魔王 襲来 第6話
<<大魔王 襲来>>
ランドにとっては計算外だったろうナァ・・・残念!
闇の結界に異常な歪が産まれた。
魔王ランドが貼った結界が、主の力量を超えた何かの為にバランスが崩れたのだ。
この結界の主たるランド以上の・・・何者かの力に因って。
蒼い・・・蒼き光が少女から溢れ出す。
闇の魔王の力を打ち消していく蒼き輝。
まるで澱んだ空間を浄化していくように・・・
「蒼き光だとぉ?!お前には穢れを祓う力があるのか?」
自らの世界を替えていく輝に、魔王が顔を歪めた。
「結界を破るのではなく、このボクに逆らうと言うんだな?!」
自慢の魔力を打ち消され、驚くより半ば呆れてしまうランド。
結界を張った魔王に逆らうのは、人であれば不可能だと気が付かないのか。
いいや、気が付いてはいたのだが、信じられなかったのだろう。
「人間の分際で!ボクに闘いを挑むというんだな?!
結界の主たるランド様に、楯突いて無事に済むとでも思うのか!」
まだ・・・己の力を打ち消す者の正体を見極められていないようだ。
見下している魔王ランド。
上空に揺蕩う魔王も、少女が変わっていく様に漸く異変を察知した。
「我が娘よ。戒めを解き放て!」
ルシファーの声が促した。
「我が罪と想いの籠る魔法のリボン、鋼の誡めを解き放つのだ!」
サイドポニーに結ったリボンを掴み、ミハルは従う。
「ルシちゃんがそう言うのなら。
アタシの力を解き放つから・・・大魔王の娘としての異能を!」
サイドポニーに結わえられていた髪が解ける。
紅いリボンが見る間に消え、黒髪が揺蕩う。
やがて黒髪が赤紫に染まっていく・・・魔鋼の少女。
靡いても居ない髪が、徐々に黒髪ではなくなる。
魔鋼の少女が・・・本性を魅せ始める。
「ま・・・まさか?!」
ランドは漸く異変の理由が分かり始めた。
結界が何者かの異能に因って代わっていくのと、目の前に居る娘の変化が連動していることにも。
「な・・・何が?!何故だ?!」
赤紫の髪となった人間だった娘の足元に、魔導の紋章が描かれた。
赤黒い円環に描かれた魔導の文字。
円環の文字は魔族を表す。魔導の紋章は神を描く。
「ばっ?!馬鹿なっ!」
今の今迄小馬鹿にしていた娘だというのに・・・
「その円環は!僕らが魔族の証?!お前は本当に人間なのか?」
頭の片隅で、ランドは驚愕と焦りを覚えた。
魔界の中で観て来た。
人間界に居る魔鋼の少女である処の、美晴という娘を。
確かに人の子として生まれ出た筈の少女だと、認識していた・・・のだが。
今、目にしている様は、まごう事なき魔族の証。
唯違うのは、紋章の中に神を指し示す聖なる文字も描かれている事。
「お前は・・・一体?
人間じゃないとしたら・・・お前は?!」
焦りが饒舌にさせた。
「神・・・だとでも言うのか?
お前なんかが神な筈が無い・・・だろ?」
魔王である筈の自分より一段高い処に存在する者。
邪なる者ではない神だというのなら・・・
「いいや、お前が神である訳がない!
神ならば、闇の結界の中では力が半減してしまう筈だ!
さっき逃げ去った女神だって、ボクに抗えない筈だから・・・」
自分で自分の言葉に疑問を投げかけた。
結界を歪められる筈が神には無い筈だと。
だったら、今、目の前に居る者の正体とは?
ギロリ
動きを停めていた魔鋼の少女が・・・瞳を向けて来た。
「ひっ?!」
青味を帯びていた筈の瞳の色が、自分よりも深い赤色に染まっている。
そればかりか、紅い瞳には金色の輝きも見て取れた。
魔王の背筋に冷や汗が湧き出る。
魔族だというのに、魔王だと言い張るのに。
悪魔以上の存在であるランドが、恐怖に凍り付いたのだ。
「・・・闘う気か?」
「ひぃっ?!」
人の言葉を介せず少女が訊いて来た事で、ランドの恐怖は絶頂になった。
今迄見せていた嘲りは消え去り、恐怖で顔を硬直させている。
確かに俯いた魔鋼少女からのテレパシーだった。
魔王の脳・・・いや、存在自体に語られた。
「・・・この娘に害を為したな?」
「ひいぃぃぃっ?!」
魔族は力上位の者に敵意を向けられただけで存在が脅かされる。
「貴様、我が娘に敵意を向けたであろう?」
「ひぎぃっ?!」
たった一言だけだというのに、魔王ランドの精神は著しく傷ついた。
「否定せぬか?ならば・・・消え去るが良い」
「うっきぃやぁーっ?!」
ダメージが存在自体を脅かす。
このまま対峙していたら、先ず闘いにも為り得ない。
粗い呼吸が、ランドの精一杯の抵抗になってしまった。
「お、お前!ボクの結界の中で偉そうなことを!」
元々が遊ぶつもりでやって来ていたランドにとって、この危機は想定外だった。
口では強がってみても、相手の魔力には遠く及びもつかないのは判っている。
魔王としての威厳も糞も無く、ランドは起死回生の一手を打つ。
「お前!人間じゃないだろう?!何者なんだよ、名を名乗れ!」
「いいのか?名乗っても?!」
びっくぅ!
