蒼き光の子 Act5
登校したら、一番に言うんだ・・・おはようって。
元気善く、何も見なかったみたいに・・・
朝日を浴びて駆けるコハルの願は?
駈ける、駆け続ける。
一直線に。
校門まで後少し。
ー 教室に飛び込んだら。マリアさんの顔を観たら。
お婆ちゃんの言ってたみたいに大きな声で言うんだ!
<おはよう>って。何も観なかったみたいに、何も知らないみたいに!
駆けるコハルは決めていた。
折角仲良くなれそうだったマリアと、気不味くなるのが怖かった。
ー お友達になれそうなのに・・・フェアリアのお話しだって出来そうなのに・・・
周りに居る人達とは違う。
マリアも自分も・・・特別な環境で育って来たから。
異国から来たというだけなのに、自分達に注がれる視線は余所余所しく感じられたから。
「きっとマリアさんだって・・・アタシを気にしてくれてる筈だもん!」
昨晩観てしまった出来事を黙っていれば、何もなかったように接してくれると願いを込めた。
校門が観えて来る。
そこには数人が集まって誰かを遠巻きに見ているのが判った。
「あ・・・」
思わず足が鈍る。
「マリアさん・・・」
校門に背を凭れさせ、腕を組んで待ち構えているマリアが観えた。
瞬間、コハルの頭の中に出鼻を挫かれてしまった想いと、戸惑いの想いが重なった。
もう、目の前にまで迫った校門。
判断が着けられないまま、ゆっくりと歩み寄る。
出来る事なら、自分の考えた最悪のシナリオにはならないでと俯いて。
「おい、コハル。今日の放課後・・・面、貸してーな?」
コハルに向けて、重くのしかかる声が掛けられてしまった。
「ええな?約束したで?」
伸し掛かる一言を吐いたマリアが、踵を返して校舎へと向かっていく。
コハルは血の気が退く思いで、立ち尽くしてしまった。
周りに居た生徒がひそひそと噂話をひろめていくのも、耳に入らず。
「お婆ちゃん・・・どうしたら良いの?」
出鼻を挫かれ、失意に朦朧とする頭で助けを求めていた・・・
「島田さん?!なに呆っとしてるの?」
後ろの席に座るマリアの事が気になって、授業に身が入らないコハル。
太井先生が気に懸けて訊ねたのも耳に入らず・・・
「島田さんっ!訊いてるのっ?!」
大声で叱られて漸く顔を上げた。
「は・・・い・・・なんですか?」
虚ろな瞳で立ち上がるコハルに。
「う~んっ、これは重症ね。保健室に誰か連れて行ってあげて?」
太井先生がコハルの異状を風邪と判断したようで。
「じゃあ、ウチが連れて行きますわ」
マリアが手を挙げて保健室に向かうと言った、
「そう?じゃぁ頼むわね?」
編入されてからまだ日も浅いマリアが付き添うと言ったので、少々驚いたようだが。
「マリアさんって面倒見が良いみたいね、感心だわ」
経緯を何も知らない太井先生が、単純に褒めるのだが。
「嫌やなぁ、先生。当然の事や、ないですか」
コハルの手を掴んでさっさと教室を後にした。
コハルはどうしてマリアが手を挙げたのか、
どうして保健室に連れて行くのかを考えて気持ちが暗くなる。
「島田はん、早うしぃーや?」
何もなかったみたいなマリア。
今朝、校門で睨んでいた子とは別人のようなマリア。
「マリアさん、あの・・・どうして?」
コハルは今朝の言葉の意味を聞いたのだが。
「当然なんやって、後ろに居たんやから分るて。考え事し過ぎちゃうんか?」
保健室に連れて行く話と取り違えられた。
「あ・・・そうじゃなくて。
今朝の校門での話なの・・・」
コハルが訊いた瞬間、マリアの足が停まる。
「その件か。言った通りや、他に何もあらへん・・・」
放課後・・・どんな話があるというのか?
その話とは・・・昨晩観てしまった事についてなのか?
「あ・・・あの。ごめんなさい・・・アタシ・・・」
つい、観てしまったのだと溢しそうになるのを。
「ほらっ、保健室や。さっさと横になるんや!」
連れ立って保健室のドアを開けると、授業中という事もあり保険医の姿は見えなかった。
「なんや、誰もおらへんのかいな?
