新たなる旅路 第5話
あなたは最期に何を観る?
あなたは終わる物語に始まりを見つけられる?
今、もう一つの未来を求める者が眼を開ける・・・
薄暗い靄の中。
少女は彷徨っていました・・・たった独りで。
光も観えない・・・靄の中で。
嘗て世界に輝を齎した少女は、運命の赴くまま時を越えて辿り着くべきでした。
愛する人の元へと・・・ですが。
1000年にも及ぶ旅路の果てに観て来たのは、自らの想いとはかけ離れた世界。
争いを続ける愚かな人類の末路・・・そして。
「防げなかった・・・私には。
どんなに手を挿し伸ばしても、どれほど護っても・・・無駄だった」
回避しようと努めたその先にあったのは。
「私は・・・愛すべき人を守れない。
愛する人達に死を与え続ける・・・悪魔なのかもしれない」
想い人を喪失する度に、心は穢れ。
助けることも叶わない自らの力に嘆き。
そして・・・絶望を感じ・・・眠りについた。
唯・・・一つ。
たった一つだけが、彼女の拠り所となっていたのです。
「「逢いたい・・・一目だけでも善いから・・・逢って言いたい」」
願いを叶えられるのなら・・・願いは果たされず。
「「あの人へ・・・愛を語るべき人へ・・・逢いに戻りたい」」
眠りについた今も尚、想いは募るのでした。
そう・・・叶えられるのなら・・・どんな事をしたって。
光の神子 美晴・・・
輝きを放つ魂の娘は、邪悪なる者に因って。
駆けつけた時、ノーラさんは呼びました。
仲間の名を、信じられない惨劇の中。
「美晴ッ!眼を開けてよ!」
もう何も考える余裕なんて有りはしませんでした。
唯、目の前に倒れているのが信じられなくて。
「大魔王にも勝ったんだよ?
世界を救えた勇者がこんなことで死ぬなんて有得ないでしょ?!」
魔鋼の少女は友を叱咤するのです。
聞こえているのだと、聴いてくれている筈だと思い。
「姉さん・・・」
ローラ君が美晴さんの手を取り、姉を呆然と見つめて。
「脈・・・美晴さんの手から脈を感じ取れないよ」
虚ろな瞳でノーラさんを観ているローラ君が言ってるのは。
「う・・・嘘。なにを冗談言ってるノラ?
今の今迄喋っていたノラ・・・ほら・・・寝てるだけなノラ?」
死・・・即死。
認められない現実を突きつけられた者は、皆真実から背く。
背かざるを得ない・・・認めたくないから。
「じ、人工呼吸するノラ!
早く救急車を呼んで!誰でも良いから美晴を救うノラ!」
一瞬の後、ノーラさんは自らの答えを否定しました。
ボケていたって助けられないと悟り、僅かでも可能性のあるモノに縋るのでした。
余りの理不尽さに、辺りを囲む人へと救いを求める・・・それが生きる者。
突然の惨禍に、辺り中が大混乱になっていたのです。
倒れている通行人から苦悶の声が湧き、さながら地獄の中へと突き墜とされたかのようです。
「誰かッ!誰だって良いから美晴を救ってよぉッ!」
停まった鼓動を再び呼び覚ましてと。
神にも縋る想いで叫ぶノーラさんに、誰かの影が映りました。
「あ。あんたは?!」
涙で曇る瞳に写り込んだのは?
「退っていて!俺が心臓を動かしてみせる!」
サングラス越しの紅き瞳は、有無を言わせぬ真剣さで少女を観ているのです。
「シキ先輩ッ?!」
気が付いたローラ君が青年の名を称えました。
死はいつも私を擦りぬけて行った。
一度は賜るべきものだけど、私にはもう賜れない・・・・
不死の存在・・・肉体を持たぬ者。
既に肉体を喪いし者は、一様に願う。
想いを現世に残した者は、一様に望む。
肉体の復活・・・それは死者の願望。
願い呪い・・・そして果されぬ想いと知りつつも。
器を求めて彷徨う・・・
薄暗い世界から、一柱の光が見えた。
目の前で起きる惨劇を回避させられなかったのに。
「停めようと手を挿し伸ばしたんだよ?でもまた駄目だった」
自分とシンクロしていた娘を助けようとした。
でも、1000年間で一度だって助けきれなかった・・・死神から逃れるのを。
傷つき倒れて果てる人。
天寿を全うして送られる人。
どんな世の中でだって、如何なる国ででも。
死は必ず人へ贈られてしまうのが・・・理。
命を授けられた生ける者の宿命だと知りつつ。
「でも、この娘は死を賜るべき存在じゃなかった」
一人の少女が不幸に見舞われ、運命の歯車を閉じられた。
「それは私が居る為?不幸を纏うのは私の所為?」
目覚めの時を待っていた。
でも、こんな不幸を望んでいた訳じゃない。
「身代わりになってしまったのね・・・ミハルは」
邪心を持った者に因り、少女は死を贈られてしまったと。
「なら・・・私は彼女へ何を贈ったら善い?」
目覚めを死した娘に与えるか?
