拒む者 第8話
やがて始まる戦いに向けて・・・
彼女達の想いは?
闘え!魔鋼少女達よ!!
アクァさんに宿って美晴を数刻前に戻した小春神。
現れ出る闇の結界に一柱で向かう。
付き従うは臣下の者達・・・その数数万。
大魔王ルシファーに進化の誓いを捧げし者達の中には、女神となったコハルに留め置く様に勧める者も居ましたが・・・
ですが、コハルは言い切ったのです。
「あなた達には、これより先の闘いに向けて備えておいて欲しいの。
蒼ニャンが言われた通り、新たなる大戦が直ぐ傍まで迫っているのよ?」
臣下の者を一人として失う訳にはいかないのだと。
「ですが姫御子様にもしもの事があれば、我等は面目を失います」
堕神ルシファーにコハルの守護を命じられた臣下達は挙って諫めたのですけど。
「ありがとう。でもね、私は大丈夫だから。
皆の心配は嬉しいけど、私は女神の力を得た今・・・負けやしないから」
微笑みを浮かべる姫御子コハルが、逆に諫めるのです。
「助太刀は無用にしてね。巻き込まれちゃうかもしれないから。
私の異能に巻き込まれたら、助けることも出来なくなるからね」
紅き瞳が教えるのです。
人間界に押し寄せんとしているのが、今迄のように半端なものではない事を。
「闇の力で押し寄せるのなら、私も闇の力で対抗しなきゃならない。
女神の威信をかなぐり捨てても、護ってみせるんだから・・・」
大魔王の姫御子として。
堕神ルシファーが娘として。
小春神ではなく、大魔王の姫御子として闘うと言うのです。
「だからね皆。私の事より人々の身を案じてあげて。
もしもあの子達に災いが降り懸るのなら、護ってあげてよ?」
コハルは微笑みながら臣下の者達に頼みました。
命じるのではなく、同じ思いを持つ者達へとお願いしたのです。
「誓って御心に沿い奉らん!」
並み居る者達は、コハルに頭を垂れ従うのでした。
「ですが。爺は姫様の傍からは離れとうはございませぬ。
これはお父上からの厳命ですからのぅ・・・ふぉっほほほ」
傍に居る狒狒爺やだけは拒絶したのでした。
「爺ぃ~っ、臣下筆頭の爺が言う事を聞いて貰わないと・・・」
困ったようにコハルが爺やに溢すのです。
「いいえ、それだけはなりませぬ。
堕神であり仮初めの大魔王でもあらせられるルシファー様から受けた厳命ですじゃ。
如何に姫様の御命令でも、訊き遂げる訳にはいきませぬぞ」
「でもぉ爺や。筆頭重臣が付き添うのなら、皆が言う事を聞いてくれなくなっちゃうよ?」
コハルは爺やになんとか翻意して欲しいと言ったのですが。
「その事ならばご安心を。
理の女神様よりも姫の身を護るようにとの御裁可をいただいておりますですじゃ」
「にゃっ?!ニャンと!蒼ニャンからも承認されちゃってるの?」
蒼ニャンと聴いて、思わずニャ語が飛び出てしまうコハルさん。
「闇の結界の中では女神の力は半減されるのですから。
ここは臣下一の・・・私メに御命じになられたのですよ、ごっほん!」
咳払いする狒狒爺や。
そこでコハルは気が付いたのです。
臣下達の中にグランの姿が観えない事にも。
「魔獣剣士であるグランが居ない?じゃあどこに?」
ぼそっと爺やにだけ聞こえる声で訊いたのです。
「もしや・・・蒼ニャンに召されて行ったの?」
「ぎくりっ?!流石は姫様。御明察です」
狒狒爺やが隠し通せないと踏んだのか、あっさりと白状しました。
「そっか・・・グランは元々審判の女神様や蒼ニャンと同じ時を過ごした仲だったもんね」
魔獣剣士グランは、元々は邪なる魔王の配下として存在していたというのです。
ですがまだ人であったオリジナルミハルに因って、聖なる力を持てるようになったとも聞き及んでいました。
そのグランが呼び出されたとあれば・・・
「蒼ニャンは既に手を打っておいたという事なんだね?」
「御意にござりまする」
コハルに首を垂れる狒狒爺や。
