闇を振り撒く者と輝ける魂<悪魔と神の狭間>第6話
混乱する頭。
其処に居るのは・・・誰?!
自分の記憶じゃないと気付かされた。
今見せられているのは、もう一人の島田 美晴の記憶なのだと判った。
ベッドの周りを囲む、縫いぐるみ達。
その中のライオンの縫いぐるみを抱きしめている自分そっくりな少女。
ー コハルちゃん?コハルちゃんがどうして此処に?
縫いぐるみ以外の部屋の雰囲気は、フェアリアで過ごしていた頃のまま。
カーペットの色も勉強机の形も、椅子や電灯さえも同じに見える。
ー ここって・・・アタシの部屋だよね?
そこにどうして、コハルちゃんが居るの?
不思議な感覚を覚えさせられる。
十年近く前の部屋の有様を観ているというのに、違和感が襲う。
違いがあるとすればベットだけ。
いいや、正確に言えばベットの周りを囲んだ縫いぐるみ達だけが違和感を醸し出していた。
ー アタシの部屋に、こんな数の縫いぐるみがあったっけ?
記憶を辿っても、思い出せない。
それに自分は縫いぐるみを集めたり、欲しがったりした覚えもない。
でも・・・と、横になっている少女の腕に抱かれたライオンの縫いぐるみを観て想う。
ー 確かグラン・・・君とか言ったっけ、あのライオンの子。
あの子だけは、なぜだか遠い昔に出会っていたみたいな気がするんだけど。
それが何時だったのか、どこでだったのかが思い出せないんだよ?
ミハルが記憶を辿りながら、コハルの腕に抱かれたライオンを見詰めていた時の事だ。
黒いボタンの眼が瞬いたように思えた。
灯りが反射した訳でもないのに、まるで覗きこんだミハルに気が付いたかのように。
ー え?!アタシを観た?これってコハルちゃんの記憶だよね?!
縫いぐるみが眼を向けるのもおかしいのだが、
グランの正体を知っているミハルは、そのことよりも記憶を覗き込む者を観た方が気になった。
ー ちょっと?!どういう訳?これはコハルちゃんの記憶じゃないの?
ミハルの存在にグランが気が付いたのかと、違和感が更に強くなる。
「グラン君、誰が居るっていうの?」
眼を開けたコハルがライオンの縫いぐるみに訊ねたことにより。
ー わっ?!本当にアタシの存在を見破ったの?
記憶だとばかり思っていたミハルが、慌てて叫んでしまった。
自分の姿はこの部屋では表されていないと思っていただけに、コハルの声に慌てふためく。
「えっ?!誰かが見ている?
私達に気が付いた?ここも間も無く居られなくなっちゃうの?」
それまで自分と同じ瞳の色をしていたコハルの眼が、悲し気な色に染まる。
ー あ・・・赤紫に変わった?!やっぱりコハルちゃんに間違いない!
自分と瓜二つだが、髪の色と瞳の色が違う。
少女は何かに怯える様にグランを抱き、何かを耐えるように瞳を伏せる。
「ねぇ・・・もう行かなくっちゃ駄目なの?
寂しい世界に、寂しい処へ行かなきゃ駄目なの?
どうして私はお爺ちゃんやお祖母ちゃんと暮らしてはいけないの?」
辛そうに話すコハルの頬に、涙が光っている。
溢れるような辛い気持ちと嘆き・・・それが涙となって表れている。
ー コハルちゃんはどうするというんだろう?
どこに行かなければならないのだろう?
呟いても答えが返って来る訳もない。
グランが自分を観た訳では無い事が解り、ミハルは落ち着きを取り戻した。
ー グラン君は、コハルちゃんに何を言ったんだろう?
少女コハルはグランを掴むと、部屋の中を見廻してから。
「ずっと・・・ずっとここに居られると思っていたのに。
悪い悪魔達に見つかってしまったんだよね?
私がお父様の娘だと知られちゃったのよね。
・・・イシュタルの民とか言った、お母様を連れてった悪い奴等に」
漏れ出たコハルの声に、驚愕で声を失ってしまう。
ー コハルちゃんのお母さんが?!あの闇の民達に連れ去られた?!
イシュタルの民・・・ミハル達が秘密裏に正体を暴こうとしている闇の結社。
全世界に闇を振り撒こうとしている、悪魔にも等しい団体。
その名が、コハルから聞かされたのだ。
自分が初めて聞いたのは、フェアリア王宮に登城した、あの晩の事だったのだが。
ー コハルちゃん・・・確か堕神ルシファーがお父さんだって言っていた。
まさか、お母様が連れ去られていただなんて・・・酷い!
コハルの記憶が正しいというのならば、これは現実の出来事に違いない。
大魔王の妻で姫御子の母が、邪悪な者達に連れ去られたのが事実だとすると。
ー イシュタルの民が次に狙うのは・・・コハルちゃん?!
