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その2・「淑女に対する無礼については後で謝る」

 もう、どれくらい歩いただろうか。日は少し西に傾いてきている。

 セイルの元来た道をたどって、しばらく峠を下り、私たちは道からすこし外れた茂みの中へ踏み入っていった。

 往来の少ないけもの道のような横道が、そこから森の奥へと伸びている。

 ここに道がある、ってことを知らなければ、好んで立ち入らないような道なのだけど、ところどころに木の柵や土を突き固めたような場所があるので、人の作ったものだと判る。

 その道なりに、深い森へと分け入っていく。

「この奥だ。ハール王国時代の旧い遺跡だよ。けっこう大きな寺院跡なんだ。谷間にあって目立たなかったから、いままで放置されていた」

「へえ、セイルの大発見てわけ?」

「いや。発見したのは僕じゃない。今は山賊の根城だから、彼らが第一発見者ってことになるのかなあ」

「なるほ――って、ちょっと待て」

 この能天気魔道士、いま聞き捨てならないことを言ったぞ。

「山賊って、さっき襲ってきた奴らの仲間ってこと?」

「そうだよ」

「そうだよ、じゃなくてさ。山賊御一行様、まだそこにいるってことでしょ?」

「そうなるねえ」

 危機感の欠片もない、のほほんとした口調でセイルは言った。

 この全身のネジが緩み切ったアホと出会ってからここに至るまでの短い時間で、頭を抱えるのはいったい何度目だろう。それ以前の人生での三倍ぐらいの頻度で頭を抱えている気がする。

「まあ、だからこそ君に護衛を頼んだんだけどね」

 そういうことか。

「……さっき逃げてった三人以外にもいるわけね?」

「全員を確認したわけじゃないけど、二十人以上はいたかなぁ。出たり入ったりしてたから、もっと多いかもしれないよ」

 まあ、先刻セイルを襲ってた連中程度の雑魚ばかりが相手なら、人数がいても相手にできないわけじゃないけど。

 だからって、こっちから好んで乗り込んでいくような場所でもない。

「素朴な疑問だけど、あんたなんでまたそんな物騒な遺跡に入ってったの?」

「調査のためだよ。大学府(アーガム)からの依頼でね」

大学府(アーガム)ねえ……」

 大学府は、この国のすべての魔道士の元締めになっている公の学術機関だ。ということは、セイルは都に住んでいるのだろうか。

 少し大きな宿場町なんかだと、在郷の魔道士が支部とか連絡所のようなものを開業経営している場合もあるけど、本部である大学府(アーガム)は都にしかない。

 そういえば担保のアイテム選びの時にも都の薬屋がどうとか言ってたなあ。……いや、別にセイルがどこで暮らしてるかとか興味があるわけじゃないんだけどね。

「でもさ、山賊の巣になってるような遺跡に、調査するものなんて残ってるのかな」

 全部盗掘されてるんじゃ?

「たしかに、「表」に見えてる部分に目ぼしいものはなかったよ。しかし調べてみるとどうやら、その「奥」があるらしくてね」

「表? 奥?」

「具体的なことを言うとね。ハール時代の寺院遺跡には二種類ある。ムパンヤ人系とマノヤ人系」

「ムパンヤ人……て、おとぎ話に出てくる?」

 空の上に街を作って住んでたとか、神様とサイコロ遊びをして勝ったとか、ムパンヤ人たちの荒唐無稽な活躍のお話を、子供の頃よくおばあちゃんから聞かせてもらっていた。

「そう、そのムパンヤ人。まあ後世の脚色もあるんだろうけど、「神人」なんて呼ばれる超人たちだね。もう片っ方のマノヤ人は僕らのご先祖様で、ハール王国もマノヤ人が建てた国だ。そして純血のムパンヤ人は大昔に滅亡していて、彼らの遺跡の多くは後世のマノヤ人に再利用されたんだ」

