時を手繰る少女 第2話
眠り着いた筈のミハルでしたが。
何やら蠢いているようです?
二階の自室に寝かし直したミハルが起きて来た。
辺りを伺うように、足音を忍ばせて階段を下りてリビングに入って来る。
寝巻代わりの薄緑色のロングニットを着た姿で、紅いリボンと蒼き宝珠を外したまま。
常夜灯の暗がりの中、気配を殺してリビングの戸棚を開けると。
「あった!お母様の手紙だ」
左目を紅く光らせるミハルが、ミハエルからの手紙を手に取った・・・
そうです。
このミハルはコハルの憑代だったのです。
「爺、これを持って帰りましょう」
辺りの闇に向けて話しかけるコハルは、誰にも観られていないものとばかり踏んでいたのでしたが。
薄暗闇の中、リビングの机にはウイスキーの瓶とグラスが載っていました。
ミハルが二階に上がった後、マモルは独りで呑んでいたみたいです。
そして、ミハルが寝ていた同じソファーには。
むくり・・・
「あっ?!」
思わず声が出てしまうコハル。
誰もいないと思い込んでいたのは、姫御子として大失態。
人間ミハルに宿っていたから気配を感じられなかったのでしょう。
いや、それとも敵意を放たぬ者だったからでしょうか。
「ミハル?!どうかしたのかい」
起きたマモルに問われると、咄嗟にミハエルお母さんの手紙を隠してしまうのでした。
「あ、うん。ちょっと喉が渇いたから」
慌てて戸棚にあるマグカップを取り出す素振りを見せるのですが。
「そうかい?じゃあ、これを呑んでみるかい?」
コハルが振り向くとマモルが机の上にあったグラスを差し出して来たのです。
それは呑みかけの水割り。
未成年者にはご法度な飲酒・・・に、なるというのにです。
「え?あ、うん・・・ありがと」
差し出されたグラスを、戸惑いながらも受け取ったコハル。
アルコールというモノを知らない大魔王の姫御子コハルだから、マモルから手渡された飲み物を疑いもなく手にしたのです。
「・・・変な匂い・・・」
口元に近付けたコハルのお酒に対する感想は、ミハルでは無いのを教えてしまっていました。
「でも、マモル君が手渡してくれたんだから・・・」
好意を抱いている男に渡された飲み物なんだからと、コハルがグラスに口を着けようとした時です。
「もしかしてコハルなんじゃないのかい?」
ビックンッ!!
グラスに唇が触れる瞬間、マモルが自分の名を呼んだのに手が停まりました。
「ど、どうして・・・昔の渾名で呼ぶのかな、マモル君は?」
動揺を隠せず、コハルはグラスを口元から話して聞き咎めました。
「・・・コハルなんだろ?隠そうったって無駄だよ?」
「な、何を言うのよマモル君は。ミ、ミハルだよ私は?!」
ああ・・・コハル残念。
ミハルは自分を<アタシ>と呼んでいるのですよ?
「うん、ミハルじゃないな。
僕の娘はね、まだ中学二年生のお嬢ちゃんなんだよ?
コハルみたいに流し目を向けて来ないんだから、紅い瞳ではね?」
?!
「あ・・・しまった?!」
マモルに向けていた左目を覆い隠したのが、完全に致命的失敗です。
「やっぱり・・・でも、どうしてこんな夜中に帰って来たんだい?
ルマやミユキ母さんに逢ってあげればいいじゃないか?」
「あ・・・そ、そうだねー」
もう、隠し通せないと諦めたコハルが苦笑いを浮かべました。
マモルの横に座ったコハルが、ミハエルの手紙を前にして話し始めたのです。
「マモル君はミハエルお母様が闇に連れ去られた事件を覚えている?
フェアリアでリィーン王女に謁見したのも、それを教える為だったよね?」
「そうか・・・コハルは覚えていたんだね。
僕が内密にユーリ様に知らせたのも気が付いていたんだね?」
嘗てシマダ一家がフェアリアに住んでいた折の事でした。
フェアリア王室に帰郷の挨拶に出向いた時、マモルはカスター王に事情を説明に参内したのでした。
マコトと共に、事態の切迫化を知らせるべく。
「その日はマモル君とマコトお爺ちゃんが同席していなかったから、きっと何かがあるんだろうなと思っていたんだよ。
それに初めて闇のモノが私に襲い掛かって来たから・・・お母様に何かが起きたんじゃないかと思ったから調べたの」
思い出すのは幼き日の事。
大魔王の姫御子と位置付けられる前の話。
「そうか・・・知られちゃっていたとは思わなかったよ。
随分可哀想な事をしてしまったんだねコハルに」
謝るマモルに首を振って応えたコハルが、訊き直しました。
「謝らなくて良いよマモル君。
だってそうしたのは私を想ってくれたからでしょ?
