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サマ★スタ  作者: 原野伊瀬
第一話:第四種接近遭遇
3/6

宇宙船ノーザンライツ②


「偽装セイル、反転! 両舷りょうげん全速前進!」


 カノンの声が透き通った壁に反響したかと思うと、ブリッジの結晶構造がまたたく間に変化する。硝子の欠片を踏みしめるように涼やかな音を立てながら、ドームを構成する無数の三角形がより強固な五角形や六角形へと組み換わり、一部が望遠レンズのように空飛ぶ円盤の姿をより大きく映し出した。

 同時に船体を覆い隠していた迷彩映像が水で洗い流されるように消えていく。

 

 まるでさなぎから成虫が羽化するかの如く、宇宙の闇の中に純白の宇宙船がこつ然と姿を現したのだった。

 船首から船尾までの長さはおよそ一五〇メートル、幅は広いところでも二〇メートルと、縦に細長い。ブリッジをはじめ、上部構造は船体とほぼ一体化しており、船底と同じように緩やかなカーブを描いていた。

 ブリッジや両舷に使われている結晶構造と相まって、船というよりも暗闇の中を発光しながら泳ぐ深海魚のようだ。船首と船尾に一対ずつ備わったヒレのような〝ソーラーセイル〟がその印象をより強めていた。

 向こう側が透けて見えるほど薄いその特殊な膜は、周囲の映像を映すことで船体をカモフラージュするだけでなく、反対に恒星の輻射圧ふくしゃあつを受けて帆船のように進むこともできる、()()()()()()()()だ。

 虹色の燐光を放つ帆がたおやかに波打つ様はまさに極光ノーザンライツの名に相応しい。だがその実、宇宙船は音速の数千倍という猛烈なスピードで星の大海を突き進んでいる。


 神速を求められているのは、ブリッジの中も同じだった。


「武器管制レーダー起動! 船首〝イルミネートキャノン〟、目標機関部を狙いなさい!」


 石琴を叩くように靴音をブリッジの中に響かせながら、カノンが各所に指示を飛ばす。


「了解! エネルギーライン、船首へ直結!」

「フライホイール回転開始!」


 即意速達――。

 士官から兵に至るまで、次に自分が何をすべきか理解しているから淀みがない。それでいて決して上官の下令を待たずに先走ることもなかった。

 

 まるで楽団の演奏を見ているようだ。カノンの細い腕が振られたび、コンソールの上で指が踊り、輪唱のように命令が繰り返される。


 流れる旋律から一人だけ取り残されてしまったスバルはカノン達を見て、そんな感想を抱いた。スバルの手が止まっているのは、単に手持ち無沙汰だからだけではない。

 本来、通信士である彼女には、不審船に対して真っ先に停船と警告を呼びかける役割があるはずなのだが、船長カノンからその命令が下される気配は一向に無い。それどころか、巡視船にとっては最大の武装である五七メガワット級のレーザー砲を早くも使う気でいるようだ。


〈これって、まるっきり軍事行動じゃない!〉


 過去の範例や規律を大きく逸脱した行動にスバルが面食らっていると、カノンが近づいてきた。彼女の歩みに合わせて圧力を検知した足元の床が半透明に変化し、まるで泉を凍らせて歩く女神のようだ。心なしか甘い香りが漂ってきて、スバルはおもわずうっとりと深呼吸をした。


「貴女、確か今日が初任務だったかしら?」

「ハッ! 本日付けで管制科に配属されました、スバル・エーテル候補生であります!」


 弾かれたように背筋を伸ばし挙手敬礼すると、カノンは何故か苦笑した。


「ウチは正式な軍隊じゃないんだから、栄誉礼えいよれい観閲式かんえつしきでもない限りそんなかしこまる必要はないわ」


 カノンの言葉にスバルはおもわず眉をひそめそうになるのを全力で堪えなければならなかった。


〈や、目の前の訓練された動きはどう見ても軍隊なんですけど!?〉


 それにポーラスター家と言えば、軍閥ぐんばつの名門だ。現当主は統合参謀本部議長であり、我が国の戦史を紐解けば、その名前を見ないページは無い。実際、スバルが士官学校を卒業する際に書いた論文にもカノンの親戚と思われる名前が何度となく引用されたくらいだ。

 そんな軍人一家のサラブレッドがどういう経緯で港湾局の保安官に収まっているのか、スバルは大変興味があった。


〈……でも、それを知ったら最後、辺境の惑星をひたすら耕す簡単なお仕事とか任されちゃうんだろうなぁ〜〉


 深い重力井戸の底で、重たい宇宙服を着たままヒートスコップやくわを振るう未来を想像し、陰鬱な気分に陥る。


「スバル……貴女、顔色がよくないみたいだけど大丈夫?」

「は、ハイっ! 大丈夫であります!」


 いつの間にかカノンの顔が目と鼻の先にあり、スバルは慌てて取り繕った。間近で見ると、同性であってもおもわずため息が出てしまうほど美しい。

 肌は白く、はっきりとした目鼻立ちは凛々しさの中にもどこか気品を感じさせる。翡翠色の瞳は深い知性と決意を湛え、バレッタでまとめられた髪は水平線に昇る朝日のようだ。

 スバルの国は民主主義国家だが、もし貴族や騎士が居たらこんな感じなんじゃないだろうかと、勝手に想像してしまう。

 スバルは心なしか鼓動が早くなるのを感じながらカノンの顔を見つめ返した。


「では、スバル。私達、港湾局員の使命とは?」


〈キタっ! この問題、『新官ゼミ』でやったヤツだ!〉


 スバルは心の中でガッツポーズをしながら、大きく息を吸い込んだ。


「はいっ、宇宙港及び宇宙航路の保守・保安に努め、新規航路の調査・開拓を行い、もって我が国とその同盟国の航行の自由を保障し、ひいては宇宙平和にすることにあります!」

