第二十話 素直じゃない
美咲は家に帰ると家族と顔をあわせるのも気恥ずかしくなり、急いで自分の部屋へと駆け込んだ。和明と話したさっきのことは本当に現実のことだったのかと思ってしまう。勉強を教えてくれたお礼にと悩んで選んだ遊園地のチケットが、まさか一枚自分のもとへ帰ってくるとは夢にも思っていなかった。美咲はかばんに直したチケットを出して眺めてみた。和明も嬉しそうに大事にかばんになおしていたなと思い返した。ずっと好きだった和明が同じように思ってくれていたことは、素直に嬉しい。でもだれからも一目置かれる和明の隣にいることはどうしても不釣合いのような気がしてきてこれでよかったのかと美咲は不安になっていた。和明は私なんかのどこに魅かれたんだろう。どこをどうとっても和明より劣る自分がひどく情けなく思われた。ついさっきまでは天にも昇るほど嬉しかったのに・・・。
和明は美咲と思いが通じたことに手放しで喜んでいた。後押ししてくれた正樹に一番に報告し、遊園地に行く約束まですべて話していた。正樹は和明のあまりの喜びようにあきれ返ったほどだ。和明は美咲を家まで送った後、駅に戻り、正樹がクラブから帰ってくるのをまちぶせていたのだ。
「正樹、聞いてくれ。美咲に告白したんだ。うまくいった、夢みたいだ。いや、現実だよな。」
「おまえ、いつからここにいるんだよ。メールで知らせてくれれば良いだろう。」
「いや、おまえのおかげだ。会って礼が言いたかったんだ。今度、遊園地に行く約束までしたんだ。」
まるで子供の様に喜んでいる和明の姿に正樹はあきれ返った。
「おまえなぁ、嬉しいのはわかるけど・・、まぁ仕方ないか。よかったな。いつも澄ましてるおまえがこんなになるなんて、学校のみんなに見せてやりたいな。」
正樹は苦笑しながら和明の嬉しそうな顔を見やった。小さい頃、引っ越してきた和明に初めて会った時をふと思い出した。兄弟もいない和明が公園で正樹と美咲がじゃれあうように遊んでいた所にじっと木の陰から様子を伺っていたのだ。その姿に気づいた正樹は一緒に遊ぼうと声をかけた。しかし、和明はどうしようかとしり込みしていた。正樹の言葉の意味がわからなかったのだろう。それを見た美咲が和明の手を引っ張って笑いかけたのだ。「一緒にあそぼう。」と。その時の和明の嬉しそうな顔が正樹の脳裏に浮かんできた。
「一緒だな。」
「え?」
「あの時と一緒だ。初めて会った公園で一緒に遊んだ時と・・。おまえ、すごいうれしそうだったよな。久しぶりに見たな、その顔。」
「いつのことだよ・・。」
和明は正樹の言葉に恥ずかしくなったのか顔を背けてぶっきらぼうに言い放った。正樹はその様子を見て目を細めた。ずっと長い間思い合ってきた二人がやっと心を通い合わせたのだ。自分の大切な妹と親友の幸せが素直に嬉しかった。
正樹は家に帰ると喜んだ美咲の顔が見れると思っていたのに、ふさぎこんだ美咲の様子に驚いた。どうしたんだ?和明と対照的な雰囲気に思わず顔をしかめた。
「美咲、なんなんだよ、その顔。和明と遊園地に行く約束したんだろう。嬉しくないのか?」
美咲は、はっとした表情を浮かべ正樹の顔をじっと見ている。
「何で知ってるの?」
「和明は嬉しそうな顔で報告してくれた。やっと付き合うんだろう。嬉しくないのか?」
「・・・・」
「どうしたんだよ。やっと夢がかなったんだろう。何か不満でもあるのか。」
「違う。・・私やっぱり和ちゃんの側にいないほうが良いんじゃないかな。」
「はぁ?何言ってるんだ、そんなこと和明にいったらあいつ泣くぞ。」
「何か,自信なくなってきて。私なんかが和ちゃんの側にいたら昔と同じで足手まといになるだけなんじゃないかな。何かそんなの嫌だと思って・・。」
「美咲、和明のことが嫌いなのか?」
正樹は大きなため息をついて問いかける。それに対して美咲は大きく頭を振った。
「そんなわけない。和ちゃんも私のこと好きだと言ってくれて本当に嬉しかった。でも、和ちゃんにはもっとふさわしい子がいてる様な気がして・・。私じゃ釣り合わないかも・・。」
「そんなことお前が気に病むことじゃないだろう。ふさわしいかどうかなんか和明が決めることだ。和明、めちゃくちゃ喜んでたぞ。あいつを落ち込ませるようなこと言うな。素直になれよ。お前が笑ってるだけであいつは幸せなんだから。」
美咲のあまりに後ろ向きな発言にほとほとあきれ返った。ここまで屈折した感情はどこから来るのか想像もできない。やっと思いが通じて手放しで喜ぶ和明に対し、自信がなくすぐにでも逃げ出しそうな美咲に正樹は頭を抱えた。しかし、小さい頃からなんでも完璧にこなす幼馴染に気後れしていても仕方ないかとも思ってしまう。和明の喜んだ顔を思い浮かべて正樹は言った。
「とにかく、付き合うって決めたんなら相手のことも考えて頑張れ。」
「うん・・そうだね。ごめん、変なこと言った。ねぇ、正樹。正樹も一緒に遊園地行かない?人数多いほうが楽しいよ。」
「誰が行くか。初めてのデートだろ、二人で楽しんで来いよ。」
「そっか、デートだよね。・・・何着てこう・・。」
美咲はやっと嬉しそうな顔を浮かべて自分の部屋に入り、約束の日はまだ大分先なのにクローゼットを開けて洋服を探し始めた。