変える未来 第6話
知っていましたけど。
逃げたって隠れたって無駄だと。
だって・・・月夜の晩に現れたのは・・・
気絶した美晴を置き去りにするのは気が退けましたけど。
大魔王の姫御子に目覚めている<私>が会う訳にも行きません。
もしも、ルナリィ―ン姫の中に宿る方が、審判の女神として目覚めていたのなら大事になってしまうでしょうからね。
下手をすれば、女神の魔力で挑まれてしまうかもしれないのですから。
「そうなる前に、退散しなきゃ!」
慌てて逃げようとした時、輝の姫が飛ぶように向かって来るのがちらりと視界の隅に入ったのです。
「あの速さ・・・もう女神に目覚められているんだ?」
魔法使いの身のこなしとも思えませんでした。
本当に飛んでいるみたいに見えたのです、紅い軍服に身を包まれたルナリィ―ン姫が。
身を隠す場所を探す間も、美晴の事が気にかかります。
逃げた妖が戻って来るのが分っていたからです。
記憶にはルナリィ―ン姫によって、美晴が護られる事も・・・です。
「後は・・・記憶通りになるのかを見届けねばなりませんね」
ですから、完全に離れ去る訳にはいかなかったのです。
「此処に隠れていよう」
木立の中、美晴とルナリィーン姫が見える場所に身を隠しました。
月夜の晩に妖と対峙する二人を見届けるのも、過去に来た私の務めですから。
ルナリーン姫が妖と対峙して、美晴を守りきる・・・
そして魔法の石を授けられる・・・
記憶通りに話が進んでいきます。
「これでほぼ任務は完了しました。後は魔女さんの魂を目覚めさせれば完遂ですね」
守り通したアクァさんに秘められた魂を、闇の力で目覚めさせるだけ。
「ルビナスさんとノエル叔母さんの前で目覚めて貰うのが良いかな?」
ほっと気を抜いてしまいました。
妖の気配も闇に消え、輝の力だけが感じられていましたから。
強大なる輝の力・・・それはやはりルナリィ―ン姫に宿った女神様の表れだと思いました。
昔は姫御子として目覚めてもいませんでしたから解らなかったのです。
覚えているのは美晴の眼を通して観た、麗しい姫の顔くらい。
金髪を靡かせ、蒼き瞳で見下ろして来たルナリィーン姫。
自分が下げていた蒼き魔法石を<美晴>に手渡された・・・<私>にではなく。
それが記憶の中での邂逅です。
今観ているのは光溢れる姫と、闇の異能を放っていない少女。
この日の遅く、<私>は闇に帰る事になる筈です。
ミハエルお母様が連れ去られたと告げられて・・・縫いぐるみだった臣下の皆に護られながら。
二人が何を話しているのかまでは、ここまで聞こえては来ませんが。
大方昔の通り、話されているのだと思います。
「蒼ニャンが宿る筈の宝珠を授けられ、美晴の運命が始ったんだ」
木立の陰からルナリィーン姫が美晴に手渡したのが確認出来ました。
これで姫御子としての役割は、半ば終わったのです。
もう二人を観ているのは辞めても良いので、ルビナスさんの元へ帰る事にしましょう。
音を忍ばせて歩みます。
もう二人からは完全に見えない所まで来たので、警戒を緩めていました。
アクァさんの躰に宿る<私>は、同居する魔女さんの魂に気を取られていました。
「どこで目覚めの術を放てば良いかな?」
つい、気を緩めて闇の異能で魔女さんの魂に語り掛けようとしていました。
それが間違いだったのです。
輝の力が闇の力を感じ取るって事を忘れていたのです。
しかも、離れたとはいえ傍に女神を宿した姫が居るのに・・・
サァッ!
木立が揺れました。
ザンッ!
