蒼き光の子 Act4
辿り着いたのは祖母の家。
必死に助けを頼むのだが・・・
薄っすらと月が見え始めていた。
都の外れにある島田剣術道場。
ミユキが子供達に剣術を教えている、自宅に隣した道場に駆け込んで来たのは。
「ミユキお婆ちゃん!お婆ちゃん!」
道場で一人月を見上げて物思いに暮れていた、ミユキを振り向かせる声は。
「あら、コハルちゃんじゃないの。こんな時間にどうかしたの?」
道場に上がらず、扉を開けたところで息を切って立ち尽くしているコハルへ、
「今日は真っ直ぐお家に帰る日じゃなかったの?」
道場義を着たミユキが微笑んでコハルを迎え入れようと傍まで来ると。
「お婆ちゃん!どうしよう・・・アタシ。
あたし・・・どうすれば善いの?!」
訳も話さず涙声で訊いて来るコハルが居た。
「なにがあったの、コハルちゃん?」
傍まで来たミユキが、コハルの胸元から観えたネックレスに気付く。
まるで魔砲を使った後の様に、蒼白く残光が浮かんで見えた。
「・・・まぁまぁ大変な事。それじゃあ此処じゃなくお家の縁側に行きましょうね?」
咄嗟にミユキは気配を探った・・・だが。
「コハルちゃん、走り続けて来たのね?
そんなに汗を掻いちゃって、喉が渇いたでしょうに」
辺りに不審な気配を感じる事が出来ず、差し当たっての危険が無い事を悟る。
「さぁ、こっちへおいでなさい。お腹も減ったでしょう?」
道場から出て、母屋に促す。
「う・・・うん。お婆ちゃんに逢ったら、ほっと出来たから」
背中に手を廻してくれる祖母に、心が緩んだのか。
「うっうえぇっ、ひっく」
また涙が溢れて来るのを停めれなくなる。
もう一度、ミユキは悟られないように、コハルのネックレスを覗き込むと。
ー もう、大丈夫ね。魔法石は反応を消したみたい・・・
コハルの身に、一体何が襲い来たというのか。
以前の様に闇の者が襲って来たというのか。
なぜコハルが危険だとは、感じれなかったというのか?
自分に科せたのは、孫であるコハルの守護。
コハルを護り抜くのが、マコトや蒼乃との約束だというのに。
「コハルちゃん、何があったのかを教えて頂戴?」
縁側まで連れて来たコハルを宥めて、訳を訊く。
「う・・うん、あのね・・・あたし。
アタシ、観ちゃったの・・・化け物を。
それにクラスメートの子が化け物と闘うのを森の中で観てしまったの」
コハルの告白に、ミユキはふっとため息を吐く。
「あ・・・信じてないんだ、お婆ちゃん。
本当に観たんだから!
前にも同じ化け物に襲われそうになったのも、夢じゃなかったんだから!」
ため息を笑われたと勘違いしたコハルが口を尖らせ言い募る。
「はいはい。コハルちゃんを疑ってる訳じゃないのよ?
観てしまったのでしょう?闇に染められた影を。
闇の影に立ち向かう者を・・・」
コハルがムキになって言い返して来るのを受け流した。
「お婆ちゃん!影じゃないよ!人の形をしていたもの、真っ黒な化け物だもん!」
コハルはミユキが軽くいなしたと思って、もう一度言い直してみた。
「そう?闇に染められた者をはっきり目に出来たというのね。
凄いわコハルちゃん、闇の者が観えるなんて・・・魔砲使いみたいね?」
「へっ?!お婆ちゃん・・・驚かないの?」
コハルは漸く話を、祖母が信じてくれているのに気が付いた。
「驚くも驚かないも。
お婆ちゃんも昔は魔法使いだったのよ?
前にもお話した事があったでしょう?」
ミユキは微笑みを浮かべて孫に話す。
「コハルちゃんが産まれてくれるずっと前だけど、お婆ちゃんも闇の魔物達と闘っていたのよ?」
「・・・そういえば・・・聞いた事がある」
お婆ちゃんっ子のコハルに、せがまれて昔話を話した事があった。
ミユキには辛い・・・あの娘の事も。
「魔法が世界中にあった昔。
お婆ちゃんは闇に覆われた所に閉じ込められた事もあるの。
でも、女神が助けてくれたの。助け出してもくれたわ。
コハルちゃんが産まれる前のお話だけどね?」
縁側に座ったミユキとコハル。
月明かりが二人を照らしだす。
「お婆ちゃん、でもぉ・・・もう魔法は無くなったんだよね?
