新たなる旅路 第2話
邪悪が滅んだと言うのに。
まだ、世界には敵が存在し続ける。
それが意味するものとは?
今、新たなる旅路につくのは?
皇都学園の一角にある魔法を教える魔鋼の学部。
魔術を修める生徒達も、新たな未来に向けて羽ばたこうとしていたのです。
大魔王をデサイアに託し、平和を取り戻した・・・筈でしたが。
「まったくもう・・・いつになったら邪操機兵が出没しなくなるのよ」
魔鋼少女は愚痴ります。
異形種の支配下じゃなくなった今も。
「そやかてなぁ~、出よるもんはしょーがあらへんやろ!」
輝騎を操って、二人の少女がため息を吐いていました。
「美晴、帰還するで」
現れ出て来た邪操機兵を殲滅して、マリアキャプテンが帰還を促します。
「あ・・・うん。そうだ・・・ね」
歯切れの悪い声を返して来る美晴さん。
「なんや美晴、また気分が悪いんか?」
「え?あ、ううん。大丈夫だよ」
マリアさんが美晴さんを気遣って訊いてみたようです。
「そぅか?ほなら帰ろうや」
モニターに映った美晴さんは、なんだか気も虚ろに観えましたが。
「うん、早く帰って寝ないと・・・最近寝不足だから」
寝不足?それで虚ろな顔を?
「ホンマ、この処美晴はボケっとするんが多いからなぁ」
「すみませんねぇボケっ子で」
マリアさんの悪態に、美晴さんはボケて返したのですが。
「ま、居眠りせんようにしなぁアカンよ美晴」
心配するマリアさんの心は痛い程伝わっていると思うのですよ。
「ありがとうねマリアちゃん」
ほら。
大魔王戦が終わった後でした。
美晴さんの様子に変化が訪れたのは。
「また・・・美晴ン。居眠りしてるノラ?」
ノーラさんが心配そうにマリアさんに訊いたのです。
「そやねん、ここんところ毎日あんな感じなんや」
マリアさんが机に突っ伏して眠る美晴さんを心配気に教えました。
「なんだか、気が抜けちゃったみたいに見えますね」
ローラ君も、眠りこける美晴さんを気にしています。
「この有り様じゃあ、マリアたんが帰国したら大変なことになるノラ」
ノーラさんの呟きに、マリアさんが苦笑いを浮かべました。
中等部最上学年に進級した4人。
ローラ君とノーラさんは高等部への進学を決め、学業に務めていました。
一方のマリアさんは母であるミリアさんの任期満了に伴い、一時帰国する事になったのです。
初めはゴネていたマリアさんでしたが、説得に応じたのです。
説得に当たったのはマリアさんの母ミリア公使と、美晴さんの父マモル君だったのです。
ー 来年にはお父さんを見つけれるだろう -
ー 君は母国でお父さんの帰還を待つべきだ -
二人から知らされたのは日の本から派遣される深海調査船。
マリアさんの父、ジョセフ元フェアリア海軍大佐を探し出すと誓われたから。
母ミリア公使の任期が切れるのを機に、一度本国に帰るべきだと勧められたのです。
そこで調査船からの吉報を待つべきだとも言われてしまったのです。
それでも。
二人から強く勧められても・・・
「美晴に言われなかったら、ウチは帰らへんつもりやったんやで?」
信じられる友から。
マリアさんの帰国を決定着けたのは美晴さんだったようです。
でも・・・どうして?
「もしかしたら・・・美晴の寝不足はウチの所為なんやろか?」
マリアさんは自分も考えに考えて決した帰国の判断を、美晴が背負ってしまったのかと思いました。
「分かれるのが惜しいのは、ウチもなんやで美晴」
眠り込んでいる美晴さんの顔を見詰め、マリアさんは悲しく思ってしまいます。
ー また・・・同じ夢?
寝ている筈なのに、意識ははっきりしています。
目の前には薄い靄がかかった世界が広がっていました。
見渡す限りのぼやけた世界で、たった一人立ち尽くしていたのです。
ー ここは・・・どこなんだろう?なぜ一人ぼっちで佇んでいるの?
