その1・「言っとくけど、タダじゃないからね」
初投稿です。全8部分で連載の予定です。
一周まわってこういうのを読みたくなったので、自分で書きました。
軽い気持ちで書いて軽い気持ちで投稿しましたので、お読みいただく際も軽い気持ちでどうぞ。
(※誤字脱字誤用等目につきましたら、ご指摘いただけるとありがたいです。)
ある晴れた日の昼下がり。
峠道を歩いていると、男が一人、山賊に襲われているところに出くわした。
身なりのいいおじさんで、人の好さそうな顔をしている。
いや、おじさんというのは失礼かな。私より年長なのは見た目に明らかだけど、年の頃は三十を越えていないと思う。二十代半ばってとこか。
おにいさん?
そのおにいさんを、手に手に短剣を持った人相の悪い五人組が、道端の際に取り囲んで追いつめているところだった。
王国街道の一部とはいえ、普段から往来の少ない山道で、今は近場に私しかいない状況だ。周囲は茂みと森なので、視界も悪いうえに、大声で助けを呼んでも遠くまでは届かないだろう。つまるところ、いま私以外に彼を助けられる人はいない。
義を見てせざるは勇無きなり、か。でも君子危うきに近寄らずとも言うし。
どうしようかな。などと迷っていると、向こうの方から声をかけてきた。
「そこのかわいいお嬢さん、いいところに来てくれた。助けてくれないか!」
そんな風に呼ばれたら、無視して通り過ぎるわけにもいかない。私は足を止めた。
目が合ったところで、おにいさんはさらに付け加えた。
「頼むよ、剣士のお嬢さん。必ずお礼はするからさ」
心なしか緊張感に欠ける口ぶりだけど、私の腰のものを見て頼ってきたというのであれば、無碍にはできないなあ……。
治安の行き届かないこんな場所で、とどのつまり、頼みの綱は腕っぷし。
何を隠そう、私は用心棒稼業で食い扶持を稼いできた旅の剣客だ。頼まれれば仕事として請け負うのは無論やぶさかじゃあない。
けど、おにいさん「お礼」の相場、知ってるのかなあ。命のお代は安くないよ。
なおも逡巡していると、そこで、
「なんだ、てめぇ。女に助けてもらおうってか? 情けねえ」
盗賊たちのリーダーとおぼしきヒゲ顔が振り向いて、ぎろりと私に一瞥をくれてから、呆れ顔で言った。
「しかも、あんな下の毛も生えそろってねえようなガキによ。もう少し色気がありゃ、拐して頭目への手土産にしてやるところだが、そんな気にもならねえぜ」
ヒゲ顔の山賊は私とおにいさんを見比べながら「まあ、そういう趣味の奴に売り飛ばすって手もあるなぁ」と品のない笑いを浮かべた。
迷いは消えた。
ここから踏み込めば三歩の距離。抜き打ちで刀を振るう間合いとしては悪くない。
「……口は災いの元っていうけどさ。ホントそうだね」
私は肩から荷物を下ろすと、鞘をはらって踏み込んだ。ヒゲ顔山賊との間合いを一気に詰め、切っ先を心臓に突き刺す。反撃の隙など与えない。
私の刀は無銘だけど安物じゃない。山賊が着けてるヘタレた鎧なんて、この刀の前ではチーズの包み紙みたいなものだ。
緋色の雫が刀身をつたって、鍔本に至る前に足下の土にぽたぽたと落ちた。
「ま、私がその災いなんだけどね」
「ひいっ!」
泡を吹いて息絶えたヒゲ顔の隣で、ハゲ頭の男が表情を凍らせた。
「安心しなよ。みんな仲良くあの世に送ってあげる」
ヒゲ顔の遺体を蹴飛ばして刀を引き抜くと、鮮血が勢いよく吹き出し、私のマントを赤い飛沫で染めた。
刀身に残る血をひとはらいしてから、柄を回して両手持ちに構えを変え、間を置かず、へっぴり腰で手向かってきた禿頭を袈裟斬りにする。
肩口から食い込んだ刃が鎖骨を砕き、深く肉を穿って腰へ抜ける。声を上げる間もなくハゲ頭は絶命した。
振り返りざま、返す刀で残った三人をまとめて横薙ぎに斬り払ってやろうとしたが、連中はすでに武器を放り捨てて逃走していた。
「終わりか。呆気ないなあ」
お昼を食べたばっかりだけど、腹ごなしの運動にもなりゃしない。
私は倒した盗賊の死体を蹴飛ばして、懐から飛び出してきた小銭入れを拾い上げた。
「やあ、助かったよ。ありがとう」
ぱちぱちぱち、と一人で寂しい拍手をしながら、助けてやったおにいさんが歩み寄ってきた。にこやかな笑みを浮かべている。
そういやコイツ、さっき囲まれている間もずっとヘラヘラしていたなあ。
