが。
「今は。あの子の話はしない方が善いの。
きっとあの子だって訳があって現われたんでしょうから」
ミユキは思い出していた。
もう十数年も前。
フェアリアで闇に閉じ込められているリーン皇女を助ける為に、
マコトの機械で結界の中に入った時、自分の前に現れた娘の姿。
その姿は後に、オスマン帝国で現実世界に戻してくれた娘とも違う。
オスマンで解放してくれた時は、まだ人の姿のままだった。
フェアリアに戻れたのも娘の力があってこそ。
そして、思い出されるのは・・・
「あの子は必ず帰ると云ったもの。さよならを言わずに・・・運命に立ち向かったのよ」
ケラウノスと呼ばれた破壊兵器に敢然とその身を投げ打って立ち向かい、
人類の希望を一身に受けて、女神となった娘は消えて行った・・・
自分の居る目の前で・・・その子は母を残して消えてしまった。
「その訳なんだよ、母さん。問題なのは」
マモルの一言が、コハルの耳にも入った。
「実はね、父さんからも言われたんだけどさ。
ミハル姉が帰って来れた訳は・・・」
マモルが重い話を始めた・・・間を突いたように。
「ねぇねぇ、もう食べてもいい?」
コハルが仏壇から箱を下げて、ミユキ達の話に加わって来た。
「あ、あのなぁコハル。大人の話なんだから・・・」
途中で茶々を入れられたマモルが娘に注意しようとするのをミユキが停める。
「お待ち同様、コハルちゃん。今お茶を煎れて来るわね?」
この話はコハルのいない時にと、でも言いたいのか。
ミユキは中座して、席を発ってしまった。
「母さん・・・」
大切な話なのに・・・マモルは母の後ろ姿に言いたげだったが。
「マモル・・・お義母さんには、話さなくても良いみたい」
マモルを停めたのは、同じ母親としての心使いか。
ルマはミユキが既に帰還を悟っていた時点で、全てを理解していたのだと感付いていた。
「ねぇ、マモル君も食べたら?おいひぃよぉ?」
もしゃもしゃ食べているコハルのあどけない表情を観て、
この子は・・・と、想いながらもマモルはほっと心が癒されるのだった。
「なんだよ、なんだよ!いつまで待たせるつもりなんだよ!」
闇夜の空で、苛ついた声が眼下に向けられる。
「あいつ等・・・何時になったら来るんだよ。
折角おあつらえ向きに闇夜だというのに!」
プンプン怒っているのは黒の魔鋼たるシキ君。
待ちくたびれてしまったのか、それとも魔力が底を尽いたのか。
木のてっぺんに載りかかって欠伸を何回も吐いている。
「このまま待っていたら朝が来ちゃうな。
それにお腹も減ったし・・・帰ろうかなもう・・・」
下々たる闇の存在達に待たされ続けるのに嫌気が差したのか。
「帰ろう・・・って。アレ?!跳べない?飛び上がれない?!」
木のてっぺんから飛ぼうとすれども、魔法の靴は反応しなくなっていた。
「え・・・えええええぇっ?!損なぁっ?!」
闇夜の中で、少年の動揺する叫びが仲間達に・・・届くわけも無かった。
「ちっくしょぉーっ!なんてこった!覚えてろよぉっ?!」
誰に向って叫んだんだい?黒の魔鋼君?
少年シキがとんでもなく残念な事になっている少し前。
ここは目的地より数キロ前の地点。
赤黒かった闇の結界が崩れ去って行く。
数個の黒い影が燻ぶっている。
「ホント、嫌んなっちゃうなぁ。無駄弾だったか」
一振りの棒を片手に持った少女が髪を手串で掻き揚げた。
「日の本って闇の奴等が昔から現れるって聞いてたけど、本当だったんだねぇ」
呆れるような、嘲るような。
苦笑いを浮かべる少女は、暗がりの中を歩きだす。
「でも、退屈凌ぎにはちょうど良いかも」
帽を一振りした少女の姿が替わった。
暗がりでもはっきりと分かるぐらい・・・髪の長さまで変わったのだ。
色までは分らないのだが・・・
「これは見込みがあるかも。闇の中で一番強い奴が現れるかも・・・ね?」
ふふふっと笑う少女が跳んで・・・姿が消える。
辺りには闇の者だった黒墨のような焦げた跡だけが残されていた。
まだ・・・余裕があったのか?
それとも単に闇の者達が弱っちいのか?
シキ君も大概損な子だねぇ?
現れた少女の正体とは?!
謎がなぞを呼び込む・・・
次回 チェンジ!魔砲の少女 Act1
君に迫るのは独りの闇だけではないのか?窮地を救ってくれるのは誰?!
ミハル「私の姪っ子ちゃんには手が焼けます。けどね、ソコがまた可愛いんですよ?」




