もう一つの未来<<きぼう>> 第1話
皇都学園に暗雲が立ち込めていました。
文字通り・・・空の上にも。
見上げる人達は、怪異に気付き囁き合うのでした。
これは何かの前兆なのかと。
「黒雲が渦を巻いている・・・まるで悪魔の来訪みたいだな」
FCO和泉さんが、傍らの周さんに溢します。
「えっ?!和泉警視。何の冗談です?」
不意に現実離れした言葉を投げかけられた青年刑事が、頭一つ背の高い上司に訊ね直しました。
「いや・・・冗談じゃないんだけどね」
ポツリと和泉さんが応えます。
見上げる空を鋭い視線で捉えつつ。
そこに浮かんだ黒雲は、皇都学園を中心にして蜷局を巻いているようにも観えました。
「そう・・・冗談じゃないんだよ、周君」
和泉さんが真剣な顔で応えるから、周刑事は尚更に小首を傾げるのでした。
潜入した公僕の脇で。
同じように空を見上げる人が居ました。
「なにやら不穏な雰囲気だな。どう思いますかロゼさん?」
独り言を溢しているのは・・・
「「う・・・う~ん?確かにそうも観えるけど。
私は天気予報士じゃないからねぇ~、アクァ」」
魔女の魂を秘めているアクァさんでした。
「もぅ・・・頼りにならないなぁロゼさんってば」
「「め・・・面目次第もありません」」
魔女のロゼにも、このような変異は観たことがなかったようでした。
アクァさんが見上げる黒雲。
その中で何が行われようとしているのか。
そこには何が秘められているのか。
「それに・・・みんなどこかに行っちゃってるみたいだから。
ミハルさんや友人達も、どこに行ったんだろう?」
黒雲を見上げながら、修学祭に呼んでくれたミハル達の事を考えているのでした。
「この変異に係わりがあるのか?それとも単に出し物の準備で忙しいのか?」
見上げる黒雲から視線を反らさず、落ち合う筈だったミハル達を探しているようでした。
アクァさんは自分でも気づかない内に、時の魔法を司るリングに手を伸ばしていました。
左の指に填めた蒼き指輪を右手で握っていたのでした。
「「アクァ・・・何かが近寄って来てるわよ?!」」
魔女ロゼさんも、身に迫る異能を感じたようです。
「「何か・・・途轍もない異能を感じるわ」」
ロゼさんの警告は、アクァさんの感じたモノと同一だったのでしょう。
咄嗟に周囲に目を配らせて警戒を怠りませんでした。
「ええ・・・あたしも感じられましたから」
上空の黒雲から視線を反らさないようにしながら、辺りの人達にそれらしい人物が居ないか。
剣術を習得しているアクァさんならではの所施術を行いました。
「・・・居た」
そう呟いたのは・・・アクァさんじゃありません。
「君・・・フェアリアの娘さんだよな?」
気配を探っているアクァさんに、不意に声を掛けて来たのは。
どう見ても日の本人には観えない、濃い紫髪の青年だったのです。
サングラスをかけた青年が、アクァさんに歩み寄って来ました。
「?!いつの間に?勘付く前に近寄られるなんて・・・何者なの?」
自分が察知する以前に呼びかけられたアクァさんが、少々驚きの表情を浮かべたのです。
剣術を修め、他人よりは所施術を嗜んでいる筈なのに・・・って。
「あ・・・いきなりだったね。君の魔法力を辿って来たんだ俺・・・」
青年・・・というよりはもっと若い声でした。
サングラスに隠されて、歳が判り辛いのです。
「あたしに用があるの?魔法力って言うからには、アンタも魔法使いの端くれなのね?」
アクァさんは、相手も魔法を使える者だと認識したようです。
そして、不意打ちに備えて懐に仕舞い込んである女神の短剣に手を伸ばしました。
相手がそれなりの魔法使いならば、それ相応の覚悟が必要だと感じたみたいです。
「相手の魔力をトレース出来るなんて、並みの魔法使いじゃないでしょ?」
剣の柄に手を添えて、アクァさんが相手の出方に備えました。
相手は自分の魔力を知っていて近寄って来た・・・でも。
「こいつの魔力を感じていた・・・桁違いの異能を」
魔女のロゼさんも、アクァさん自身も。
目の前に居るのは、黒紫の髪を肩先まで伸ばした男子・・・見た目では。
だけど、サングラス越しで瞳は確認出来ていません。
どんな表情でこちらを観ているのでしょう?