「流石、士官学校を首席で卒業しただけはあるわね。レゴール、貴方に今、彼女の言ったことの半分も理解できて?」


 自分に振られるとは思っていなかったのか、スバルの横に立っていた天測士の顔が前衛アートのような奇妙な形に歪んだ。


「……えっとつまり、俺らは宇宙の平和を守る正義の味方ってことっスよね?」


 その瞬間、あれほど慌ただしかったブリッジ内が一瞬だけ静まり返り、どこからともなく深い溜め息が聞こえた。


「……それじゃスバル、領域内で不審船を発見した場合の対処法方法を簡潔に述べなさい」

「はい、まずは無線のオープンチャンネル及び真空拡声器で停船を呼びかけ、応じない場合はイルミネートキャノンのホースモードで光子こうしを放出し航行を妨害。再度、停船を呼びかけ、それでも応じない場合は目標の左舷さげん側進行方向に向かって威嚇射撃いかくしゃげきを三発、それから――」

「けっこう。マニュアルならここにいる全員――ごく一部を除いて、暗記しているわ。それに簡潔と言うにはほど遠い説明ね」


〈ヤバい……! アタシ、なんかマズいこと言っちゃった!?〉


 強制スローライフ生活が現実味を帯びてきて、スバルの背中を冷たいものが流れる。


「訊き方を変えます。目標が最大限、抵抗を示したとして停船までにかかる所要時間は? また、そのかんに目標が領域外に逃走、あるいは他の一般船舶を巻き込む事故に繋がる確率は?」

「わ、分かりません……ですが、すぐに試算を!」


 慌ててコンソールに触ろうとしたスバルの右手をカノンの白い両手がそっと包み込んだ。不意打ちにも近い感触に、スバルはゾクゾクと肌が粟立つのを感じた。


「そんな時間は無いわ。秒速三十万キロメートルのレーザー砲が飛び交い、その光すら凌駕する速度で星々を旅する宇宙《現場》において、迷っている時間は一プランク秒だって惜しい」

「で、では、いったいどうすれば?」


 質問しつつも意識の大半は目の前で握られている手に向いていた。カノンの手は温かく、握られているだけで宇宙酔いが銀河の彼方まで飛んでいってしまいそうだ。だが、想像していたのとは違って意外と固く、マメやタコの痕が見られた。

 スバルが自分の手の感触に気を取られているとは知らずに、カノンは真剣な眼差しで彼女を見つめた。


「信じなさい、己の直感と船の仲間を……」

 

 そう言って、スバルの手を握ったままブリッジを振り返る。


「総員、この船のモットーは?」


「「「ウェニ! ウィディ! ウィキ!」」」


 そこに居た全員が一斉に唱和し、水晶のドームに反響する。

 おもわず面食らったスバルを残してカノンは踵を返した。右手から温もりが離れ、恥ずかしいような、寂しいような、複雑な感情にスバルが戸惑っていると、カノンが肩越しに振り返った。


「それにね、スバル……貴女は大変な思い違いをしているわ。そもそも警告とは圧倒的力の差を見せつけてから行うものよ」


 そう言って口元をわずかにほころばせたその横顔は先ほどまでとは違っているように見えた。

 しかしすぐに臨検隊長がカノンの元にやってきて、表情が見えなくなってしまう。


「キャプテン、船首イルミネートキャノン、諸元しょげん入力完了。ミラーチャンバー内、共振率一二〇パーセント……いつでも撃てるぜ?」

「よろしい。隊長、トリガーを私に……新人に私達の仕事がいかなるものか、規範を示します!」


 カノンは船長席に戻ると、左の肘掛けに備えられた操縦桿かんのような物を引き起こした。


「とか、なんとか言って、単に自分がぶっ放したいだけじゃ……」

 

 スバルはレゴールがボソリと呟いた言葉をうっかり聞いてしまった。なんとなく嫌な予感がして顔を上げると、船長席が再びこちらを向いている。


「あら、やだ私まで宇宙酔いかしら? なんだかとっても手元が狂いそうだわ」


 先ほどスバルが一瞬見たものはどうやら見間違いではなかったようだ。カノンは気品と加虐心が同居した、満開の毒花のような蠱惑的こわくてきな表情を湛えながらスバルたちを見下ろしていた。


「そ、ソーリーマム……」


 カノンに睨まれているのはレゴールのはずなのに、隣に居るスバルまで体温が下がっていくようだ。


「はぁ、冗談はこれくらいしにて……総員、耐ショック・対閃光防御!」


 再びブリッジを構成する結晶構造が変化する。水に墨を垂らしたように、透き通っていた床や壁が黒く染まり、一切の光を通さなくなった。代わりに前方の黒い壁にデジタルの赤い線で表現された円盤と照準が映し出される。

 その二つが重なった瞬間――。


「イルミネートキャノン、発射ッッ!!!」


 カノンの凛とした声が響き、スバルは視界が眩い光で満たされるのを想像した。

 それと同時に、以前、軍と港湾の合同射撃演習で優勝したのが()()()()()()()()()だったというニュースを思い出したのだった。

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