彼は足下に落ちていたつば広の帽子を拾い上げて、砂埃を払ってから自分の頭に乗せた。
「しかし容赦ないね。急所に一太刀づつ。見事なもんだ。女の子の一人旅でこんな辺鄙なところにいるんだから、腕は立つんだろうなとは思ってたけど。いやまったく、あざやかあざやか」
容赦ない、ってのはよく言われる。怖がられたかな。でも、刀を抜くときは殺すとき、覚悟が無ければ抜くな、ってのが師匠の教えだ。
「言っとくけど、タダじゃないからね」
もらうモンはもらうよ、と、刀身に粘りついた血をマントの裾で念入りにぬぐって鞘に収めながら、念を押すように私はおにいさんを睨んだ。
こっちも商売だ。成り行きの気まぐれで助けたからといって、採算を度外視することはできない。いままでキッチリお代を払ってくれたお客さんに申し訳が立たない。それが渡世の義理というものだ。
「もちろんだよ。――僕はセイル・リュブナン。命の恩人に報酬をケチるような、懐の狭い男に見えるかい?」
おにいさん――セイルはそう言って右手を差し出してきた。
「さあねえ。今さっき会ったばっかりだし。見かけで人を判断するな、って死んだおじいちゃんが言ってた。――よろしく、セイルさん。私はアリヤ。アリヤ・ロモ」
まあ、礼儀だし。名乗って手を握り返すと、セイルは握った手を左手でさらに包んで、上下にブンブン振った。
「よろしくアリヤ」
「挨拶はもういいでしょ。早く――」
「ところでね、アリヤ、ものは相談なんだけどね」
私が言い終わる前に、セイルはそう言葉をかぶせてきた。なんか嫌な予感がする。
「さっきの盗賊から逃げるために、僕は全財産の入ったカバンを、山奥の遺跡に置いてきてしまったんだ。君に十分な報酬を支払うためにも、護衛としてそこまで同行してもらえると、僕としては非常に助かる」
やっぱりか――。こういう時の嫌な予感て当たるんだよね。
タダ働き。
私はがっくりと肩を落とし、ため息をついて、握った手をすげなく離した。
「悪いけど、後で手に入る予定の金なんてのは無いのと同じだ、って死んだおじいちゃんが言ってたんだ。ご縁が無かったね、セイルさん」
義を見て勇を示した結果ではあるんだけど、仕事をした分の報酬をきっちりくれない依頼主にこれ以上立てる義理はない。
「今回はツケとくよ。次にまた生きて会えたら、払ってちょうだい」
まあ、もう会うこともないだろうけどさ。
踵を返し、荷物を拾い上げてその場を立ち去ろうとした時。
「待った! 待ってくださいアリヤ。アリヤさん。アリヤ様。今のは僕が悪かった」
セイルは情けない声で私を引き留めようとしてきた。謝られてもなあ……
彼はあたふたと駆け寄って私の前にまわりこんてきた。
「何? 証文でも書いてくれるの?」
「いや――確かにいま現金の持ち合わせがないのは覆しようのない事実なんだけど、どうだろう。僕が今持っているものの中で、もし君が欲しいものがあれば、それを君に預けて担保にするというのは?」
「ふうん」
私は立ち止まって、すこし思案した。確かに、さっきの勝手な言いぐさよりは筋が通っている。
「でもあんた、そんな価値の有るものを持ってるの?」
「さっき山賊に襲われていたことが証拠にはならないかな?」
なるほど。一理ある。
荷物を捨てて逃げてきたセイルを、山賊たちがなおも追い立ててまで手に入れたかったものを、今現在持っているということになるわけか。急ぐ旅でも無し、時間が惜しいわけでもなし。話しぐらいは聞いてやってもいいかな。
ふう、と息を吐いて、私は彼の提案を受け入れた。
「わかった。何持ってるか見せて」
「交渉成立だな」
ホッとしたようにセイルはそう言った。正確に言えばまだ交渉中なわけだけど、話を進めたいのでツッコまない。
セイルは座り込んで、高そうな生地のマントを脱ぎ、惜しげもなく路上に広げた。
ウエストポーチの中から、きれいなガラスの小瓶に入った薬品らしき緑色の液体数本と、小さな宝石がちりばめられた儀式用の短剣、そして無造作にひもで括られた一巻の書状を取り出し、その上に並べていく。
おや、この持ち物って――
「セイルさんって、ひょっとして魔道士?」
「まあ、そんなところだよ。それから、呼び方はセイルだけでいい」
セイルはにこやかな笑顔でそう答えた。
