黒の魔鋼 シキ Act4
ミユキお祖母ちゃんに剣術を教えて貰う事になったの。
アタシも似合うかな?
袴姿が?
研究室には、煌々と灯りが燈っていた。
動力源から延びる数十本のコードが、辺り狭しと機械本体へと繋がれている。
カバーが被されている数体の別の機械にも。
「まだもう少し時間が必要なのだ、マモル」
眼鏡の縁を持って作業を見守る責任者が、傍らに立つ息子に言った。
「どれくらい?時間はあまり無いと思うけど・・・」
国防軍制服を着たマモルが白衣を纏った父に訊いた。
「急かすんじゃない、今はまだ確実に動けるかも分からんのだからな」
「それはそうだろうね、搭乗員が居るのかどうかもはっきりしていないんだから」
マモルが父であり魔鋼技術の権威でもある島田誠技術省管理官に答える。
実験が繰り返される機械・・・
電力を与え続けられている最初の一台に、作業員達が執り付いている光景を見詰める二人。
その眼に映るのは、
搭乗者を待つかのようにコックピットをオープンした状態の<人形>だった。
「マモル君はどう言うかしらね?・・・ルマ」
フェアリア公使館で、茶髪をカールさせたミリア公使補が訊ねる。
「ミリア補使、まだそうと決まった訳では・・・」
俯いたルマが上司の言葉に疑問を呈したが。
「いいえ、彼女が戻って来たのは解ってるのよ。
悪魔が再び現れたのだから、彼女が帰って来たとしても何もおかしくはないわ。
それに、私の情報源からの報告もあるのだから」
ミリア公使補が、窓辺に向けて視線を逸らし、
「あの月を御覧なさい、ルマ。
間も無く次なる闘いが始まる事を指し示している様よ。
月からの使者がやって来て、再び戦乱を引き起こそうとしているのよ」
上空に浮かぶ月を見上げて嘯くのだった。
「マリアさん・・・どうしてそう言い切れるのですか?」
月を見上げるミリアの後ろ姿に、有り得べからぬ影を感じたルマが訊ねる。
「ルマ・・・あなたには判らないでしょうね。私の心なんて」
月を見上げるミリアの口元が醜く歪んでいる事に、ルマは気が付かなかった。
「コハルのヤツ、これを観たら喜ぶんやろーなぁ!」
公使館の一階では、マリアがフェアリアから送られてきた物産の中からお土産を選んでいた。
公使宛てに送られて来たのは、フェアリア特産品の数々。
その中でマリアが興味を示した物とは・・・
「コハルって甘い物に眼が無いからなぁ、喜んでくれるやろ」
北欧特産のブルーベリーをふんだんに使った御菓子。
日持ちがするのは、大きな缶に入ってるから。
「これだけあれば2・3日は持つやろ。喰いっぱりのコハルにだって!」
一抱え程もあるクッキーが詰め合わせられた缶詰に、マリアは喜ぶコハルを想像して笑むのだった。
「明日には、きっとコハルの喜ぶ顔を観られるんやな!」
公使館の片隅でマリアが独り笑っていた。
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「あら、馬子にも衣裳って言葉もあるけど。
コハルちゃんには<孫>にも羽織袴って言えるかもね?」
ミユキの前でチョコンと立っているコハルの衣装は。
「ねぇ、お祖母ちゃん。似合ってるかな?」
自信なさげに自分の姿を見回すコハルが訊いてみた。
薄いピンク色の着物に、紅い袴を穿き。
腰に木刀の収められた袋を佩く、女性剣士の姿に仕立てられていた。
「そうねぇ、もうすこし大きくなれれば。かしらね?」
笑う祖母の答えに、自信を持ったのか。
「そっか!大きくなれれば似合うのかぁ!」
単に身長が伸びれば良いと解釈したようだった。
「大きくって言ってもね、コハルちゃん。
身体もだけど、もっと大事な事があるのよ?
剣術を身に着けるっていうのはね、心技一体を身に着けるって事なの」
解釈の違いを正そうと、ミユキが最初に教えたのは。
「健全な心を持つ事。
真摯に技を磨く事。
それよりも先ず初めに覚えなくてはならないのはね。
礼儀作法と感謝の心を身に着けなくてはならないの」
人差し指を立てて、一番大事と教えたのは。
「礼儀作法?それってどうすれば覚えられるの?」
コハルには何もかもが初めて聞く事ばかりだった。
「そうねぇ、コハルちゃんは初めから一歩一歩歩んでいく方が善いわね」
いきなり何もかもいっぺんに覚えようとするのではなく、基礎から覚えた方が善いと諭したのだが。
「そうかなぁ・・・でも、お祖母ちゃんもそうだったの?」
憧れの人でもあるお祖母ちゃんでも、初めは自分と同じように学んで来たのかと聞く初級剣士に。
「そうよ、お祖母ちゃんも初めは右も左も分からなかったの。
初めは皆同じ、初めから背伸びしたって後から後悔するだけなのよ?」
「ふぅ~んっ、そういうものなんだね?」
習い事なんてやった事が無いコハルは、祖母の言葉に頷く。
いつも自分に微笑みを絶やさないミユキお祖母ちゃんの剣舞を思い出して、
「アタシにもお祖母ちゃんみたいに出来るようになるかなぁ?」
少々自信がなくなりそうになった。
「大丈夫よ、コハルちゃんだったらきっと。
お祖母ちゃんより上手になれる筈よ、だってまだこんなにちっちゃいんだから」
ポンと頭に手を載せられて、励まされるのだが。
「ちっちゃいって?!もう、お祖母ちゃんの意地悪!」
「ほほほっ、若いって事よコハルちゃんは」
拗ねたコハルに、ミユキが微笑む。
幼い少女剣士姿のコハルが、
いつの日にか立派な剣士になれるだろうと期待して。
(( キラッ ))
コハルの胸元に下げられた蒼き魔法石が瞬いたような気がした。
ミユキの眼に、魔法石が煌めいて何かを伝えてきた。
「あら?コハルちゃん。ネックレスを磨いたのかしら?
