変える未来 第1話
大魔王の姫御子として過去に戻ったのです。
目的はアクァさんの願いを聴き遂げる為。
ー消えてしまう魔女さんの魂を取り留めるー
若しくは、救出するのが私に与えられた任務。
過去のフェアリアにまで戻って来た私は、その時を待っていたのです。
時の魔法を放った本人、アクァさんにも知らせずに。
魔女の魂は、まだ目覚めの時を迎えてはいませんでした。
アクァさんの魔力が解放されていないからなのかもしれません。
この時点でのアクァさんは、自分の中に魔力が秘められているのにも気づいてはいないようです。
時の指輪を授けられただけで、まだ使い方も教わってはいないみたいです。
ですから、魔女さんに掛けられた魔法も発動しないみたいなのです。
「蒼ニャンが人間だった時・・・いいえ。
シマダ・ミハルという<光と闇を抱く者>が、施した術は失敗していた訳じゃない」
唯、魔法が動き始めるきっかけが足りないだけだと思われるのです。
「いつ魔女さんが目覚めるのか。どうして連れ去られるのでしょう?」
疑問は多いけど私が干渉して良い訳がないのですから、時が満ちるのを待ちました。
魔女さんの魂に何が起きるのかと。
いつどうして消えてしまうのかと。
「でも・・・少しくらい過去のみんなに逢いに行きたいな」
過去のフェアリアには<私>が居る筈ですから。
懐かしい皆さんに、一目だけでも逢いたく想うのはいけない事なのでしょうか?
「近くに行っても、声も届かないんだけどね」
アクァさんに仮住まいを決め込んでいる姫御子の私を、認識出来ないにしても・・・です。
でも・・・それでもです。
「過去の私になら見えるかも知れないから・・・聞こえるかもしれないから」
ミハルの躰に宿っている当時の私になら、声くらいは届けられるかもしれないと思いました。
「もしも話しかけれるのなら、お母様の危急を告げておきたかったなぁ」
もしも過去の自分に教えることで未来を変えれるのなら。
「もしもアクァさんの魔法を私が使えるのなら・・・どうなっちゃうんだろう?」
大魔王級の魔力を持ち、時間を遡れたのなら?
「この世界の根源を変えてしまう事にはならないのかな?」
生まれる前に遡り、幸せな未来を造れたら・・・
でも、気が付いたのです。時の指輪にも限界がある事に・・・
「アクァさんがこれ以上前の時限に遡れなかった訳は、最初に指輪を填めた時までしか戻れないから」
時の指輪に因る時間旅行は、限界があるのが判りました。
持ち主であるルナナイト家の継承者だけが放てるというのも判りました。
大魔王の姫御子である私が宿ろうと、魔法は使えなかったからです。
「限定された人々だけに与えられた魔法・・・か」
時を司れるのは継承者のみ。
例え蒼ニャンだって同じだったでしょう。
1000年もの時をかけて戻られたのは、時を司れなかった証しなのです。
「過去に戻れるだけで未来へはいけないし、その過去も指輪の持ち主が居た時限にしか戻れない。
かなり限定的な使い道しか出来ないという訳ね」
いきなり数百年前に戻るのは無理。
指輪を受け継いだ持ち主一代限りの限定的範囲でしか、使う事が出来ないみたいです。
・・・それに。
「蒼ニャンが1000年もの時代を遡らされても、世界を変えられなかったんだから」
世界はあまりに大きいという事なのでしょう。
この世界を変えられるとは思いませんが、助けたい人を救えるのではないかと。
・・・そう考えてしまったのです。
魔女さんをアクァさんの中から失わずに済ます。
ミハエルお母様を闇から護る・・・
言葉にすれば簡単そうですが、あまりにも漠然とし過ぎなのです。
先ず魔女さんですけど、アクァさんが魔法に目覚めたら起きるのかという問題点。
無理やりアクァさんに魔法を使わせる手もありますが、もしも間違いであったら取り返しがつかない恐れもあります。次にミハエルお母様の危急を告げると言いましたけど、ミハルに宿っている自分に会う事に因るタイムパラドックスが、どのような結末を産むのか心配です。
もしかすると、時間の概念が崩れ去りブラックホールの様に飲み込まれてしまう虞があるのです。
世界の終焉を呼んでしまう・・・でも、やってみないと判りません。
なるべくなら、この世界に起きる事象に関与せずに済ませれば良いかと思いました。
ですから・・・待つ事にしたのです。
時が満ちるのを。
あの日が、もう間も無く訪れようとしていたからもありますけどね。
記憶に居る<私>が、初めて闇の者に襲われた日が・・・です。
フェアリア王女ルナリィーン姫が、内外の者へ公式にお披露目された晩餐の儀。
日ノ本武官である島田真盛三佐も家族共々参内した、月夜の晩を思い出していたのです。
「明日・・・宮殿でルナリィーン姫と出逢う事になるんだ」
カレンダーに目を向けて、その日が来たのを確認しました。
<私>にとって、その日の意味はとてつもない変化の始りを指していたのです。
<イシュタルの民>との邂逅は、それまでの平穏を崩すに足るものだったからです。
あの当時の<私>には、みんなを護れるだけの力はありませんでした。
襲いきた闇の者に対抗できるだけの力も気力もなかったのです。
<私>を案じたルシファーお父様に送り込まれた臣下達からも、結界の中に隠れるよう勧められたのですから。
一番のお気に入りだったライオンの縫いぐるみ、魔獣グランからもそうする方が皆の為になると諭されたのですから・・・
まだ大魔王の姫御子という自分に目覚めてもいなかった<私>には、大切な人達に迷惑が掛かるのを懼れる気持ちが勝っていました。
本当はずっとマモル君の娘でありたかった。ルマままやミユキお祖母ちゃんと一緒に暮らしたかった。
でも、闇の者から告げられた脅し文句が<私>の運命を決めたのです。
・・・ミハエルお母様の様に闇に連れ去られるのを防がなければ・・・
<私>がこのまま島田家に居たのなら、闇の者達がいつ襲って来るかも知れなかったのです。
泣く泣く<私>は、臣下達の勧めに応じました。
別れの時、<私>は二度と帰れないと諦めてしまっていました。
<私>をコハルと呼んでくれていた皆さんの顔を、二度と観ることは叶わないとばかりに。
ですけど・・・ミハルに出逢えて。
憑代だったミハルにもう一度出逢えて・・・
こうして私は帰って来れたのです。
それというのも、蒼ニャンが復活されたからでもありましたけどね。
理の女神・・・ミハル様が、今の私に希望を与えようとしてくれているが判るのです。
今回の魔女さん救出作戦だって、本当は蒼ニャン自身が手を挿し伸ばしても良かった筈です。
審判の女神であるリーン様に、逢う事だって出来た筈なのに・・・ですよ?