魔道士、魔術師、魔法使い、術士、方士、まあ色々な呼び方があるけれど、基本的には似たようなもんだ。自然界の法則をゆがめ、あるはずの無い「力」によって色々な仕事をする術を心得た者たち。
私の田舎にも魔道士の医者がいたけど、偏屈で偉そうな爺さんだった。セイルの持っているような薬や短剣はその人の家で見たことがある。私にとっての魔道士のイメージはその爺さんだったし、その後に会った他の何人かの魔道士たちも似たような感じだったので、セイルみたいなぼんやりさんが魔道士というのはちょっと意外だった。
変わった魔道士もいるもんなんだなあ。
などと私が認識を改めている間に、セイルはさらに懐から、銀の鎖にぶら下がった丁寧な細工物の装飾品と、乾燥した何かの植物の根のようなものの束、そして彩色陶器の笛を取り出してマントの二列目に置いた。
「さて。正直、どれも僕自身が入り用なものなんだけど、この際しかたない。お好きなのをどうぞ」
「と、言われても」
さて、困った。
正直、どのアイテムがどんな機能を持っているのか、どれほどの価値があるのかを見定めることは、知識の浅い私には難しい。
ひょっとすると、この枯れた植物の根っこが高級な魔法薬の原料として重宝される幻の一品なのかもしれないし、いかにも高そうなあの短剣はガラス玉の塊で、町の骨董屋に持って行っても二束三文って可能性もある。
一番いいのは鑑定士に見てもらうことだけど、街場を離れたこんな場所に偶然旅の鑑定士が通りかかるような幸運はまず無いと思う。
自分で価値を判断できない以上、セイルの言い値ということになるわけで、彼には悪いけど、やっぱりここは――
「ああ、そうだね。説明しないと」
――へ?
「まず、この小瓶は傷薬。街場で売れば一本につき銀貨五、六枚ってとこが相場かな。用心棒の代金にはちょっと足りないだろうね。まあ、万が一のために持っておくのは悪くない。君は強いからあんまり怪我はしなさそうだけど」
「ほほう」
「短剣は魔術儀式に使う祭具で、「渡り烏」という銘入りの品だよ。値段のつけようのないリュブナン家の家宝なんだけど、担保だから後で返してもらえば別にいいよね。あ、別にこの短剣が無くても、精度が落ちるだけで術は使えるから安心して。こっちの巻物は「身隠し」の術式を仕込んであるまじない紙だ。一回限りで魔道士以外でも仕込んである術式を発動できる。僕のお手製で、相場だと銀貨百枚前後かな」
「ふむふむ」
「この銀鎖の護符と陶器の笛は遺跡で見つけたもので、まだ鑑定していないから正確な価値はわからない。でも山賊たちの狙いはその二つのうちのどっちかだったらしいね。あとはフォードゥの根っこ……これは薬の原料になる。都の薬屋のシロン婆さんてのが居てね、その人ならひと束につき銀貨十枚で買ってくれる。他の薬屋はダメだよ。安く買いたたかれるし、加工の腕も悪い」
「……なんかアホらしくなってきた」
私は頭を抱えてつぶやいた。
「ん? どういうことだい?」
「セイルがさ、安いものを高く売ろうとしてるんじゃないか、とか、疑うのが面倒くさくなってきた、ってこと」
「ああ、そうか! そうすれば良かったね。失敗したなあ」
真顔で言うので、本気ですこし腹が立って、出会って間もないおにいさんの額に、手刀をすこしキツめに当てた。
「あいた!」
「……ったく。そんな能天気のお人好しで、よく一人旅なんかしてるよね」
「容赦ないご指摘、痛み入るよ」
「完全に信用したわけじゃないけどさ、とりあえず笛か護符のどっちかを預かるから、よこしな」
「そうしてもらえると助かるよ。何なら両方でもいい。念のため言っとくけど、あげる訳じゃないからね。カバンが見つかったら、その中の銀貨と交換だ」
「わかってるって」
セイルが差し出した二つのアイテムのうち、私は護符の方を手に取り、銀の鎖を首にかけた。
効果のほどはともかく、装飾品としても綺麗だったからね。万が一報酬を踏み倒されたとき、売値が期待したほどでなくても損をした気にはならないんじゃないかな。
似合ってるかどうか、自分じゃわからないけど。
「じゃあ、話は決まり。早速出発しよ。カバンが見つかっても、中身はもうありませんでした、なーんてオチは勘弁だからね」
「そうなってないことを祈りたいねえ」
ともあれ、これでホントに交渉成立だ。
この日この時この瞬間、女剣士アリヤと魔道士セイルの二人組が誕生したのだった。