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その5・「気を使って褒めてみた」

 門の前の獣人像。一見して、全身が土でできているようにみえた。

 三角形の耳が二つぴょこんと飛び出た丸っこい頭が、何かを探すように、右周りにゆっくりくるくる回転している。

 時々耳がぴくりと動いて、その一瞬だけ全身に施された複雑な文様がぼんやりと蒼い光を帯びた。

 その手には、短い柄の先にこぶし大の金属球が鎖でつながった打撃武器を持っている。この武器の部分だけは土製ではない。

「遺跡を守る門番、かな」

「魔力で動く番人像(ガイロン)だね。朝に来た時には、あんなの居なかったんだけどなあ」

「あいつを何とかしないと、その先には入れないっぽいね」

「まずは、ご挨拶してみようか」

 セイルはゆるりと歩を進め、無抵抗を示すように両手を広げ、動く獣人像の前に身をさらした。

 何か考えがあるのかな。大学府(アーガム)の魔道士ならば、魔力で動く古代の遺物なんかにも精通している筈だし。

 ここは彼に任せてみよう。なんて思ってると――

「どうもはじめまして。僕はセイル・リュブナン。そこを通してもらえると助かるんだけど、だめかな?」

 アホがひとり、獣人像に普通に話しかけてた。

 古代の遺物に対して現代語で。

 いちいち言うのも面倒くさくなってきたけど、私は頭を抱えた。

 そんな私をしり目に、「もしもーし?」と像の顔の前あたりで手を振ってるセイル。

 …………。

 その場の勢いで相棒宣言したけど、ちょっと早まったかも。

 冷たい視線を送る私の前で、セイルと獣人像はお互い無言で向かい合ったまま、数秒が経過した。

 いきなり襲い掛かってきたりはしないみたいなので、敵意を見せなかったのは正解かもしれないけど、その代わり扉の前から像が動く様子もない。

 ただし、さっきまでくるくる回っていた頭の部分は、今はずっとセイルの方を向いていた。まるきり反応が無いわけではないのかな。

「差し出がましいようだけどさ、セイル」

 見かねて私は口を出した。

「この遺跡が作られた時代のもんだとしたら、そいつ現代語は通じないんじゃないかな」

「ああ! そうだね。アリヤの言う通りかも」

「気づけよ魔道士」

 素で失念していたらしい。大学府(アーガム)でいったい何を習ってたんだろう。

 気を取り直して、セイルは咳ばらいをしてから、私に理解できない言葉でもう一度、獣人像に話しかけた。

 反応は――あった。

 獣人像は右足を一歩前に進め、右手に持った金属球を振り上げると、セイルの頭上から勢いよく振り下ろした。


 間一髪、セイルは飛びのいて獣人像の攻撃を避けたが、像の耳がまたぴくぴく震えて、顔をこっちに向けてくる。全身の文様は強く赤く光っていた。

「攻撃されてるじゃない!」

「あっれえ? おかしいな」

「いったい何言ったの?」

「さっき現代語で言ったのと同じだよ。挨拶してから――」

 話してる間に、二発目の金属球が二人の間に落ちてくる。動きが緩慢なので、私もセイルも難なく避けられるけど、当たったら痛いだけじゃ済まないぞコレ。

「……挨拶してから、通してくれと」

「ほんとにそれだけ?」

「あとは、気を使って褒めてみた。かわいいネコ耳ですねって」

 一言余計なんだよ!

「コヨーテの精霊の従僕ならネコなわけないでしょうが!」

「ああ、そうか。――じゃあイヌ耳って言い直してみようかな」

「無理なんじゃないの。もうすっかりおかんむりみたいよ」

 ってか、冷静に考えたらイヌ耳をネコ耳と間違えられて怒る獣人像というのも変だ。多分、耳は関係なしに、奥の祭壇の間への侵入の意志を確認したから、と考えた方が理屈に合うだろう。なにせ番人なんだから。

「なかなか穏便にはいかないものだねえ……」

 三発目をよけながら、セイルは頭をかいて苦笑した。私は舌打ちして、彼を背後に退かせる。

「あいつ、刀で殺せると思う?」

「そもそも生きてないから無理なんじゃないかな。定番の対処としては、かけられている術を解くか、無理に相手をせずにやり過ごすか」

「私が誘ってみるから、あんたは少し離れて、術が解けないか試してみて」

「わかった。健闘を祈るよ」

 無理目であっても時間を稼げればセイルが何とかできるかもしれない。

 まずはあの武器を何とかしたい。私は刀を抜いて両手で構え、球が落ち切って動きが止まった直後を見計らって、その手元に切りつけた。

 意外なことに、刃はすんなりと獣人像のまるっこい手首を斬り裂いた――が、斬ったそばからその箇所は砂のような細かい粒に変わり、刀身が抜けるとそれらが寄り集まって、斬られる前とすっかり変わらない形に再生された。

(なるほどね)

 土じゃない。砂か。

 こりゃ死なないわ。師匠のところで滝から落ちてくる水を斬る修業をさせられたのを思い出すなあ。その時は何のための訓練なのか分かんなかったけど、世の中にはこういう手合いもいるってことか。

 でも、これまでの攻撃から、獣人像の動きのパターンはだいたい読めている。

(形のないものを斬るには、流れを導き、見極め――)

 私が横に跳ぶと、それに合わせて獣人像は半身をひねって金属球を持ち上げ始める。振り下ろす速度は一定。ならば。

(流れに逆らわず、その起点を断つ!)