「そっか。蒼ニャンはやっぱり私なんかよりもずっと聡明なんだなぁ。
伊達に1000年女神を名乗る訳じゃないってことだよね」
闇の属性を持つ身として気が付いたというのに。
自分よりもずっと早くに手を打っていたのかと、コハルは蒼ニャンを尊敬しました。
「どうやら理の女神は姫様を心から心配されておられるようです。
いつも陰から手を廻して御守りしておられるようですぞ」
「ははは・・・お節介な所は誰かさんと同じみたいね」
コハルさんの脳裏には、いつも微笑んでいるミユキお祖母ちゃんの顔が浮かんだのでした。
「それでは姫様。
私メが、付き添う事をご了承して頂けますな?」
「蒼ニャンから文句を言われたくないしね。
でもね爺や。私だってお父様から頂いたこの剣があるんだよ、半端な魔王なんかには負けないから」
コハルの胸元に輝く女神の証。
金色に輝く梅鉢文様のブローチには、堕神ルシファーから貰った剣が隠されていたのです。
「御意・・・ですが、慢心は怪我の元とも言いますぞ?」
ニヤリと嗤う狒狒爺やに、コハルはうんと頷いてから。
「だから・・・爺やが付き従うと言うんでしょ?
蒼ニャンも私がヘマをやらかすかもしれないから頼んだんでしょう?」
「・・・御意」
狒狒爺やはおくびも無く頷きました。
「もう・・・爺やったら。そこは違いますって言ってよね」
コハルはぷんっと口を尖らせて拗ねた表情を浮かべたのですが、目は笑っていました。
主従はお互いの眼で心を通わせて頷いたのです。
「じゃあ、皆。私が討伐して来る間、人間界を頼んだからね」
狒狒爺やを連れて、闇に向かう姫御子からの頼みを受けた数万の軍勢は。
「「おおおお~~~~~~んっ」」
雄たけびの唸りを響かせたのでした。
此処は輝が眩いばかりに溢れる神の結界。
天上界に等しい中、二つの人型が見詰めていたのです。
蒼き髪、蒼き瞳。魔法衣を着た女神が、傍らの剣士に言いました。
「本当なら。私が討伐するべきなのでしょうね」
目を細めて闇の結界が伸び来るのを観て言いました。
「いいや。ミハルの想う通りだと、俺は思うぞ」
白銀色の髪、群青色の瞳。魔法剣士である魔獣グランが答えるのです。
二つの人型は輝の中で見下ろしています。
「ミハルは姫様が人間達の護り神である事の証明を求めている。
光と闇の力を放てる者として、小春様が後の闘いに必要かを計っているんだろう?」
グランは理の女神ミハルに真意を訊ねます。
「だとしたら?私を軽蔑する?」
闇の結界を観たまま、女神が訊き返しました。
「あの子達が夢幻大戦に必要なのか、力となり得るのか。
それよりも護り続けなくてはならないか弱き者なのか。
・・・私はあの子達を護れないかもしれないのだから・・・」
金色に輝く女神からは、まるで守護するのを放棄すかのような言葉が漏れ出たのです。
「1000年間護り通せたことなんて一つだって無かった。
どれだけ手を挿し伸ばそうとも、人間はか弱き存在でしかなかったの」
「確かに・・・人間は脆い者。ミハルであろうとも護れない事だってあるだろう」
グランの返した言葉で女神の髪が靡きました。
「そう。人間は弱き存在だとも言える。
欲望に惑わされ、嫉妬に心を狂わされる。
私だって完全無欠な女神なんかじゃぁないんだからね。女神を名乗る私でも・・・」
蒼き髪を靡かせて振り返った女神の瞳に、微かな微笑みが浮かんでいました。
「この世界には多くの矛盾と謎があるの。
女神だって知らない事やわからない物が幾つもある。
なのに、魔鋼世界には期限が迫っているのよ夢幻大戦までという期日がね」
女神ミハルがグランに振り向きました。
固く結んだ口元、苦悩を示す眉。嘗ての朗らかさは何処に消えたのか。
「お前はこの1000年間に何を観て来たのだミハル?」
過去から蘇った理の女神ミハルに、グランが訊ねたのです。
「人類を見守って来ただけじゃないのか?