紅いモノが目の前に降り立ったのです。
しかも・・・白刃を突きつけて。
ミユキお祖母ちゃんの魔法剣<<紅鞘>>を、<私>へと向けているのは。
「ルナリィーン姫?!」
驚くよりも早く、金色の髪が靡きました。
「闇の異能を放つ者よ、その身体から出て来るが良い。
さもなくばこの剣で斬り祓われたいか?」
油断大敵とはこのことを言うのでしょうね。
迂闊にも闇の力を使ってしまった姫御子は、女神を宿す姫に太刀打ちできません。
「言い逃れは出来ないぞ!その瞳に観えるのは闇の力だろう?!」
またまた、大失敗です。
アクァさんの蒼い瞳の色に戻すのも忘れていたようです。
「お前もイシュタルの民の仲間だろう?!ミハルちゃんを狙って来たのだろう!」
続けざまに言われてしまいました。
ですけど、最期の言葉には頷けません。
「違います!確かに闇の力を使えますが、イシュタルの民なんかじゃありません!」
これだけは断言出来ます。
敵の仲間なんかじゃないのだと、妖達の仲間じゃないと。
言い返したアクアさんを見下ろすルナリィーン姫。
紅い瞳に見える姫御子の異能を探っているのでしょうか?
「そう?!確かに黒き影が潜んでいる訳ではなさそうね・・・」
姫の眼が<私>を探っているのが判ります。
このままだと隠しようがなくなってしまいそう。
「ふむ・・・少し。輝が見えるわね?」
えっ?!輝が?姫御子であるコハルの私に?
ドキリとしたのです、ルナリィ―ン姫の言葉に。
「あなたには、秘められた輝を感じられる。闇だけじゃなく輝も持っているみたいね?」
蒼き瞳で見据えられて、私は言葉を失いました。
「私の名を知っている貴女は何者?魔力の話をしても不思議がらない君は誰?」
あああっ!質されちゃいました。嘘を吐いたって事態は悪くなるだけでしょう。
でも、正直に大魔王の姫御子ですなんて、言える筈もありません。
「あのぉ、アクァっていいます」
これは間違いではありません、本当なのですから。
「うん・・・本当は?」
ひぃっ?!やっぱり、見透かされているみたいです。
「ホ、本当にアクァという名なんです。ルナナイト・アクァと言うのです」
本名です、信じてください・・・駄目ですか?
「・・・昔。そう、ずっと昔の話。
あの娘が、私から旅立った訳を知る方の娘を語るのね?」
蒼い瞳をすぅっと細めて<私>を睨んでこられます。
もう蛇に睨まれたカエルさん状態ですよ・・・逃げられません、竦み上がってしまいます。
「語ったのではなくて、本当にルビナスさんの娘なのです!」
「父を<さん>呼ばわりするのか、娘たる者が?」
どひぃっ?!しくじりましたぁ!
もうこうなったら・・・時の魔法を使うより他はないようです!
「その指輪からも闇の異能を感じるぞ?
何か魔法を放とうとする気なら警告しておくからな、逃がしはしないと」
悲ニャァッ?!逃げることも不可能?!
手にした紅鞘の魔法剣を突きつけられて、竦み上がってしまいます。
魔法を使おうとすれば、たちどころに斬り伏せられてしまうようです。
「信じてください女神様。
私には悪意などありませんし、美晴を護りに来ただけなのです!」
「それなら・・・なぜこそこそと観ていただけなのだ?」
ギ悲ニャァッ?!初めから気付かれていたのニャァッ?!
思わず正体が出ちゃいそうになりましたよ・・・黒ニャン状態のコハルが・・・
「お許しください審判の女神様!」
もう何もかもが、わやくちゃです!
混乱してしまった私がつい、ルナリィ―ン姫に宿った方の名を言ってしまったのです。
「なぜ・・・王家の者しか知らない<私>を知っているのだ?」
蒼き瞳に女神様の疑いの眼差しが・・・
「私の秘密を知る闇の者なら・・・見逃す訳にはいかないぞ!」
・・・・もはや、覚悟完了。
「これには深い訳がありまして・・・どうか紅鞘をお納めください」
切っ先を目の前に突き付けられた状態では、落ち着けませんから。
「訳を話したのならな」
シクシク・・・蒼ニャンが太刀打ちできない訳が判った気がします。
「実は、アクァさんに宿った魔女さんの救出にやって来たのです。
今より先の未来から、とある方に命じられて罷り越した次第なのです・・・」
信じては貰えないかも・・・でしたが、本当の話をするしか方法が思いつきません。
「この娘には古の魔女の魂が宿らされているのですが、私の居た未来では失われていたのです」
順々に説く私の言葉に耳を傾けてくださいます。
「そこでルナナイト家に伝わる時の魔法を使い、この場までやってきて妖から護ったのです」
偽りではない事実だけを開陳して、ルナリィ―ン姫の反応を待ちました。
「すると?先程いたイシュタルの民とは別にいたと言うのか?」
「そうです、方割れは地獄へ放り込みました」
・・・しまったですっ?!つい・・・
「地獄へ?ならば貴女は闇の巫女でもあるのだな?」
ど悲ニャァッ?!バレてしまいました!
