<序奏>Over Ture 始まりは月夜
蒼白く輝く月明かりの元を、金色の髪を靡かせて走る少女・・・
少女の姿を、蒼白く浮かび上がらせるのは澱み無き月光・・・
林の中を駆け抜ける少女は、金髪と紅いリボンを靡かせ走り続ける。
目指す先に何があるのか、何処を目指すのか。
月明かりに浮かび上がる表情は険しく、瞳は何かを求めている。
碧き瞳で・・・蒼白く輝く月を見据えて・・・
少女の足が停められる。
金色の髪が風も無いのに靡いている。
腰に下げた一振りの剣を持つ左手が、ゆっくりと差し上げられていく。
剣の柄を右手が握る。
捧げ持つ剣は、紅い鞘に納められた太刀。
両手に力を籠めた少女に因って、鞘から現れた太刀元が月光を反射させた。
木立の上に佇む影に向かい、少女は身構える。
木立に佇む影は少女に気付いているのか、気付いていても無視しているのか。
佇んだまま身動き一つ見せずにいる。
「君・・・大丈夫だよね?」
後ろに居る座り込んだ女の子へ、金髪の少女が訊ねた。
「あ・・・あ・・・はい・・・」
突然現れ出た金髪の少女に、座り込んだ女の子が辛うじて頷く。
「そう・・・善かった。
少しの間、そこに座っていてね?」
背中を向けたまま、金髪の少女が話す。
「闇の者には触れさせないから・・・いいよね?」
剣を握る力を強め、木立に佇む影を睨む。
「そう言う事よ、闇に味方する者。
ここから大人しく立ち去りなさい・・・さもないと・・・斬り捨てる!」
金色の髪を靡かせていた少女から、蒼白きオーラが溢れ出した。
金色の髪が舞い、碧き瞳が紅い剣を解き放つ。
「紅鞘よ!我と共に闇を斬る力と化せ!
我に眠りし力を授けん、我に眠りし魂と共に力を表せ!」
抜き放たれた剣は蒼白き月光を反射させ、闇夜までも切り裂かんとする。
「・・・そなたは。
どうやら魔法の力を持つ者だな?」
佇む影から、一声だけ聞こえて来た。
「だとしたら?どうするというの?」
構えた剣を影に突き付ける少女。
「どうもしやしない。そこにいる娘を貰い受けるだけだ」
剣を突き付けて来る少女に、宣告したようだが。
「そう・・・出来ると思うなら、やってみるが良い」
静かに突き付けた剣を、少女は下段に構え直した。
そこには並々ならぬ剣技を匂わせている。
「ふむ・・・剣薙・・・と、いう事か?」
立ちはだかる少女の剣を観た影の声が、対する少女を警戒した。
影の声が躊躇を滲ませたのを感じ取った少女が首を振る。
「いいえ、あなたの想像とは違うのよね。
私に与えられた称号は・・・魔砲。
魔法力を弾に替えて放つ事が出来る者。
そう・・・魔砲少女って、呼ばれてたわ」
呼ばれるとは言っていない。
呼ばれてた・・・そう言った。
少女は力を失ったと言うのか?
そうではない。
今、この世界には、魔法力が残ってはいない筈だったからだ。
・・・だが。
「魔法は確かに一度は消えた筈なのに・・・
神も悪魔も居なくなった筈なのに・・・
私は・・・此処にいる。
そして闇に味方するあなたも居る。
ならば、蘇っても問題ないという事よね?
<<魔砲力を放てる者>>として・・・私も!」
紅鞘の剣を振り上げた少女が力を求める。
「私はフェアリアに平和を齎す者。
この国に巣食う闇を許さない者・・・」
蒼白き月光の輝きそのまま。
剣は少女の求めに呼応したのか。
碧き輝きを撃ち放つ。
月に向かって。
その輝きは魔法の光。蒼き輝きは闇を撃ち抜く魔砲。
「!!」
木立に佇んでいた影諸共、闇を切り裂いたようにも観えた。
「お帰り、影よ。
あなたは此処に居るべき者ではないわ。
闇は闇の中に潜んでいなさい・・・今は」
消え去った闇の気配に呟く金色の少女。
気配を感じられなくなった少女が、剣を鞘に納めると。
「こんな場所にまで・・・侵入を許すなんて。
もっと仲間になってくれる人を、集めないといけない・・・」
先程まで靡いていた金髪がタラリと垂れ下がっている。
対峙していた物が消えた少女が、ゆっくりと振り返る。
月明かりに浮かんでいるのは、年端も行かない女の子。
怯えたような顔で見上げて来る顔には、恐怖と安堵が交り合って見えた。
「えっ?!