桁違いの魔法力を有しているなんて・・・男子なのに。
「お前!何の用があってあたしに近付いて来たんだ?」
相手の出方次第では、この場で一戦交えなくてはならないのです。
衆人環視の元・・・魔法使いと闘わねばならないのですから、アクァさんは眉間に皺を寄せました。
「返事次第では・・・剣で斬って伏せるぞ!」
剣の柄を握り締め、相手の対応次第では・・・と、構えるのでした。
・・・ですが。
「物騒な物言いだなぁ。
懐の神剣から手を放してくれないか?フェアリアの魔法剣士さん」
サングラスの男子からの言葉に、アクァさんはまたしても驚かされたのです。
「ど・・・どうして女神様の剣だと知ってるんだ?!」
賜った剣の話を知っているのは僅かな人数しか居ないというのに?!
アクァさんの驚愕は、潜んでいる魔女も同様でした。
「「こいつから溢れ出しているのは・・・神力?それとも?!」」
魔女ロゼさんは、一触即発状態になったアクァさんに警告します。
「「アクァ!まともにぶつかったらヤバいかもしんないわよ!」」
相手の異能力も判らないし、こちらの切り札がバレていたのですから。
「そ・・・それもそうだ。先ずは相手が何者かを聞き出そう」
魔女の忠告を受けて、アクァさんが先ず執った行動とは?
剣を離したその手をサングラス男子に向けて、こう叫んだのです。
「用件とはなんなんだ!
その前に、自分が何者なのかを話すのが筋じゃないのか?」
・・・名乗りを求めたようですね?
「もしもこいつが闇の者なら、本当の名前なんて名乗らない。
悪魔や鬼なら、自分の名を名乗る訳がない!」
魔女さんに納得させる為か、それとも男子に潜む何かに言い募ったのでしょうか。
「あ・・・俺ですか?
俺はシキっていう・・・皇都学園の卒業生です」
・・・・・・・・は?
キョトンと目を丸くしたアクァさん。
「ま・・・まて。もう一度訊くぞ!お前の名前を言うんだ」
気を取り直したアクァさんが、もう一回訊きましたが?
「だからさぁ・・・俺はシキ。
ここの卒業生で・・・魔鋼を知ってるんだ」
・・・・・ん、で??
ポカンと口を開けるアクァさん。
「君に用事があるのは・・・俺じゃないんだけど。
もう一人の俺が、君に手伝って貰いたいんだと・・・さ?」
・・・・・はぁ?
声も出なくなったアクァさん。
「君は時の魔法を使えるようになったんだろ?
俺に宿る奴が、そう言ってるんだけど・・・どうだい?」
?!どうしてそれを?
途端にアクァさんが警戒心を強めました。
「お前!何故?!誰にも教えちゃいないんだぞ?
知っているのは小春神様か、ルナリィ―ン姫君・・・そしてミハル位のものだ!」
認めちゃいましたが・・・まぁ良いでしょう。
「アタシの魔法を知っていて近寄って来たお前は何者なんだ?!」
アクァさんが飛び退いてシキ君を指差します。
「お前に宿る奴だと?さては・・・闇の術者だな?!」
戦闘モードになったアクァさんの前で、シキ君がゆっくりと手を挙げます。
正体を見破られてしまって・・・魔法でも放つ気なのでしょうか?!
「そう・・・昔は。確かに闇の手先だった事もあったかな?」
そう呟いた手の先は・・・
「でもね、今は真っ当な魔鋼を操れるようになったんだ。
輝の中で・・・人として。魔鋼の術者として働いてるんだぜ?」
サングラスに伸びると。
「俺は黒の魔鋼を司るシキ。
魔鋼騎<輝騎>のパイロットでもあるんだ」
アクァさんの前に素顔を晒したのです。
輝く紅き瞳で・・・笑いかけて。
そう・・・シキ君はミハル達と同じく魔砲使い、魔鋼騎乗りなのです。
アクァさんの前に現れたシキ君。
彼は、もう一人の俺と言いましたが?
それは一体誰で、どんな意味があるというのでしょう?
モニターに敷地内が映されていました。
人々が上空の黒雲に目を遣っている最中、彼は金髪の少女と紫髪の少年を見詰めていました。
彼・・・?
「早いものだな・・・年月の流れは」
年寄り臭い言い回しですね?
「あれから・・・もう、5年が過ぎたのか」
モニターを見入る彼が、眼鏡の枠を指先で上げます。
その指先の脇には、古傷の跡が残されていました。
「コハルとミハル・・・二つの器が再び相まみえた時。
真の女神が目を覚ます・・・彼の言っていた通りだったか?」
眼鏡の中、黒い瞳に蒼さを滲ませて。
「やっと・・・私達の願いが成就するのか。
やっと・・・取り戻す事が出来ると言うのか?