誰も居ませんし、何も聞こえてきません。
ですが・・・
ー この後、決まって聞こえてくる声。それが誰だかが分からない・・・
ぼやけた世界に蒼き光が燈りました。
「「ねぇ・・・あなたがもう一人の私なの?」」
ー そう・・・聞こえて来るのはアタシを私と呼ぶ声・・・
この夢を見るようになったのは、あの日以来。
ー デサイアさんが大魔王に就いた日。
最後の決戦を終えられたあの日以来ずっと・・・観ている・・・
それも・・・段々回数を増して。
夢だと、夢の中の話だと思うから、美晴さんは誰にも夢について話していませんでした。
でも、回数を増やして来る夢に、心が縛られて来ていたのです。
ー ねぇ答えてよ!あなたはどうしたいというの?
アタシに何がして欲しいと言うの?
ぼやけた世界で聞こえてくる声。
何度か聴いた事のある声にも思えるのでしたが・・・
ー 蒼ニャンや未来から来た女神様の声にも似てるけど。
女神様達の声じゃないし、悪魔達とも違う・・・もっとこう現実的な声?
美晴さんはこうも思うのでした、これは人間の発する声ではないのかと。
ー ねぇ?もう一人のアタシ。あなたはアタシとどういった関係なの?
質問に答えてくれない声の主。
でも、段々と近寄って来ているようにも思えるのでした。
「「あなたにも・・・光があるのよね?
私と同じ・・・魔砲の光が・・・秘められているのよね?」」
ー 誰なのって訊いてるじゃないッ!返事してよね!
同じ問答を何度繰り返したのだろう・・・美晴さんは苛立ちます。
「「名前・・・私の名が呼ばれる時。古からの願いが紐解かれるの」」
ー だから!あなたは誰で、どうしたいのかって訊いてるの!
いつもこう。
いつも最後には同じことの繰り返し・・・
美晴さんは夢の中で叫んでしまうのです。
ー もう目覚めなんて来ないわ!あなたはアタシなんかじゃないんだからッ!
そう叫ぶと・・・夢が果てる・・・いつも。
「美晴・・・そんなに辛いのかい?」
自室に父マモルがやって来て訊いたのです。
「辛くなんて・・・ないから」
もう直ぐ祖父と共に航海に出る父。
心配そうな顔で娘を見詰めて。
「嘘つけ。美晴なら一笑に付すだろ?
辛くても笑い飛ばすだろ、いつもなら」
美晴さんの苦悩を暴くのでした。
「何が辛いんだい?何が美晴を苦しめてるんだ?」
父を恋人としてきた幼き時から、美晴さんはマモルさんにだけは打ち明けて来たのですから。
今、真実を教えてくれないのは余程の事と思ったみたいです。
「ううん、最近寝不足って言うか、身体が怠いだけだよ」
顔を観ず、瞳を伏せて美晴さんが答えました。
「・・・本当は?」
直ぐに嘘だとバレてしまいます。
「それだけ・・・悪い夢を見るだけだもん」
「・・・そうなんだね、美晴?」
溢してしまった真実に、マモルさんは顔を覗き込んで来ました。
「そう・・・それだけだから」
本当は誰かが自分の中で蠢いているのを知らせてみたいのですが、
「それだけだから、心配なんてしなくて良いよ。
もうじき長い航海にでなきゃならないんでしょマモル君は」
余計な心配をかけたくない美晴さんの気配りだったようです。
「だからね、マリアちゃんのお父さんを見つけてあげてね、必ず・・・だよ?」
自分の所為で、調査に影響が出てしまわないように。
マモルさんに心残りをさせないようにと。
「ああ・・・美晴の言う通り。必ず連れ帰るから」
いつもなら、美晴さんは決まって微笑みを浮かべるのですが、この日だけは顔を逸らしたままだったのです。
マモル君は薄々感じ取ったでしょう。
美晴さんの異状に、娘から帰って来ない微笑みが辛かったでしょう。
出来る事なら笑顔を取り戻せてから出発したかったでしょう。
「美晴に誓うよ、きっと帰って来るから。
マリアちゃんのお父さんと一緒に・・・だから、心配しないで」
マモルさんは娘に約束しました。
必ず帰るからと・・・きっと逢えるからと。
「うん、待ってるから」
本当はマモル君へ微笑みを与えてあげるべきでしょう。
もうゆっくり話せる機会があるのかどうかも判らなかったのですから。
でしたが、美晴さんは顔を背けたまま・・・
「それじゃぁ美晴・・・お休み」
