その3・「ここで君とは、お別れだよ」
外から見るより、遺跡の中は結構複雑な造りだった。
入って間もなくは真っ直ぐだった回廊が、進むにつれて右へ左へとぐねぐね折れていく。
反対側の出入口に近づくためには、小部屋や広間をいくつも経由しないといけない。そのうえ山賊たちが仕掛けた罠が方々にあるようだ。
でもセイルの頭の中には、この建物の間取り図が概ね正確に記憶されているらしく、道に迷ったり罠に突っ込んだりすることなくスムーズに進んでいくことができた。
天井の所々が抜け落ちて外の光が差し込んでくるので、灯りをつけなくても真っ暗ではない。夕方近くになっていたから若干薄暗いけど、歩くのに困るほどじゃなかった。
遺跡の中でも当然、山賊たちが闊歩している。
奴らにとっては生活の場なので、外にいた見張りの連中みたいに警戒しながら歩いているわけじゃないんだけど、立ち聞きした彼らの会話からして、侵入者がいるらしいってことはもう周知されてるとみていいだろう。
私は「身隠し」のまじない紙をセイルからもらって使わせてもらっていた。
これは彼のアイディアで、代金は後で私の報酬から差し引いてもらうことになってる。
必要経費だからタダでくれると言われたけど、そんなことしたら死んだおじいちゃんに顔向けできない。けじめだからね。
そんなわけで、余程のヘマをしない限り山賊たちの視界からは消えていられる。
セイル自身はといえば、自分の術で消えていた。
私も詳しく知っているわけじゃないけど、「身隠し」はそこそこ高位の術だったはずだ。それを手慣れた様子で術式完成させていた。さすが。
この状態で厄介なのは、お互いの姿が見えないことだ。時々小さな声を掛け合ったり、裾をつかんだり指でつついたりして所在を確認しないといけなかった。
私の傷はすっかり回復している。毒は中和されたみたいだし、外傷もセイルの持っていた傷薬であっという間に塞がった。魔法の薬、便利すぎる。
それでも深い傷だったので、傷痕は残っちゃったけど、まあ名誉の負傷だから別に気にしない。
「僕の記憶が正しければ、この部屋だったと思う」
遺跡の一室に入り、山賊が居ないことを確認してから、私たちは一息ついた。
セイルが忘れてきたというカバンが、この部屋にあるはずだという。そうだった。そもそもそれを探しに来たんだ。
「そういえば、セイルって――」
先刻ふとよぎった疑問を、私は口にした。
「一人で遺跡調査を任されるぐらい優秀な魔道士なのに、私と会ったあの時、なんでピンチになってたわけ? あれだけの速度で詠唱できるんなら、山賊に囲まれたってチャンスを作るぐらいのことは自分でできたんじゃないの?」
「まあ、そうかもしれないけどね。数で押されると単独で対処できることには限界があるからねえ」
君だって刀ひと振りで相手にできる人数には限界があるだろう、と彼は言った。
それはまあ、そうか。
「でもさ、身隠しの術で透明になってれば、そもそも見つからなかったんじゃない?」
「そうしてたんだけど、いま君が持ってるあの銀鎖の護持を手に入れた時に、ちょっと下手をこいてね」
銀鎖の護符――私がいま首から提げてるコレか。セイルから借金の形にあずかっているものだ。
「宝物庫を守ってた山賊とぶつかっちゃって」
なるほど。身隠しの術で隠れても目に見えなくなるだけだから、接触すればバレるわけだ。
「宝物庫なんて、警戒の厳重なとこをウロウロするからだよ」
「はは、その通りだけど、今回はちょっと事情があって、やむなくね……」
「事情って?」
「――ああ、あった。やっぱりこの部屋だったか」
私に質問には答えず、部屋の壁際でセイルが何かを持ち上げた。カバンが見つかったようだ。
術がかかっているので、彼の持ち物は見えないけど。
ともあれ目標達成。ミッション・コンプリート。意外とあっさり終わったね。
「おつかれさん。じゃあ、さっさと逃げましょ」
モタモタしていると、術が切れて敵の只中で間抜けな姿をさらすことになる。それじゃ、さっきのセイルの話を笑えない。
出口にいた見張りを引き付けてあるとはいえ、油断は禁物。約束の報酬をいただくのは、安全を確保してからの方がいいだろう。
でもセイルがそこを動く気配はなかった。
「ちょっといいかな、アリヤ。その事なんだけどね」
やや重い口調で、セイルは切り出した。なんか嫌な予感、ふたたび。
「ん、どうしたの?」
「――いや、ほんとに今更で悪いんだけどさ。実は、僕にはこの遺跡でまだやらなくちゃいけないことがもう一つあってね」
「やらなくちゃいけないこと?」
オウム返しに私は訊ねた。
「さっき言ってた事情ってやつさ。この遺跡の中に、人を待たせてるんだ」
人を待たせてるって――連れがいるってこと? 初耳だよ。先に言え!