学校で教えられたの、世界から魔法は無くなったんだって。
ケラウノスっていう機械と共に、異能の力は無くなったんだって」
確かにその通りだ・・・と、思った。
でも、肝心な事が教えられてはいないとも。
「コハルちゃん。
学校で教えて貰えない事もあるの。
世界に秘められ続ける真実。
闇と光が闘い続ける世界の事実・・・その陰で待ち続ける者が居る事を」
コハルにはまだ難しいとは思ったが、敢えてミユキは話し出した。
「魔法が消えたのは事実。
ケラウノスと呼んだ悪魔が潰え去ったのも。
でも、悪魔が滅びた時に、女神も喪われたの・・・力と共に。
悪魔を滅ぼす時に女神の祈りが届いたわ、神の御許に。
もう、殺し合う道具に魔砲を使わないようにって。
女神は約束したの、人々に脅威が迫る時には戻って来ると。
約束を果たす為に還って来ると・・・」
月を仰いだミユキが、思い出を辿って微笑んだ。
「おばあちゃん?その女神様は帰って来るの?」
コハルは女神が帰るという事が、どういう意味を指し示すのかも考えずに訊いてみた。
「帰って来てはならないのよ、本当ならね。
でも、コハルちゃんも観てしまったというのなら。
もう直ぐ・・・帰ってくるかもしれないわね?」
祖母の声に、コハルは気付く。
観てしまったのは間違いなく悪魔なのだと。
「じゃあ、マリアさんは?
あの子は一体・・・どうやって変身したというの?」
今度は。
コハルの声に驚いたのはミユキ。
魔法石を持つ魔砲使いとはいえ、それ相応の力が発揮出来なければ変身など出来よう筈が無かったから。
しかも・・・今は魔力が喪失されている条件下なのに。
「コハルちゃんっ、その子は何か特別な物を持ってはいなかった?
大事にしてる蒼きネックレスのような物を持ってはいなかった?」
急に祖母が慌てて訊ねるので、コハルは怖くなり。
「えっ・・・あのね。何だか良く解らないけど。
蒼白く光る棒のような・・・ううん。
鉄砲みたいな物で光る弾を撃ったの・・・」
「・・・魔・・・砲・・・だ?!」
即座に理解出来た。
闇の者と闘ったコハルのクラスメートは、間違いなく魔砲使い。
「?その光る弾で影を追い回して消しちゃったの・・・闇の中に」
コハルは観たままを教えたつもりだった。
「・・・まさか・・・そんな事って・・・マコトの銃じゃないの?」
自分の夫が、南獏の地で開発した魔砲の誘導弾。
それを手にしているとあれば・・・
「しかし・・・どうやって?
あの銃はオスマンから他国へ流失したとは思えないし、
ましてやマコトが作るなんて・・・もう必要が無い筈なのに?」
魔法が消えた世界に、魔法力を使う銃が存在する方がおかしい。
意味も無い銃を造る事なんてない筈だから。
でも。
「お婆ちゃん、マリアさんは一体何をしていたの?
観ちゃったことを知られていたら・・・どうしたら良いんだろう?
明日からどんな顔で向き合ったら良いんだろう?」
コハルの悩みはミユキの思考を停めさせるにはちょうど良かった。
現実に接してるのは孫の方だと気付かされる。
「そうねぇ・・・こうしたらどうかしら?
コハルちゃんの方から元気よく挨拶するの。
気にしてないよって、教えてあげれば良いんじゃないかしら・・・ね?」
びっくりしたようにコハルが見詰める。
「だっ、だって。気にしてるのはマリアさんの方かもしれないんだよ?」
「だ・か・らっ・・・よ、コハルちゃん。
気にし合えば余計に気になるでしょ?お互いの事を勘ぐったりして。
朝一番におっきな声で元気よく挨拶するの。
その子が腰を抜かすほど、大きな声で<おはよう>って、ね?」
ウィンクするミユキが笑い掛けると。
「そうか・・・そうかもしれないな。
そっか・・・そうだよね!わかった、お婆ちゃんありがとう、大好き!」
いつもの笑顔を取り戻したコハルが、大好きなミユキに抱き着いた。
「あら?このお礼は高くつきますのよ?」
抱き返した孫に笑い掛ける、抱き返された祖母に微笑む。
二人の笑い合う声が、月夜に流れた・・・
「ふっ、確かに伝説の御人なんやなぁ・・・敵わんわ」
盗み聞きしていたマリアも、二人につられた様に微笑んでしまう。
「ええなぁ、ウチにもお婆ちゃんがおったらなぁ。
あんなに優しゅう抱いてくれるんやろなぁ・・・羨ますぅいーぞコハル!」
立ち去り際にマリアが溢したのは、心の本音なのか?
魔砲少女は、偉大なる魔鋼の巫女に敬意を払いつつ立ち去る。
「そやな・・・ほんなら。
明日はちびぃーとかましたるわ、待っときやコハルはん!」
ニヤつきながら月夜を歩くマリアが、口笛を吹き鳴らし何処かへ消えて行った・・・
知恵を授けて貰えた・・・そう思った。
きっと明日になれば、変えられると思った。
必ず判ってくれると、必ず信じてくれると願った・・・
あの子だけは。
次回 蒼き光の子 Act5
君の願いは希望となる・・・2人の想いは絆となる
ミハル「誰にだって願いはあります。あなたは誰と契りますか?」