「あ、わかった。「表」のハール時代の寺院跡が、ムパンヤ人の古代遺跡の上に建てられた可能性があるってことでしょ? それが「奥」?」

「ご明察。――僕ら魔道士が使う術式魔法の多くはムパンヤ人の遺跡が媒介して「天空の大ふところ」にある「精神の図書館」に呼び掛けて作動するものと言われている。だから、大学府(アーガム)にとってムパンヤ人の遺跡調査は何よりも優先されるんだ」

「山賊がいても?」

「いない方が楽でいいけどね、もちろん」


 話をしている間に、私たちはその問題の遺跡が見える場所までやってきていた。

 鬱蒼とした森の中に、急に切り立った岩場で囲まれた窪地が視界に入る。山賊に見つからないように、私たちは身を伏せて大きな岩によじ登り、眼下の遺跡を眺めやった。

 方形の大きな建物が見える。

 周囲の森や岩場のせいで遠目には目立たないものの、田舎貴族の居館ぐらいの規模はある。

 セイルは寺院と言っていたけど、ごつごつした暗灰色の石材で組まれたその建物はしかし、現代の教会や神殿と比べると、見た目に質素で無機質な様式だった。

「あんまり寺院ぽくないね」

「昔の寺院はあんな感じなんだよ。まあ、だいぶ壊れちゃってるってのもあるけど」

 セイルの言う通り、建物の外壁や天井には崩れた箇所が目立つ。支柱だけが野ざらしになっている一角もあった。

「祀られているのも神様じゃなくて、先祖の霊魂とか動物の精霊とかそんな感じでね。崇拝はされているけど、人間と対等な存在だった。神話の物語をカラフルな壁画にする必要もなければ、威厳を示すために高い塔を建てる必要もなかった」

「まあ、高い塔が無いのはこの際ありがたいわ。全体を見張ることができる場所が無いってことだから」

「即物的な感想をどうも」

「ここで空想的になってもしょうがないでしょ――あんたの荷物はどの辺りか見当はつく?」

「向こうの出入口から入ってすぐの所だよ。場所はだいたいわかってる」

 見たところ建物の出入口は二か所あって、その間の距離はかなり離れている。

 私たちが今いる場所から近い方には、見張りが四人ほどいた。

 人数は少ないが、見張りを任される程だからそこそこ腕の立つ連中だろう。でも装備は大したことが無い。弓矢を持ってる様子もないので、飛び道具で先制される危険はなさそうだった。