 獣人像が球を振り下ろし始めるその一瞬を狙って、切っ先を像の右肩口にまっすぐ突き立て、像の懐に踏み込んだ。

 そして球を振り下ろす速度よりも速く、コンパスのように体を開いて回す。

 像の右肩から脇の下までを一気に斬り裂くと、武器の重量を支えられなくなった腕が振り下ろした勢いのままずれて、斬り口が広がり、再生速度が一瞬遅くなった。

 腕全体が胴から離れたその隙に体重を逆足に戻して、さっき踏み込んだ足で内側から武器を蹴飛ばしてやると、重そうな武器は遠心力と加えられた衝撃に耐えきれず、広間の隅の床に飛んで転がった。

 武器と一緒に胴を離れた腕は、そのまま崩れて形を失い、砂になって床に散った。

 獣人像の肩から、わずかに残った細い砂の流れがのびて、床から砂を吸い上げはじめたが、ちぎれた腕が完全に再生するまでには十分な時間がありそうだ。

「砂の番人像(ガイロン)を刀で斬るって――信じられないことをするねえ、君は」

 セイルが部屋の向こう側から、感心したように褒めてくれた。

「そっちはどう?」

「さっぱりだね。解呪の術式は完成したけど、効いてないみたいだ。普通の番人像(ガイロン)にはある筈の、術を付与した媒体がどこにも見当たらない」

 打つ手なし、ってことか。

「でもね、一つ気づいたんだ」

「何?」

()に反応しているね、あの番人像(ガイロン)

「音?」

「そう。君の足音。僕はじっとして細い声で詠唱してたから、君にも僕の声はきこえなかったろ? そして、あいつの耳はずっと君の方を向いていた。で、今は大きな声で喋ってる僕の方を向いてる。人間と同じぐらいの聴覚があるんじゃないかと思うんだよね」

 ――音、か。

 ん、何かひっかかる。なんだろう? 音に関係する何かがあったような。

 でも今は、思い出してる余裕は無い。無力化した右腕も再生しかかっている。

「結論だけおねがい」

「一人が大きな音を出して、通路側にあいつを誘い出している間に、もう一人が静かに扉に近づけば開けられるかもしれない」

「よし、それでいこ。何か音の出るもの――ああっ」

 そうか。思い出した。アレだ。

「セイル、あんたが持ってる陶器の笛。あれ使えないかな?」

「そういえば、そんなのもあったねえ」

 私も忘れてたから今回はセイルを責められないけど、持ってる本人が他人事みたいに言うなってばよ。

 セイルはポーチにしまってあった、(あか)みを帯びた彩色陶器の笛を取り出すと、おもむろに吹き口に唇を当て、演奏を始めた。

 素朴な音色が響き、セイルが指で塞ぐ穴の位置を変えると、現代の音楽とは違う音階で、不思議と郷愁を誘うような旋律が奏でられた。

 獣人像は――確かに反応している。

 耳がまた震えて、笛を奏でるセイルの方へと進み始めた。

 さらに驚いたことに、赤い光を放っていた体の文様が次第に光の強さを弱め、ちらつくような点滅を数度繰り返した後、黙って番をしていた時と同じ薄ら蒼い光に戻っていった。

 獣人像は右腕を引きずりながら、セイルの目の前に歩み寄ったが、もう攻撃する素振りはない。ゆっくりと身をかがめ、ひざまずく姿勢をとった。

 セイルが笛の演奏をやめたあとも、獣人像はじっとして動かなかった。

「ねえ、セイル。これってひょっとして……」

「ひょっとするねえ」

 あ、やっぱり。

「たぶんこの笛は、この番人像(ガイロン)を制御するための笛だ」

 どっと疲れが出た。

 いらない苦労を買ったような気がする。

 セイルも、「最初から使っておけば良かったねえ」と身もふたもない感想を述べた。

 思いっきり結果論だけどその通りだね……。

 それにしても、セイルって笛も吹けるんだ。意外と多芸なんだなあ。

「――さて、ちょっと苦労したけど、これで先にいける。とっとと進もう」

「そだね。「彼女」を待たせちゃ悪いもの」

「怒ってないといいんだけどなあ」

「ふふ、覚悟はしときなよ。女には、待ち合わせに遅れるような男にかける情けはないんだから」

「君はそういうとこも容赦ないねえ」

 セイルとの下らないやり取りで、徒労感はいくらか和らいだ。

 重い扉を押し開けると、目指していた「祭壇の間」へ、二人一緒に踏み入った。

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