自身の願いを押し殺してまで、<私>を送り込まれた訳は?
「きっと・・・私に覚醒を促されたのだと思うのです」
大魔王の姫御子である<私>が為すべき事を、女神様は知られているんだと思うのです。
コハルが覚醒した暁にある、本当の姿というものを。
自ら覚醒するようにと促されているのだと、今迄の経緯から感じ取れます。
言葉にしてはおられませんけど、蒼ニャンは心の底から私を想ってくださっている筈です。
そうでなければ、大魔王の姫御子を女神様が傍に置くなんて、有り得ないのですから。
「きっと・・・理の女神様は、導こうとしてくださっているんだ」
過去で起きた事を観る意味があるから、私は此処に来たのだと考えています。
「必ず変えられる筈なんだ、自分を。きっと変えられるんだ未来を」
過去を変えれば、希望も替えられる筈でしょうから。
アクァさんに宿る<姫御子>は、月夜の晩を待っているのでした。
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「ミハル・・・良いのか?」
結界の中で剣士姿のグランが、佇む女神に訊ねた。
「あら?女神だって闇の中には入れるわよ?」
ずっと遠くの彼方を観ている理の女神が、
「こうでもしないと、あなた達に話しかけれないから」
魔獣達に振り向くのだった。
大魔王の姫御子が形成した結界が未だに崩れ去っていない。
それは過去へと向かったコハルが、完全には消えていない証でもある。
「此処に居れば、コハルちゃんが無事なのかが判るからね」
微笑む女神ミハルに、グランが一歩進み出て訊き直した。
「そうじゃない。ミハルも過去に戻れば良かったのではないかと言ったのだ」
「そうね・・・そうすべきだったのかもしれないね」
問い掛けに応えたミハルが、再び遠くに顔を向け直す。
「なにか・・・思惑があるようだな?」
「そう、今はあの娘が目覚めるのを待つしかないの」
女神ミハルは背中でグランに応える。
「グラン達にも戻って貰わないといけないのよ。
闇なんかじゃなく、ルシちゃんが与えた本当の姿にね・・・」
女神が、蒼の魔法衣を靡かせて話し出すのは。
「小春神は、神格に目覚めなきゃいけない。
今のまま大魔王の姫御子であり続けてはいけないのは、グラン達だって知っているでしょう?」
蒼き瞳で遠い過去を見詰める女神から、告げられたのは姫御子の終焉。
「それはそうだがな、ミハル。
姫様はまだ生み出されて僅かに十数年なのだぞ。
闇の事も詳しくは教わられていないし、まして女神たる者としての自覚など・・・」
「でもねグラン。新たな敵は待ってなどくれやしないわよ」
背中で応えられたグランは、言葉を飲み込まざるを得なくなる。
「私は、この1000年周期で観て来たわ。
人類へどんなに闘いが愚かだと警告しても、辞めずに産み出した・・・罪。
戦争という罪過を繰り返す人類に、月の民が愛想を尽かすのは仕方が無いのよ」
理の女神はため息を吐くと。
「新たなる敵は、終末兵器を再稼働させるだけに留まらない。
今度こそ完璧なる殲滅を狙って来ているのよ・・・月の民達がね」
新たなる脅威を警告し、
「だから終末戦争が起きる前に、希望を目覚めさせなければならないのよ?
闇の者達が望むのなら、終末戦争の前にカタを着けなければならないのよ。
輝と闇の闘いを終わらせなくてはいけないの!」
小春神の覚醒を優先した訳を、魔獣達にも知らせるのだった。
一度は殲滅を逃れた世界に、再び闇の時代が迫ろうとしていた。
人類自らが招いてしまった殲滅の危機に、理の女神が警鐘を鳴らしていた・・・
小春神を目覚めさせ、グラン達を取り戻して闇との闘いに勝利を目指す。
全ては来るべき決戦の為。
1000年女神は新たなる戦いを予告していた。
策動したのは理の女神。
コハルを過去のフェアリアに遣わした意味。
それはやがて起きる災禍の予告でもあったのです。
アクァに宿り、時を待つコハル。
そして再び相まみえるのは?
次回 変える未来 第2話
月夜の晩、始まりの夜。再び逢えるのは・・・誰?