そやったら、島田はんを置いて教室へは還れへんなぁ」
太井先生の言った面倒見が良いというのは、あながち間違ってはいないという事だろう。
「ほなら、島田はん。横になりよしな」
ベットに横にならせるマリア。
「いいよもう、自分で横になってるから」
布団をきちんとコハルに懸けてやりながら、気にしなさんなと手を振るマリア。
「ええから、大人しゅう寝とき」
傍に腰かけたマリアがコハルの寝顔を見ながら話す。
「島田はん、なんか勘違いしとるやろ?
放課後面貸してって言った意味を取り違えてるんとちゃうか?」
不意にマリアが今朝の件を話し始めた。
「か・・・勘違い?」
「そや。ちょうど誰も居らへんから、この場で話す事にするわ」
マリアの言葉に霞んでいた気持ちが少しだけ晴れて来る。
「コハル・・・昨日の件や。
昨晩観てたんやろ?ウチと闇の者とが対峙してたのを?」
ズバリと言い切られてしまい、返す言葉を失う。
「分かっておったんやで?木陰から覗いてたんを。
後を着けて来たんやろ?帰れって言うたのに・・・なんで?」
マリアの方から次々に問いかけられて。
「なんでって・・・気になったから。
どうしてなんて・・・分からないよ。
マリアさんの身に何かが起きたらって、心配しちゃったから」
マリアに顔を向けられず、布団の中に半分顔を隠して答えた。
「そっかぁ・・・心配してくれたんやな?」
コハルはマリアの声にハッとして、見上げてみた。
その顔には、いつものジトっとした目ではない微笑みが浮かんでいる。
「せやけどな、危ないのはコハルの方なんやで?
ウチが来るなって言うたんは、まかり間違ってコハルに危険が迫るんを防ぎたかったんや」
ニヤリと笑った。
笑顔を始めてみせて貰ったと思った。
その笑顔には、とても大事な意味が潜んでいるのだとも。
「コハルはん、今回だけやで?もう危ない事に首を突っ込んだらあかへん。
ウチと一緒に居ったら、巻き込まれてしまうかも知れへんのや。
せやから・・・ウチを構わんといて欲しいんや」
言葉の意味が解るまで、数秒間・・・思考が停止した。
マリアの言っているのは、自分から離れろと突け放す言葉。
でも・・・さっき聞いたのは。観た微笑みは・・・
「なぜ?!どうしてマリアさん?
お友達になってはいけないって言うの?
そんなの嫌だよ、折角判り合えると思ったのに・・・」
布団から起き上がってマリアに掴みかかる。
「分かってるやろコハルはん。
ウチは魔砲使い、異能を持つ者なんやで?
闇の者を討伐するだけにやって来たんや・・・直ぐに居らんようになるかもしれんのや」
マリアがコハルの視線から逃れるように顔を背ける。
確かにマリアは通常では考えられないタイミングで編入してきた。
しかも、フェアリア人だというのに、日の本に来ている素性の知れない娘だった。
「そうだとしたら・・・尚の事だよ!
いつ居なくなるか解らないのなら、今直ぐお友達になろうよ?!
離れ離れになっても忘れる事が出来ない位、仲良しになろうよ!」
コハルの声にマリアの方が驚かされる。
「な、なに言うテンねんな?
そないなこと・・・悲しいだけやろ?」
マリアはコハルが首を振るのを見続ける。
「違うっ、違うよマリアさん。
遠く離れたとしても、同じ思いなら忘れないよ?
大切なお友達を忘れるなんて出来っこないよ?」
マリアの両肩を掴んで、コハルが願った。
「お願いマリアさん、今からお友達になって?
マリアさんとアタシ・・・コハルはお友達だって言い切って!」
涙を浮かべたコハルが頼んで来る。
マリアはこんな真剣な顔で友になってと言われた事が無かった。
いや、本当はいつも願っていたんだ・・・この想いを。
「・・・アカン。あかんのや・・・願ったら・・・アカン」
ポツリと溢す。
「ウチはいつ居らんようになるかも判らへん魔砲使いなんや。
人並みに友達を作るなんて、望んだらあかんのや・・・」
今迄、何回そう思い、何度願ったか。
その度に、友を造る事が叶わなかったか。
離れて行くのは自分。
引き離されてしまうのは希望。
・・・だというのに。
「せやのに・・・コハルを特別に思えてしまうんはなんでやろう?