・・・まさ・・・か?そんな・・・嘘?」
驚きの声をあげたのは、魔法少女の方だった。
金髪がふっと靡いた。
金色の髪が座り込んだ女の子に跳び寄る。
まるで出逢う筈もない人を観たかのように、輝く瞳を見開いて。
「こんな所で?こんな月明かりの元で?こんな姿で?!」
駆け寄った少女が、歓喜の声をあげた。
幼い女の子は助けてくれた少女の声を聞いた。
不思議そうな瞳を向けて。
蒼白い月明かりに、瞳の色を染められて。
月光が・・・薄い碧き色に染めた瞳で。
「お姉ちゃん?あたしを知ってるの?
あたし・・・コハルはお姉ちゃんを覚えていないのだけど?」
穢れなき瞳で魔法少女を見上げる。
大きな瞳で訊ねる女の子・・・その髪色は黒かった。
「あ・・・あなた。
あなたの名前は<コハル>ちゃんって言うんだね?」
近寄った金色の髪を靡かせる魔法少女が、はっとしたように訊いてきた。
「うん、そうだよ?コハルって呼ばれてるの」
物怖じせず女の子が名乗ると、
「そう・・・そうなんだ・・・」
人違いだと求めたのか、近寄った女の子から後退る。
勘違いだと認めるのか、思い違いだったと俯いた顔に悲しさを滲ませて。
「お姉ちゃん?お姉ちゃんはコハルの事を誰と思ったの?」
離れた魔法少女に訊き直してきた女の子が、やっと立ち上がる。
「あたしはね、今晩初めてこのお城に来たの。
お婆ちゃんやお父さんに連れて来て貰ったの。
みんなはこのお城に来るのは初めてじゃないって言うんだよ?
もしかしてお姉ちゃんも初めてなの?」
くりくりとした瞳で見詰めて来る。
幼い女の子は怖かった事も忘れ去ったのか、魔法少女に興味を示して来る。
月明かりを背に受けた魔法少女は、女の子の中に誰を重ねたと言うのか。
「お姉ちゃん?その服って、この国を護る衛士隊のユニフォームだよね?
お城を御守りしているの?それともお姫様を御守りしているの?」
見上げる瞳は憧れでも宿しているのか。
きらきらと輝き、魔法少女を見上げ続ける。
魔法少女はピンクの女性衛士隊員のユニフォームを纏い、紅鞘の剣を腰に下げている。
女の子を見詰める瞳はマリンブルーに輝き、金髪を左サイドポニーに括るリボンは紅い。
「そう、私は・・・お姫様・・・を、守護する者。
この国を、このお城を護り続けて来た者なの」
女の子に応える少女は、衛士にしては幼な過ぎるように観えるのだが。
ユニフォームを着こんでいなければ、まだ小学校高学年くらいに見えるかもしれない。
先程木立に佇んでいる者と対峙していた時には、もっと年嵩に観えたのだったが。
「ふーんっ、そうなんだぁ。
お姉ちゃんはお城を護っているんだね?
それじゃあ、お姫様の処に連れて行って?迷子になっちゃったの・・・」
コハルと自分を呼んだ女の子が頼んで来た。
「え?!あなたを・・・?なぜ?」
この城に住まう姫は唯の独り。
「だって・・・おばあちゃんとはぐれちゃったの。
声に呼び出されてここまで来たら、さっきの人が・・・だから」
小声になって怖かったのだと言いたげに、コハルが魔法少女に助けを頼む。
「闇の者に呼び出されちゃったのね?