訊いただけなのに、唯それだけだったのに。
応えられるのが怖ろしくなってしまった。
「もしかして・・・聴いてはならないのか?魔族の名だぞ?」
そう。ランドは相手の名を知って魔力を減じさせようとしていたのだ。
相手が魔の者なら、名を知られれば力が減じられる・・・筈。
「だが・・・まさかとは思うが。
ボクより上位の魔族だとでも言うのなら・・・聴いてはいけない。
聞かされただけで・・・消し飛ばされてしまうかも?」
恐慌状態に陥った魔王ランド。
自分も並み半端ない魔王だと自負していたが、相手はどう考えても上に思えた。
「い。言わなくて良い!お前なんか名前を知らなくたって倒せるからな!」
逃げ腰で言うセリフではないが、虚勢を張らねば滅ぼされてしまいかねない。
「そうか?余の名を知れば、二度と娘に手を出したくなくなるのだがな?」
びくぅっ!
硬直する躰。硬直してしまった存在。
眼を見開き娘をもう一度観た。
「・・・あ。あの円環に描かれてあるのは?!」
そこでやっと気が付いた。
<余>と、自らを表した娘に、宿った存在を。
「嘘・・・だろ?
その存在は既に消えた筈じゃなかったのか?現世になんて・・・」
蒼い。
蒼く染まる結界の中で、魔王ランドは知ってしまった。
娘 美晴の正体を。
「お前は・・・堕ちた神・・・いいや、魔王?!」
紋章の中に書かれた名を口にする事は出来ない。
その名を表してしまえば、結界が崩れる事にも為り兼ねない。
自分の存在を消されてしまう懼れさえあるのだから。
「貴様・・・余に手向かいするのか?」
「ひぃっ?!きょ、今日は大人しく引き下がってやる!感謝するんだな!」
言葉だけでダメージが蓄積するのを止めれず、虚勢を張れるだけ張って逃げの一手を打った。
「駄目だ・・・逃がしはせぬぞ?」
「ひぃっ?!なぜだぁ?」
逃れようとしたのは甘かった。
相手は・・・そんなことは百も承知なのだ。
「こ、このままでは。消されちゃうぞ・・・どうすれば善いんだ?」
形勢逆転にも程がある。
さっきまでの威勢の良いランドは姿を消し、なんとか逃げるだけを考えている。
「も、もうこうなったら。
逃れられる方法を執るしかない!
・・・悔しいとか恥ずかしいとか考える暇はない!」
結界の隅っこに隠してあった通話装置に、一縷の望みを賭けて。
「おおぅーいっ!手強い相手が出て来たぞーぅっ!
お前の相手にとって不足はないと思うぞぉ!
出て来いよぉ3人衆が剣士、リュゥークッ!
魔王の中で最恐の剣王、リュック・ザック!」
同じ魔王で、新大魔王の配下であるリュックを呼び出そうと呼んだのだ。
結界の中に歪が起きた。
黒く澱んだ一点に、紋章が描かれ・・・
「馬鹿野郎!名を叫んで呼び出す馬鹿が居るか!魔王ランドともあろう者が!」
円環が大きくなり、そこから飛び出して来たのは。
白銀の短髪を掻き毟る、紅き瞳の屈強な男の姿が現れた。
「リュゥークッ!こいつを何とかしてくれよ?!」
魔王軍最強の闇剣士である男に縋るランド。
「ボクの結界の中で威張りやがるんだ!ボクを虐めるんだよ?」
両手を胸の前で組んで懇願する。
「あの人間モドキが、ボクを虐めるの」
指差し虚勢を張り直すランドから、ミハルへと視線を向けた闇剣士。
「そうか・・・奴を斬ればいいんだな?」
少女の姿を観たリュックが、その背後に居る者を感知した。
「まさか・・・馬鹿な?」
眉を跳ね上げたリュックが観たのは・・・
ミハルの謎。
なぜ姪っ子は堕神ルシファーを宿せたのか?
いいや、その前に。
どうしてルシファーは姪っ子を護るのか?
次回に少しだけ・・・少しだけ<ファザコン>します。
え?! ホント?!
次回 魔王 襲来 第7話
君は嘗て魔王と共に暮らしていたと言うのか?それは何時、何処で?!
ミハルは嘗てコハルと呼ばれていました・・・よね?