魔鋼の魔女っ子 Act1
世界中が戦争に飽き、人々は平和を享受出来るものだと信じていた。
悪魔の機械が滅んでから数年後。
各国は互いに協力し合い復興を目指していた。
戦前から同盟関係にあったフェアリアと日の本。
空を自由に飛ぶ事が出来るようになったこともあり、
飛行機の発展にあわせて両国間の往来も行い易くなっていた。
それは海運業界に於いても、同じと云えた。
海外からの輸入に頼る日の本には、海運業で発展を遂げるのは当たり前とも言えた。
対外貿易に於いて先んじていた日の本に教えを乞う為、
フェアリアからも貿易船が遥々訪れる事も多くなった。
その他に、航空では運べない重量物を取引するのには、やはり船が一番の輸送手段であり、
港湾施設やコンテナ輸送技術を学ぶ学生達が各国から派遣されて来ても居た。
遠路遥々訪れる船の中には、親善訪問を目的とした艦船も姿を観る事がある。
都から西にある呉。
戦時は軍港として名高かった此処には、他国から派遣されて来た艦船を係留させるドックもある。
遠路はるばる訪れた艦船の整備や補給を担う港湾として、今は存在していたのだが。
「フェアリアの巡洋艦が遭難してから、早6年が過ぎたのね・・・」
傍らに傅く人に話しかける。
「ええ、もう。遭難したのは確実ですけど。沈没したとも思えませんが」
着物を纏った貴婦人に答えるのは、紅い袴を履いた麗人。
「どこまで探しても?この内海で連絡を絶ったのでしょう?」
海を見詰める貴婦人が真実を求める。
呉の沖合から忽然と姿を消し、連絡を絶ったフェアリア巡洋艦。
本国に還ったとも、どこか別の国に向かったとも連絡は受けていない。
「何らかの理由で沈没したのなら、ソナーに反応がある筈ですが。
なんら形跡を残してはおりません、全く持って消滅したとしか・・・」
紅いリボンで括った黒髪が揺れる。
「そうねミユキ。
昔ならイザ知らず。現代では神隠しなんて事は起きない筈だから」
着物の貴婦人が海が見下ろせる、元海軍工廠の屋上で傍に控える巫女へ答えた。
「蒼乃殿下、この一件・・・マコトに託されたのですね?」
海を見下ろす三輪の宮蒼乃王殿下に傅くミユキが問い質す。
「そう・・・この事件が発端となりそうな気がするの。
また・・・悪魔が世界を壊そうと目論んでいる気がするのよミユキ」
振り向いた老齢の貴婦人がミユキに答える。
「マコトだけじゃないわ。マモルも、その妻にもよ。
でも、今度ばかりは復活を停めれないかもしれない・・・悪魔達の陰謀を」
悲し気に応える蒼乃殿下に、傅いていたミユキが傍に寄ると。
「ええ、私もそうならざるを得ないと感じております。
今迄の様に奴等が、影の存在として甘んじているとも思えません。
やがて、闇は現世に蘇る機会を伺い、手にする事でしょう。
そして、その時は近いと・・・思われます」
自分達が引き摺っている後悔の想い。
自分達の手では覆す事が出来なかった運命に、今は抗う術さえも奪われた。
「そう・・・ミユキ。
あの子が現世に戻る日も近いという事ね?」
蒼乃がふっと息を吐く。
言葉に秘められたのはミユキの望みが叶う時、この世界にまた闇の時代が訪れる・・・
相反した想いにミユキはどう感じているのだろうと想ったから。
「蒼乃、あの子は帰る日を夢見ているの。
でも、闘う為に還るのではなく、想い人と幸せを掴む為になのよ?」
返された言葉に頷いた蒼乃が、
「そう・・・あの子が今を生きていれば。
もう三十路・・・道理で私達もお婆ちゃんになった訳ね?」
ふふふっと微笑む蒼乃に、
「そうね・・・まだまだ若い子に負けるつもりはないけどね」
五十路となるが、いささかの衰えも感じてはいないのだが。
寄る年波にはどうする術も無いと、笑い合うしかなかった。
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午後も滞りなく授業が済んだ。
ホームルームを終えた太井先生が明日の授業は午前だけだと告げて解散となる。
「そっか、明日は土曜だった!」
コハルが完全に曜日感覚欠如の一言を叫ぶと。
「あんなぁ。天然にも程があるで?」
呆れた声が後ろの席から返って来る。
「なははぁっ、それを言われると・・・褒めてる?」
コハルはどうやら天然の意味を履き違えているようだ。