 遠い方の入口にも見張りは何人かいるけど、建物の陰に隠れて人数を正確に把握できない。

 ただ、向こうからこっちに駆けつけてくるまでの時間には余裕がありそうだった。

「こっちからだと遠回りになるけど、移動するかい?」

「いや。近い方から突入しよ。ひと騒動起こしてから、遺跡の中を抜ける」

「そうか、とっとと侵入して出入口が手薄になったところから、こっそり逃げるわけだね」

 理解が早くて助かる。セイルってぼーっとして見えるけど、頭は悪くないんだよなあ。

「騒ぎが起これば、遺跡の中にいる連中や向こうの見張りもこっちに引き付けておけるかもしれないし」

「そういうことなら、僕にも考えがある。遺跡の中に入ったらこれを使おう」

 セイルが取り出したのは、会った時に見せえくれた「身隠し」の術のまじない紙だ。

「いいね。――じゃあ作戦開始」

 手筈が決まったところで、私もセイルも立ち上がって岩場の下に飛び降りた。


 べつに合図を送ったわけじゃないんだけど、完全にタイミングぴったりだ。この魔道士、能天気ではあっても足手まといになることはなさそう。

 私たちが現れたことで、見張りの連中は一瞬パニックを起こしたようだった。その隙を利用しない手はない。

 素早く鞘をはらうと、一番手近にいた見張りの喉元をめがけて刃を揮った。こもったような呻き声をあげて、見張り君一号はその場に倒れこむ。

 その間に、セイルは頭上に件の短剣で光の輪を描き終えていた。

来たれ、力(スコード)!」

 セイルの普段の物言いからは想像もつかない鋭い発声で、光の輪の中に「力」が呼び起こされる。

真空のゆらぎよ(イクスポクス)、無より出でし熱と光、力の刃となり小さきともしびの示す目と魂を裂け」

 魔術の発動を見るのは初めてではなかったけど、何度見ても不思議な光景だ。

 「力」は光となり、セイルの短剣の切っ先が空に描いた古代文字に沿って複雑な図形を形作っていく。

 私はうろ覚えの知識でしか知らないけど、「術式」と呼ばれる、魔導士のみが扱える「この世のことわり」に対する「命令」を、虚空に刻んでいるのだ。

 術式が完成するまで、瞬きほどの刹那だった。

光の矢(ファボルス)!」

 描かれた術式の中から数条の光の束が生まれ、それらが螺旋を描いて撚り合わされるように細い矢となり、見張りの一人の体を刺し貫いた。着弾した光条は色を赤く変えながら分裂四散して、内側からも敵を苛む。

 速いうえに威力もある。セイルは見かけによらず腕のいい魔道士らしい。

 先ほどの身のこなしといい、大学府(アーガム)から一人で遺跡調査を任せられるだけの能力はある、ってことかな。

 じゃあ何でさっき山賊に遅れをとってたんだろ?

 セイルの術で虫の息になった見張り君二号を胴斬りにしてとどめを刺しながら、ふとそんな疑問が頭をよぎった。

(まあ、どうでもいいか)

 半数を片付けたとはいえ、戦闘中だ。余計なことを考えていると命取りになる。セイルの方も矢継ぎ早に次の詠唱を始めていた。

 素早く周りの状況を確認すると、残る二人のうち一人は向こうの出入口に応援を呼びに逃げたようだ。

 あともう一人――は、今まさに、セイルに矛先を転じてナイフを投げるところだった。

 まずい。詠唱中の魔道士は無防備になる――

 考えるより先に足が動いた。

 私は刀身を足もとに突き立てて向きを変え、いきおい地を蹴って跳び、ナイフの射線上に自分の体を滑り込ませた。

 運よく鉢金か胸甲に当たれば無傷で済むかもって打算もあったけど、そうそう旨くはいかないらしい。ナイフは私の胸甲の下端から外れて、みぞおちの右あたりに深々と傷を穿って止まった。

 胸甲の下にも厚手のシャツを着こんではいたけど、殺意をもって投げ込まれたナイフに対しては無力だ。

「!」

 激痛にしびれて、私は体勢を崩し膝をついた。

 柄を持つ握力が抜け、刀をとり落としそうになるのをなんとか踏ん張る。

「ファボルス!」

 力強くセイルが二度目の詠唱を終えるのが聞こえた。

 私の頭ごしに再び青白い光の矢が一閃し、ナイフを投げた最後の見張りの眉間に命中した。魔力の光熱が頭蓋を砕き、飛び散った脳漿を跡形もなく蒸発させる。

 見張りの全滅を確認して、私はホッと息をついた。

 でも、気を緩めすぎたかもしれない。

 おなかの傷を抑えながら、私はバランスを崩して、そのまま地面に仰向けに倒れてしまった。


 なんだろう。意識が朦朧としてる。手足に力が入らない。出血のせいだけじゃないみたい。コレって――

「アリヤ!」

 視界にも霞がかかったような感じだけれど、それでも、セイルが悲鳴のような声で私の名前を呼んで、駆け寄ってくるのはわかった。

 セイルは私の体を支え起こしてナイフを丁寧に抜き取ると、躊躇なく私のシャツをまくり上げて傷口を確認した。

「セイ……レディの服を脱が……ら、もうちょっ……」

 口がうまく動かなくて、軽口は意味をなさないうわごとに変わってしまう。

「しゃべるな。じっとしていなさい。毒が回る。淑女に対する無礼については後で謝る」

 いま謝れよな、このすけべ、と一瞬思ったけど、現状セイルの言うことが正しいのは理解した。毒――やっぱり、ナイフに毒が塗ってあったっぽい。即死するヤツではなさそうだけど、このままでは多分そのうち死ぬ。

(しくじったなあ)