「これから僕は、彼女を迎えに行く。逃げるのは少し後になるね」
へえ、女の人なんだ。
へえ。
……あ、イヤ、ちょっと気になっただけだよ。あと、私のセイルに対する想いってのは断じて男女のうんたらではなくて、旅の連れってか仲間としての立場的な何か的なほら、アレだから。
でも、どういう関係の人なんだろう。
連れ出さなければいけない、って、逃げ遅れた同行者とか? 大学府の同僚かな。それとも、私みたいに護衛に雇った人?
あーもう。気になる!
「私をさしおいて、ほ、他の女と待ち合わせの約束とか、あ、ありえない。さ、サイテーね、……はは」
動揺を悟られないように、軽口をたたく。大丈夫、顔見えてないし。
セイルはいつもの調子に戻って笑った。
「ごめんよ。それも調査の一環だからねえ」
「というと?」
「守秘義務とかいろいろあって、君に詳しくは説明できないんだけどね。この寺院遺跡の地下にあると思われるムパンヤの遺跡にたどり着くためには、どうしても彼女の協力が必要なんだ。それが得られない場合、この山奥に軍隊を送り込んでもらわなくちゃいけなくなる。そうなると大学府の予算的に厳しいし、遺跡そのものの状態も今より悪くなるから、できれば選択肢に加えたくないし……」
はあ、セイルがぶつぶつ言ってからため息をつくのが聞こえた。
ため息つきたいのはこっちなんだけどな。通りがかりの義理で助太刀した結果が、遺跡探索に付き合う羽目になるとは。でもまあ。
「わかったよ。仕方ない、ここまで来たら乗り掛かった舟だもん。一緒に――」
「そうもいかないさ」
セイルは改まった口調で言った。
「君への報酬はいかほどになるのかな。山賊を蹴散らして僕を助けてくれたお礼と、ここまでの護衛の代金だ。いま支払う」
「ちょっと待って、それどういうつもりで言ってるのかな」
私はちょっとだけ語気を強めて訊ねた。
セイルは、誤解しようのない言葉ではっきりと告げた。
「ここで君とは、お別れだよ」
「な……バカにしてるの?」
お別れ。ここで。
なんでだろう。悔しくて泣きそう。
「出入口の見張りはまだ戻って来てないと思う。身隠しの術も効いてるし、君一人でも脱出はできるだろう」
「護衛は、まだ終わってないでしょ。あんた一人で行かせられないよ。遺跡の中にはまだ山賊がうじゃうじゃいるんだよ?」
「ここから先は僕の仕事だからね。巻き込んだだけの君を連れて行くわけにはいかない。僕一人でもなんとか出来そう、ってさっき言ったのは君だよ」
「限界があるって言ってたのはあんたじゃない。それとも、その女に会うのに私がお邪魔?」
「そういうんじゃない。ただ、君は怪我をしてるし――」
「もう治ってる!――ちゃんとあんたに治してもらった。足手まといにはならないよ。第一、借りを作っといて、報酬貰ったからハイここまでって。いくら私でもそんな薄情な真似はできないから!」
冗談じゃない。ここ終わりなんて。
必死になって、ありったけの言い訳をまくし立てて、私は抗議した。意地でもセイルについていってやる。
「わがままなお嬢さんだなあ」
と、腹が立つほど暢気な声で、セイルは苦笑いしたようだった。
「じゃあ、こうしよう。まず、ここまでの報酬はきちんと支払う。そのあと、君が僕についてくるかどうかは君の勝手だ。代金だって支払わないよ? それでもいいかい、アリヤ」
「……いいよ、わかった。勝手にさせてもらうから」
タダ働きは性に合わないけど、中途半端な仕事はもっと嫌だ。
いや違う。そんなのは言い訳。私は自分に嘘をついてる。
私がセイルと別れたくない理由。
それは――。
「ここから先は、私はあんたの護衛じゃない。私たちは」
もう彼の護衛を「仕事」だなんて割り切ることはできなくなっていたから。
魔道士セイル。
一緒に歩いて、一緒に戦って。助け合って。
ここまで気分のいい、相性のいい仲間なんてこれまで他にいなかった。
私がセイルと一緒にいたいと思う気持ちと同じぐらい、セイルにもそう思っててほしい。
確かにわがままだけど。
できることなら、この先もずっと――
「相棒だからね」
そしてセイルから、例のまじない紙の代金を差し引いたここまでの護衛料金を勘定して、キッチリ収めてもらった後、私は首にかけていた銀鎖の護符を外して彼に返そうとした。けど、
「ああ、それは持ってて」
セイルは受け取ってくれなかった。
「そうはいかないでしょ。担保なんだから。お金の貸し借りをうやむやにするなって死んだおじいちゃんが――」
「あげる訳じゃなくてね、相棒の君に貸しておくんだ。効果はよく判らないけど、何かの御守りには間違いないと思うから」
もっとも、さっきの毒ナイフには効かなかったけどねえ、と台無しなことを言って肩をすくめてから、この能天気で素敵な魔道士は、さらに余計な一言を付け加えた。
「それにさ、何の効果もなかったとしても、綺麗なものじゃないか。君がそれを首にかけた時にね、似合ってるなと思ったんだ。とっても」
私にとってはホントに幸いなことに、身隠しの術はまだ切れていなかった。
だから、その時に私がどんな顔をしていたのか、どれだけ緩み切った顔をしていたのか、セイルには見られなくて済んだんだ。