「死地から蘇るには呪いを受けねばならない・・・過去の私と同じように」
呪い・・・呪縛。
「呪われ堕ちて・・・それでもかまわないというのなら」
墜ちる・・・墜ちて。
「この娘は黄泉から戻れる・・・だけど」
肉体へと戻れる・・・が。
「二度と人としては生きてはいけぬ躰と化す。
昔、私が呪われ堕ちて、堕神デザイアを宿したように・・・」
墜ち神を宿してでも尚、生きるのを望むか?
「娘には約束という果たさねばならない糧がある。
その糧を喰らうのが墜ち神、私は娘へ宿り墜ちる・・・堕神へと。
呪い・・・憎み・・・願う。
それでしか娘を蘇らせられないと知りながら」
彷徨う靄の先に観えるのは、一柱の輝。
「もし、私が墜ち果てるのなら。
あなたに拠って滅ぼして・・・それしか報われる事が無いのリーン」
女神は自ら墜ちる。
自ら一人の少女に呪いを掛ける。
そう・・・復活の日。
女神は少女へ闇を贈ってしまった。
生きる望みとは別の・・・闇の光を授けてしまった。
自ら望んで・・・堕ちてしまった・・・・
< 人の世に、再び悪夢が呼び覚まされんとしていた
昔日と・・・同じ過ちを冒した >
夕日が海に堕ちた。
赤髪の少女はむせび泣いていました。
どうして・・・
そう、どうしてなのだ・・・と。
手にしていた電信欄を握りつぶし、想い人が襲われた惨禍を想い。
「美晴・・・死なないで。死んじゃったら嘘つきだって言うんやからな」
握りつぶした電報は、ミリアお母様が捨てた筈でした。
捨てた筈なのに・・・何故だかマリアさんが持っていたのです。
「美晴が教えたかったんか?それとも神様が知らせてくれたんか?」
海風が舞い、捨てた電報をマリアさんの元まで寄越したのでした。
偶然とは言い難い。
それは後の運命をも左右する程の、運命の悪戯。
知らなければ、憂う事すらなかったのに。
目にしなければ悲しむ事すらなかったというのに。
「美晴は死なない、死んでたまるか!
どんな辛苦にだって耐えて、希望を謳って来たんだ!
あの娘がくたばるのは約束を果たした後に決まってる!
ウチと交わした約束を果たして、生き抜いた後でしか死ぬ訳がないんや!」
赤髪の少女が願うのは、果たすと約束を交わした娘の無事。
電報に記されてあったのは不慮の事故、そして危篤状態との一報。
「美晴は死なへん!ウチに逢うまでは・・・死なせへんのや!」
夜の静寂が海上に流れ、マリアさんの叫びが船から飛んで行きました。
言霊となり・・・彼女の元へと。
事故から一月が経過しました。
永らくの治療の甲斐があり、美晴さんは一命を取り留められる結果になったのでした。
ですが。
「依然として意識は回復しないのねルマさん」
ミユキお祖母ちゃんが介護に疲れたルマさんへ気を配ります。
「今日はもう帰って休みなさい。後は私が看ていますから」
「あ・・・はい、お義母さま」
やつれた母ルマがミユキお祖母さんに応えます。
ベットで眠り続ける孫を観て、想うのは・・・
「やはり・・女神の啓示は変えれなかった」
孫娘に掛けられた宿命からは逃れられなかったのかと。
「あの娘を呼び覚ます為。
美晴ちゃんは世に生を受けたというのですね、審判の女神よ」
あまりな理不尽さに、自分は拒絶した。
だが、息子夫婦は拒否しなかった。
それが神々の啓示だとしても、未来は変えれると信じていたから。
「なぜ・・・真盛が留守の内に。
せめてあの人が居てくれれば・・・誠が傍に居てくれたのなら」
事件がなぜこのタイミングで起きてしまったというのか。
「私は天を恨みます・・・蒼乃」
窓から観える夜闇に浮かぶのは、煌々と照らす月。
満月の中で運命だけが笑っているみたいでした。
「ああ、代われるものなら私が・・・このミユキが受けるべきでしょ!