考えてみれば、邪悪なる者の狙いが知れる。
ー お母様を虜にしても、何かを成せずに居るとすれば。
堕神を直接狙うだろう、だけどそれではルシファーさんが拒絶する。
お母さんを人質に獲っても成就できないぐらいなのだから。
それなら・・・と、思い至ってしまった。
ー 狙いは娘ってことになるよね?
二人を人質に獲り、堕神を揺さぶる。
二人を虜にして脅しに掛かれば、ルシファーさんだってどう転ぶか分からない。
・・・それがイシュタルの民とか言う、邪悪なる者達の狙い!
そこまで思い至ったミハルが、泣くコハルの心情を慮った。
ー そうだったんだね?
どうしてなのかは、分からないけど。
コハルちゃんはアタシに宿っていた頃があったんだ。
きっとアタシの中で、お母様が戻って来るのを待っていた。
お爺ちゃんやお祖母ちゃんに匿われながら・・・
泣くコハルの周りに集う、縫いぐるみ達を観る。
そのどれもが、コハルを慰めんばかりに微笑みかけているようにも思えた。
ー この子達はコハルちゃんを慰めている?
ううん、違うんだきっと。護る為に集まった。
邪なる奴等から護り抜こうと集ったんだ!
全ての縫いぐるみが、コハルから離れようとしていない。
邪気から姫を護る・・・連れ去られないようにだけじゃなくて。
ー コハルちゃんが邪悪な心に染まらないように。
哀しみや寂しさからも護ろうとして、こんな容に姿を変えているんだ。
臣下の者達の姿、それはコハルを護り抜く者の強さをも表しているのだと。
記憶を見せられたミハルは思った。
「せめて・・・最後にお礼が言いたかったよ。
お母様とお父様の代わりに・・・愛する人間に。
娘として大事にしてくれた皆さんに。
娘以上に愛してくれたマモル君に・・・逢いたいよ」
別れを告げるコハルがグランを抱き、手を振っていた。
ー ・・・こうして。
これで・・・コハルちゃんは闇の中へと旅立ったんだ。
大魔王の姫御子として、コハルはフェアリアから去った。
幼い姿のまま、悲し気に手を振り続けて・・・
記憶が途切れてからも、ミハルは打ちのめされていた。
自分の運命を知った頃から、どうして自分だけが悲しい想いを続けなければならないのかと悩んでいたのに。
それ以上にコハルの運命は過酷に思えたから。
堕神の娘コハルに与えられた運命の片鱗だけでも、自分より遥かに重いと知って。
「お~~いっ。聞こえてるぅミハル?」
呼びかけられて、やっと自分を取り戻した。
ー あ・・・コハルちゃん?!
途切れた記憶から呼び覚まされた。
「どうかしたの?ずっと呼んでたんだよ?」
ー あ・・・あの。なんでもないよ・・・
どうしてこんなに明るく話せれるのだろう・・・と、ミハルが言い出せずにいると。
「マモル君・・・と、女神様がね。
助け出したい人への道を切り開くって言って来たんだけど。
・・・聞いちゃいなかった?」
ー ほえぇっ?!聴いてなかった!
憑代のミハルに肩を竦めて、ため息を吐くと。
「切り開かれたら、魂の転移を行うから。
一瞬でやらなきゃならないの。だからミハルも手を貸してよね?」
ー え?!一瞬でって・・・ええええっ?
いきなり告げられたミハルが、何をするのかも分からずにどよめく。
「大丈夫!私の言う通りにやれば出来るから。
装甲に囲まれた部屋に穴が穿かれた瞬間。
ミハルは<零号機>ごと体当たりしてくれれば良いだけなんだ!」
ー そうか、簡単・・・・にゃっ?にゃんですとぉ?!
マモル達が穿つ瞬間に、その穴目掛けて突っ込めというコハル。
「ね?!簡単でしょう?」
ー わぁっ?!簡単な訳がないでしょうにぃ!
動揺するミハルへ、コハルが指し示すのは。
「ほら。もう発射されちゃうよ?」
後方を映し出したモニターには、衝撃砲が映っていた。
ー ぎゃぁっ?!待って待って待ってぇっ?!
泡を喰うミハルへと、大魔王の姫御子が身体を返して。
ー じゃあ、魔鋼少女ミハル。
私はこの魂を届けに行くから・・・宜しく!
「宜しくじゃぁーなぁーいいぃっ?!」
いきなり身体の自由が効くようにはなれたものの。
「もうっ、やけくそよぉっ!」
<翔騎>を操りタイミングを計ったのは、<輝と闇を抱く者>ミハルだった・・・
やっぱちのミハル。
行き当たりばったりで挑むのはどうかとは思うんだが?
そしてコハルは・・・闇へ?
中途半端ですねぇ・・・けど。
やはりニャンコダマが策動している気が?
次回 闇を振り撒く者と輝ける魂<悪魔と神の狭間>第7話
君達の目標って・・・ローラ君の母を救出することじゃなかったのか?