その時が間も無くやって来ると言うのか・・・ルシファーよ?」
呟くのは、女神の帰還を望む者。
「堕神と天使に戻る事を選んだのは、全てこの日の為だと言った。
自らの粛罪の為、自らの望みの為・・・人を捨ててまでして。
君達は宿命を果す道を歩んでくれた・・・たった一つの願いの為に」
モニターに映る少年に視線を注ぎ、こう結んだのです。
「なぁ・・・ミユキ。
私達は運命を変えられるのだろうか?
再び希望を取り戻す事が出来るのだろうか?
娘をこの手で抱き締められるのだろうか・・・・」
シキ君とアクァさんの映ったモニターを見詰めているのは女神の父、島田 誠。
モニターの横・・・そこにあるのは<フェアリア皇国軍少尉>姿のミハルが映った写真。
古ぼけた写真のミハルは、どこか遠くの空を見詰めているように観えたのでした・・・
「ミハル・・・・妖のミハルではない娘が帰って来てくれる」
ポツリと仏前に手を併せて。
「本当に蘇れるの?
あなたはそれを望んでくれてるの?」
日課になっている影膳を今日も供えて。
「帰って来たのなら・・・私はあなたになんて言えば良いのかしら?
怒っても良いかしら・・・親を置き去りにした事を。
笑ってもいいかしら・・・再び逢えた喜びを。
泣いても・・・良いわよね・・・アナタに向けて。
私の運命を受け継いだばかりに・・・酷い目に遭わされてしまった美春」
美雪お祖母ちゃんは、後ろに居る高貴な人に憚りも無く呟いています。
「ええ・・・私達こそ、彼女に対して罪を償わなければいけないのよミユキ」
高貴な方・・・蒼乃様が、お忍びで来られているのです。
「今からちょうど18年前。
あなたの娘がケラウノスと共に消えた・・・その日に目覚めるなんて」
終末兵器・・・ケラウノス。
人類の殲滅を防いだ娘と、終末兵器は世界から消えた。
丁度、月日の同じ・・・この日に。
「もう一人の女神は、こう言っていたわ。
1000年間彷徨い続けてきたって・・・きっとこの子も同じでしょう」
遺影に向けて手を併せるミユキが溢します。
「誰の為に・・・誰を護る為に・・・何を願っていたのか。
そしてミハルは約束を果そうとしているのよ・・・自らの未来の為にも」
「そうねミユキ。ミハルは約束を果そうとしているのよ。たった一つの想いを夢みて」
ファーストの娘達だった二人が、今感じているのは。
「私達が成し遂げれなかった宿命を果し、現世に蘇る・・・女神。
それを成し遂げられたのは、ミハル自身が望んでいるからに他ならないわ」
蒼乃殿下が遺影を観て応えました。
その瞳には、一抹の陰りが浮かんでいるようにも観えたのです。
「でも、女神が人として蘇るには・・・代償が必要だと聞いている。
輝と闇の力を併せられる・・・器が必要なのだと」
ぽつりと溢した蒼乃殿下の言葉で、ミユキの併せた手が震えだします。
「あなたにとっては可愛い孫・・・その筈だったわよね?」
ミユキの手がゆるゆると降ろされて行きました。
「光の御子・・・美晴。
闇の姫御子・・・コハル。
二人の孫とでも云える存在なのよ・・・器なんかじゃないわ」
ミユキは蒼乃に言い返します。
「いくらこの子を蘇らせる秘術とは言え、あまりにも理不尽に過ぎる。
肉体を作る為に産んだ美晴・・・魂を宿らせる為に産まれたコハル。
ミハルを蘇らせる目的だけで生まれたなんて・・・悲し過ぎるわよ」
「ミユキ・・・それでもあの二人はそれを享受したのよ。
マモル君にしても母体であるルマさんにしたって・・・クローン媒体を受け入れたのだから」
ビクンとミユキの躰が跳ね上がりました。
「そうよミユキ。
あなたが拒絶したばかりに・・・あの子達が代わりに受け入れた。
忘れてなんていないでしょう?たった一つ残された組成技術に託した事を」
「忘れるものですか!
人が神の領域に侵入する愚かな行為を、私は拒んだだけよ!」
振り返ったミユキの眼は、蒼乃を睨みつけたのです。
「ルマちゃんが美晴を産んだ・・・ミハルの遺伝子を組み込んだ卵子を育んで。
それがどういう事になるのかなんて分からずによ!
彼女は美晴ちゃんがどうなるのかなんて思いもせずに受け入れたに過ぎない!」
「いいえミユキ。ルマ武官はマモル君から聴いていたのよ?
産んだ娘がいずれは自分のモノではなくなると・・・」
つつぅ~・・・・
ミユキの頬に、涙が伝わり墜ちて行きました。
「覚悟の上・・・二人共がよ?