・・・そっか、それじゃぁ教えてあげる。
このまま私の指す方に歩いて行くと良いわ。
お庭の先にあるテラスに辿り着けるから」
魔法少女は灯りが微かに零れ出ている方を指差す。
「え?!一緒に連れて行ってくれないの?」
「ごめんね。私も用事があるから・・・」
剣を左手に持った魔法少女が、右手を女の子に差し出すと。
コハルは諦めたのか、手を掴んで頭を下げる。
「ありがとう、お姉ちゃん・・・あの。お名前は?」
名前を聴いてお礼を告げようと思ったのだろう。
魔法少女の顔を見上げて訊いて来るコハルを見詰め直して、
「あなたって・・・本当に似てるのよ。
私の想い人の顔に、その瞳も。
もう十年も観ていないのに・・・面影を感じてしまうのよ」
産まれてすぐに出会った記憶を思い出しているのか?
十年前の記憶が少女に残されている・・・金髪の魔法少女は一体何者なのか?
「お姉ちゃんの想い人?
あたしがその人に似てるの?
美晴に似てるって人のお名前は?」
胸に手を当てたコハルが、本当の名を告げた時。
(( どくんっ ))
碧き瞳が見開かれる。
魔法少女が美晴を見詰めて息を呑む。
「あ・・・あ・・・あなたっ?!今なんて?!
なんて名乗ったの?!ミハルって・・・ミハルと?」
掴んだ手を引き寄せた金髪の魔法少女が、
「私の想い人と同じ名。
ミハルを探し求めて来たの!ミハルを蘇らせる為に!」
叫んでコハルを抱き寄せる。
「お、お姉ちゃん!ミハルって言われてもアタシじゃないよ?
お姉ちゃんの事覚えてないもの!お姉ちゃんの知ってる人じゃないよ?!」
「じゃぁ?!じゃあ名前をちゃんと名乗ってよ!」
抱き締めたまま、魔法少女が訊ね返す。
「え?うん、いいよ。
アタシは島田 美晴っていうんだ。
島田 真盛の長女、ミハルっていうんだよ?
でもね、ミハルがちっちゃいから、みんなコハルって呼ぶの」
まじまじとコハル=ミハルを観た。
確かに思い描いた顔とは似てるが別もの。
覚えている顔とは似てるが別人。
「ミハル・・・コハル・・・
そっか・・・人違いかもしれない・・・ううん。
あなたはミハル・・・じゃないのかもしれない」
魔法少女がコハルを離して呟く。
「ミハル・・・ペットに成れ」
「・・・ペット?アタシ・・・お姉ちゃんのペットになるの?」
キョトンとした顔で見上げて来るコハル。
肩までの黒髪には、何も変化は見られない。
「そ・・・っか。
そうだよね・・・まだ・・・帰って来てはいないんだよね」
コハルを見つめる目が、悲し気に閉ざされる。
「ごめんね、コハルちゃん。
人違いだったみたい・・・謝るわ」
閉じられた瞳には、誰の顔が映っているのか。
「ねぇ・・・コハルは名乗ったよ?お姉ちゃんは?」
名前を教えて欲しいと、訊ねるコハルに。
「私?・・・リィーン・・・伝説の女王と同じ名の。
古の女王と同じ・・・リィーン」
髪を掻き揚げた魔法少女が名乗った。
月光を浴びて佇む魔法少女。
金髪がプラチナブロンドに輝いて見える。
碧く輝く瞳が優しく見詰めている・・・
「あなたを観てると、あの子を思い出すわ。
あなたを通してあの子が微笑みかけてくれているみたいに・・・」
麗しい口元から零れる想い。
「コハル・・・ちゃんって呼んだ方が善い?
