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第三十二話 帰省

「よかったじゃない。こんな無鉄砲な正樹に付き合ってくれる人なんか、なかなかいないわよ。正樹がこの家からもっとずっと離れていくのは寂しいけど・・・・。でも、二人が幸せになるのなら、喜んで送り出してあげなきゃ・・・。ね?」


美咲は父親と母親の顔を順に見ながらそう言った。父親は大きな溜息を落としながら最後には「仕方ないやつだな・・・・。まぁ、覚悟して頑張れ。」とエールを送った。




「こうやって二人で寝るのって高校の修学旅行以来だね。」


五人で夕飯を食べてから、ホテルに泊まると言っていた久子を強引に引き止めて美咲の部屋で枕を並べている。


「久子、正樹の部屋でもよかったのに・・・・。私に遠慮したんでしょ。」


「ははは。それはできないわ。正樹君、きっとひくわよ。」


「?」


「ええと、私たち、まだ美咲が思ってるような関係じゃないのよ。結婚の約束はしたけどね。」


「え?それって・・・・。」


「うん、ほんとに何にもないの。結婚するっていうのもほんとに自分でも嘘じゃないかって思うもの。正樹君追いかけて大学から就職まで、本当に恋人同士っていうより、同志って感じだったから。プロポーズされた時は本当に驚いたわ。でも、嬉しかった。今まで生きてきた中で一番ね。」


「久子・・・・。」


「美咲は? 誰かいい人いないの? 」


「いないよ。仕事が恋人なの。なんちゃって・・・。」


「美咲・・・。本当はまだ待ってるんでしょう? あれからもう九年ね。寺西君から連絡とかないの?」


「ううん。高校の時、アメリカへ行ったっきりよ。今どこでなにしてるのかも全然わからない。」


「そうか・・・。美咲、これからどうするの?ずっと待ってるの?帰ってくる当てもないんでしょ。」


「うん、そうね・・・。わたしもよくわからないの。でも、今はいいかな。このままでも十分幸せだもの。」


「そんなこと言って。気がついたらおばあちゃんよ。」


「はは、そうかもね。・・・それより、よく決心したわね。北海道って遠いわよ。ご両親よく許してくれたわね。」


「まぁ、かなり大変だったけど・・。私、妹と二人姉妹じゃない。養子をもらうつもりだったのにって言われて。その時、正樹君が言ってくれたの。」


「え、なんて?」


「俺は次男だから婿入りしてもいいよって。それ聞いてうちのお父さん、びっくりして。」


「それで?」


「うん、結局とりあえず私がお嫁に行くんだけど。また先でゆっくり相談しようって言ってくれた。正樹君、本当に優しいのね。」


「へぇ、そうなんだ。でも、その話聞いたら内の親、きっとびっくりするよ。でもなんで北海道なの?」


久子は少しためらってから口を開いた。


「なんかね、この間担当した患者さんが北海道出身の人で・・・。もうおじいちゃんなんだけど、若い時に娘さんを亡くしてて・・・。田舎の家で医者に診てもらうのに二時間もかかるような所で、高熱をだして苦しんでた娘さんを手遅れで亡くしたらしいの。こんな都会の立派な病院が地方にあればって言ったらしいわ。正樹君、それ聞いて調べたみたい。」


「そう。正樹らしいわね。また、それについて行くっていう久子も久子だけど。」


「うん、そうね。私も大分悩んだんだけど、後悔はしたくなかったから・・・。」


そのしばらくの後、二人は顔を見合すと笑い合った。


「私たち、義理の姉妹になるわね。ふふふ、なんか変な感じね。」


「うん。・・・明日にはもう東京に戻るんでしょ?」


「ええ。正樹君、今大変なのよ。引き継ぎとかで・・・。私も色々支度があってね。」


「そう・・・。残念だなぁ、もっと遊んでもらおうと思ったのに。」


「ごめんね。」


「ううん、結婚式、楽しみにしてるよ。」


二人はいつまでも尽きない話に花を咲かせ、結局寝たのは夜中になっていた。




次の朝、朝早くに目を覚ました美咲が庭先にたたずんでいると、正樹が隣に並んで座りこんだ。


「どうしたの? 起きるの早いじゃない。」


「おまえこそ。」


「・・・正樹。結婚おめでとう。それにありがとう。久子、本当にうれしそうだった。」


「別におまえに礼を言われることはないよ。自分のために決めたんだから。」


「そっか。でもよかった。二人が幸せになるの本当にうれしいよ。正樹、私が言わなくてもきっと頑張るだろうけど、一応頑張ってね。」


「ああ、頑張るよ。美咲、仕事はうまくいってるのか?」


「うん、まぁ・・。よもぎの葉の成分の分析ばっかりやってる。ソックスレー抽出にかけて、後はずっとガスクロマトグラフィー。地道な作業ばっかりよ。正樹は?」


「まぁ、俺もまだ新米だからな。でも、担当した患者が元気に退院していくのを見ると嬉しいよ。もっと頑張ろうって思える。北海道に行くのも・・・。」


「わかってる。久子に聞いた。正樹も思い立ったらとことんだもんね。高校の美術部の時もそうだったし・・・。あんな下手くそなのに最後までコンクールあきらめなかったもんね。」


「あのなぁ・・。でも我慢強いのは、おまえの方だよ。勉強もピアノも人一倍頑張ってたし、恋も一途だろう?」


「え?」


「まだ好きなんだろう?誰とも付き合わずにずっときたんだから。」


美咲は一瞬目をみはったがすぐに視線を落とし、溜息をついた。


「私のことはいいの。それより自分の心配しなさいよね。ほんとに勝手なんだから、そのうち結婚する前に久子に見限られるかもね。」


「はいはい、忠告どうも。・・・・それより美咲、強くなったな。」


「え?」


「これからも自分の決めた道をまっすぐ進んでいくんだろうな。」


「それは正樹の方でしょ。猛勉強の末、医者になって、しまいに北海道・・・。なんかどんどん離れていくのね。ほんとにおいてけぼりだ・・・。」


「美咲・・・。俺達双子だろ、離れていても一緒だよ。そうさ、俺が幸せになるんだからお前も幸せになるんだよ。大丈夫だ、心配するな。」


「何が大丈夫よ。でも、よかった。・・・本当によかった。向こうでの成功を祈ってる。」


美咲は小さくつぶやくとゆっくりと正樹の方に顔を向けた。美咲と面立ちのよく似た正樹がやさしい笑みを浮かべている。いままでも正樹にどれだけ助けられたかわからない。今以上に離れていく正樹にとても寂しさを覚えたが、笑って見送りたい。


「ああ。・・・それと、おまえにプレゼントがあるんだ。」


「え?プレゼント?何?」


「来週の水曜日に届くようにしといたから。たぶん六時頃に着くと思うよ。」


「わざわざ宅配にしたの?持ってきてくれればよかったのに・・・。」


「楽しみは先延ばしの方がいいだろ。きっと喜ぶと思うよ。」


「ふうん、なんだろ。それって誕生日祝い?よくわかんないけどありがとう。」


「お返しの結婚祝い、はりこんでくれよ。楽しみにしてるから。」


「ええ!?」


正樹は昔と同じの悪戯そうな笑みを浮かべている。美咲は口を尖らせていたが、久し振りの正樹とのやりとりが懐かしく、とても心地よかった。

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