あなたが拒んだ故・・・光の巫女だった光野家の血筋を受け継いだミユキが拒んでしまった結果よ」
(作者注・ミユキは島田姓を名乗る前は光野美雪と呼ばれていたのです)
「私は!人として拒んだだけよ・・・人が意図して命を造る行為を認められなかっただけよ!」
蒼乃とミユキは15年前に起きた対立を思い起こしていました。
「そう・・・ミユキは正しいのかも知れない。
でも、世界はあの子を必要としているのよ。再びやってくる闇に備える為にも」
「モノは云い様ね蒼乃。
ミハルを蘇らせる本当の目的は・・・そこにあるのでしょう?」
蒼乃殿下が口を滑らせたのを聞き洩らさなかったミユキ。
悲し気に観えるのは、信じていた人から聞きたくはなかった一言。
「また・・・ミハルを闘いに駆り出す気だったのよね?
やっと帰って来ても・・・再び私の元から取り上げる気だったのね?」
「それが・・・運命だからよ。あの子の・・・ミハルの・・・」
耳を塞いでしまいたい・・・そうミユキさんは思った事でしょう。
娘を取り戻せるのなら・・・取り戻したい。
そう願わずにいられる母が居ましょうか?
ですが、ミユキさんは運命を引き継いでしまった娘を不憫に思わずにいられませんでした。
「ミハルを闘いに差し出すくらいなら。
このまま・・・帰って来て貰いなくはないわ・・・」
再び仏壇の遺影を見上げて、老いた母は涙に咽ぶのでした。
「そうね・・・帰って来ようとしないのなら。
でも、あの娘は約束してしまったから・・・審判の女神と。
必ず帰って来るでしょう・・・美晴に宿ってでも」
「・・・宿る?!」
蒼乃が言った意味。
それがミユキにとって大きな光になって聞こえたのでした。
「ええ・・・肉体は美晴の物ですもの。
きっと本当のミハルだったら・・・そうするでしょうね」
「あの子が・・・選ぶのは?!」
ミユキが選ぶと言った相手は?
「そう・・・それがミハルと謂う娘よ」
母より蒼乃殿下の方が深く考えているようです。
何よりも大切なモノを知っている・・・1st継承者<蒼乃>故に・・・
「人の希望を絶やさない・・・それを一番知っているのですから」
ミユキに諭す蒼乃殿下は、多くの犠牲を払ってまで護り続けた世界を観ていたのでした。
「だから・・・ミハルが必要なのよ」
仏壇に掲げられ続ける娘ではなく。
今、この現実世界に帰って来るべき女神を想うのでした。
「美晴ちゃん・・・コハルちゃん、どうか無事に。
ミハル・・・あの子達を頼んだわよ」
蒼乃が言う世界に必要だという意味を悟り、ミユキも願わずには居られませんでした。
女神となったミハルに託すべきだと。
「ええミユキ。あの子なら・・・きっと」
蒼乃はやっと気づいたミユキの肩に手を添えて、癒してくれたのです。
昔、仕えていた頃のように・・・癒しの魔法みたいに。
老いたとはいえ、二人は運命の継承者達だったのですから。
「もぅ!目覚めた時くらい、のんびりさせてよね!」
蒼髪を靡かせるのは稀代の女神。
「ミハエルさんってば、変わらないよねぇ~」
眼下に観える暗黒結界に向けて跳び征くのは理を司る者。
「ほんっとにぃ~!魔王が蘇るから私の休む暇もないんだよね~」
・・・休んでいたのではなかったの?
「ついこの前、ケラちゃんと約束したところだったのに・・・」
・・・ケラちゃん?!誰ですかそれ?
「ケラちゃんも創る事に同意してくれたし・・・この世界には魔法も蘇った筈」
・・・あの?もしや・・・ミハルさんが魔法を?
「だからぁ~っ!この女神ミハルも闘う事が出来るんだよ!
悪いことをする子には・・・オシオキしちゃうんだからね!」
・・・どっかで聞いた事のあるフレーズですねぇ?!
女神ミハルは闇の結界に右手の魔砲杖を指し伸ばしました。
「女神が闇の結界に入るのかですって?
入っても力が出せないだろうですって?
誰よ、そんな過去縛りに拘ってるのは?!」
・・・えっ?違うの?
「観てなさい!これが・・・理の女神ミハルが放つ技!
これが・・・2000年世界を渡り歩いた女神の実力よ!」
?!1000年じゃないの?2000年って?どう謂う?
「しゃぁーらぁーっぷぅ!」
・・・黙ります。
「観てなさい!これが私の全力の3分の一・・・で、十分よね!」
えっ?
ええっ?!
「バスター・・・・ダークネス!
シュゥー・・・トォ!」
魔砲杖から蒼き光が突き出されて・・・
蘇ったミハルさんは・・・またもや強化されていた?!
次回は・・・どうなるのでしょう?!