何がお前をそうまで追い込んでいるんだ?」
「・・・月面の民。MIHARU達の総意が決められたのよ。
もう今度ばかりは停められないんだよ、魔獣騎士グラン。
地上の人々への<殲滅の刻>が迫っているの」
理の女神ミハルが知らせたのは・・・
「月の人類も存亡をかけて降りようとして来る。
地上に居る人々を消し去り、地上の楽園を欲して・・・」
それが女神の言う夢幻大戦と呼ぶものなのでしょうか?
そんな闘いが本当に起きるというのでしょうか?
「だから・・・あの子達にも闘って貰わなきゃならないの。
私が護らなくても。私やリーンが全てを守りきれる訳がないから・・・」
女神は覚悟を固めているようでした。
いずれやって来る大戦に備えようとして。
「ねぇグラン?私って・・・非情でしょう?」
女神なら、存在をかけて守ると言うべきなのでしょう。
ですが、理の女神は拒絶したのです。
護るべき者が多過ぎて。護るべき物が多過ぎるから。
「いいやミハル。お前の言うのは尤もなことだ。
全能の神であっても、同じ事を言うだろう」
全ての命を守れる者が居るというのなら。
この世界から戦争はとうに無くなっている筈だったから。
諍いや争いなどは消滅していただろうから。
「そう・・・でもねグラン。
人々は何も知らずに生きていた方が良いのかもしれない。
人ならざる者である私達だけで闘えれば、殲滅の瞬間までは幸せに居られるんだから」
女神は拒絶していたのです。
闇との闘いを。
同じ星に居る者同士、闘っているなど馬鹿げていると思うからです。
「光も闇もなく、今直ぐに新たなる脅威に備えなくてはいけないというのに。
自ら滅びに向かっていると何故分からないのかしらね・・・」
今一度、女神が闇の結界に顔を向けました。
その中にはきっと小春神が居るでしょう。
堕神ルシファーの娘、大天使ミハエルの娘コハルが・・・です。
「あの子はきっと勝つでしょう。
襲い来る魔王にも負けない異能を授かっているのですから」
「姫様に何を期待しているんだミハルは?」
魔獣剣士の問いかけに、理の女神が瞼を閉じました。
「あの子・・・いいえ早春の女神はやがて戦神になるでしょう。
輝と闇を振り撒き、人々に自戒を求める存在へと。
それがコハルちゃんにとって辛い事だろうと、拒絶する者として目覚めねばならないのよ」
魔獣騎士は結界の中に居る少女を想いました。
嘗ての女神と同じ道を歩ませようとするのを、停める事も出来ずに。
「魔獣剣士グランに命じます。
貴男は手を出してはなりません。如何にコハルちゃんが苦しんだとしても。
手を挿しのばしたのなら甘えが産まれるからです。
あの子は・・・耐えねばならないのですから・・・神として」
女神ミハルから命じられたグランは眼を剥きました。
嘗てあれほど優しかったミハルからの言葉とも思えず。
だから・・・もう一度訊いたのです。
「一体1000年間に何があったんだ?
お前をこうまで駆り立てるのは?どうして助けてはならないと言うんだ?」
ですが、理の女神は押し黙ったまま目を見開きました。
その蒼き瞳には何が観えているのでしょうか?
「私は理の女神。私は全てを図る女神。
私は・・・魔鋼世界を観て来た1000年女神」
輝の揺蕩う中。
女神から零れたのは涙ではなく、怨唆の言葉でした。