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その4・「それを人に含めるなよ」

 古代の神人、ムパンヤ人。

 彼らの遺した「力」を持つ設備の遺跡が、この寺院の地下に残されているという。

 もともとセイルは、その遺跡を調査しに来たのだ。

「この壁のレリーフは、土着信仰にまつわる縁起を記したもののようだね。君も知ってるかな。このあたりでは獣の精霊が神様みたいに祀られてたんだ」

 ――といわれても。

「ハール時代の寺院の方は、当時神聖な獣とされていたコヨーテが祀られていたんだけど、実はコヨーテと蛇の相克はムパンヤの創世神話でも重要なテーマでね。もともとムパンヤ人がコヨーテを祀っていた場所がそのままマノヤの祭祀に受け継がれたって例が他の地方の遺跡にもあるんだ。この彩陶の笛にもコヨーテが描かれている。見つかったのは「表」の寺院遺跡の祭壇の間だったから――」

 古代の歴史や伝説については私は門外漢で、詳しく説明されてもさっぱりだった。

 今日これで何度目になるのかわからないけど、私は頭を抱えてセイルの話を遮った。

「蘊蓄もいいけどさ、どこに山賊が隠れてるかわからないんだから、おしゃべりは程々にね」

 私たちは、遺跡の地下に続く長い階段を、注意深く下っていた。

 身隠しの術はとっくに切れていて、お互いの姿が見える状態に戻っている。

 外の光はここまでは入ってこないので、私が左手に持った松明の炎が揺れながら視界を照らしていた。

 セイルのカバンが置いてあった先ほどの部屋の奥の壁に、巧妙に隠された扉――というよりも開閉可能な石壁の一部があって、そこから続く細い通路の奥が、この長い下り階段というわけだ。

 表の見張りが遺跡内に引き付けられているうちに脱出する、という当初の計画は、時間が経ってしまっているのでもう使えない。

 山賊たちはふたたび出入口を固めて、まだ見つからない私たちを血眼になって探してるはずだった。

「心配ないよアリヤ。さっきも説明しただろ。この隠し通路は、寺院の奥の「聖域」に続いてる。迷信深い山賊たちの忌み場になってて、彼らはめったに寄り付かないのさ」

 確かに、ここまで敵に出くわすことも、追手が迫ってくることもなかった。一本道なので、気づかず追い越したということもないだろうと思う。

 とはいえ油断は禁物だ。

「侵入者を探すためなら、禁忌になってる場所にだって入ってくるかもしれないでしょ」

 もちろん、杞憂ならそれに越したことはない。けど、注意を怠って奇襲を食らったらマヌケすぎる。

「確かに、その通りだね。でもさ――レリーフの説明は君が訊いたから答えただけなんだけどなあ」

 とセイルは不満そうに口を尖らせた。

 通路の壁には一面に、現代の感覚からすると少し禍々しい様式のレリーフが施されていて、ずっと先まで続いている。このレリーフが表現している内容について、私が軽く質問したことに対する答えが、先ほどのセイルの長い説明だった。

「で、この先にその人――()()がいるわけ?」

「うん、たぶんまだいると思う。この階段の下は、さっき言った通り寺院の聖域になっててね。彼女とはそこで会った」

「ふうん。――て、あれ?」

 そこで会った、って。話がおかしくない?

「その場所、山賊たちも近寄らないような禁忌の場所だったんだよね? 何でまたそんな所に人が?」

「さあねえ。それは僕も知りたい」

 韜晦してるわけじゃなくて、素で言ってるっぽい。ちょっとは不思議に思わないのかな。

「とにかく、彼女にあそこに居座り続けられたら、本格的な調査に入る予定の後続の連中が先に進めなくなるからね。この遺跡を出てくれないかと提案した」

「それで?」

「彼女が言うには、自分は故あってこの場所に縛られているから、外には出られない、と。それで、どうしても連れ出したいなら上の寺院の広間にある祭壇から、形代(かたしろ)の祭器として半獣半人の土人形を持ってこいって言うんだよ。それで――」

 と、セイルは背中にしょった大きなカバンをすこし傾げて、その中から手のひらに収まるぐらいの大きさの土人形を取り出した。

「この珍妙な人形を、上の広間まで取りに戻った」

 人形と言っても素焼きの土饅頭を重ねたような感じのもので、写実的な様式のものではなかった。

 半獣半人というけれど、かろうじて、頭の上にぴょこんと飛び出した獣の耳のような部分と、胸のあたりの二つの乳房のようなものが判別できる程度の、「言われてみればそうか」という造形水準だ。