それとも・・・ミハル・・・って、呼んでも良い?」
微笑みかける声が女の子の呼び名を訊ねる。
「えっと・・・お姉ちゃんが呼びたい方で。
コハルでもミハルででも・・・良いよ?」
女の子は微笑みかけてくるリィーンに答えた。
幼いコハルを見詰めて頷いた魔法少女が胸元に手を添えると。
「ミハル・・・あなたの事を、今からミハルって呼ぶわ。
そして・・・これをあなたに託すから・・・」
添えていた手を首元に据えて、何かを取り出す。
「これ・・・なんだか分る?」
外した物を掌に載せ、コハルに差し出して見せる。
「碧き宝石・・・古の魔法石・・・見覚えはないかな?」
リィーンの手に載せられた蒼く輝くネックレス。
月明かりを反射して、殊更に光を放っている・・・魔法の石。
見詰めたコハルが首を振ると。
「そう・・・じゃあ、あなたに持っていて欲しい・・・この石を。
きっとあなたを護ってくれる筈だから。
あなたにしか、この魔法石を使いこなせない筈だから・・・」
手を取って手渡したリィーンと、魔法石を見比べて戸惑うコハル。
「ミハル・・・きっと・・・また逢えるわよね?」
手渡したリィーンが踵を返して離れながら訊いた。
「え?!うん・・・また。きっとまた会おうね?」
衛士隊ユニホームを着たリィーンに頷き、再会を誓うコハルに。
「ええ。きっと・・・ミハルと。
私のミハルと・・・逢いたいわ」
どこか遠くを観ているような瞳で、コハルに答えた。
「アタシも。コハルもお姉ちゃんとまた逢いたいな!」
手の上に蒼き魔法石のネックレスを捧げ持ったまま、コハルが笑って応える。
「うん。約束よミハル!また・・・お話ししましょうね?」
歩き出したリィーンの姿が月明かりに溶け込んで消えて行った。
別れの言葉と共に・・・
コハルは観えなくなった魔法少女の後ろ姿をいつまでも追い求めていた。
「コハルっ!こんな所に居たのね?!」
不意に声が掛けられた。
「駄目じゃないのっ、勝手にお庭へなんて出ちゃ!」
もう一人の声が聞こえた方へ振り返ると。
「コハル、皆さんの処に戻りましょうね?」
「コォハァルゥー!みんな何処に行ったのか心配してたのよ?」
黒髪の婦人が優しく呼びかける野とは対照に、茶髪の軍服を纏った女性が声を荒げる。
「おばあちゃん!おかあさん?!」
ポケットに魔法石を仕舞い込み、大慌てで二人の元へ駆け寄ると。
「今ね!お姉ちゃんが助けてくれたの!
悪い人に連れて行かれそうになってたら、金髪のお姉ちゃんが助けてくれたの!」
茶髪の婦人軍人に飛びついて、今起きた事を話したのだが。
「また・・・この子は。夢でも観ていたんじゃないの?
ここは王宮の中なのよ?怪しい者が入り込める訳がないじゃないの!」
抱き着いてきたコハルにコツンと拳骨を落とした。
「だって、本当だもんルマお母さん!
アタシは嘘を吐いてなんかいないもん!」
コハルは叱られたと半べそになって言い募る。
「はいはい。泣きなさんな、迷子になったのは本当でしょう?」
べそをかくコハルを抱き寄せた母親のルマが、しょうがない子ねと微笑む。
その傍らに立つ夫人は、コハルの言葉に周りを確かめるように気配を探ると。
「コハルちゃん、もう怪しい者は居なくなったわよ?
大丈夫だから、皆の元へ戻りましょうね?」
抱き合う親子を促した。
「ええ、そうしましょうミユキお母さん。
ほら、コハル。みんなの元へ帰ろうね?」
抱きかかえるようにコハルを立たせたルマを誘い、ミユキが最初に歩き出す。
コハルの手を握ったルマがその後に付き従い歩き出す。
「リィーンお姉ちゃん・・・・」
今さっき出逢った魔法少女を思い出す。
そっとポケットに仕舞い込んだ魔法の石に手を充て、振り返ったコハル。
宮殿に向けて歩く3人の頭上には、月が煌々と輝いていた・・・
「魔砲少女ミハル・シリーズ」最新作になります。
あのラストから数年後の世界。
新たな子が命を受け誕生しました。
新たな運命の御子が現れました。
新たな世界には何が待つというのでしょう?
永き旅路の果て、宿命は果されるのでしょうか?
真・魔砲少女 物語
幕を開けます・・・
次回<序章>Over Ture 約束
君は宿命を背負えるか?!