天におわします神々よ、どうか孫を我等にお返しください!
どうか、娘ミハルに孫を救わせ給へ!」
天にも縋るつもりで、ミユキ御祖母さんは祈ります。
天は願いを聞き遂げるのでしょうか?
月明かりが美晴さんに当たりました。
「闇・・・闇の輝を指すのは月。
いいえ、あの人の名の元、月の女神はきっと・・・」
暗闇の中・・・月明かりは旅人を目的地へと導きます。
そう・・・彼女の魂も。
「そこに居るのは・・・」
不意に。
振り返ると!
「美晴ッ?!」
ミユキお祖母ちゃんは驚喜したのです。
「本当に・・・目に出来ているの?」
自分の手を見詰め、美晴さんが起き上がっていたのです。
「美晴ちゃんッ?!気が付いたのね」
呼ばれた美晴さんが不思議そうにミユキさんを見詰めて。
「・・・あなた。・・・もしかして・・・」
信じられ無いモノを観ているかのように。
「もしかして・・・お母さん?」
ルマさんではなく、ミユキお祖母ちゃんをそう呼んだのです、お母さんって。
「美晴ちゃん?」
そしてミユキさんは知ります、美晴さんではない存在を。
「ミユキお母さん?お年を召しているようだけど?」
蒼き色を宿していた娘だと・・・分かってしまったのです。
「どうして?なぜ・・・孫の躰に?」
ミユキお祖母ちゃんは、過去の偽物を思い出し。
更には女神からの啓示を思い起こし・・・
「なぜ・・・孫の躰に宿ったの・・・その子はまだ死んではいなかったのよ?」
帰還を喜びつつも、孫を案じたのです。
「なぜ?・・・帰って来てはいけなかったのね私」
喜びよりも悲しさが滲みます。
悲しさが苦渋を迫ります。
そして女神だった娘は、告げたのです。
「夜だけ。
月に照らされた夜だけ。
私はこの娘と代わる・・・憑代の娘から本当の美春へと」
悲しげな声で伝えて来たのです。
もう宿ってしまったのだからと。
「待ってミハル。孫の美晴ちゃんは?
あなたの存在を知っているの?」
喪われた訳ではないと思い込んでいるミユキお祖母ちゃんへ。
憑神のミハルが教えるのは、恐怖を齎す呪い。
「まだ知る筈もない。知ってしまえば己の存在を脅かす。
何人たりとあなたの孫を輝へと導けない・・・唯の一人を除いては」
憑神は呪いを表しました。
「私が望むのは、あの人に依って滅ぼされる事。
あの人だけが私を慰められるの・・・ファーストのあなたが一番知っている通りに」
紡がれ出る言葉に、ミユキさんは怖ろしい事実を突きつけられてしまいました。
啓示は当たっていた・・・何も変わらずに。
邪悪が滅びても・・・何も変えられなかったのだと。
「そんな・・・酷過ぎよ」
今迄どんなにこの日を待ちわびたか。
でも、現実は非情に過ぎたのです。
目覚めた女神は、既に輝を喪っていた・・・
蘇った娘からは愛しさを感じられず・・・
唯・・・空しさが心に拡がっていくのを停めれずに。
「あなたはミハルじゃないわ!