ルマおかあさんにだって、私が消えてから教えたんじゃなかったの?」
「・・・コハルには隠せないな、その通りだよ」
薄く笑うマモルに対し、コハルはそっと手を載せて微笑み返しました。
「ミハエルお母様はね、この手紙で教えてくれてるの。
人類に再び危機が訪れようとしているのを。
私だけじゃなくて、全ての人々に警告しているのよ?」
「そうなんだねコハル。
僕等には何も映らないし、聞こえないんだけど。
ミハエルさんは何て警告してくれているんだい?」
マモルは魔法の手紙に、何が記されているのかとコハルに訊ねました。
「ミハエルお母様はね、こう言ってるの。
<小春神は目覚め、光と闇を受け継ぎ、人の子と共に世界を救ってみせて。
再び現れ出る闇に打ち勝つには神も悪魔も人も、全ての力を結集しなければいけないのよ>
・・・って教えてくれているんだよ」
姫御子コハルには懐かしい母の姿と声が届いていました。
取りに帰って来れた嬉しさが、しみじみと心を慰めていたのです。
「やはりそうなんだね。
フェアリアの巡洋艦に積まれていた<再起動>キィーが奪われたのも、関係していると思ったんだ。
新たな敵は世界を再び闇に向かわせようと試みているんだね」
目の前にある元大天使ミハエルから贈られた最期の手紙。
常人には唯の手紙としか見えない魔法の手紙には、闇の魔術が施されていたから、女神の力でも内容までは分からなかった。
でも、大魔王の姫御子でもあるコハルには、読み取れたようです。
「ミハエルさんはこの時、既に闇の力に手を染めていたのが分かったよ。
輝の力では読めなくても、コハルには読めるようにしておいたんだね」
「お父様や私に託す為に・・・そうされたんだと思う」
少し前にコハルが言ったのを思い出してください。
ミハルに向けて言っていたことを。
姫御子コハルはミハルと対峙しなければいけないと言っていましたね。
どちらかが勝って、二つの力を手にしなければいけないのだと。
光と闇を抱く者にならねばならないと、言っていましたよね?
そして闇の中でコハルの元に現れた闇のルシファーも言いました。
<<目覚めの時はもう間も無くやって来る>>・・・と。
それではコハルは何に目覚めれば良いのでしょう?
既に闇の力を手にし、輝の力にも手が届きそうになっていたのです。
そう・・・ミハルをこのまま飲み込んでしまえば。
「お母様は何に目覚めろって言ってるんだろう?」
手紙に写される母の姿を観て、コハルは再び疑問が湧いて来るのでした。
「私は一体何に目覚めれば良いんだろう?」
憑代であるミハルは輝。
自分は大魔王の姫御子である闇。
今はもう既に闇の力を行使できるようにまでなった。
だとすれば魔王にでも成れと?
魔王になって人と共存できるのかどうか?
答えはそんな単純なことではないように思えました。
「コハルはね、まだ本当の姿に為れていないんじゃないかな?」
不意にマモルが問いかけて来たのです。
「ミハエルさんが求める覚醒は、僕の娘から生み出されるものじゃないと思うんだ」
「この娘と向かい合うだけじゃ目覚められないの?」
もう一人の自分に等しいミハルという人間から、生み出されるわけではないのかと訊いてみたら。
「僕はそう思うんだよコハル。
君の中に眠っている本当の自分に気が付いた時に、覚醒が始るんだと思っているんだ」
「私の中に眠る自分?」
闇の姫御子であるコハルの中に、一体何が潜んでいるのでしょう?
父であるルシファーの様に、もう一つの姿があるのでしょうか?
「そう・・・僕はコハルが闇から抜け出す時が来ると信じているんだよ?
ずっと昔は僕達の元で暮らして来れたじゃないか?」
幼き時、シマダ家の娘として生きていたのだから・・・マモルは載せられた手を取り直して言いました。
「本当の娘として。僕達のコハルとして育って来たじゃないか。
あの当時、コハルは人としても生きて来たんだよ?
だったら光も闇も手にして来たんじゃないのかい?」
「・・・マモル君?」
マモルの黒い瞳を見上げるコハルは、幼き時を思い出しました。
ー マモル君に初めて出逢えたのは、お母様の光でミハルに宿った時。
自我が出来て目を覚ました時に、初めて抱き上げられたのを覚えているわ。
慈愛の籠ったこの瞳で見詰められたのも、私の事をコハルと呼んでくれたのも。
そして・・・心のどこかでマモル君を好きになっていたのも覚えてる・・・
「コハルはね、ミハルとは違うんだよ。
生み出された時からずっと試練に向き合って来た。
それは人ならざる者として。それは僕達とは別の<運命の子>としてね」
姉を女神に抱くマモルからの言葉は、コハルの胸に残りました。
自分は憑代ミハルではないのだと。
姫御子としての運命は、人間の娘ミハルとは違うのだと。
「私は・・・どんな運命に立ち向かえば良いの?」
擦れる声でマモルに訊いてみると。
「そうだね・・・昔ある娘が言っていた言葉を教えてあげるよ。
その人はね<諦めちゃいけないんだよ>って、口癖のように言ってたんだ」
コハルの紅い瞳を見ながら、とある女神になった娘の言葉を紡ぐのでした。
「どんなに辛くても、どんな逆境になったとしても。
自分が追い求めることを諦めないで欲しいんだってね、紅いリボンの娘が言ってたんだ」
「・・・そうなんだ」
言葉の中に居る人を感じ取ったコハルが、頷いて微笑んだのです。
「コハルは強くなりたいかい?
もっともっと、強くなりたいと思わないかい?」
「なりたいよ強く。マモル君やルマお母さんみたいに!」
握り返された手を手繰り寄せて、コハルがマモルの懐に跳び付きました。
「マモル君みたいに。お父さんみたいになりたい!
大事な人を護れるくらいに!思いを告げれるくらいに!
蒼ニャンみたいに、誰かを護れるくらいに強くなりたいよ!」
・・・蒼ニャンって。そこは理の女神って言って欲しかったなぁ。
「大丈夫。コハルはきっと強くなれるからね。
この世界を救えるくらいに強くなれるから、諦めなければね」
胸に飛び込んで来たコハルの髪を、マモルはそっと撫でてやるのでした。
コハルは素直で善い子なのです。
一方のミハルと言えば?
マモル君に云い募るようですね、お人形が欲しいと!
次回 時を手繰る少女 第3話
これこそが人間ですねミハルさん。欲望に素直なのはイイコトです?!