闇を振り撒く者と輝ける魂<悪魔と神の狭間>第8話
かつて、女神は<光と闇を抱く者>として邪悪と闘った。
熱砂の砂漠で母と父を救ったのだった・・・
世界が生まれ変わる前の事だ。
女神に寄って世界が救われる、ほんの少し前の話だった。
女神が人で在りし日に、それは起きた。
堕神ルシファーの強大なる魔力を授かった、<光と闇を抱く者>ミハルが魂を元の在処に戻した。
「目覚めて!闇の中からあるべき元へ!」
神には出来ぬ、聖なる者には禁忌の術を唱えた。
魂を闇の結界から呼び戻し、聖なる輝を同時に与えて。
闇の中で穢されて来た魂は、自らの肉体へと戻る時に浄化された。
貶められた魂は、光を授かり人へと戻る。
そして・・・目覚めの時を迎えたのだ。
「お母さん!眼を開けてっ!私だよ、ミハルだよ!」
熱砂のオスマン皇国で。
新総統を打ち倒して、マコトの前で娘が叫んだ。
「ミ・・・ミハル?!あなたが・・・呼び覚ましてくれたのね?」
霞む目をゆるゆると開いたミユキ。
「そうだよお母さんっ、やっと迎えに来られたの!」
フェアリアとロッソア間の1年戦争を経ても尚、助けられなかった想い。
自分に課せられた運命に翻弄され、ようやくたどり着いた父母の前で。
魔鋼騎士ミハルは、母に縋り付いて泣いていた。
この世界には<神や悪魔が存在>し、魂は誰かに救われる事を学んで。
自分の力で母を救い出せたのを感謝しながら。
「ミハル・・・貴女は闇に打ち勝ったのね?
運命にも抗い切って、遂に人でありながら神にも魔王にも勝ったというのね?」
母ミユキに問われた<人間>ミハルが首を振る。
「ううん、お母さん違うよ?
私独りの力じゃないもの。みんなが与えてくれたから。
<光と闇を抱けた者>に、させてくれたからなんだよ?」
戦車を操る魔鋼騎士として従軍し、その中での出会いが今を造ったのだと。
「だから。
皆がお母さんを救ってくれた。みんなでここまで辿り着けたの。
感謝するのなら、ルシちゃんにもマモルやミリアにだって。
全ての友にお礼を言わなきゃいけないんだよ」
マコトに巣食っていた闇も、ミユキを貶めていた魔王の呪いも。
最後は美春自身の手で祓い除けたというのに。
「ミハル・・・あなたは本当に良い友を持てたのね」
抱き締め合う母娘は、何もかも悟り合えた。
母ミユキは聖なる輝と邪悪に染まらぬ闇の力を携えた娘が、どれだけ辛酸をなめて来たのか。
どれ程の想いを秘めてここまで到達して来たのかが、ミハルの瞳を見て覚らされた。
人であり続け、人ならぬ力を宿した娘を観て・・・
「神の御光と破邪の御陰・・・
あなたにはそのどちらもが授けられたのね、人を救わんと願う魂に」
蒼き髪、碧き瞳。
魔法少女にして天の使い。
・・・そして、人である以上に<光と闇を抱く者>・・・
「闇に属すだけでは救えない。
輝を宿すだけでも取り戻せない。
貴女にはそのどちらもが与えられた。
だから、大切な物を掴めたのよ・・・」
母ミユキからの言霊が、真実を称えていた。
それからもう十余年が過ぎていた。
ハルマゲドンでサタン・・・いいや、全能の神を名乗る機械と闘ったミハル。
肉体を喪い、憑代を求めた先に辿り着いたのは、千年もの時を果た日の本だった。
誰からも知られず、誰にも宿らず。
唯、時の狭間で揺蕩うだけに留めていた女神を起こしたのは・・・
「「あれから・・・いろんな人と交り合えた。
いつの日にか、もう一度逢える為に。
私は邪悪を憎み、悪魔と対峙して来た。
願いを果せるその時まで・・・心を鬼に染めて来た」」
コックピットでコハルの帰りを待つミハルの背後で、女神にした人の事を想う。
「「リーン・・・リーンはどうしてるかな?
私を再び目覚めさせたのは、あなたじゃないの?
この千年周期の始まりまで飛ばされた私を、呼び戻そうとしたんじゃなくって?」」
女神はこの世界に留まらせた、もう一柱の女神に問いかける。
「「失敗だったと感じたのよね?