あの子はきっと光を纏って帰って来るのですから!」
拒絶するミユキお祖母ちゃんに、美晴さんに宿る者が悲し気に零します。
「私も・・・輝が欲しかった。
人の世界で絶望を知らされるまでは・・・輝を汚されたくはなかった」
娘からの答え。
それは争いを繰り返す愚かな人類への無念さが滲んでいるかのようでした。
「だから・・・輝が欲しい。
月の光だってこんなにも美しいのに・・・」
見上げる夜空に輝を溢すのは月。
「月にはあの子達が居る筈・・・もう少ししたら来てくれるかもね。
こんな薄汚れた世界を変えてくれる・・・本当の人類が・・・ね」
憑神ミハルは、預言じみた言葉を残したのです。
それは母への警告か、人の世を変えるべき最初の申し子への忠言か。
「ねぇミユキお母さん、私って帰るべきじゃなかったのかな?」
娘の言葉を吐く孫の姿を前に独り、歳を召した母が涙を堪えていたのでした。
朝の日がカーテン越しに当たりました。
眩い光が瞼を通して感じられたのでしょうか。
「う・・・ううん・・・」
救急搬送されてから、早一月。
身体の傷は癒えていたのです。
「あれ・・・ここは?」
唯、意識が戻らなかった・・・だけども今。
起き上がろうとした美晴さんですが。
「アタシ・・・どうしちゃってたんだろう?」
気が付けば観た事も無い部屋でポツンと寝かされていたから。
窓から零れる陽の光が、まるで自分を焼く様にも感じられて。
「光が・・・痛い。
まるで浴びたらいけないかのよう・・・」
思わず顔を背けようとして感じたのでした。
右手の平に異常を・・・手の中に何か不思議な力が込められているように思って。
「なんだろ・・・これ?」
起き上がって良く見て観れば。
「これ・・・なにかの・・・紋章?」
手に痣が出来ていました。
太陽のような・・・違うような。
「太陽から延びる光が・・・いいえ、太陽が墜ちて行くような?」
光を照らすべき太陽から延びる光を表すのなら放射状なのに。
「垂れ下がり崩れている・・・落陽・・・堕ちた陽?」
手に付けられた痣。
それが意味するのは・・・・
「それに何だか分からないけど。
今迄頭の中にあった靄が無くなって・・・不思議な力を感じる。
靄じゃなくて・・・はっきりとしてるんだよね」
頭の中には、はっきりと今迄とは違うモノがあるのです。
「黒く澱んだ・・・蔭が。
もう一つの力・・・もう一人の・・・アタシの姿が。
真っ黒な・・・ミハル・・・翳のミハル」
美晴さんは知らされる前に気付いてしまいました。
自分にはもう一人いるのだと。
翳の・・・輝を喪った自分を知ってしまったのです。
「その影に生き返らして貰った・・・そうなんだよね?
アタシ・・・死んじゃったんだから」
光を纏いし神の御子は、闇の女神に因って蘇る。
光と闇を抱く者・・・
それは審判の女神の啓示通りに、今・・・
死を以って蘇る者。
その姿は堕ちし女神を纏う・・・死を超越した容器。
「もう一度・・・約束を果たす時まで。
アタシは受け入れるから・・・どんなに穢されたとしても。
邪悪に染まろうとも・・・きっとマリアちゃんに逢うから」
美晴さんの願いは堕ちた女神とシンクロします。
「この世界で。
薄汚れた人の世界で・・・アタシは希望の火を絶やさないから」
神の御子は今。
昼間は光を纏い。
月夜では闇に舞い。
「きっと・・・あの人に逢う。
その時、アタシは私に戻る。
・・・月夜に出逢えるその時までアタシは待つから」
死せる魂と堕ちた女神を宿す肉体が果てる時。
その時はいつ迎えられるというのでしょう?
彼女達の未来には輝があるのでしょうか?
あるというのなら・・・その時はいつ訪れるのでしょう?
救いは誰が齎してくれるのでしょう?
二人の幸せが未来にありますように。
二人を照らす輝が現れますように・・・・
学園編 完
???「さぁ・・・私に頂戴。あなたの輝を!
早く・・・あなたの未来を・・・
そうすれば・・・私の望みは叶うのだから・・・美晴」
学園編もこれにて完結です。
最期には堕ちてしまったミハルが眼を開けてしまいました。
堕ち神ミハル・・・
彼女と美晴の旅立ちとなったのです。
あの3000年女神が予言していた通り、堕神デサイアよりも深い闇に染まったミハルが蘇ってしまったのです。
堕神ミハルはリーンを、美晴さんはマリアを。
同じ国に居る想い人を求めているのでした。
これからの物語は別の作品となります。
2人のミハルは未来を掴めるのか?
2人の上に輝がありますように・・・
では、本編はこれにて終演と相成ります。
次話はエピローグとなっています。
次回 魔鋼学園 編 エピローグ
あなたは誰かに約束の絆を求めますか?