変える未来 第4話
闇の者に後れを取ったコハルですが。
なにか秘められた力があったようです。
美晴を操っているのは闇の者である<イシュタルの民>と呼ぶ妖の者。
人間の端くれに位置する魔法使いに、不覚にも魔女さんを奪い去られようとしていたのです。
「くっ?!美晴?」
振り返った私の眼に、紅く染まった瞳を向けて来る美晴が映ります。
まだ、堕神の娘という自覚もない幼き<私>は、操られてしまっているのです。
「グラン君!その子に害する者を排除しなさい!」
慌てて魔獣に命じましたけど、ここが人間界なのを忘れていました。
結界の中なら妖になど、守護を命じられた魔獣が手を下さぬ訳がありません。
如何せん、ここは人間達の世界なのです。
飛び出したくても叶わぬ世界なのでしたから。
それに、直接手に触れていたのなら声も届くでしょうけど、離れている今は聞こえてもいないでしょう。
「しまった!まさか既に手を出されてしまっていたなんて!」
臍を噛むとはこの事でしょうか。
アクァさんの中に秘められていた魔女さんを奪い取られてしまったのですから。
つまり、現実の歴史通りになってしまったのです。
こうやって魔女さんの魂は奪われたのだと気付いたのです。
このままでは何もかもが水泡に帰してしまいます。
「返して!その魂はルナナイト家にとって掛け買いもない人なのよ!」
一度奪い取られた魂を取り戻すには、闇の力が必要です。
聖なる者には魂の転移が出来ませんから、姫御子である私が取り戻さなくてはいけません。
何とかして奪い返さないと・・・
「愚かなり、一度奪ったモノを返す馬鹿がおろうか?」
紅い瞳になった美晴から、悍ましい声が零れ出ます。
そうですね、闇の者がおいそれと返す訳もありませんからね。
強制的に取り返すには、昔の私と対峙しなければいけなくなります。
アクァさんの躰で魔力を放つには限界があるのも判っていました。
美晴の強大なる魔法力を放つ事が出来る相手に対し、こちらはかなり不利だとも思われます。
真面に闘っても、善くて共倒れ。
つまり妖の想う通りになるでしょう。
「闘って奪い返すのは、闇の者が企む通りの結末になる」
だとしたら?どうすれば魔女さんの魂を取り返せるのでしょう?
「こんな事になるなんて。美晴を監視しておくべきだった」
事件が起きる直前まで、ルビナスさんから離れられなかった自分の甘さを悔いました。
「これなら二人揃って迷子になる方法を執るべきだった・・・」
アクァさんに宿る姫御子が、自らの力を出し切れないもどかさに呟いたのです。
「・・・って。待て待て、ちょっと待って?!」
魔女さんの魂を奪い取られただけに留めた妖に、<私>の異能を思い出します。
妖はとんでもない過ちを冒したのに気付きます。
この<私>の異能に気付いていないのを。
「ふっ!その手があったんだ。だったら・・・やり直せれる!」
時間がありません。
急ぎ金色に輝く魔導書を紐解き、書き込みました。
どうすべきなのかという理由と、なすべき事を。
そして<私>として命じたのです。
「時の指輪よ!時間を戻しなさい!」
って・・・ね。
~~~~~~~
時の指輪が発動したみたいです。
金色の魔導書が開かれていますから。
そこに書かれてあるのは・・・
美晴がミユキお祖母ちゃんの手を離して庭の方に歩いて行くのが見えたのです。
いよいよ、決戦の時が来たようなので。
「ルビお父さん、ちょっとトイレに行って来るね」
迷子にならないようにアクァさんの手を握ってくれているルビナスさんには悪いけど。
「ああ、場所は分かるか?」
「ええ、少しばかり離れた場所でしょ?」
王宮のトイレがどこにあるのかなんて知りません。
美晴を追うだけに嘘を吐いたのを、謝りますね。
「此処に戻って来れば良いよね?」
そう言い残して、そそくさと美晴の後を追いかけます。
庭に出た美晴を、速攻で捕まえるのに成功しました。
「美晴さん、ちょっと待って!」
元の自分にそう呼びかけるのは抵抗がありますね。
「あれ?!あなたはさっきの?」
振り向いた美晴の手には、グラン君が抱かれています。
「ええそうよ。私はコ・・・いえ、アクァって言うの」
「?アクァちゃんね。どうかしたの?」
少し躊躇いがちに訊いて来る美晴には、まだ妖は襲い掛かっていないみたいです。
間に合ったみたいですね、魔導書に書かれてある通りならば。
「その縫いぐるみ君、持って来てくれたんだね?」
グラン君には間違いなく魔獣の気配を感じ取れます。
「えっ?あ、うん。置いておくところがないから」
「あ、そういうことね?」
本当はグラン君がコハルに勧めたのを知っています。
姫を護る剣士からの声が、美晴を促したのでしょうから。
「ライオンの縫いぐるみ君を見せてくれないかな?」
何とかしてグラン君とコンタクトを取りたい<私>が、美晴に頼んでみました。
「え?いいけど?」
チャンス到来です!これで妖になんて負けなくなります。
「ありがとう・・・」
何気ないふりを装って、グラン君に話しかけれます。
そっと・・・縫いぐるみに触れました。
振れた瞬間に、魔力を解放して話しかけます。
「「聞こえるグラン君?私は大魔王の姫コハルだよ?