今日はいつもと違って光り輝いているみたいね?」
それとなく、ミユキがネックレスを指差す。
「え?!別にいつもと同じだよ?」
着付けをしていた時には外していたから解らなかった。
コハルが取り出したネックレスが、輝きを増している事に気付いた。
ー この前までとはまるで輝き方が違う・・・まるで・・・
コハルが魔法石を取り出してミユキに見せた。
(( キラッキラッ ))
光が当たって反射するのとは訳が違う。
確かに魔法石は瞬いていた・・・自ら光って何かを伝えようとするかのように。
「ほらコハルちゃん、いつもより光ってるわよ?
コハルちゃんが剣術を習うのを褒めているみたいに・・・」
ミユキはネックレスを指差す。
震える指先で・・・魔法石を手に取りたくて。
「そうかな?じゃあ、先生に挨拶しなきゃ・・・だよね!」
ネックレスを外したコハルがミユキの手に渡した・・・時。
(( ブワッ ))
蒼き輝が、一瞬だけ沸き起こった。
「わっ?!光った?」
コハルの声が聞こえた・・・一瞬の後に。
光が沸き起こった瞬間、ミユキには聞こえた。
確かに・・・聞こえてきた。
・・・<おかあさん>・・・と。
まるで蒼き蛍火のような光の中で、娘の声が聞こえてきた。
「お祖母ちゃん、どうしたの?なぜ泣いてるの?」
コハルの声が聞こえて来るまでの間、
ミユキは娘の声が聞こえてきた石を捧げ持っていたのだが。
「え?!あら・・・本当ね。
どうしてかしらね、とても嬉しく感じたのよ?」
コハルの声に我を取り戻して、涙を拭き去ると。
「光った時にね、此処に居ない人の声が聞こえたような気がしたの。
とても懐かしくて、いつまで経っても忘れようもない娘の声が・・・」
ネックレスを返しながら、コハルに微笑むと。
「きっと、コハルちゃんを見守る為に帰って来たのね。
コハルちゃんが自分で身を護れるようになるまで、傍に居てくれるのね」
遠い過去を思い出すような目で、蒼き魔法石に話しかけるのだった。
「うん、そうだよね。コハル達を護ってくれているんだよ。きっと!」
自分に向けられた言葉だと思っているコハルが、祖母ミユキの微笑みに頷いた。
夜空に浮かぶ雲の切れ目から覗く月。
まるで血に飢えたかのように赤く、澱んで観える月。
木立の陰に見え隠れするのは、何者かの存在。
複数の影達は蠢きながら進み征く。
影が進むと、足元の草が忽ちにして枯れ、折れ曲がる。
影が蠢くと木々の葉が墜ち、木立が枯れる。
「「申し子を貰おう・・・御子たる子を渡して貰おう」」
蠢く影達が呟く。
「「最早、時など気に懸けておられない。見つけたのだから・・・」」
影達は進み来る。
影達が向かうのは・・・・
「ボクの邪魔をするの?だったらお前達も消し去ってやるよ?」
蠢く者達に威嚇するのは、黒の魔鋼。
少年の姿を採る、闇の魔鋼・・・シキ。
「だけど・・・お前達を利用したって構わないよね?
ボクがあの子を貰い受けさえすれば良いんだから…さ」
ニヤリと口を曲げるシキ。
影達進み征く方角を観て、木立から飛び降りる。
雲にかかった赤い月を背にしたシキが、宙に浮かんだ。
「じゃあ、ボクは先回りして待ってるから。
ちゃんと彼女達の前に来てくれないと、ボクがお仕置きしちゃうからね?」
嘲笑う声を残して、黒の魔鋼シキが飛び征くのは。
灯りを燈す街。
日の本の都・・・コハル達の居る街だった・・・
和装姿のコハル。
習い事は初めが肝心。
姿だけでもいっぱしの剣士姿に・・・ミユキらしいというか。
孫可愛さか?
コハルも調子に乗っているみたいですが?
次回 黒の魔鋼 シキ Act5
君は習い事だとは思っちゃいないでしょ?そんなに楽しそうなら?
ミハル「おかあさん・・・コハルに甘過ぎない?ミハルも甘やかして欲しいなぁ?」