 焼いた後で彩色されたと思われる赤黒い文様が所どころに残っていて、何となくセイルが持っていた彩陶の笛と似た雰囲気があった。

「……祭壇の間の鍵が宝物庫にあって、さっきも言ったけど、そこで山賊たちに見つかってね」

「ああ、この銀鎖の護符があったとこ?」

「うん。それは鍵と一緒に見つかったんで、失敬してきた」

「意外と手癖が悪いねえ」

「山賊が誰かから巻き上げたものなら、探してる人がいるかもしれないだろう?」

 持ち主がまだ生きてれば、ね。

「で、彼らとあんまり楽しくない追いかけっこをしながら、なんとか人形を確保して、応援を呼ぶためにそのまま外へ逃げだした」

 セイルの話では、その時に人形を入れたカバンをあの部屋に放り込んできたのだという。

 追ってくる山賊をかわしながら街道までたどりついたものの、囲まれて逃げ場が無くなったところに、私が通りかかったというわけだ。

「今の話を聞いてて思ったんだけど」

 土人形をセイルに返しながら、私は訊ねた。

 あんたと付き合うコツがだんだん分かってきたよ。

 この能天気は、どんなに大事な話でも軽い調子で話すから、注意していないと重要な情報を聞き逃してしまう。

 気になったところは、こちらから掘り返さないといけない。


「その「彼女」ってさ、――()()()()()()よね?」


 え?とセイルは一瞬当惑したような表情を見せてから、いつものニコニコ顔に戻って、

「ああ、狭い意味ではそうかもね」

 と私の推測を肯定した。

 いやさ、狭い意味ってか、人間の定義ってそんなに曖昧なものだったかな? セイルの言う広い意味の人間てどこまで含んでるんだよ。

 ツッコミはじめると話が前に進まないので、私は別の質問をした。

「もっと具体的に言うと、「彼女」さんて、この寺院に祀られてる神様だか精霊そのものなんじゃないかと私は思うんですけど? セイル先生」

「うむ、予断をもってあたるのは、研究の姿勢としては良くないね、アリヤくん。情報が少ないうちは特に」

 ああもう、面倒くさいなこいつ。

「……あんた自身はどう思ってるのか聞いていい?」

「たぶん、あれはこの寺院に古代から祀られてきたコヨーテの精霊だと思う」

「やっぱりかい!」

 私は手刀をセイルの眉間に勢いよく叩き込んだ。

「それを人に含めるなよ。明らかに人外じゃん!」

「痛たた……いきなり来たねえ」

 ゴメン、つい反射的に。

 コヨーテ様が祀られた祠は私の田舎にもあったから、珍しいものでもない。

 その縁起まではよく知らないけれど、子供をからかったり畑仕事の邪魔をしてはパンの耳をせびる、いたずら好きの精霊ってことになってる。

「――そんなモノを大学府(アーガム)の都合で追い出して、バチとかあたらないわけ? 祟られたり憑かれたりしない?」

「下手を打てば祟られるかもしれないねえ。でも、彼女のいた「聖域」の地下祭壇は、ハール時代のマノヤ人の遺跡とムパンヤ人の遺跡をつなぐ場所になってるんじゃないかなと僕は推測しててね」

 遺跡の再利用。

 そういえば、この寺院に来る途中でそんな説明があったような。

 屋上、屋を架す――ってのは意味が違うか。

 ふんわりとしか理解できてないけど、魔道士たちが術を使うためにはムパンヤ人の遺跡が重要だって話だ。それがこの寺院の「奥」にある。

「その肝心のムパンヤ人遺跡の入口が彼女の霊力で封印されているみたいなんだよ」

 だから、調査のためにはどうしても立ち退いてもらう必要があるのだという。

「力の強い精霊なんだろうね。僕の術で封印を弱めようとしてみたけど、どうにもならなかった。それで()()に、調査中は大学府(アーガム)が責任をもって遺跡の保存に努めるから、遺跡の機能が確認できた後に戻ってもらうという約束で、なんとか穏便に一時立ち退きしてもらえないか交渉したんだ」

 なるほど、その結果がさっきの話ってことか。

「でも、上の山賊はどうするの?」

「そっちはどうってことないさ。先遣の僕が規模や戦力を調査して、後続の本格調査隊が相応の護衛を引き連れてきて一掃する予定だよ。小規模なら僕一人で排除するとこだったけど、明らかに手に余るからね。任せるさ」

 さすが大学府(アーガム)、話がデカい。お上に盾突くもんじゃないね。

「で、山賊だけならそれで済むけど、彼女が立ち退いてくれないと、さらに強硬な手段をとらざるを得ない」

「軍隊の動員とか言ってたね」

「いかに強大な荒ぶる精霊でも、その力は無限じゃないからね」

 人海戦術で力を削いで鎮めるってことか。無粋な話だなあ。犠牲者も出るだろうし。

 心情的には、その彼女、コヨーテ様には、セイルの口車もとい取引に乗っていただいて、八方丸く収まってほしいところだ。

 そんな話をしているうちに、階段が終わって広い通路に入り、しばらく進むと天井の高い開けた場所に出た。

 結局ここに至るまで、山賊の追手も待ち伏せも無かった。すこし拍子抜けだけど、寺院の広さを考えると、実際こんな場所にまでは手が回らないのかもしれない。

「ここがその「聖域」?」

「いや、まだ前室。奥に大きな扉があるだろう? そのむこうだよ」

「扉――って」

 確かにセイルの言う通り、簡素ながら荘厳な造りの、両開きの鋲打ち扉が見えた。

 が、見えたのはそれだけではなかった。

「セイル先生、扉の前に何か居るんですけど?」

「いるねえ」

 表情を変えずにセイルは言った。

 いまさらながらだけど、私の相棒、緊張感ってのを母親の腹ん中に置き忘れてきてるんじゃないだろうか。

 まあ、百歩以上譲って肯定的に評価すれば、そのおかげで私もいらない(りき)みが取れて動きやすくなるってのはあるけど。それを狙ってやってる訳じゃなくて、セイルの場合ただただ能天気なだけだ。


 大扉の前に立っているのは、セイルが持っていた土人形をそのまま大きくしたような、等身大の像だった。

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