父マモルさんは、そっと娘から離れてドアを閉めたのでした。
「おやすみなさい・・・」
ドア越しに美晴さんの声だけが送り出してしまったのです。
日ノ本防衛隊に属する艦艇が出入港喇叭を流しています。
唯の調査船に対して破格の待遇です。
なぜなら、乗組員の殆どが精鋭部隊から派遣されてきた人達だったからです。
調査船と云っても危険を伴う事が予想されて、非武装ではなかったのです。
「司令に島田退役少将を据え、艦長補佐に息子のマモル1佐を乗せて。
まるで海軍の一隻みたいね・・・ミユキ」
波止場から離れた一角に居たのは、忍んで来られた蒼乃様と。
「あの人、海軍なんて似合うのかしら」
困ったように顔を顰めるミユキさんが見送っていたのです。
ミユキさんが言うあの人とは・・・
「へっくしょぉ~ん」
航海艦橋でマコトさんがクシャミしました。
「親爺・・・風邪かよ?」
艦長補佐のマモルさんがボヤキます。
「・・・艦長、それでは出航しよう」
昔、マコトさんは巨大戦艦の指揮を執っていた事もあったのです。
今回は調査の全般指揮を委ねられた司令の任務に就いていたので、
防衛軍から出向してきている現役の1佐、東郷艦長が指揮を執ります。
「了解。両舷源速、もやい解け!」
ポンツーンに結わえられていたワイヤーを解き、スクリューが回転を始めました。
甲板には手空き乗員が整列し、送り出す僚艦からの見送りに応えていました。
「美晴ちゃんは来てくれなかったのかマモル?」
「仕方ないよ親爺。美晴も辛いだろうから」
最後に話せたのは数日前になります。
あの晩に観た美晴の辛そうな顔を思い起こし、マモルさんは心配していたのです。
自分に向けられなかった微笑みを、美晴さんが取り戻してくれるだろうかと。
「美晴ちゃんはもう16歳だからな。多感なお年頃ってやつか?」
何かを感じ取ったのか、マコトさんは話を切り替えて来ました。
「ええ、もう。ミハル姉と同い年に近付いたよ」
埠頭の方に目を配らせたマモルさんが、何かに気付きました。
皇都学園中等部の制服を着た娘の存在に・・・です。
慌てて双眼鏡を構えるマモルさんに釣られて、マコトさんも指揮官用の双眼鏡を目に当てました。
そこには・・・手を振って応えてくれている孫の姿と・・・
「美晴・・・ありがとう」
必死に手を打ち降って見送る姿と・・・
「おとうさぁ~ん!マモル君~ッ!いってらっしゃぁ~い!」
涙ぐみながらも微笑んでいる美晴さんがレンズに映りました。
声は届かずとも分かります。
その微笑みさえ見れたのなら・・・
「良い子に育ったな・・・マモルよ」
ポツリと孫を観て、マコト司令が呟きました。
「ええ。僕には勿体ない位な娘に・・・」
父子は双眼鏡のレンズに映る娘へと、別れを惜しみながら応え合いました。
船は出て行きました。
遠く離れた世界の果てへと。
「う・・・ううっ・・・」
涙が枯れて・・・後悔と共に流れ去り。
美晴さんが蹲っていました。
「どうして・・・行ってしまうの?」
目を閉じた美晴さんの声は、いつもの声ではなかったのです。
「どうして・・・私から遠ざけられちゃうの?マモルが・・・」
?!美晴さんじゃないみたい。
「あの時と同じだ・・・私が出征した時と・・・
あの時とは逆・・・今度は私が帰りを待つ番なの真盛?」
もしかして・・・あなたは?
「お願いよマモル。約束を・・・守ってね?」
やはり・・・フェアリアの?
蹲った美晴さんは、出航してしまった調査船に乗る祖父と父を見送りに来ました。
同じ気持ちだった・・・彼女と。
果されぬ過去の意識が呼び覚ましたのか。
それとも新たな世界に何かを告げようとしているのか?
光の神子美晴さんには、途轍もない宿命が宿ったままだったようです。
新たなる旅立ち。
それは美晴にとっても宿命だったのです。
3000年女神が替えた筈の未来。
なかなか消えなかった女神が示した未来への啓示。
今、書き換えられなかった歴史が目の前に。
次回に続くのです・・・・
マモルとマコトが向かうのは。
ミリアの夫の元。
探し出して帰ってくる・・・そう約束した2人。
だが、もう一人のミハルの存在が・・・・
次回 新たなる旅路 第3話
2人の幼馴染は別れの前に・・・愛するものよ永久に