未来からやって来た、本当の姫御子コハルだよ!」」
呼びかけは闇の力を使い、宿る魔獣に届けました。
「「姫?!本当にコハル様?偉大なる堕神ルシファー様の姫御子であられる?」」
「「証拠はね・・・これよ」」
姫御子だけに赦される魂の表示。
魔獣グラン君に大魔王の異能を見せてあげました。
堕神と大魔王を兼ねるルシファーお父様から譲り受けた、姫御子の証というモノを。
紅き輝の中、蒼緑に輝く姫御子の紋章を。
「「まさに・・・姫様だけに与えられる筈の紋章。
このグラン、感激の極み!やはり姫様は目覚められたのですね?!」」
蒼緑に輝く姫御子の紋章に、グラン君は涙を溢します。
「「グラン君、今は悠長に話していられないの。
この後、大変なことが起きようとしているのよ」」
「「なんと?!姫様に大事が?」」
皆迄話す必要はありませんでした。
察してくれたのは臣下髄一の剣士だからでしょうか。
「「そう!美晴に宿っている<昔の私>に。
妖風情が手を出して来るの」」
「「ケシカラン!い、いや。許すまじ暴挙です!」」
瞬間湯沸かし器なのは昔から変わらないみたいです。
怒るグラン君を宥めるのは後回しにして、要件を伝えておくことにしました。
「「直接私が滅ぼしてみるから、グラン君の剣を貸して欲しいの。
今の憑代ではお父様の剣を取り出せないから、魔獣剣を借りたいのよ」」
「「お安い御用です姫君」」
背に背負った魔獣剣を差し出してくれるグラン君。
「「如意に使われよ。但し光ある者に対しては無効とだけ覚えられよ」」
「「うん、分かっているから」」
差し出された剣を掴み、魔法で手の中に収めると。
「「グラン君は、もしもの時に備えて美晴を護っておいてね?」」
「「某も、暴れたかったです姫君」」
怒りが収まらないグラン君が、少々物足りなさそうに溢してます。
「「あはは・・・昔も私の居る未来も変わりなくて良かったわ。
姫御子最高の臣下、最強の剣士グラン君だよ、君は」」
微笑んだ<私>に、グラン君は眼をパチクリ瞬かせて頬を染めました。
「「それじゃあグラン君、美晴を頼むわね?」」
「「姫君もお気をつけられよ。いざとなればこのグランが一命に代えて!」」
勇み立つグラン君に苦笑いして、こう諭しました。
「「魔獣の魂を代償にする程、姫御子は落ちぶれちゃいないわよ?」」
「「失言を取り消します。姫君の御為ならば、この身を捧げんと欲したまでの事とご理解下され」」
グラン君はいつも通りでした。
臣下髄一のお友達・・・とても頼りになる剣士さんですから。
手に入れた魔獣剣を納めて、縫いぐるみから手を離すと。
「美晴さん。少しばかり怖いかもしれないけど我慢してね」
直ぐ近くにまで来ている闇の気配を感じ取れました。
「闇の者に遭うのは初めてだろうけど、しっかり覚えておいてね?」
「えっ?!」
美晴の中に居る幼い自分に、警告ともとれる声を掛けます。
月夜に現れる怪異を感じ取り、<姫御子>として立ち阻む覚悟です。
奪われるようとする魂と、何も知らなかった過去の自分を護る為。
「観ておいてね美晴・・・いいえ、始まりの姫御子!
これが貴女に課せられる運命の始まりだって闘いを!」
現れ出でたのは月を背にしている澱んだ陰・・・だけじゃない。
「隠れたって無駄よ!既に企みは潰えたからね!」
背後の城壁に忍んでいた妖にも言ってやりました。
月夜に浮かぶ影を囮に、美晴を操ろうとしていた妖が分っていたから。
二つの陰に対し、姫御子が対峙したのです。
やはり・・・アクァの魔法が役に立ったようです。
どうやら未来を変えれるみたい・・・
でも、本当に過去は書き換えられたのでしょうか?
変える未来 第5話
やっぱり・・・あの方が?畏れ多くも審判の女神様が?!