 旅の剣客のたしなみとして、私も緊急の場合の薬品類は常に持ち歩いているんだけど、生憎なことに解毒薬は切らしてしまっていた。

 あの時見せてもらったセイルの持ち物にも、傷薬はあったけど解毒剤は無かったはずだ。

 それでもセイルは必死になって私の血をぬぐい、私の名前を呼び、彼らしからぬ慌てっぷりで何か処置を施そうとしてくれているみたいだった。

 なんて顔してるのさ、セイル――そんなの、全然似合わないよ。

(ここで死ぬのか……)

 嫌だなあ、と、生死の縁で不思議なほど暢気にそう思っている自分がおかしかった。この短い時間で、セイルに感化されてしまったのかもしれない。

 旅に生きると決めた時から、旅に死ぬことは覚悟してはいた。

 けど、会ったばかりのこの魔道士との縁が切れてしまうのが、なぜかとても寂しかった。

(生まれ変わったら)

 死者の魂はあの世(ニルハラ)で浄化されて溶け合い、再び地上に生を受けるのを待つのだという。

 おばあちゃんから聞かされた話だ。それほど熱心に聞いていたわけじゃないけど。

(――また会えるといいな。今度は最後まで、ちゃんと……)

 私はすっかり諦めてしまいそうになった。


 しかしどうしたことか、いっこうにあの世(ニルハラ)の門が近づいてくる気配はない。むしろ、次第に頭がすっきりしてきた。

(セイル?)

 ぼやけていた視界も徐々にはっきりしてきた。胸の下あたりにくすぐったいような感覚を覚えて、目をやると、セイルが私の傷口に自分の口をつけている。

 なななななな何してんの?

 アレか? 傷口から毒を吸い出すってやつ? 吸った方も毒を食らうだけって聞いたことあるけど……

 でも、私の毒によるダメージは薄らいできている実感がある。セイルの処置が効果をあらわしているのに違いない。意識も明瞭になってきて、判断力が戻ってくるにつれ、両手で抱かれておなかにキスされてるような今の体勢が心底恥ずかしくなってきた。

 恥ずかしいけど、でも嫌じゃないというか。何言ってんだろ。

「はうんっ……あン!」

 うう、変な声でちゃった。

「せ、セイル、もういいよ」よし、ちゃんと喋れるようになってる。「もう楽になったから。大丈夫」

 今のがこれ以上続いたら別の意味で死んでしまいそうだ。

「そうか。よかった」

 セイルは私の体から口を離すと、そこに傷薬を塗ってから、自分のマントの裏地を裂いて、包帯代わりに私のおなかに手際よく巻き付けていった。

「あ、ありがと」

 照れくさいのを何とかしたくて、私はとにかくお礼の言葉を口にした。

「おかげで助かったよ……けど、何をしたの?」

「変なことはしてないぞ」

 そんなことは聞いてない。

「じゃなくて。あんた解毒剤なんて持ってたっけ?」

「フォードゥの根っこがあったろう?」

 セイルは種明かしをした。

「あれには、この辺の猟師たちが使うアワダチカズラやヨイヤミイラクサの毒に対する解毒作用があるからね。薬効成分を取り出すには擦りつぶす必要があるんだけど、道具が無いので口で噛んで作るしかなかった」

「それでその……口で……あんなことを?」

「緊急だったんで、やり方が乱暴になってごめん。無礼を詫びよう」

「いいって。下手すりゃ私、あのまま死ぬところだったんだし」

「君が居なければ、僕があのナイフで死ぬところだった。その点に関してはおあいこだよ。これで君には二度助けられたことになるな」

 話をしている間に体が動くようになってきたので、慌ただしくシャツを下ろして胸甲の位置を再調整しながら立ち上がった。

「大丈夫かい?」

「まだちょっとクラクラする」

「とりあえず、さっさと遺跡に入ろう。さっき一人逃がした奴が、応援をひき連れて戻ってくる頃合いだ」

 セイルは私に肩を貸してくれた。

 頭がぽーっとしてるのは、たぶん毒のせいじゃない。

 うん。我ながら、チョロいな私。

 セイル――色々アホだけど。出会ってから数時間だけど。報酬まだもらってないけど。

 そろそろ彼を無条件で信用していいんじゃないかって、私は思い始めていた。

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