もう、慣れっこになりつつあるが、マリアはコハルの保護者として言い含めなければならない。
「ええか、コハル!天然というのはなぁ・・・」
「天然でお花畑!きっと頭の中は綺麗なんだよね?!」
ガクッと肩の力が抜けたマリアが、もういいと手を挙げて停めた。
女神が降臨してから半月。
怪異はあれから現れず、時は何事もなく過ぎて行った。
段々とマリアの明るさに周りの者も話しかけるようになり、
マリアといつも一緒に居るコハルにも話題が振られてくるようにもなった。
太井女史もクラスが一段と結束した事を褒め、共に過ごす大切さを説くようにもなった。
マリアという女の子が放つ魅力。
誰彼も無く接する態度、明るく笑う声に皆が馴染んで行った。
「凄いなマリアは!運動神経抜群だよね!」
自分が苦手な鉄棒でも、手ほどきしてくれる。
「足が速いなぁ!間違いなくリレー選手だよな!」
足の速さでは誰も追いつく事も出来なかったし、上級生からも一目置かれている。
「でも、マリアってば、可愛い処もあるんだよ?!」
誰よりも凄い子・・・なのに。
可愛い処がある?どこに?
季節は梅雨・・・紫陽花が咲く頃。
「ひいいぃっ?!アカンっそんなん近寄らせんといてぇなぁ!」
傘をさして公園のアジサイ園を観ていたコハルに狼狽える声が。
男子がカタツムリを手に、マリアを追いかけている。
そう。
マリアにはカタツムリとかナメクジが恐怖を醸し出す存在だったらしいのだ。
「なにやってんのよ!男子!!」
コハル以外のクラス女史が一斉にマリアを庇う。
「カタツムリが怖いなんて・・・可愛ぃぃいっ!」
マリアは友達として認められた。
編入してきて僅かひと月も経たずに。
クラスの人気者・・・明るく訛りを大きな声で話す元気者マリアを皆が友達と認めた。
「でもな、ウチはコハルの事が好きなんや!
コハルを虐めるんやったらウチが黙ってへん!」
マリアはコハルが親友だから、とは言わない。
好きだから・・・そう言い除けた。
「将来、ウチはコハルと結婚するんや!」
好きにも程があるぞ・・・と、周りの者が想うが。
「結婚っていうても、書類上の結婚やない!
ウチの心をコハルに差し出すんや、それがウチの言う結婚なんや!」
周りの者に公然と言い放つマリアに、皆が驚いたような目で見詰める。
そんな事は全く気にしないマリアは、コハルを護るのは自分の定めだとも言っていた。
「はははっ、マリアってば・・・」
コハルは戸惑う時もあったが、とても心強く嬉しかった。
梅雨のじめじめした夕暮れ、いつもと同じ帰宅風景。
連れ立って帰るのはマリア。
「ねぇ、明日もしお昼から晴れたら、原っぱに行かない?」
クラスメートが二人を誘って来る。
「え?原っぱ?」
休耕地といえば聞こえが良いのだが、その原っぱは元はと云えば戦争で焼け野原になった場所。
持ち主も名乗り出て来ない畑の後。
「そうそう!この時期になるとね、琵琶が取り放題なんだよ?」
元々の持ち主が居ないから、木々や畑だった場所には作物が残っていた。
味はどうだか分からないが、琵琶の甘い果汁を思い出して。
「そっかぁ、琵琶・・・美味しいよね?」
どうしようか迷うコハルが保護者でもあるマリアを観ると。
「なんだよコハル、行きたかったら行って良いんやで?」
苦笑いするマリアだったが、同意してくれたと喜んだ。
「じゃぁ、二人で行くよ!」
友達に行くと答えて、また明日にと手を振り別れた。
「そっかぁ、もう琵琶が食べれる時期になったんだぁ」
一年前にはフェアリアで食べていた。
しかも夏場に。
日の本とフェアリアでは季節のずれがある。
当然食物にも、季節感のずれが生じる。
「それに、日の本の琵琶の方が大きくて甘いんだって!」
還る道すがら、コハルは話しかける。
「コハルは去年までフェアリアに居たって言うてたもんなぁ。
日の本で6年前から暮らすウチより短いんやなぁ、こっちでの生活は」
「そう。だからかな?とんでもなく方向音痴なんだ・・・住んでる家も判んなくなるくらい」
はははと、苦笑いを返すコハル。
返された言葉に首を捻りマリアが言い返す。
「いや、方向音痴は関係が無いと・・・家が分からなくなる?」
還る方向が・・・ならば分るのだが。
「方角じゃなくって家が分からなくなる?