私がリーンだけは留めさせてと願った事が。
世界に魔法を残させることにも・・・その結果が、同じ過ちを産んでしまったと」」
弟の娘として生を受けた娘である美晴。
この子が産まれるほんの数年前に、フェリアで生まれた姫。
姫の中に宿った女神により、世界は再び魔法を与えられた。
そして、女神が誕生したのと同じく、魔王も闇に生み出された。
それは最終戦争が集結して、僅か2年後の事であった。
再会された世界で、人は再び邪心を持つようになった。
女神達が懼れていたように、人間達は己が欲望に奔り始めた。
まるで、嘗ての世界と同じように。
「「変えれなかった・・・私の力では。
女神なっても、助けることが叶わなかった。
どんなに導こうとしても変えられなかったよリーン・・・」」
ハルマゲドンの最終局面で、ケラウノスと呼ばれた兵器は月のMIHARU<プログラム>に書き換えられた筈だった。
それでも、世界には人の欲望が残された。
他人を傷つけても、自己欲を満たそうとする邪悪を。
「「そして、やはり魔王が産まれた。
何度倒そうが、いくら野望を砕こうとも。
女神だけの力じゃあ、全てを滅ぼすなんて無理だよリーン」」
姪っ子の背を観ながら、ニャンコダマは寂しかった。
「「みんなの元に帰れたけど、リーンは逢ってはくれないの?
まだ、日の本でやるべき事が残されているっていうんだね?」」
逢いたいと願ってくれているのだろうか?
どれだけ辛く悲しく想ってくれているのだろうと、女神は嘆く。
「「一つだけはっきりしているのは、この世界が再び闇へと向かっている事だけ。
新たな闇を産んでいる者達が存在しているって事だけ・・・・」」
魂を操れる大魔王ルシファーと、姫御子コハルの存在。
闇とは言えど人に味方する意思を持つ者達だけが、女神の希望になっていた。
「「光と闇、相対する娘達が存在する。
今度の世界には本当の意味の<光と闇を抱く者>が居ない。
二人の内どちらが真の<御子>なのか?
私にはまだ、二人の運命がどうなるのかが見えてこない」」
姪っ子ミハルは、嘗ての自分と同じく運命の人間として。
対する大魔王の姫御子コハルは、闇に生きる者として。
「「それでも、運命の輪は紡がれ始めている。
二人の宿命は二人がどう生きるかで決まる。
・・・それを見極めるのが、理の女神である私の務めなのねリーン?」」
大魔王の姫御子が貼った結界を見詰めて、女神もその時を待っていた。
コハルと言う名の、ルシファーの娘だと告げた宿命の子を。
その顔に映し出されたのは、人を呪う邪なる者を表す陰。
救い出した筈の栗林法子という母親は、魂を穢されたまま肉体へと戻った様だ。
「助けるというのなら、私の願いを聴き遂げたらどうなの?!
闇に囚われ、他人を傷つけて・・・どうしてあの子達に顔を見せれるのよ!」
粛罪を求めているようにも取れるが、その顔に現れ出ているのは。
「私をこのままにするというのなら。
闇に染まった私の思い通りにするだけよ。
微かに残されてあった魔力を以って、奴等に復讐を遂げた後に・・・死ぬだけだわ!」
邪心・・・それ以外に云い様の無い闇に魂を染められた姿。
「どうしたら良いの?私には光の力なんてないもの・・・」
大魔王の姫御子に、聖なる力は授けられてはいなかった。
もしも昔の女神、<人である光と闇を抱く者>であったのなら。
「救いたいのに・・・救う手立てが私には無いの・・・」
握り締めた手が震える。
目の前に救える人がいるというのに、手出しすら出来ないなんてと。
「どうすれば・・・どうしたら良いの?教えてよミハル」
人間の弱さ、醜さをまざまざと見せられてしまったコハル。
このままではミハルとの約束でさえも裏切る事になる。
それは自分の弱さ、力の無さを知らしめるのは十分過ぎた。
「誰か・・・お父様、教えてください。
私はどうすれば良いというの?!誰か教えてよぉっ!」
愕然と法子を観るコハルが、助けを求めた。
リ リ リーン・・・リーン・・・
鈴の音が鳴る。
リーン・・・リリーン・・・
人を表す神の音色が、法子に注がれていった。
「この音色は?!」
気が付いたコハルよりも、周りを固めていた闇の者達に動揺が奔った。
「ううっ?!これは・・・神々の黄昏の鐘。
人を表すという輪廻の鐘の音?!」
爺やの狒狒が、コハルの前を塞いで教えた。
「いいえ、違うわ爺。この鐘は・・・粛罪の導きよ!」
鐘の音が聞こえて来た方に振り向いたコハルの眼に飛び込んで来た者とは?!
光・・・それは神を表す。
コハルの前に現れる者とは?
次回 闇を振り撒く者と輝ける魂<悪魔と神の狭間>第9話
君は光の中にナニを観るのか?