「あああああっ?!女神様、どうかお許しをぉっ?!」
平伏す私にルナリィ―ン姫がため息を吐かれました。
「もう分かったわよ。貴女が闇の巫女でもあるということは。
それで、魔女の魂を救えた貴女はどうするというの?」
なんとかご理解を得られたみたいです・・・こちらもほっとしました。
「これより闇の術にて目覚めさせようかと。
ルビナスさん達の前で、魔女の魂を復活させようと考えております」
「それはなりません!」
ニャァッ?!なぜにゃ?
またも黒ニャン状態の姿が飛び出そうになります。
止められた女神様に、訳を教えて頂きたくなります。
「あなたに命じたのは誰?
未来の世界では魔法は人々に受け入れられたの?
この世界ではまだ魔法は秘められているのよ?魔女を目覚めさせる訳にはいきません」
・・・そうでした!まだ魔法は消えた事になっていたんでしたね。
「そ、それではどうすれば良いのでしょう?」
やっと訊き返せました。
偉大なる魔法力を感じて、私は女神様の言葉を待ちます。
「貴女は闇の魔法を使える筈ですね?
それでは新たに術をかけるのです、目覚めを後に伸ばすように」
「ほぇ?!目覚めの時を先延ばしにするのですか?」
言われた意味が、理解出来かねます。
「世界に魔法が復活したのだと認識出来た後に。
この娘にも魔法が使えると分った後の時点で、目覚めさせなさい」
・・・は?!
「良いこと?周りの者達が娘を白眼視しないようになる時まで待つの。
魔法が復活したと認識される時まで目覚めを遅らせなさいと命じたのよ」
あ・・・そういうことなのですね!
なるほど、蒼ニャンが心酔する程の気配りです!
私には到底思いつきませんでした。
「御意です!そう執り図りますです!」
平伏せた私に、漸く女神様が頷かれました。
「そうしてあげてね・・・名無しさん」
やっと瞳を緩めて頂けました。
でも、名無しとは・・・
「コハルです・・・私は名無しなんかじゃありませんから」
「・・・あの子と同じ名なのね、仮初めの名前と」
あぎニャぁっ?!うっかり名前を言ってしまいました!!
そうです!闇の者が名前を晒すという事は、異能力を教えたに等しいのです。
「おっ?!お願いですっ、お忘れください!」
「コハル・・・本当は何て名前なの?
本当は・・・コハルじゃないわよね?」
あれ?信じて貰っていないのかにゃ?
審判の女神様は、紅鞘を腰に戻されると訊ね返されました。
「審判の女神と知って尚、本当の姿を晒そうとしないのは?
貴方の中に見えるのは闇だけじゃないわ、輝も観えるのですから」
えっ?!
「いいえ、闇は本当の姿を隠すための物ではないの?
誤魔化そうとしたって審判の女神には隠せないからね・・・」
どうして?誤魔化すなんて想いもしません。
だって、私は大魔王の娘なのですから。
「言いたくないのなら・・・曝け出してあげるわ!」
ど・・・どうして?!どうやって?
後退る私の眼に、審判の女神様が微笑まれました。
微笑まれて・・・
ビシュッンッ!!
目の前が金色に染まります。
「この・・・真実を見定める女神が・・・ね!」
金色に染まる姿に変わられた・・・リーン様に。
理の女神ミハル様から教わっていた、審判の女神様のお姿に成られました。
そうですっ!この方こそが・・・ミハル様の御主人様なのですっ!
まさかの姿。
現れ出でたのは<女神>様だったのです!
記憶の中ではお姿なんて見れなかったのに・・・ですよ?
これで完全に覚悟しなければいけなくなりました。
ええ、この後起きるのはきっと・・・
次回 変える未来 第7話
ごめんなさい蒼ニャン。私・・・コハルはもう・・・(真っ赤っ赤)