どっかの泥酔親爺じゃあるまいし。そんな記憶崩壊が起きるんか?」
まさか、コハルは健忘症?
疑いの眼差しで観たマリアに。
「う・・・そうなの。忘れちゃうと言うか。
突然記憶が混乱しちゃって、見もしない家が観えるんだ。
ここは自分の家じゃないって思えて・・・
でも、そこが家なんだっていう、もう一人のアタシが居るの」
記憶の混乱が時々起こると言うのか。
それはいつからの事なのか・・・訳を知りたいと思ったミリアが。
「コハルが帰宅困難者に?いや違う、記憶混乱者に?
それはいつからの事なんや、つい最近の事なんか?」
マリアはネックレスを覗き込んで訊いた。
女神の記憶が混乱を招いているのかと。
だが、意に反するようにコハルが答えたのは。
「ううん、ちっちゃな時からだよ?
このネックレスが気になるの?これを貰った時からじゃないよ?
貰う前・・・もっと昔から・・・ずっと昔からなの」
困ったように教えて来るコハルに、考えが纏まらなくなる。
「コハルはちっちゃな時から方向音痴・・・
しかも記憶が混乱してしまう位の?」
「うっ・・・そう言われてしまえばそうなんだけど・・・」
困りついでに焦ってしまう。
「だけどね、その時に限って闇が来るの。
記憶が混乱したり、観えもしない物が観えた時に限って・・・化け物が襲って来るんだよ?」
「観えもしない物?なんや、それは?」
コハルの話にツッコミを入れる。
訊かれたコハルはちょっと考えてから言った。
「うーんとね、紫色に光る石を誰かが壊す瞬間に。
・・・マモル君が浴びた紫色の粒がアタシに入って来る・・・アタシの身体に」
思い出す様にコハルが呟いた。
「馬・・・鹿な。こんな事って・・・」
呟いてしまったコハルが何かに憑りつかれたかのように口元を歪めたのを、マリアは気付かなかった。
「コハル・・・コハルがやて?!コハルが・・・ファーストな訳があらへんやろ?!」
絶句・・・探し求めていた闇のプリンセスが・・・目の前に居る。
しかも女神を宿した魔法石のネックレスを下げた状態で。
「信じられへん!信じとうないわコハル!」
闇の呪いは弟に宿っていたのか。
その呪いは娘に引き継がれたと言うのか?
「コハルがファースト・サタンな訳がない!
コハルを調べたってお父はんは帰ってこぉーへんやんか!」
コハルをどう突いたって父の情報は掴む事が出来ない。
その筈だった・・・
「コハル、お前は一体何者なんや?
女神を宿すコハルは一体?」
両肩を掴んで訊き募る。
ネックレスを下げた少女に叫んでいた。
「教えてくれ!アンタは・・・コハルを助ける為に来たのと違うんか?
コハルを闇から救う為に宿ったんと違うんか、女神?!」
世界は変わった筈だったのに。
世界に魔法はなくなった筈だったのに。
現れたのは新たな魔砲少女・・・
次々に現れるのは闇と対峙する魔砲の少女。
そして、戻って来た女神・・・
次回 魔鋼の魔女っ子 Act2
君は闘う少女の姿に驚嘆する・・・石に宿りし者に身を任せ。
ミハル「譬えソコに存在出来なくても、私は護らねばならないの。この子達の未来を・・・」