コハルとは別れとぉないのはなんでなんや?」
俯いて肩を掴んでくる、コハルを観る。
黒髪を纏めた紅いリボンが揺れる。
「お願い・・・友達だって・・・言ってよ?」
コハルの声が求める。
黒髪の少女が必死に求めて来る・・・
「この光景・・・どこかで観た気がする・・・」
それは何処で?
それはいつの事?
「ウチの中に宿る異能が、そう思わせるんか?」
魔砲と呼ぶ魔法の力。
それだけではない・・・何かが教えている。
「ウチは・・・ウチは・・・」
「お友達。ミハルの大切な人だよ?」
コハルが本当の名を告げる。
普段とは違う・・・心に宿る声で。
蒼き魔法石が密やかに燈る。
コハルのネックレスが、魔砲使いに教える。
ー あなたと私は友。悠久の時を越えた友・・・
マリアの心に届くのは、コハルの想い、ミハルの声。
「アカン・・・言うたらアカンのや!
友達になるんなら、条件がある!」
急にマリアがコハルを引き剥がす。
「条件?!」
「せや!ウチの友達になるんやったら、条件を呑んでもらわにゃアカンのや!」
コハルの顔を見詰める蒼い目のマリア。
その口から零れるのは?
「コハルを危険な目に遭わせとぉない。
せやから・・・ウチが帰れというたら、素直に帰る事!」
眼をパチクリと瞬いた。
マリアは友達だと思えばこそ、自分を突き放すような事を言ったのだと。
初めから友達になりたいと思っていたのだと、やっと解った。
「嫌。
絶対に嫌。
友達が危険な目に遭うと分っていながら逃げ帰るなんて、出来っこないから!」
拒絶の証に、思いっきり首を振った。
涙を湛えた目で訴えながら。
「ふっ・・・ふぅ~んっ、そないな子は親友って言うんやで?
単に友達なんかやない、絆を交わした親友って奴やで?」
コハルから視線を逸らしたマリアが嘯いた。
「?!親友!そうだね、親友なんだよね?!」
パアッと顔を華やかせたコハル。
喜びの表情でマリアに抱き着くと。
「善かった・・・マリアさんに認めて貰えた」
「ば、馬鹿やな・・・泣く奴があるか!」
マリアに抱き着き、喜びの感情を溢れさせるコハル。
「ば、馬鹿って言ったなぁ!そうですよコハルは馬鹿ですから!
馬鹿な親友を持ったマリアさんも同じでしょ?!」
「違う・・・コハル。ウチの事は呼び捨てでええんや」
はっと顔を上げてマリアを観る。
そこには朗らかに笑う赤毛の少女がはにかんでいる。
「呼び捨て?じゃあ・・・マリア・・・で、良いの?!」
「そや!ウチもコハルって呼んでるやろ?」
嬉しくて嬉しくて・・・涙が溢れた。
「なぁ・・・コハル。泣くか笑うか、どっちかにしぃーや?」
くちゃくちゃになった顔でマリアを観ていたら、恥ずかしそうに言われた。
「泣き笑いって、言葉があるでしょ!」
笑う少女、微笑み返す少女。
友になり、親友を名乗った二人。
始まりは喧嘩相手。
その後、二人は・・・
「コハル、頼むさかいにひっつくな!」
「良いでしょー?!」
保健室から戻って来た二人を、クラスメートは小首を傾げて見つめるだけだった。
やっと。
友達が出来た。
心から繋がれる人に回り逢えた。
歓喜の瞬間、それは一つの絆を産んだ。
だが、喜びは闇を呼んでしまうのか?
闇は絆を引き剥がそうとするのか?!
その時、蒼き光が現れる。
永き時を越えた力が甦る!
次回 蒼き光の子 Act6
君は蒼き光の中で逢えるだろう。この世界に存在してはならない子に逢えるだろう。
ミハル「存在してはならないの、現れるのは結界の中でだけ。そう・・・私は女神・・・」