一話
暗い話です。
苦手な方、不快に思った方は、遠慮無くページを閉じてください。
幼い頃から、僕は想像と現実に齟齬が生じる子どもでした。
それは子どもであれば、当然なのかもしれません。想像した世界と、目の前にある世界の違いを予め認識せず、思うままに行動し、失敗を繰り返しました。
やがて、経験は蓄積され、知識に変わります。
そうして、現実での歩き方を、二足歩行を覚えようとする幼子のように、身につけていく。これが、成長なのだと、僕は年を重ねて知りました。
ただ、どうにも、僕はそのような当然として敷かれたレールを行くのが、苦手のようでした。 ふと気づいて己を見つめ返してみれば、僕はいつかの子どものままでした。
それだけならば、どんなによかったことか。
僕は、世界を、僕以外を、見てしまいました。
かつて僕と同じくらいだと思っていた人たちは、もはや先の光へ消えてしまいそうなほど、ずっと遠くを歩いていました。
今さら僕がどんなに焦って走ったところで、彼らとの距離が縮まらないほどです。
先を行く人たちの歩みは歩幅が大きく、速かったのです。
歩いてばかりでは差は広がり、走ってもさほど近づかず。
僕は、とうとう彼らの横顔を見ることが叶いませんでした。ずっと先へ行かれて、背中すら見えません。世界を違えた瞬間でもありました。
一人取り残された僕は、ただ孤独を歩くしかできません。今まで己の歩いてきた道を振り返り、悔やむばかりです。
これほど過酷だと、誰が教えてくれましたか。
残酷で哀しいところだと、誰が警告してくれましたか。
僕は、子どもの頃のままでここまで歩いてしまったのだと、どうしようもなくなってから気づかされたのでした。
こんなに惨めにしたのは誰でありましょう。
こんなに哀しい思いをしなければならないのは、誰のせいでありましょう。
全部、僕です。
僕が愚かにやってきたことです。
もっとできたはずだ。
もっとやれたはずだ。
無意味な後悔ばかりが、頭で何度も鳴ります。
なぜしてこなかったのか。
なぜやってこなかったのか。
知っていればやっていたのか。
わかっていれば、今に至らなかったのか。
何度も繰り返して、ただそれだけで終わるばかりです。
今からでも、遅くはない。
変えられることだってあるはずだ。
そのような、身を切り刻んででも前へ走ろうとする行いは、僕には選択できませんでした。
詰まるところ、僕は、自分に甘かったのです。
いつだって失敗を恐れて、挑戦をしてきませんでした。
かっこ悪いと、格好をつけて、努力も怠りました。
結果が、この様なのです。
だから今だって、僕は先の光に消えた人たちを羨みながら、見つめるだけに甘んじました。 走ってばかりが、とても辛いからです。
努力の成功例がないから、僕のような人間は努力するのを怠るのだと、どこかで読みました。しかし、自分に甘えてばかりの僕に、そんなこと分かるはずもありません。
僕に残されたのは、惰性だけでした。
先を羨み、現状に甘え、過去に反省しない。
悔やむばかりで。
哀しむばかりで。
泣くばかりで。
結局は、こうしている間に誰かがひょいと助けてくれるのを、僕はどこかでまっているのかもしれません。
こんな惨めで愚かしい人間を誰が好いてくれましょうか。
孤独になって当然だったのです。
主人公など、この物語の説明は、省かせていただきます。
続く予定です。
合計十話くらいでしょうか。予定しています。




